第1章
強固なテクノロジーモデルを構築する
銀行はテクノロジーの波に乗り遅れています。
データやテクノロジーの課題については特に驚くことではない、とErnst & Young LLPのFinancial Services TaxパートナーのAnne Farrarは言います。「多くの問題の根本原因は、データがどう受信され、どう使用されているかという点に始まり、たいていそれで終わることを税務部門は理解しつつあります」
「税務という性質上、企業は構造化データと非構造化データを常に受け取ることになり、それを管理できる能力と、データを必要とする全ての人に送信できるプラットフォームを必要とします。データには潜在的リスクが数多くあるため、多くの企業ではその全てを特定することはできない、ましてや効率よく管理するのは無理だろうというのが私の考えです」
またFarrarは、企業との会話から税務テクノロジー専門のチームや専用の予算を確保していないところが多い、と指摘した上で、「しかしそれでは、規制環境が厳格化し人材争奪戦が激化する中、変化を起こすための『レバー』の余地などどこに残っているでしょうか」と疑問を投げかけます。
多くの銀行の税務および財務がテクノロジーの波にどんどん乗り遅れていっているという事実は、TFOサーベイの結果にも表れており、テクノロジーが、まだあまり活用されていないことがわかります。例えば、データウェアハウスやデータレイクを幅広く使用しているのはわずか43%です。クラウドベースのプラットフォームを大々的に利用しているのは35%、人工知能(AI)やロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)などのオートメーションを広く活用しているのはたった4%です。
興味深いのは、銀行・証券会社による税務テクノロジーへのむこう3年間の支出予定額の平均は、わずか270万米ドルだという点です。テクノロジーが今後重要になっていくことを考えると、驚くほど低い数字にみえます。
「税務部門が税務の管理者であり情報のハブであるという考え方は、税務要件のデジタル化によって通用しなくなっています」とSchiffmanは言います。「2~3年もすれば、規制当局や税務当局は、銀行の上流システムへの直接的なパイプを要求するようになるかもしれません。企業は今、こうした急速に変化している事態に対処していかなければなりません」
投資ではなくコソーシングやアウトソーシングを検討する企業
こうした投資不足について、税務や財務の意見は大きな組織の中では通りにくかったことに一因があるとLangは考えています。「投資がなぜ必要なのか、変化へのビジネスケースは、要件を満たすにはどのようなソリューションが必要なのか、といったストーリーを描くのは難しいと感じている税務部門は少なくありません。私たちは企業の税務とITの関係者を集め、税務部門が何を求めているかを伝えられるセッションを開催したことがあります。これにより、他の部門からのが合意が得られるのです」
税務テクノロジーへの投資レベルの低さを思えば、今後2年の間に財務・税務の一部業務のアウトソーシングまたはコソーシングを考えている銀行が多いことに納得がいきます。回答者の83%が、そうする可能性の方が高いと回答しています。
また、プロバイダーと提携して社内の財務機能のための包括的データ・テクノロジー変革戦略とソリューションを構築する利点は、すでに多くの企業の知るところであり、39%が税リスクプロファイルの低減を、38%が価値の向上を利点として挙げています。
第2章
法規制に対応する
法規制を巡る状況の変化は止まらず、レポーティングの負担も増える一方です。
次に待ち構えている大きな変化はBEPS 2.0で、その中にはグローバル・ミニマム課税の導入が含まれます。これによって状況はさらに複雑化し、銀行にさまざまな課題をもたらします。
「どう影響を受けるのか、急速に進化する非常に複雑なルールに対応するには何が必要なのか、企業は考えなければなりません」とSchiffmanは言います。「こうした問題は相互に密接な関連性があり、データやテクノロジー、人材に関する話ともつながっています。多くの国と地域において規則は急速に、かつ極めて高度な形で変化しているため、それによってもたらされる影響を直感的に理解することはできません。実際の情報を入手してルールエンジン対応モデルを開発し、基本ケースのときはどうか、それ以外のシナリオのときはどういった影響があるのかを理解し分析できるようにならなければなりません」
こうした取り組みは、税務部門がステークホルダーを相手に、法律や規制の変更でどういった影響が考えられるのか、また付随する影響には何があるかを説明する上で非常に重要になる、とSchiffmanは説明します。「また、組織に及ぼす今後の経済的影響を考える際の土台にもなります。例えば、実効税率や現金税務プロファイル、税負担の地理的分布をどう変えていくのか、といったことです」
「税の透明性や情報開示を求める動きが進むにつれ、こうしたことはいずれも今後ますます重要になっていきます。そしてその上で、必要なあらゆる変更を自社のグローバルな税務報告の枠組みに加え、ルールを順守することが求められています」
法制度に関する現在の話題の中心は新たなデジタル税務申告要件で、これはコストやリスクプロファイル、仕事量に影響を及ぼすと考えられています。TFOサーベイでは、銀行・証券会社の回答者は、今後5年間で平均1,010万米ドルを支出すると予想しています。これは少なくない数字です。
そしてここでも、この複雑な状況をどう切り抜けるのがベストなのか、多くの企業が模索しています。プロバイダーと提携して複数の国にまたがる税務コンプライアンスや法定報告業務をコソーシングする最大のメリットについて、リスクの軽減を挙げたのは44%、それにコスト削減が続きます(32%)。
第3章
人材争奪戦
テクノロジーと規制を巡る状況は、人材に関する難題を生んでいます。
TFOサーベイでは、人材に関しては日常業務から戦略的業務へ重点を移したい考えが見て取れます。従業員がデータ作業に費やす時間が適正ではないと77%が回答しており、63%が税務コンプライアンスについても同様だと回答しています。
EY Asia-Pacific Financial Services Tax Transformation LeaderのTalitha Jordanは次のように説明します。「この地域について言うと、クライアントとは人材の話がメインになっています。税務や財務の人材のスキルアップが今後重要になってくることから、ある意味、人材の問題はテクノロジーの問題でもあるように思います」
実際に、調査対象者の96%は、税務・財務の人材は今後3年の間に税務の専門スキルに加え、データ、プロセスおよびテクノロジーに関するある程度またはかなりのスキルを身に付ける必要があるだろうと答えています。
しかしこれは人材に関する話のごく一部に過ぎません。税務の専門家はよりよい報酬、よりよい機会、そしてその仕事をする意義を求めています。
「全く別の業界へ移っている人々がいます」とFarrarは言います。「例えば、銀行の税務・財務から、俊敏で変革に意欲的な大手IT企業などへ転職しているのです。また、こうした人々は生活の質という観点から仕事を考えようとしています。そのため一律オフィス勤務に戻そうとしている金融機関には難しい状況となるかもしれません」
第4章
ESGの重要課題
こうした中、全ての企業においてESGの優先度が高まっています。しかし規制はまだ策定段階です。
税務・財務部門が、政府や株主、事業拠点にしている地域社会といった主要ステークホルダーへの対応や報告業務に費やす時間は、今後2年の間に大幅に増加するとみられています。
実際に、TFOサーベイでは、質の高い税務情報開示や公的報告の業務が増えると81%が考えています。また、68%はグローバルな租税政策や係争も増えると予想しています。
ここでの問題は、ESG規制がまだ策定中であるケースが多く、先の計画が立てられないことです。加えて、銀行はすでにコンプライアンスという大きな負担を抱えており、新たな負担を加えるまでもなく、今でも十分に大変なのは誰の目にも明らかです。
「行動を起こすことに直接的なメリットがあるのか、あるいは今行動しないでいると明白な不利益を被るのか、企業は自問することになるでしょう」とSchiffmanは言います。「税制上有利なリターンを得る目的でさまざまな代替エネルギーに投資してきたクライアントもいます。そうした企業はその過程でESGの『E』を推進してきました。新しい市場を生み雇用を創出する低所得者向け住宅への投資のような、社会貢献事業に似た状況です」
米国に本拠を置く銀行を例に取ると、こうしたタイプの投資によって、グローバルな実効税率に実質的な低下がみられます。また、現実に違いを生む機会があることに加え、金融サービスに対する一般のイメージを向上できる点も押さえておくべきでしょう。
第5章
将来も通用する税務・財務部門を構築する
銀行および証券会社は、税務と財務の変革にまだ取り組んでいないのであれば、今すぐにすべきです。
一刻の猶予もない状況にもかかわらず、調査では88%の銀行が税務・財務の予算を平均で4.8%削減する予定であることがわかりました。
こうしたコストの問題は今に始まったことではありません。しかし、これまでに人員削減や一部業務の移転、新しい業務ツールの導入といったてこ入れをしてきた企業は、ソーシングモデルにおいてはもっと戦略的になる必要があります。おそらくは特定の税務や財務機能をコソーシングすることになり、そうすることで、ビジネスを拡大しそれに付加価値を与え、推進していく戦略的な業務や価値の高い業務に人々は取り組めるようになるでしょう。
「すでに多くの銀行では法人所得税と非所得税のコンプライアンスや税務会計、移転価格、タックスプランニングといった主要機能をコソーシングしており、今後もその流れは続くでしょう」とSchiffmanは言います。「また、コソーシングモデルで多くのメリットを実感するにつれ、税務係争支援や給与計算業務といった他の領域へのモデル拡大についても、税務・財務部門で検討が始まっています」
税務紛争を例に取ると、調査では、これを現在コソーシングしているのはわずか30%ですが、38%が現在検討中としています。
「最終的には、税務部門の中でコアとなる基本的な税務機能は何なのか、見極める必要がでてきます」とSchiffmanは言います。「それが、組織の中に絶対に残さねばならない部分です。それ以外はコソーシングして、コスト削減や効率性向上を進めればよいのです」
税務変革への弾みをつけるために銀行がすべきこと
手始めに、以下のことを考えてみるとよいかもしれません。
まず、現在の税務および財務の業務モデルを批判的な目で評価してみる
「今、何をどうするか。現在の立ち位置を理解して初めて、将来の変革に向けた実行可能なロードマップを描くことができます」とSchiffmanは言います。「現在の業務モデルと未来の業務モデルの架け橋になるのは、変革のビジョンと行動計画の策定と実施です」
どのようなてこ入れが可能か?
「コソーシングまたはアウトソーシングによってどんなコスト削減の機会があるのか考えてみてください」とSchiffmanは言います。「EYはこれまで、クライアント企業が持続的な改革を実施できるようサポートしてきました。社内人材のスキルアップを図ることで、社内の人間が付加価値の創造に集中でき、企業の戦略的協力者として力を存分に発揮できるようにする改革です。と同時に、効率を向上させる高度なテクノロジーを取り入れることで、常に変化し続ける環境にあっても、将来も通用する税務や財務を構築できるよう支援しています」
コストを幅広い視野でとらえる
適切な戦略的サービスプロバイダーと提携することで、銀行の税務・財務部門は、税務データおよびテクノロジーへの、企業全体での継続的な投資の恩恵を受けられるようになります。単一の金融機関では実行に踏み切れない、ましてや長期的な維持など無理と思われる投資の恩恵を受けられるわけです。Schiffmanは次のように述べています。「最先端の税務テクノロジーやデータ分析への投資はEYが常に行っていますので、EYのクライアント企業にはその必要がないのです」
データと真剣に向き合う
「将来、データは絶対不可欠なものになるというのは逃れようのない事実です」と Schiffmanは言います。「税務部門はデータを把握し、タイムリーで正確かつ完全な、目的に合った情報を取得できるよう取り組まなければなりません。そして税務当局やその他の規制当局から質問を受けたとき(そしてそうした避けられない質問の頻度は今後増えていく)、税務部門はそれに対応し、できるだけ早急に答えを出す立場になるのです」
複雑で急速に変化し続ける環境の中、銀行や証券会社には立ち止まるという選択肢はありません。規制やテクノロジー、人材、コスト削減、リスク管理、付加価値の創造といった問題に対応できる適切なソーシングモデルを見つけることが、今までになく重要になっているのはまず間違いありません。
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サマリー
銀行・証券会社は、自社の税務および財務の変革を優先事項と位置付けて取り組んでいく必要があります。それは、今後導入される規制や、テクノロジーの活用を広げる方向に移行していることを考えると、逃れることはできません。変化を受け入れ、ソーシングモデルに関して大胆な決断を下せる企業は、現在そして未来においてもリスクを管理できる可能性が高い企業です。また、機会が巡ってきたときに、より優位な位置でそれをつかみにいけるでしょう。