メガディールはこれからも予期せぬときに発生するでしょうが、ディールの件数は今後も650件前後以内で推移するものと思われます。したがって、最も重要な数字であるディール件数に関して、下降傾向にはないと結論づけることができます。しかしながら、2010年以降はっきりとした上昇傾向も見られません。
さらに、化学工業のM&Aのバリュエーションについては、ここ数年で大きな上昇の動きが見られます。
化学セクター全体に与えられたトランザクションマルチプルの平均値は、2017年に約14.1倍、2016年に10.5倍、そして2015年には10.4倍でした。ところが2018年には5月までのトランザクションマルチプルが史上最高の15.1倍へと増加したのです。
その大部分は農業用化学製品企業の増加によって押し上げられたもので、2013年の6.8倍から105%増加して2018年には14倍になりました。また特殊化学製品企業もそれに続く70%の増加率でした。一方で総合化学製品企業と一般化学製品企業は減少しました。
トランザクションマルチプルを押し上げる要因
急騰の理由として石油価格の上昇を挙げる人もいます。ガス業界は明らかに影響を受けていますが、石油価格の上昇トレンドでは、1バレル当たりの価格が50米ドル未満となっている中でさえ、ガス以外の2次セクターにおいて全体的に上昇したことの説明が付きません。
特殊化学製品と一般化学製品は両方ともキャッシュフローの見通しがどんどん良くなっていることの恩恵を受けています。しかし、石油価格の上昇も改善するキャッシュフロー見通しも、こうした高いマルチプルを保証するものではありません。
データが示しているのは、ピュアプレイポートフォリオ戦略に集中し、買収と売却の両方を通じて注力する産業におけるポジションを強化した企業のバリュエーションが高くなっているということです。総合化学製品企業が分社化することによって、株式のバリュエーションと市場プレミアムがその恩恵を受けます。
短期的には、購入側にも売却側にも有利な状況であるように見えます。 長期的に、ピュアプレイポートフォリオに回復力があるかないかは、必ずやって来る景気後退期に試されることになります。
化学工業関係者であれば、物言う株主がピュアプレイポートフォリオの構築に向けてロビー活動を行う際に掲げる理由についてよくご存じだと思います。つまり、株主、経営陣、そして現場の全員が注目すべきなのは、ハイマージンでR&D出費の大きな特殊化学製品企業とは大きく異なり、より広範に景気循環の影響を受ける一般化学製品企業のユニークな特徴にあるということです。
総合化学製品企業のポートフォリオでは、一般化学製品事業も特殊化学製品事業も投資や管理が不十分な傾向にあるようです。 特殊化学製品事業と一般化学製品事業の利益が留保され割り引かれるため、株主は利益を得られません。
不況以前の総合化学製品企業の株主利益は特殊化学製品企業と比べても遜色ありませんでした。 2000年代初頭、総合化学製品企業の買収価格はEBITDAの約2.3倍で、実際に特殊化学企業の約1.5倍よりも高かったのです。
今後の化学セクターにおけるM&Aの見通し
化学セクターにおけるピュアプレイポートフォリオ構築を促進するM&Aの波によって、競争的価格を守るために必要なレベルの事業の集中が実現するのはまだ先のようです。
2018年の残りの期間および2019年は、統合によって企業がピュアプレイポートフォリオの構築と非コア事業の売却をさらに進めて行く中で、石油化学、塗料およびコーティング剤、プラスチックおよび合成樹脂、ポリマーおよびその他の特殊化学製品を注視する必要があります。
化学セクターのM&A市場を動かしている根本的要因の多くは、今後も以下を含むM&Aのインセンティブを生み出すことになるでしょう。
- 低コストで調達できる資金
- 低成長の経済環境下で収益を伸ばすために資産を獲得する必要性
- ピュアプレイポートフォリオへの再編
- 規制当局による大型買収案件に対する精査を契機とする資産売却のドミノ効果
こうしたトレンドの中にあるチャンスとは
化学企業の経営幹部はこのディール環境を活用し、以下を行うことで会社の潜在力をフルに実現し、より良い未来を築くことができるでしょう。
- 定期的に自社の事業ポートフォリオを見直し、現有資産がコア事業にふさわしいものかどうか確認し、埋めるべきギャップを明らかにし、買収のチャンスが発生したときにすぐに対応できるようにする
- 全体的な状況の調査を怠らず、買収の可能性がある事業を認識する
- 売却価値を最大化するために、非コア事業を整理する