4 分 2019年11月15日
Man woman paperwork standing amidst cars showroom

「モビリティ」時代における顧客体験とは

自動車メーカーやディーラーは製品重視から顧客重視へとシフトし、ロイヤルティーを高める必要があります。

Local Perspective IconEY Japanの視点

日本の小売業は、これまで顧客中心のアプローチを常に重視してきました。しかし、このアプローチをめぐる環境は、変化しつつあります。例えば自動車ディーラーについて、顧客との主要な接点という従来の役割は、物理面とデジタル面を融合させた顧客体験の提供へと、明らかにシフトしています。仮想現実・拡張現実の技術が浸透する中、今や、自動車購入プロセスの半数はディーラーではなくオンライン上で始まるようになりました。

自動車メーカーは、人口密度の高い都市部での販売戦略やディーラーごとの営業地域配分の見直しを行っています。そして、その多くが、ブランド価値に焦点を当てるため、販売段階でブランドとコーポレート・アイデンティティの刷新を図っています。従来的な3S(Sales、Service、Spares/販売、サービス、部品)の大規模アウトレット店舗ではなく、より小規模の、テーマ性のある販売店を設置する動きもあります。新たに導入された「日産シティハブ」や「Porsche NOW Tokyo」、「LEXUS MEETS」、「Mercedes me」のコンセプトは、顧客との接点を維持しつつブランド・アンバサダーの役割も担うよう変化する販売店の姿をはっきりと映し出しています。

 

担当窓口

山田 マーク裕二郎
EY Japan 製造業・モビリティリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 パートナー

自動車を買う場合にディーラーに行くことは、顧客にとって当たり前の行動でした。特定のディーラーに出向いたり、複数のディーラーを巡ったりすることは、それが良くも悪くも、自動車の購入を決める上で重要な体験でした。

しかし、この今までにない変化の時代においては、自動車販売業もまたディスラプションに直面しています。今日の消費者は、実際に購入するかどうか決めていない段階でも、特定の車や競合他社の車についてオンライン上でありとあらゆる情報を入手し、その情報を購入の際の手がかりにすることができます。さらに、自家用車を持つことで得られる利便性やステータスシンボルを躊躇なく手放し、柔軟で経済的な交通手段をとる消費者の数が増えています。このように市場が変化し、進化を遂げる中で、消費者をつなぎ留め、生き残っていくために自動車メーカーは何ができるでしょうか?

製品重視から、顧客重視へ

ある地域では、顧客が自動車を購入するまでにディーラーを訪れた回数は5回から1回に減少し、ディーラーに出向いた顧客のほぼ4分の1が不満を示したという調査結果があることを、メーカー側も認識しています。それでも、消費者の72%が、購入プロセスが改善されればもっと販売店に行ってみたいと感じています。¹自動車メーカーの約84%は、顧客とさまざまな接点を持ち、顧客により満足してもらうことで高い価値を提供できると考えています。しかし、その準備が整っているメーカーはわずか8%に過ぎません。²

自動車販売のエコシステムで起こっている大きな変化を考えると、顧客のロイヤルティーを高め、競争力を維持するためには、自動車メーカー、ディーラーがともに現在の製品重視の姿勢から顧客重視の姿勢へとシフトしていく必要があります。

顧客体験の向上

自動車メーカーやディーラーにとって大切なことは、顧客の期待に応えることはもちろん、その期待を上回る差別化された顧客体験をつくり出すことです。差別化されたブランド体験をつくり出すには、顧客の購入プロセスを変革し、デジタルとアナログの両面で販売のあり方を再検討する必要があります。また、あらゆるチャネルで最高級の体験を提供するため、顧客との新たな関わり方を模索する必要も出てきます。

顧客重視の体験を構築するための重要なポイント

  • シームレスなオンライン体験:多くの場合、顧客とメーカーの最初の接点となるのがオンラインです。オンラインの自動車販売に関してEYが実施したプログラムによると、ポータルサイトでの顧客体験を高める最も優れた機能は、いくつもの選択を重ねながら製品を選ぶことができるデジタルツールです。このツールは、動画、チャット、メールを使った製品情報やレビュー、支払い方法、オムニチャネルの販売プロセスの情報なども提供しています。支払い方法を選択できるという体験も、オンラインでの重要なポイントとなります。
  • 販売店の改革:自動車メーカーやディーラーは、互いに手を組み、顧客体験の向上を目指して販売店をアップグレードする必要があります。椅子やテーブルなどからフロアのレイアウトまで、店舗のあらゆるニーズがオムニチャネル体験の重要な要素となります。デジタルの販売ツールなども改革の一部として準備する必要があります。バーチャル技術を使用した製品展示やモバイルのカスタマイズアプリなどを利用すれば、顧客は車の内装や外装をその場で確認したり選んだりすることができます。
  • 新製品の開発、サービスのアンバサダーとしての役割:販売店の業務と顧客のニーズがますます複雑化していく中、これまでディーラーが担っていた役割の一部が不要となってきています。ディーラー側は、単に売買契約を結ぶだけでなく、顧客と接する上で製品やサービスの専門知識を前面に出していくという新しい役割を創造していかなければなりません。例えば、製品についての専門知識を持ったオンサイトの販売員が、実際の製品や細部の機能について顧客に説明し、製品に対しての信頼度を高めることによって、顧客体験を向上させることができます。さらに、製品を購入した後も、アフターケアの担当者が顧客との関係を保つことによって、自動車に関する今後のサービスを通じ、安定した顧客体験を実現することができます。
  • 顧客サービス・トレーニングプログラムの更新:顧客が購入を決めるまでの間、接点の全てが大きな意味を持つため、顧客とのコミュニケーションが毎回その顧客にとって良質な体験となる点が重要です。全面的な社員トレーニングプログラムを実施することにより、質の高い顧客体験と信頼の重要性を強調することができ、また、社員一人一人の役割を明確にすることもできます。

変わりゆく販売店のルール

新たな「モビリティ」時代へと移行していくにつれ、顧客を引きつけ、エンゲージするための従来のルールは変わっていきます。消費者の目がますます厳しくなり、情報に詳しくなる中、自動車メーカーとディーラーは販売モデルの転換を図り、顧客との接点を持つ全てのチャネルをシームレスに統合して、さらに特別なブランド体験を提供することが重要となってきます。

顧客戦略と購買プロセスの刷新、販売チャネルの調整、新製品の開発、顧客重視の人材管理といった取り組みにより、強固な土台をつくることで、自動車企業は将来の「モビリティ」時代へ向けて確かな道を築くことができます。

新たなモビリティエコシステムでは、ユーザーとの接点を巡る争いがすでに繰り広げられています。スマートフォンのユーザーは平均10個のアプリを使用しており、これからのモビリティサービスはこのうちの1つに入ることを目指さなくてはなりません。自動車企業が、未来のモビリティ社会で生き残ることを望むなら、シームレスなオムニチャネルの顧客体験を築き、今すぐ未来への道を歩き出すことが重要です。

サマリー

自動車を購入しようとする消費者は、これまではディーラーに出向く必要がありましたが、役立つ情報をオンラインで無限に入手できるようになった今、その必要はなくなりつつあります。顧客のロイヤルティーを獲得するには、顧客に向けて質の高いオムニチャネルの体験を提供しなければなりません。そのために必要なのが、まったく新しいツール、役割、ビジョンです。