7 分 2021年6月25日

            照らされた背景に対してデジタルタブレットを使用する女性

データドリブン監査手法によって企業の信頼性を高めるには

執筆者
Marco Vernocchi

EY Global Chief Data Officer

Data visionary. Passionate leader. Avid skier and lover of Italian wine.

Andreas Toggwyler

EY Global Assurance Chief Data Officer

Trusted advisor for global financial services firms on data, technology, operations and sourcing. Devoted to family, music, sports and cooking.

EY Japanの窓口

EY新日本有限責任監査法人 AIリーダー アシュアランスイノベーション本部 パートナー

アカウンティング・データ・サイエンティスト。監査のためのAI(人工知能)エンジニア。

7 分 2021年6月25日

関連資料を表示

膨大なデータを分析できるようになれば、監査の変革が実現します。そのとき、信頼と透明性も高められるでしょうか?

要点

  • 企業のデジタルトランスフォーメーションによってデータの価値を活用できるようになり、新たなバリューチェーンが生まれている。
  • この結果、データを活用したデータドリブン監査への移行が促進され、プロセスの信頼性とステークホルダーに対する透明性が高まる可能性がある。
  • これを阻害する要因の1つは、現行の監査基準で、高度なデータ分析手法をどの程度まで利用できるかである。
Local Perspective IconEY Japanの視点

企業のデータ基盤の整備が進むことで効率的に、また今までアクセスできなかったようなデータを活用できるようになるでしょう。記事では、膨大なデータを用いた高度なデータアナリティクスを監査へ活用し、ビジネスに対する新たな洞察を得るという監査の未来像について、その実現は時間の問題だとしています。一方で、これまでの監査手続をデータアナリティクスで代替するには、監査基準の改定が必要という点も指摘されています。

基準で求められていない、また時間削減につながらない限り、こういった分析にはやる意義を見いだせないというような状況も見聞きする一方で、EYでは会計仕訳だけでなく補助元帳など上流データを用いた全量分析によって、ビジネスの把握やリスクの識別のほか、異常な取引の検知、子会社の財務分析、与信先の信用リスクの分析など不正リスクに対応したデータ分析を監査手続の一部として実施するケースが増えてきています。全量データ、すべての子会社データを分析することで見落としを減らし、また適時に分析を行うことでタイムリーなリスクの識別やクライアントへのコミュニケーションが実現できます。

今後はそれぞれのケースでどういう洞察やリスクを識別したいのか、そのためにはどこまでの「高度なデータアナリティクス」が必要なのか、具体的にどのような分析をどのくらいの頻度で行えばリスクが効率的に抽出できるのかなど、地に足の着いた検討をしていくのがより一層重要だと感じています。

 

EY Japanの視点

市原 直通
EY新日本有限責任監査法人 AIリーダー アシュアランスイノベーション本部 パートナー

企業活動においてデジタル技術への依存が高まる中、企業が生成・収集するデータは、セクターを問わず増える一方です。これを反映して、エクサバイト(1018 バイト)、ゼタバイト(1021 バイト)、ヨタバイト(1024 バイト)など、膨大なデータ量を表す新語が誕生しています。このようなデータ資産から新しい形の価値が生まれ、現行のビジネスモデルを変革したり保護できる可能性があることは、新型コロナウイルスの感染拡大を契機にデジタル化が加速する前から広く認識されていました。

デジタルトランスフォーメーション(DX)によって、まったく新しいビジネスモデルが生まれる可能性があります。例えば、オンラインデータを活用したプラットフォームは、短期滞在型の宿泊施設やタクシーサービスの市場を一変させました。とはいえ、このような世界的な成功事例はごく一部にすぎないのが現状です。企業の多くが共通の課題を抱え、悪戦苦闘しています。データの取得、保存、保護、管理、配布にはコストがかかりますが、データをコストのかかるものから価値を生み出す原動力へと変えることによってビジネスモデルを変革する——それが、企業が直面している共通課題です。

次世代のバリューチェーン

デジタルトランスフォーメーションを推進する企業は、程度の差こそあれ、データを活用したテクノロジーの導入を進めています。そのテクノロジー(自然言語処理、音声認識、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、コンピュータービジョンなど)は、機械学習アルゴリズムをベースとしており、クラウドコンピューティングが提供する無制限のコンピューティング能力に支えられています。

その一方で、「インテリジェントエンタープライズ」になるために必要なのはテクノロジーだけではありません。これは、企業のバリューチェーン、人材、文化を完全に巻き込んだ抜本的な変革です。データの力を利用して価値を創造することは、微妙なバランスが必要な行為であり、いわゆるインテリジェント・バリューチェーンの一環として捉えることができます。このフレームワークでは、まず企業が創造しようとしている価値を特定してから、その価値を実現するためのビジネスモデルを定義すると同時に、ビジネスを推進して価値を創造するために、どのようなインテリジェンス、データ、テクノロジーが必要かを明らかにします。データ主導型の企業となるには、これらの要素すべてを考慮に入れて投資を行わなければなりません。

次に挙げる5つの要素、すなわち、価値提案、ビジネスモデル、インテリジェンス、データ、テクノロジープラットフォームを結び付け、その妥当性を検証するのが6つ目の要素「信頼」であり、これは不可欠な要素です。この方法でデジタル化を目指す企業は、ステークホルダー間で信頼を築き、その信頼を高めることができるように、インテリジェント・バリューチェーンのあらゆる部分を設計する必要があります。そうすれば、そのバリューチェーンで生み出されるものはすべて信頼できるようになります。

企業のデジタルトランスフォーメーションは、監査のプロフェッショナルにとっても大きな意味があります。ビジネスモデルが進化し、企業の業務がデジタル化され、監査人が膨大な量の詳細なデジタル情報の収集・分析を行えるようになることで、監査のあり方は今後さらに変化するでしょう。

デジタル化が進むにつれ、監査対象企業のビジネスも変化しつつあります。その変化は、バリューチェーンが崩壊し、主要な要素は外部のサービスプロバイダーやサブサービスプロバイダーからリアルタイムで調達されるという、流動化が進むエコシステムと似ています。企業の流通チャネルもB2B、B2C、B2B2C全体で拡大し、多様化してきました。このようなエコシステム全体で信頼を確立できるかどうかが今後の鍵となるでしょう。将来的には、どこまでを監査の対象とするのかが最大の問題になることはまず間違いありません。

大規模なデータ分析により、監査チームは財務諸表が正確かどうかを、格段に速く、より細部までチェックできるようになります。すなわち、データアナリティクスを利用し、その結果を解釈する能力は、もはやの専門家の領域ではなく、すべての監査人のコアスキルになりつつあるということです。

新たなデータフロー

企業のデータの急増に伴い、監査の方法も変わります。第5世代移動通信システム(5G)通信網の普及によって、モノのインターネット(IoT)が実現するでしょう。IoTでは、何十億ものデバイスがインターネットに接続され、リモートセンサーでデータを収集します。例えば、ブロックチェーンを活用した物流システムを利用して、輸送中の商品の処理を自動化し、効率性と透明性を高める企業が増えています。こうしたイノベーションが新たなデータフローをもたらし、いずれ監査プロセスでも利用されるであろう新しい情報源となっています。

このように新たなデータフローが生まれることで、例えば、限られたサンプルデータだけではなくすべてのデータを監査し、より包括的な監査証拠とすることが可能になります。また、監査人が企業の財務情報と非財務情報に対する理解を深める機会が生まれ、違法・不正行為のリスクを含む重大な虚偽記載のリスクを把握しやすくなります。

大規模なデータ分析を行うことで、監査チームは財務諸表が正確かどうかを、格段に速く、より細部までチェックできるようになります。すなわち、データアナリティクスを利用し、その結果を解釈する能力は、もはや専門家の領域ではなく、すべての監査人のコアスキルになりつつあるということです。データアナリティクスは、フロントエンドからバックエンド、つまりデータを供給する上流の各種システムから総勘定元帳までを対象とします。そのため、監査チームを対象としたデータアナリティクスの研修は監査法人にとって最優先課題です。

監査に対する信頼を高める

データドリブン・プロセスを用いることで、監査プロセスの信頼性を高めたり、また、例えば監査対象企業が収集・処理するIoTデータのセキュリティとプライバシーを保証することで、より大きな信頼を得たりする可能性も間違いなくあります。また、データをより活用することで、監査人がその結論に至った過程を示し、ステークホルダーに対する透明性を大幅に高めることもできます。しかし、アクセスしたデータ、実施したチェックの内容、採用したプロセス、利用したテクノロジーを監査人が記録に残すことによって、どのように監査が行われたのかを独立した第三者が明確に理解できるようにしなければ、信頼を高めることはできません。

同様に、テクノロジーに依存しすぎるのも危険です。テクノロジーによって監査のスピードと正確さが向上するのは間違いありませんが、経験豊富な監査人のプロフェッショナルとしての判断に取って代わることはできません。監査チームはテクノロジーがうまく機能しないというリスクを考慮して、強固なプロセスを導入する必要があります。

監査人による内部統制システムの確認、独立評価の実施、職業的懐疑心を持ったチェックが必要であることに変わりはありません。しかし、必要に応じてデータアナリティクスを活用すれば、自身の専門的スキルが最も役立つ分野に集中できるようになります。

データとデータ分析手法を監査で有効活用できるようにするには、規制環境を変える必要があります。監査人の観点から見た現在の阻害要因は、使用しているテクノロジーの能力ではありません。現行の監査基準で、従来の方法に代えてそれらのテクノロジーをどの程度まで活用できるかという点です。

 

テクノロジーの導入を突破口とするには

大規模なデータアナリティクスによってリアルタイムの監査が可能になるという発想は魅力的ですが、現状、監査人が財務諸表を確認するのは、四半期ごと、半年ごと、あるいは1年ごとであり、リアルタイムの監査が必要とされているわけではありません。仮にテクノロジーを活用することで、ほぼリアルタイムの監査が実現したとしても、市場は企業の財務に、そこまでの信頼性を求めているのでしょうか?

コロナ禍により、多くの企業やセクターでデジタル化が加速し、そうした企業の多くは、安全なチャネルを利用してデータを電子的に共有するようになり、準備も整ってきました。データといっても文書だけにとどまりません。例えば、ここ数カ月の間に、EYの監査人はノートパソコンを使って、ビデオリンク方式で企業のデータセンターのウォークスルーを行っています。

主要なステークホルダーと意思決定者の全員が合意してテクノロジーの導入拡大を支持すれば、企業と監査人は業務の進め方を直ちに変えることができると認識することが、監査法人と監査対象である企業の双方にとって大きな突破口となります。これにより、高度なデータアナリティクスを監査に活用しようという機運が一段と高まり、現在のデータを活用したデジタル監査から、今後は全面的にデータドリブン監査への移行が促進されるでしょう。

ただし他にも、そろっていなければならない重要な要素があります。実務面について、データドリブン型の手法を実施する準備がどの程度整っているかは、企業によって大きな開きがあります。準備を妨げている一般的な要因は、一貫性のある方法で迅速にデータを抽出・分析するための統合されたテクノロジースタックがないことです。自社で管理している環境以外でデータにアクセスして利用することを制限している企業もあるでしょう。実際に一部の国・地域では、より制限の厳しい独自のデータプライバシー法が定められています。

データの利用が可能になったデータ分析手法を監査で有効活用できるようにするには、規制環境も変える必要があります。監査人の観点から見た現在の阻害要因は、使用しているテクノロジーの能力ではありません。現行の監査基準で、従来の方法に代えてそれらのテクノロジーをどの程度まで活用できるかという点です。監査人がデータアナリティクスを利用することにより、厳密に定められた監査業務の範囲を超えた、ビジネスに対する新たな洞察が明らかにされつつある分野では特に、規制面の問題への対処が急務になると考えられます。このような洞察を監査対象企業と共有すれば、独立性に関する重要な問題を引き起こすため、監査人と規制当局の双方が慎重に検討する必要が生じます。

より多くのデータを活用するデータドリブン監査プロセスへの移行は進んでおり、今後も速いスピードで進んでいくでしょう。問題は、データドリブン監査が従来の監査プロセスを変えるかどうかではありません。いつ、そして、どの程度変えるのかということです。


お問い合わせ

この記事関するお問い合わせは、以下までご連絡ください。

お問い合わせ

 

サマリー

企業のデジタルトランスフォーメーションにより、監査人は膨大なデータにアクセスできるようになりました。データドリブン監査手法に移行することで監査プロセスの信頼性を高められる可能性がありますが、それでもなお重要な役割を担うのは、プロフェッショナルとしての監査人の判断です。

この記事について

執筆者
Marco Vernocchi

EY Global Chief Data Officer

Data visionary. Passionate leader. Avid skier and lover of Italian wine.

Andreas Toggwyler

EY Global Assurance Chief Data Officer

Trusted advisor for global financial services firms on data, technology, operations and sourcing. Devoted to family, music, sports and cooking.

EY Japanの窓口

EY新日本有限責任監査法人 AIリーダー アシュアランスイノベーション本部 パートナー

アカウンティング・データ・サイエンティスト。監査のためのAI(人工知能)エンジニア。