2021年1月18日
水素エネルギーの灯が照らす未来

ビジネスと生物多様性に関する情報開示への取り組み

執筆者 高村 比呂典

EY Japan Assurance Climate Change and Sustainability Services (CCaSS) Senior Manager

環境安全衛生とプロダクトスチュワードシップの分野で事業者を支援。ランニングと食べ歩き愛好家。

2021年1月18日

生物多様性は近年グローバルに取り組むべき重要な課題の1つとして認識されていますが、ビジネスとの関係や事業者が取り組む内容は、まだCSR的活動にとどまっています。では、持続可能なビジネスの実現に向けてどうしていけばよいでしょうか。

要点

  • 生物多様性に関するビジネスの課題が明確に認識されず、事業者としての取り組みもCSR的な活動にとどまっている場合が多く見られます。
  • 生態系サービスとは、生態系が人類に対して供給する、私たちが生きることそのものへのかけがえのないサービスのことです。生物多様性はこの生態系サービスを安定させ、また強靱(きょうじん)なものとするための重要な要素となります。
  • 生物多様性は、サステナビリティに関するその他のトピックと深く関係しており、それぞれの側面が有機的に関連し合っています。


生物多様性に関する概況

昨今、ESGや環境のグローバルな問題として気候変動が取り上げられることが多くありますが、生物多様性もまたグローバルに取り組むべき重要な課題の1つとして認識されています。一方、ビジネスとの関連については、生態系サービスを直接的に利用しない業種の場合、生物多様性に関するビジネスの課題が明確に認識されず、事業者としての取り組みも植林などのいわゆるCSR的な活動にとどまっている場合が多く見られます。

グローバルに生物多様性を考え、その保全のための重要な枠組みとなるのが生物多様性条約です。本条約には2020年を年限とした愛知目標が設定されていますが、この目標の多くは達成できない見込みという報告が公表されています。なお、2020年以降の取り組みについて協議を行う予定であった生物多様性条約の第15回締約国会議は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、2020年10月の実施予定が2021年5月に延期になっています。

ビジネスにおいて実施すべき課題が不明確で、必ずしもその取り組みの進捗(しんちょく)が条約の目標を満たしていないような状況では、ビジネスと自然環境の関係に係る事業者の情報開示などを促進する活動としてTNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)が始動しています。これはUNDP(United Nations Development Programme:国連開発計画)やIUCN(International Union for Conservation of Nature:国際自然保護連合)がリードして進め、金融機関なども多く参加しています。名称がTCFDと類似していることからも分かるように、TCFDが気候変動に関する情報開示を促進するものであるのと同様、TNFDは自然環境に関する情報開示を促進するものとなります。2020年12月時点でTNFDウェブサイトに掲載されているスケジュールでは、2021年前半にその対象とするスコープや計画などを定め、2021年中に完全に発足するとしています。

TNFDがどの程度社会的に認知されるのか、また事業者に対してどのような内容の要求がなされるのかはまだ明確ではありません。しかし、生物多様性が地球でビジネスを遂行するわれわれにとって重要であることは論を待たず、持続可能なビジネスの実現に向けては、自社のビジネスと生物多様性の関係を適切に把握することが最初の、また最も重要な一歩となります。

生物多様性および生態系サービス

一般的に、生物多様性は以下3つのレベルが考慮されます。

  • 遺伝子の多様性―1つの種の中でさまざまな遺伝子を持つこと
  • 種の多様性―多くの種が存在すること
  • 生態系の多様性―生物が活動できるさまざまな種類の生態系が存在すること

生態系サービスとは、これら生態系が人類に対して供給する、ビジネスだけではなく私たちが生きることそのものへのかけがえのないサービスのことを指します。生物多様性はこの生態系サービスを安定させ、また強靱(きょうじん)なものとするための重要な要素となります。

生態系サービスの分類にはいくつか方法が提示されており、例えば以下のような4つに分類することができます。

  • 供給サービス―食物をはじめとした、人類が生態系から取り出して利用するさまざまなものを提供する生態系サービスのこと。水や植物、薬品の原材料などの供給もこの中に含まれる。
  • 調整サービス―生態系が実施する、大気の浄化や水質浄化、土壌の保持など、人類が生きていく上で必要な働きのこと。
  • 文化的サービス―文化、芸術や観光、レクリエーションなど、人類の精神的な活動に寄与する働きのこと。
  • 基盤サービス―栄養循環や水循環、また土壌の形成などの働き。

ビジネスと生物多様性の関係の複雑さ

ビジネスでも多くの生態系サービスを直接的・間接的に利用していますが、ある活動が生物多様性に良い影響を与えるかどうかについては多面的に検討する必要があります。

例えば、農業においてある化学肥料の使用をやめて自然肥料にした場合、化学肥料による水質汚染などは低下し、水質保全の面からは生物多様性に良い影響を与えるかもしれません。しかし、それにより収量が低下した場合、同じ量の農作物を得るためにより多くの耕作地の開発が必要となります。これは生物多様性に対して負の影響を与える可能性があります。

また、プラスチック廃棄物を減らすために食品包装を簡易化すると、場合によっては腐敗する食品が増えることになり、その結果として食品ロスが増え、より多くの農作物が必要になる可能性があります。

ビジネスでの取り組みが生物多様性に与える影響を把握するためには、影響へのシナリオを注意深く検討する必要があります。

サステナビリティに関するその他の側面との関連

生物多様性は、サステナビリティに関するその他のトピックと深く関係しています。

例えば、気候変動は生物が生息する地域が変動することから生物多様性に大きな影響を与えるものと認識されています。また循環経済においては、衣服のリサイクルを進めることで繊維などの供給サービスへの負担を減らすことができると考えられています。さらに社会・人権リスクの側面では、先住民の権利の尊重やコミュニティーへの配慮が未開発の生態系を守ることにもつながると認識されています。

統合した枠組みでの取り組みの推奨

上記に述べた通り、サステナビリティのリスクと機会は、それぞれの側面が有機的に関連し合っています。それらの側面を独立して管理することは事業者のリスク管理の効率性を著しく低下させるだけではなく、持続可能性に関する取り組みを正しくない方向に導く恐れがあります。例えば、循環経済だけを考慮して食品包装を必要以上に簡易化した場合、食品ロスが増え、生物多様性や公衆衛生などに負の影響を与える可能性があります。

事業者としての理念を明確にし、その理念に基づいたサステナビリティへの取り組みを継続的に続けるためにも、サステナビリティの側面(環境・安全・社会・人権など)をまとめて取り扱うことができる、統合リスク管理の枠組みの策定が強く推奨されます。 

サマリー

グローバルに生物多様性を考え、その保全のための重要な枠組みとなるのが生物多様性条約です。
ESGや環境のグローバルな問題として気候変動が取り上げられることが多くありますが、生物多様性もまたグローバルに取り組むべき重要な課題の1つとして認識されています。

この記事について

執筆者 高村 比呂典

EY Japan Assurance Climate Change and Sustainability Services (CCaSS) Senior Manager

環境安全衛生とプロダクトスチュワードシップの分野で事業者を支援。ランニングと食べ歩き愛好家。