9 分 2022年9月27日
研究室に置かれた顕微鏡のレンズ

CEOが直面する喫緊の課題:ライフサイエンスセクターがサプライチェーン、M&A、ESGを重視する理由とは

執筆者
Arda Ural, PhD

EY Americas Industry Markets Leader, Health Sciences and Wellness

Co-author of numerous whitepapers and a frequent speaker about biopharmaceutical strategy at industry conferences. Married father of two.

Subin Baral

Global Deals Leader, Life Sciences

Committed to helping life sciences companies create focused business models that outperform. Family-focused. Loves road trips and the outdoors.

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スポーツ観戦と温泉をこよなく愛するM&Aアドバイザー

9 分 2022年9月27日

2022年度のEY CEO Surveyでは、M&Aファイヤーパワーがサプライチェーンを再構築し、サステナビリティを重視するライフサイエンスセクターの取り組みの原動力になっていることが分かりました。

要点
  • ライフサイエンスセクターのCEOの大多数が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを受けて自社の企業力が高まった、または以前と変わっていないと回答している。
  • セキュリティとレジリエンス(回復力)に注目が集まる中、多くのライフサイエンス企業がサプライチェーン体制の調整を進めている。
  • EY CEO Survey 2022によると、ライフサイエンス企業のM&Aへの意欲は、1年前に大きく落ち込んだものの、通常のレベルにまで回復している。

ライフサイエンスセクターでは、サプライチェーンにレジリエンスを持たせることと、重要性が高まるサステナビリティ問題への対処の2つにCEOが力を入れています。これは現在のニーズに対応するためだけではありません。長期的な競争優位性を獲得するためでもあるのです。

EY CEO Survey 2022のライフサイエンスセクターの結果によると、新型コロナウイルス感染症のパンデミック下で好転したと回答するCEOが多かったこのセクターでは、M&Aも再び戦略的に重視されるようになってきました。

こうしたライフサイエンスセクターの強みは、多くの他セクターのそれとは対照的です。本調査では、ライフサイエンスセクターのCEO250人のうち62%が、パンデミックにより業界が良い方向に生まれ変わった、あるいは、業界は影響を受けなかったと回答しています。なお、調査対象のセクター全体では、この割合が27%です。

ライフサイエンスセクターでは、パンデミックと闘うために新たな治療薬やツールを開発してきました。ワクチンや検査キットなどのこうした製品の収益は、ライフサイエンス企業の自己資本の積み上げに貢献しています。2021年は、バイオ医薬品セクターの M&Aファイヤーパワー(企業のM&A実行能力を貸借対照表の健全性に基づいて測定した指標)は、7年ぶりに1兆2,000億米ドル近くに達しました。

一方、パンデミックが創薬と医薬品開発、業務、サプライチェーン、製品化などバリューチェーン全体において事業のあらゆる面に混乱をもたらしているのも事実です。

ライフサイエンス企業は、健全なバランスシートを活用することで、買収とアライアンスにより主要な戦略的課題に対処していけます。それだけでなく、社内投資により、主要部門を整備し、全てのステークホルダーにもたらすことのできる長期的価値を高めることもできるのです。

安全でレジリエンスの高いサプライチェーンを構築する

これが最も当てはまるのがサプライチェーンです。その背景には、低コストの国や地域からの調達を重視する仕組みをとってきたことがあります。新型コロナウイルスのまん延を防ぐため各国政府が工場などの操業停止に踏み切ったことや、輸送の停滞、貿易摩擦などにより、この仕組みに混乱が生じました。低コストの国や地域にいかに集中しているかは、医薬品製造の内訳から見て取ることができます。米国食品医薬品局(FDA)によると、米国市場向けの医薬品有効成分(API)を製造している施設で、米国外に立地しているところは2019年8月時点で72%に上ります。またパンデミックを受けて、必須医薬品や医療用品の国内での供給を確保した国もあります。

セキュリティとサステナビリティ、アジリティ(機動力)はいずれも現在、監視対象のリスクに入っているため、企業は一部の能力を市場の近くに移そうとしています。ライフサイエンス企業の経営幹部は、主要な材料と製品を入手できる確実な供給ルートを確保する一助として、調達基盤の拡充と新たな選択肢の創出を図りたい考えです。

  • ライフサイエンスセクターの回答者の4分の3以上(78%)がグローバルな業務やサプライチェーン体制の調整を行った、または行う予定と回答。
  • このうち39%が、サプライチェーンの調整により物流コストの削減と不確実性の軽減を図ったと答え、26%がレジリエンスを高めるために、サプライヤーの数を増やしたと回答。

サプライチェーンの国内回帰は長期的な取り組みです。サプライチェーンの中で内製化が不可欠なのはどの部分かを検討することが、ライフサイエンス企業には求められます。内製化が必要な部分として考えられるのは、その製品の種類や戦略上の重要性によって変わりますが、一部の製造や包装などです。これ以外の臨床試験とデータ収集、流通、一部の製造のような機能については、専門知識がより豊富だったり、主要な市場ですでに稼働している拠点を持っていたりするアライアンスパートナーの方が成果を上げることができるかもしれません。研究開発(R&D)でさえ、小規模のバイオテクノロジー企業への投資によって加速させることが可能です。

アセットライト(資産圧縮型)2 方式をとり、サプライチェーンの一部を提携先に委ねることで、会社の長期戦略の中核を成す事業などに資金と経営幹部の時間を集中させることができます。ただし、何を内製化し、何を外部委託するかを決めるに当たっては、取引と税務の最適化目標を達成しやすくなるオペレーティングモデルを考慮する必要があることを覚えておかなければなりません。

製造業務を外部委託したとしても、信頼できる医薬品受託製造開発(CDMO)事業者を市場で見つけることは必要です。また、環境が変化する中で、サプライチェーンの動向を常に把握する手法を改善することもおそらく必要になるでしょう。人工知能と機械学習機能の出現により、起こりそうな問題を予測し、予防策を講じる企業の能力も向上しています。

企業がサプライチェーンの強化策を講じるメリットはたくさんあります。例えば、リードタイムの短縮、市況の変化に対する対応の迅速化、バリューチェーンにおける在庫の最適化です。国内回帰のもう1つのメリットは、サプライチェーンのレジリエンスの確保に寄与する点です。それにより顧客サービスを向上させ、追加の費用がかかる材料の調達や製品の出荷における遅延を防ぐことができます。

サステナビリティの必要性が高まる一方、投資家は懐疑的

サステナビリティへの投資は、デジタルトランスフォーメーションへの投資、オーガニック成長の加速、価値の創造と並んで、ライフサイエンス企業が資金を集中させる分野となっています。またライフサイエンスセクターでは、今後の成長戦略にとって最も深刻なリスクの1つとして、気候変動による影響に拍車が掛かっていることとサステナビリティの実現を求める圧力が高まっていることを挙げるCEOが増えてきました。

ライフサイエンス企業は従来、その製品が患者に社会的利益をもたらすことから、環境・社会・ガバナンス(ESG)で中⼼的な役割を果たしてきました。とはいえ、環境により良い影響を及ぼす余地はまだあります。世界の製薬業界の上位15社を対象として2019年に⾏われた分析の結果から、売上⾼100万⽶ドル当たりの温室効果ガス排出量が、⾃動⾞セクターより55%多いことが分かりました3。パンデミックの間に、使い捨ての個⼈⽤保護具や検査キットの使⽤が広まったことなどから、医療廃棄物も⼤きな問題となりました。

それでもライフサイエンスセクターでは、サステナビリティの推進を主導するリーダーになることで、会社は競争優位性を獲得できると回答したCEOが3分の1弱に上りました(30%)。⼀⽅、これが⻑期的戦略の基盤であると答えたCEOは全体の13%です。

排出量の削減策を講じることは、コスト削減につながる可能性があります。またこのセクターは、医療機器の回収と再利⽤で貢献できることから、すでに取り組んでいる企業もあります。

サステナビリティはリーダーが検討すべき優先課題となってきており、そのメリットを投資家にきちんと認識してもらうことが不可⽋となるかもしれません。サステナビリティへの移⾏については、それに伴うコストや、この戦略で得られる可能性がある⻑期的なリターンが疑問視され、投資家の反対にあったとCEOの57%が回答しています。

財務的価値を含めた長期的価値の創造にESGを具体的に結び付けることは、投資家の支持を得る上で役立つ可能性があります。それにもかかわらず、長期的価値を創造するためにサステナビリティのKPIを定めていると回答したライフサイエンスセクターのCEOは3分の1(32%)にとどまりました。

バリューチェーン全体の測定可能な排出量目標の追加、医療機器での材料の再利用、持続可能な包装といったKPIの設定は、投資家との話し合いにおいても、企業文化にESGを組み入れる上でも、サステナビリティなどESGの要素の戦略的重要性を強調する手段となるかもしれません。

環境問題に関する専門知識と能力を加えることができれば、M&Aもサステナビリティを後押しする手段となり得ます。実際、サステナビリティ要素がなぜM&A計画の推進要因になっているのかと尋ねたところ、CEOの82%が長期的価値の創造や競争優位性などの戦略上の理由を挙げました。

サステナビリティの戦略や取り組みが、汚染に対する罰金などの規制当局による処分や、顧客からの反感などを最小限にとどめることにより、価値を守り、価値を創造する一助となり得ます。ブランドに対する信頼と⼈材を保持・獲得する能⼒を⾼め、資本コストを削減することもできます。

M&Aを生かして戦略的目標を達成する

全体的に見て、戦略的ツールとしてのM&Aは以前の水準に戻りつつあります。ライフサイエンス企業のCEOの55%が、今後12カ月間にM&Aを積極的に推進する予定であると回答しました。ただしこの値は、2021年の43%からは増えたものの、本調査の対象となった世界のCEO全体の59%は下回っています。買収理由で多かったのは、事業運営能力の強化(CEOの26%)、ボルトオン買収による市場シェアの拡大(同21%)、ESGのランキングやパフォーマンス、サステナビリティ関連の実績の向上(同20%)です。

M&Aに対する意欲

55%

今後12カ月間にM&Aを積極的に推進すると回答したライフサイエンスセクターのCEOの割合。

一方、ライフサイエンスセクターのディール環境では競争が熾烈を極めています。CEOの61%が、買収計画を完了できなかったり、取り止めたりしたと回答しました。その理由として多かったものは、評価額で合意に至らなかったこと(34%)とパンデミック(29%)の2つです。

市場の厳しい状況の緩和は期待できないかもしれません。今後12カ月間に敵対的買収提案や競争入札が増加すると回答したCEOは74%、このセクターではプライベートエクイティが主な買収企業になると予想したCEOは75%に上りました。

ディール市場で競争が激化する状況が続く中、ライフサイエンスセクターのCEOは、新たな人材とイノベーションに接触するため、より幅広く、かつ、より戦略的なパートナーシップを含め、アライアンスを重視する傾向を維持しようとするかもしれません。実際、2020年以降、主要なバイオ医薬品企業がアライアンスに活用したファイヤーパワーはM&Aの1.5倍でした。ライフサイエンス企業はアライアンスにより、将来的に買収先になる可能性を秘めた創業直後のアーリーステージ企業と、より緊密な関係を構築することもできるかもしれません。

結論

パンデミックの現段階では、ライフサイエンスセクターは経営面で他のセクターより強い立場にあります。この資金力と経営陣の注目度の高さという強みを生かし、迅速な対応が必要なサプライチェーンの再構築やサステナビリティ推進の取り組みなどを、長期的価値の創造へとつなげることができます。最も長期的な影響力を持ちつつ会社の戦略とパーパスにも沿った活動に注力することで、強い立場を維持し、来るべき成長課題に対応できるかもしれません。

本記事の執筆にあたっては、Ernst & Young LLPのHarish Kumarの協力を得ました。

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    1. “Safeguarding Pharmaceutical Supply Chains in a Global Economy,” U.S. Food and Drug Administration, 30 October 2019

    2. Ambar Boodhoo, Subin Baral, “Why asset-light strategies are asset right for life sciences companies,” Ernst & Young website (United States), 21 September 2021. 注:アセットライト(資産圧縮型)方式の戦略やビジネスモデルでは、人材、プロセス、テクノロジーなどの能力を「より優れたオーナー」に移転することで、固定費型から変動費型への移行が可能になり、アジリティが向上し、資源の転換が容易になるため、企業は中核能力を重視できるようになります。

    3. Lotfi Belkhir, Ahmed Elmeligi, “Carbon footprint of the global pharmaceutical industry and relative impact of its major players,” Journal of Cleaner Production, vol 214, 20 March 2019, pages 185-194.

サマリー

本レポートは、2022年度に実施した EY CEO Survey におけるライフサイエンスセクターの結果をまとめたもので、CEOが直面する喫緊の課題(CEO Imperative)シリーズの一部です。このシリーズでは、CEOが組織の未来を創る上で役立つ、重要な解決策とアクションを提起しています。

この記事について

執筆者
Arda Ural, PhD

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