2021年12月23日
企業の気候変動対応の⾼度化を促進する新しい情報開⽰基準とは ― IFRSサステナビリティ開⽰基準︓気候関連開示要求事項のプロトタイプ

企業の気候変動対応の⾼度化を促進する新しい情報開⽰基準とは ― IFRSサステナビリティ開⽰基準︓気候関連開示要求事項のプロトタイプ

執筆者 沢木 ニコラ

EY Japan IFRS Leader

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2021年12月23日

去る11⽉3⽇、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)にて、IFRS財団が公表した気候関連開示要求事項及びサステナビリティ関連財務情報の開⽰項目に対する全般的な要求事項のプロトタイプ(基準原案)は、グローバルなサステナビリティ情報開⽰の潮流に新たな進展をもたらしました。

本記事では気候関連開示要求事項のプロトタイプについて取り上げます。

要点
  • 公表されたプロトタイプは、気候変動に関する全社的な取り組みを求めるTCFD1の構成及び提言内容を反映しており、2021年10月のTCFD開示ガイダンス2の改訂ポイントも踏まえた内容となっている。
  • プロトタイプは、TCFDの推奨する開示項目(「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標・目標」)のうち、「戦略」の一部の項目3が異なり、また詳細な業種別の開示要求事項及び指標が追加されたものとなっている。
  • 経営者は、多様な気候変動関連シナリオに基づく分析を行い、企業戦略のレジリエンスについて説明する必要がある。
  • また「戦略」では、気候変動に関連したリスクと機会の将来の財務への影響について、可能な範囲で定量的に開示することが求められている。

11⽉3⽇、IFRS財団は、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の最初のテーマ別基準のための技術準備作業部会(TRWG)の提案である気候関連開⽰要求事項のプロトタイプを公表しました。2021年3⽉に設⽴されたTRWGは、投資家の情報ニーズを満たすことに焦点を当てた関連イニシアティブの作業を統合・構築し、ISSBが検討するための技術的提⾔を提供することを⽬的としています。今回公表された本プロトタイプは、TCFDの4つの柱である「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標・⽬標」を中⼼に構成されています。

図:気候関連開示要求事項のプロトタイプ

出典:IFRS財団「気候関連開示要求事項のプロトタイプ」に基づき筆者作成

目的

本プロトタイプは、気候変動に関連した財務情報の測定と開示に関する原則を定めたもので、具体的には以下に関する情報開示を行うことを求めています。

a)企業がさらされている気候変動に起因するリスクと機会、及びその短期・中期・長期の財務へのインパクト

b)識別したリスクと機会への戦略や対応策に対して経営者が活用する資源

c)リスクと機会への対応に際して、企業が事業計画やビジネスモデルを適応させる能力

適用範囲

本基準が適用される範囲は、企業がさらされている気候変動に関連した物理的リスク及び移行リスク4と企業が利用可能な気候変動関連の機会となっています。

ガバナンス

気候変動に関連したリスクと機会についての監督を行う取締役会等のガバナンス機能や、経営陣の責任と役割についての記載が求められます。具体的な記載事項としては、気候変動関連のリスクと機会に対する責任を有する企業内の部署や個人、及びこれらの部署や個人の責任を規定した企業方針、取締役会における気候関連の事案についての報告プロセスやその頻度があります。また、気候変動に関連したリスクと機会についての監督を行う上でのスキルと能力をどのように確保しているのか、企業戦略や主要取引における気候変動リスクと機会をどのように考慮するのか、といった点についての記載も必要となります。さらには、経営陣に気候関連の方針、戦略、目標の実施についての責任を求める方法や、関連するパフォーマンス指標が経営陣の報酬方針に組み込まれているかも含めた記載も求められています。

戦略

戦略では、気候変動に関連して、1)企業が識別したリスクと機会についての記載、また、これらのリスクと機会が、2)企業のビジネスモデル及び戦略に及ぼす影響、3)企業の意思決定に与える影響、4)企業の財務に与える影響、及び、5)企業の戦略のレジリエンスを評価する上でのシナリオ分析の実施、についての記載が必要となります。

1)短期、中期、⻑期において企業に影響を与える可能性のある気候変動関連のリスクと機会を説明するために、これらのリスクと機会の識別プロセス、財務への影響の時間軸(短期、中期、⻑期の定義等を含む)、物理的リスクや移⾏リスクの分類等に関する記載が求められます。

2)気候変動に関連したリスクと機会が企業のビジネスモデル及び戦略に及ぼす影響についての説明では、これらのリスクと機会がバリューチェーンに与える影響と、バリューチェーン上のどこにリスクや機会が集中しているかについての記載が必要となります。

3)企業の意思決定に与える影響については、気候変動に関連して企業が設定した⽬標は、カーボンオフセットの使⽤も含む達成計画や計画のレビュープロセスを記載することが求められるほか、気候変動に関連した研究開発や新技術、直接的及び間接的な気候変動への取り組み等の説明が必要です。直接的な取り組みとしては、労働⼒、使⽤する材料や製品仕様の変更、または効率化⼿段の導⼊等が、⼀⽅で間接的な取り組みとしては、顧客やサプライチェーンとの協働、認証制度の利⽤等が想定されます。また、これらの取り組みがオフセット戦略に依存している場合はその程度や、戦略への影響要因についても開⽰することが求められます。

このほかには、炭素エネルギーと⽔を⼤量に消費する事業や資産に関する計画と戦略、及び、これらの計画の進捗状況を説明する定量及び定性開⽰があります。

さらに、これらのリスクと機会のうち重要なものが、企業の投資や資⾦調達といった財務上の意思決定においてどのように考慮されているのかについての説明も求められます。

4)企業の財務に与える影響として、業績、財政状態及びキャッシュ・フローに与えた影響について説明することが求められます。加えて、経営陣が気候変動に関連して策定した資本配分計画や資⾦調達計画といった財務戦略及びリスクや機会への取り組みに関連した事業戦略に沿って、企業の財務パフォーマンスがどのように変化するかの予測についての記載も必要となります。

また、経営陣の判断や財務諸表における推定不確実性の要因に、重要なリスクと機会がどのような影響を与えたかについての説明も求められます。

なお、これらの将来の財務への影響に関連した情報開⽰に関しては、定性的に、可能であれば定量的に開⽰すること、とされています。

5)シナリオ分析については、分析に使⽤したシナリオの種類や時間軸、インプットに使⽤される情報や経営者の仮定、及び実施した分析の結果を記載します。また、実施した分析結果を踏まえて、気候変動に関連した物理的及び移⾏リスクが顕在化した場合に備えて、資産や投資の柔軟性が確保されているかといった観点から、短期・中期・⻑期の戦略やビジネスモデルのレジリエンスについて説明することも求められています。

 

リスク管理

気候変動に関連して識別した重要なリスクへの対応方法についての記載が求められます。

具体的な記載事項としては、リスクの識別や評価、優先順位付けを行う際のプロセスや、リスクの測定方法があります。また、重要なリスクごとに、モニタリングや管理、リスク軽減等の対応方針を公表することが求められます。さらに、これらのリスクの識別、評価及び管理プロセスが、企業の全体的なリスク管理プロセスにどの程度、どのように統合されているのかについての記載も必要となります。

指標と目標

気候変動に関連して識別した重要なリスクと機会に対する企業の取り組みのパフォーマンスが分かるように、指標や⽬標を公表することが求められます。

求められる指標としては、後述する業界横断的な指標に加え、付録Bで記載されている業界固有の指標があります。さらには、気候変動に関連して特定した重要なリスクと機会への対応策に取り組む上で経営陣が設定した⽬標と、この⽬標の達成状況をモニタリングするために取締役会や経営陣が使⽤するパフォーマンス評価指標の記述が求められます。

なお、業界横断的な指標としては、具体的には以下のものが求められています。

  • 温室効果ガスの排出量(スコープ1、スコープ2、スコープ3)
  • 物理的リスク及び移行リスクに対して脆弱な資産または事業活動の量と割合
  • 機会に関連した収益、資産、事業活動の割合
  • 気候変動リスクと機会対応目的で行った資本支出及び投融資額
  • 企業内で使用する炭素価格とその意思決定プロセスにおける適用方法
  • 気候変動対策に関連して影響を受けた経営陣の報酬の割合

付録B︓業種別の開⽰要求事項及び指標

11の業界と68の業種について、開示項目が設定されており、これらの各開示項目に対し、要求される指標が関連づけられています。

なお、要求の全⽂は、同時に公表された気候関連開⽰基準補遺版(Prototype Climate-related Disclosures Standard Supplement)に記載されています。この⽂書には、業界・業種の説明、開⽰項⽬の説明、テクニカル・プロトコル(定義、範囲、実施、集計、表⽰に関するガイダンス)、測定基準、活動基準(企業の活動の規模を定量化し、データを正規化して⽐較を容易にするために会計基準と併せて使⽤することを意図している)が含まれています。

脚注

  1. TCFDとは、G20の要請を受け、⾦融安定理事会(FSB)により、気候関連の情報開⽰及び⾦融機関の対応をどのように⾏うかを検討するため、マイケル・ブルームバーグ⽒を委員⻑として設⽴された「気候関連財務情報開⽰タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」を指し、2017年6⽉に、気候変動関連リスク及び機会に関する開⽰フレームワーク(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・⽬標の観点からの開⽰を推奨する)を提⾔として取りまとめた最終報告書が公表された。
  2. TCFDは2017年6月に公表された最終報告書の付録文書として、開示の実務的な解説を提示する実施ガイダンスを併せて公表。2021年10月に当ガイダンスは改訂され、「戦略」では、気候関連リスクの財務パフォーマンスと財政状態への影響に関する説明についてより明確にその必要性を記しており、また「指標・目標」では比較可能性の向上に向けた業界横断的気候関連指標カテゴリとスコープ3排出量の開示を推奨するものとなっている。
  3. 「戦略」におけるTCFDの開示項目の一部が、気候変動に関連した、短期、中期、長期におけるリスクと機会が、企業のビジネス、戦略、及び財務計画に与える影響となっているのに対し、プロトタイプでは、これらのリスクと機会が企業のビジネスモデルと戦略、意思決定、財務パフォーマンスに与える影響となっている。
  4. 物理的リスク︓気候変動⾃体による資産に対する直接的な損傷やサプライチェーンの⼨断による財務損失。急性リスク(台⾵・洪⽔等)と慢性リスク(海⾯上昇等)に分類される。移⾏リスク︓低炭素経済移⾏に伴って 発⽣する政策・法務・技術 ⾰新・市場嗜好の変化等に起因した損失のリスク(「座礁資産」等)

【共同執筆者】

山口 美幸
(EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 兼 FAAS事業部 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS) マネージャー)

※所属・役職は記事公開当時のものです。

サマリー

今回TRWGによって提案された気候関連プロトタイプは、2021年10月のTCFD実施ガイダンスの改訂も踏まえ、気候変動問題の企業財務への影響や、気候変動に関連した企業の取り組みのパフォーマンスを測る指標の開示をより明確に求めるものとなっています。こうした要求に沿った開示が行えるように、企業が気候関連の情報開示への取り組みをより一層加速させることが期待されます。

この記事について

執筆者 沢木 ニコラ

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