2022年3月9日
企業による生物多様性/自然資本に係る取り組み(TNFDに対応した開示に向けて)

企業による生物多様性/自然資本に係る取り組み(TNFDに対応した開示に向けて)

執筆者 牛島 慶一

EY Japan 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー EY新日本有限責任監査法人 プリンシパル

サステナビリティの分野で活躍。多様性に配慮し、プロフェッショナルとしての品位を持ちつつ、実務重視の姿勢を貫く。

2022年3月9日

企業のサステナビリティへの取り組みについて、気候変動に次ぐトピックとして生物多様性/自然資本が注目されています。

気候変動関連情報の開示タスクフォースであるTCFDと同様のものとしてTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)が発足し、フレームワークの策定が進められています。
その概要と、企業が対応しておくべき事項についてご紹介します。

要点
  • TNFDでは、民間企業や金融機関が、自然資本および生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するためのフレームワークの構築を進めている。
  • TNFDのアプローチは「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」。自然関連リスクと機会を特定し、経営戦略に組み込むことで組織をレジリエントなものとし、また機会を生かしていくことが期待される。
  • TNFDフレームワークは作成途上であるが、現時点で得られる情報などから早々に対応を進めておくことは、他社との差別化、よりレジリエントな組織作りなどにおいて有効と思われる。


生物多様性/自然資本への高まる関心

「生物多様性/自然資本」に係る企業の取り組みについては、気候変動への対応と同様、過去からその必要性がうたわれてきました。これまで一部の先進的な企業においては、定量評価の試みや、認証された原料(木材、パームオイルなど)の調達を推進するなどの取り組みが見られていたものの、全般的には気候変動対応に比べて取り組みが進んでいるとは言い難い状況であったと考えられます。そうした状況がこの1,2年で変化し、現在では企業による生物多様性/自然資本への急速な関心の高まりが見られます。

本稿では、まず生物多様性/自然資本に係る企業の取り組みにおいて留意すべき視点を整理してお伝えします。また、現在策定が進められている「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」のフレームワークについては、公表時に多くの企業が対応すると思われますが、その方向性と対応に向けて企業が取り組むことが有用と思われる事項について概説します。

生物多様性/自然資本に係る企業の取り組みにおいて留意すべき視点

企業の生物多様性/自然資本に係る取り組みにおいて留意すべき視点としては、以下が考えられます。

  • 自社の事業活動の範囲だけではなく、原料の採取段階、輸送段階、販売した製品の廃棄段階など、サプライチェーン全体を視野に入れる。
  • 企業活動と生物多様性/自然資本との関係は、企業活動が与える影響、企業活動への恵沢(依存)の二方向から考える。
  • 生態系は多種多様な動植物による複雑な関係性の上に成り立っており、ある生物種への影響が他の生物種に連鎖的に影響を及ぼす可能性にも留意する。
  • 重要性の評価は、定量的な側面(土地利用面積、金額換算値など)だけではなく、定性的な側面(希少種の生息地、脆弱〈ぜいじゃく〉な生態系の有無など)についても考慮する。

TNFDの概要

TNFDは、民間企業や金融機関が生物多様性/自然資本に関するリスクや機会を適切に評価し、情報開示をするためのフレームワークを構築する組織です。UNDP(国連開発計画)、WWF(世界自然保護基金)、UNEP FI(国連環境計画・金融イニシアチブ)、グローバルキャノピー(英国の環境NGO)により、2021年7月に正式発足し、2023年中のフレームワーク公表を目指して策定を進めています。フレームワークの最終的な形は未確定ですが、現時点で提案されている内容から、概要や特徴を整理すると、次のようになります。

1. 対象となる資源のスコープ

生きている(生物的な)自然のほか、水、土壌、大気といった非生物資源も含まれていますが、鉱物資源については「自然に関連した枯渇」がスコープとなっています(「自然資本」に近いものの、完全には一致していない、と言えます)。

2. アプローチ

TNFDは、その名からイメージされるように、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)をベースにして構築されると考えられます。以下の4本柱をアプローチとして採用しており、TCFDと同様に、「自然関連」のリスクと機会を特定し、経営の根幹に係る事項として企業戦略に組み込み、対応していくことにより、企業をよりレジリエントなものとする、また機会を生かしビジネスチャンスとしていくことが期待されます。

  • ガバナンス:影響、依存度、リスク、機会に関する組織のガバナンス
  • 戦略:組織の事業、戦略、財務計画において、自然に対する影響と依存度、関連するリスクと機会が実際に及ぼす影響と潜在的な影響
  • リスク管理:自然に対する影響と依存度、関連するリスクと機会を認識、評価、管理する目的で組織が採用するプロセス
  • 指標と目標:関連する自然に対する影響と依存度、関連するリスクと機会を評価、管理する目的で使用する指標と目標
3. 自然関連リスクと機会

「リスクと機会」について、TCFDよりも広く、その概念を指すものとして、「自然関連リスクと機会」という用語を推奨しています。その概念を整理すると、以下のようになります。

  • 影響:会社やその他主体による、自然の状態に対するプラスまたはマイナスの影響
  • 依存度:人間や組織が機能するために頼っている、人間にもたらす自然の側面(生態系サービス)
  • 自然関連の財務リスク(物理的リスクと機会):自然生態系の機能や機能停止に伴う事象によるもの(急性リスク)と、より長期的な変化によるもの(慢性リスク)
  • 自然関連の財務リスク(移行リスクと機会):自然に影響を与えるような変化により生じる経済的な損害・利益
  • システミックリスク:重要な自然のシステムが適切に機能しなくなるリスクなど
4. 優先順位付け、段階的なフレームワーク

情報開示を行う企業が、フレームワークの特定の側面に優先的に取り組む必要性を示しており、下記の2つのステップを提案しています。

①  自然に対する影響と依存度が最も大きい産業の情報開示を優先
②  優先産業の中で最も重要な自然関連リスクと、十分な質のデータが容易に入手できるものについて、優先的に開示

またTNFDは、報告主体がフレームワークに合わせていくための柔軟で段階的なアプローチを定めており、「基本」、「中間」、「包括的」の3段階に分けて要件を提示することを提案しています。

5. 評価手法(ガイダンス、ツール)

TNFDの技術的スコープと運用モデルに関する提言(TNFD「Nature in Scope」)では、以下の2つのガイダンス、ツールが言及されており、今後、標準的に使用される可能性があります。

  • ENCORE:NCFA(Natural Capital Finance Alliance:自然資本分野の国際金融業界団体)とUNEP-WCMC(UNEP World Conservation Monitoring Centre:国連環境計画 世界自然保全モニタリングセンター)が共同開発。環境変化が経済に与える影響を可視化するツール
  • SBTN初期ガイダンス: Science Based Targets Network (SBTN)より発行された、SBTs for Nature(自然に関する科学に基づく目標)の設定に関する企業向けの初期ガイダンス

TNFDフレームワークに基づく開示に向けて

TNFDフレームワークは現時点ではまだ策定中ですが、現時点で得られる情報などから早々に対応を進めておくことは、他社との差別化、よりレジリエントな組織作りなどにおいて有用と思われます。以下に考えられる取り組みの例を示します。

1. 生物多様性/自然資本との関係性評価

自社の事業と生物多様性/自然資本にどのような関係があるか(例えば、原料調達における自然資本の採取の有無、製品廃棄時に廃棄物などが自然界に放出される可能性の有無など)、把握しておくことが考えられます。

2. 自然関連リスクと機会の特定

1の結果をベースに、顕在化または可能性のある自然関連リスクと機会を特定する(定量評価ではなくても定性評価を進めておく)ことも有用と考えられます。

リスクの例

  • 原料や水資源の採取による、採取地域または周辺地域での大規模な森林伐採、脆弱(ぜいじゃく)な生態系の消失、希少種やそれが食料とする動植物への影響
  • 原料となる自然資本が生態系変化などにより採取できなくなることによる製品の生産量減少、生産停止

機会の例

  • 特定したリスクへの対応(調達ルート、原料の変更、インパクトのオフセット~ネットゲインなど)による生産のレジリエンスの強化、レピュテーションの向上
  • 他社における自然関連リスクを解決する製品・サービスの開発、販売によるビジネスチャンス
3. 自社およびサプライチェーンにおける生物多様性/自然資本管理体制の構築

自社およびサプライチェーンにおける生物多様性/自然資本の管理体制について、ベンチマーク調査、外部情報調査(例︓CDSB〈気候変動開示基準委員会〉のBiodiversity Application Guidance)などを通じてベストプラクティスを特定し、「ありたい姿」を設定します。また現状とのギャップから、今後取り組むべき事項を特定し、整備していくことが考えられます。

4. 経営戦略への生物多様性/自然資本の観点の導入

TNFDにおいてもTCFDと同様、生物多様性/自然資本への対応について、経営陣が関与し、経営課題に組み込み、戦略に反映させていく体制の構築が要求されると推察されます。経営陣などへの訴求、啓発も含め、早々に体制作りを進めることが望まれます。

引用・参考文献:

【共同執筆者】

多田 久仁雄
EY新日本有限責任監査法人 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS) マネージャー

20年以上にわたり、環境に関する業務に従事。
温室効果ガスをはじめとしたESG/サステナビリティ情報に関する第三者保証や関連アドバイザリー、また生態系・自然環境分野、廃棄物リサイクル分野など、環境全般について広く経験を有する。
現在は気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)のコンサルタントとして、主に環境/EHS分野での業務に従事し、顧客のサステナビリティパフォーマンスの向上に貢献している。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

サマリー

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、民間企業や金融機関が生物多様性/自然資本に関するリスクや機会を適切に評価し、情報開示をするためのフレームワークの策定を進めています(2023年公表予定)。あらかじめ対応を進めておくことは、他社との差別化、よりレジリエントな組織作りなどにおいて有用と思われます。

この記事について

執筆者 牛島 慶一

EY Japan 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー EY新日本有限責任監査法人 プリンシパル

サステナビリティの分野で活躍。多様性に配慮し、プロフェッショナルとしての品位を持ちつつ、実務重視の姿勢を貫く。