EY新日本有限責任監査法人 ライフサイエンスセクター
公認会計士 西川太一/塚本大作
1. 医薬品製造業の特徴
医薬品製造業とは、薬機法により厚生労働大臣の許可を受けて医薬品の製造販売を行う企業群が属する業界を指します。
医薬品製造企業には、
① 医療用医薬品を主力製品とする企業
② 一般用医薬品を主力製品とする企業
③ ジェネリック医薬品を主力製品とする企業
などが挙げられます。
第2回では、新薬を取り扱う医療用医薬品企業について、次の解説をします。
- 医薬品製造業の特徴、仕組み
- 会計処理の特徴:研究開発、収益認識・測定、その他
(1) 新薬開発への取り組み
医薬品製造業においては、新薬を開発できるか否かが企業の命運を左右します。画期的な新薬を開発するための研究開発活動は、医薬品製造企業(以下、製薬企業)にとって最も重要な活動になります。
特に、パイプライン(有望な新薬の種)は世界的に枯渇しているため、パイプラインを確保し、新薬開発に結び付けるために、製薬企業は、さまざまな活動を行うこととなります。
研究開発に係る取引、さらには知的資産に係る取引などに留意が必要です。
(2) 多品種少量生産と流通の仕組み
医薬品は多品種少量生産品であり、かつ生命に関連する商品であることから安定供給が要求されます。
ゆえに、特に医療用医薬品については、一般的に流通の専門機能を持つ医薬品卸企業を通して、医療機関等への販売取引が行われます。すなわち、製薬企業から医薬品卸企業へ、医薬品卸企業から医療機関等への販売が行われることとなります。
製薬企業と医薬品卸企業の間における取引、契約、商慣行なども留意すべき視点です。
(3) ジェネリック医薬品に対する取り組み
特に近年、医療費削減を背景とした、わが国のジェネリック医薬品の普及促進政策によって、ジェネリック医薬品のシェアは大きく上昇を続けています。
医療用医薬品企業にとっても、ジェネリック医薬品分野への取り組みは欠かせない視点となります。
2. 会計処理の特徴
(1) 収益の認識・測定に係る特徴
製品の売上に係る収益の認識・測定に関しては、次のような特徴があります。
① 出荷基準の妥当性
医薬品業界においては、医薬品販売は物品の授受を伴う取引であるため、出荷基準による収益認識が慣行となっています。
2021年度から施行される「収益認識に関する会計基準」(以下、収益認識基準)では、医薬品販売について、通常、支配は一時点で移転すると判断されます。すなわち、収益は支配が移転した時点で認識することになります。支配の移転に関して、次の指標を考慮します。
(1) 企業が顧客に提供した資産に関する対価を収受する現在の権利を有していること
(2) 顧客が資産に対する法的所有権を有していること
(3) 企業が資産の物理的占有を移転したこと
(4) 顧客が資産の所有に伴う重大なリスクを負い、経済価値を享受していること
(5) 顧客が資産を検収したこと
現状では製品の出荷時に収益計上している場合でも、収益認識基準では顧客の検収が支配の移転に該当すると判断される場合は、収益の認識時期を出荷時点から顧客の検収時点に変更することが必要になる可能性があります。
② 薬価の存在とその改定
医療用医薬品については、薬価と呼ばれる公定価格が存在します。薬価は、医療機関における診療報酬の請求単価となります。
また、医薬品流通において、製薬企業から医薬品卸企業への販売単価を「仕切価格」と呼び、医薬品卸企業から医療機関等へ卸す価格を「納入価格」と呼びます。
構造的に製薬企業の販売単価である仕切価格は、最終消費者価格である薬価を基礎として価格構成されます。薬価改定により薬価の引き下げがなされる場合には、仕切価格もその影響を受けるため、製薬企業の仕切価格決定には、医薬品卸企業とのリベートを含めた交渉も必要となります。
③ 医薬品卸企業へのリベート、アローアンス
薬価引き下げが続く中、一律な仕切価格の値下げは抑えられがちであり、製薬企業と医薬品卸企業の間には「売上割戻し(リベート)」や「報奨金(アローアンス)」などの商慣行が存在しています。医薬品業界においては、名称のいかんを問わず、実態に応じて一般的に次のように区別しています。
- 売上割戻し(リベート)
通常マージンのほかに、一定条件に基づいて取引先に行われるリベートを指します。医薬品卸企業から医療機関等への販売(卸の実消化)につき一定金額、一定数量を超える売上を達成した場合などに、契約による割戻基準に基づいた金額が、製薬企業から医薬品卸企業へ支払われます。
(会計処理)
通常、値引処理と同様に、売上高の控除として売上相殺処理がなされます。
金額が確定していない場合でも、重要性に応じて合理的に見積り可能な金額を引当計上します。この場合、製薬企業では、医薬品卸企業が保有する在庫に対して将来発生すると予想されるリベート金額を、契約等に従ったリベート計算基準による見積りを行い、引当金計上することとなります。
【仕訳例】
(売上割戻し確定時)
売上割戻しには、その額だけ現金を渡す場合もあれば、売上債権を減額させる場合もあります。ここでは、債権を減額させる場合を例とします。

(引当金計上時)

収益認識基準では、リベート・値引について、前述のような引当金計上ではなく、顧客と約束した対価のうち変動する可能性がある部分となるため、リベート・値引が含まれる契約において、財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ることとなる対価の額を見積もり、収益を認識する必要があります。
【仕訳例】

- 報奨金(アローアンス)
製薬企業が医薬品卸企業における販売を促進するためなど、多種多様な形で製薬企業が政策的に支出するものを指します。医薬品卸企業における各種販売促進活動の実績に応じ、医薬品卸企業が支出すべき販売費用に対しての一部補てんを行う場合などが考えられます。
(会計処理)
通常、販売促進を目的として支払われることから、販売促進費等の費目により販売費及び一般管理費として経理処理がなされます。
金額が確定していない場合でも、引当要件を満たすものについては重要性に応じて合理的に見積り可能な金額を引当計上することが考えられます。
【仕訳例】
(報奨金確定時)

(引当金計上時)

収益認識基準では、リベートやアローアンスについて、顧客から受領する別個の財又はサービスと交換に支払われるものである場合を除き、収益の減額として処理することが明確化されました。別個の財又はサービスと交換に支払われるもの以外のリベートやアローアンスで、従来、販管費として処理している場合は、会計処理の見直しの検討が必要になります。
④ ライセンスビジネス(導出取引)
医薬品業界においてはパイプラインを確保することが非常に重要であり、そのための特許に係るビジネスも頻繁に行われます。
特許に係る取引の中で、薬剤の開発及び販売権の使用許可を他社に供与することを、一般的に「ライセンス導出」と呼びます。具体的には、次のような取引があります。
- 特許権の譲渡
特許権につき自己は保有せず、完全に他者に売却を行うこと - 特許権のライセンス契約締結
特許権につき、自己が保有したまま製造権、販売権などの一部を地域、期間、内容などを定めて供与すること。ライセンス料、ロイヤルティ、実施料、使用料などと呼ばれる「対価」を得ます。
この「対価」(以下、ライセンス料)は、算定方法によって、さまざまな種類があります。ライセンス料の種類について大きく区分すると、売上又は利益の一定割合を受け取る、毎月定額を期間に応じて受け取る、などの出来高払い方式、最初にまとまった金額を決定し、追加支払いを行わない固定払い方式、両者の併用方式、があります。
固定払い方式は、さらに契約一時金方式、マイルストーンペイメント方式に大別されます。契約一時金方式は、契約時にまとまった金額を受け取ります。受取人側から見れば、まとまった金額が最初に入ることで、開発費用の回収が一度にできることとなります。
一方、マイルストーンペイメント方式は、成功報酬型の受け取り方式であり、医薬品の開発の進捗(しんちょく)に応じて、一定の成果などを達成する都度、ライセンス料を受け取ることとなります。研究開発を行う支払人側から見れば、初期投資額が抑えられるほか、研究開発途中での予期せぬ副作用発生により中断した場合などのリスクを抑えることが可能となります。
現在では、マイルストーンペイメント方式及び、契約一時金方式との併用方式が主流となっています。
(会計処理)
導出取引に係る収入については、収益認識がいつの時点であるか個別に契約を吟味した上で、各企業における「主たる事業」に該当するか否かにより、営業収入とするか否かを判断することになると考えられます。
導出取引は、特許権に係る取引にあわせて研究開発サービス、製造、販売などの複数の要素が一つの契約の中に折り込まれるなど、契約が非常に複雑となっている場合があります。このような場合においても、実態に応じて十分に吟味した会計処理を行うことに留意が必要と考えられます。
収益認識基準では、ライセンス導出について、次のいずれかの権利を提供するか判断します。
- ライセンス期間にわたり存在する企業の知的財産にアクセスする権利
- ライセンスが供与される時点で存在する企業の知的財産を使用する権利
知的財産にアクセスする権利に分類するためには、以下の要件全てを満たす必要があり、要件を満たさない場合には知的財産を使用する権利となります。
- ライセンスにより、顧客が権利を有する知的財産に重要な影響を与える活動を行うことを、契約上要求されている又は顧客により合理的に期待されている
- ライセンスによって供与される権利に基づき、顧客が前述の企業の活動によって直接影響を受ける
- 当該活動は顧客に財又はサービスを移転するものではない
提供したライセンスが知的財産にアクセスする権利に該当する場合、対価を契約開始時に契約一時金として受領する契約であっても、契約期間などの一定期間にわたり収益認識することになる可能性があります。
現状でライセンス供与に伴い受領した契約一時金を、返金不要等の理由により一括収益計上している場合でも、収益認識基準において、当該ライセンスが知的財産へアクセスする権利に該当すると判断されるときは、契約期間にわたり収益認識する方法への変更が必要になる可能性があることに留意が必要です。
マイルストーンペイメント収入やロイヤルティ収入については、収益認識基準上では変動対価として考えられ、企業が受領する権利を有する対価の額につき、最善の予測手法(最頻値法又は期待値法)を用い、変動対価を見積もらなければならないと規定されています。その際、企業は変動対価に係る制限、すなわち、収益の重要な戻入れが発生しないという可能性が非常に高い金額のみに収益認識を制限する必要があります。例えば、企業は、マイルストーンペイメントなどにより受け取ると見込む対価を見積もる必要があり、業績やマイルストーン達成前であっても、変動対価に係る制限を考慮した上で、当該変動対価の一部を収益認識する可能性があります。ただし、導出契約に基づく売上高ベース又は使用量ベースのロイヤルティについては、変動対価の見積りに関する規定は適用されず、その後の売上又は使用が発生する時点と、売上高ベース又は使用量ベースのロイヤルティの一部又は全部が配分されている履行義務が充足(又は部分的に充足)される時点の、どちらか遅い方に収益認識を行う必要があります。
(2) 研究開発に係る特徴
製薬企業が研究開発活動を行う際、次のような取引を行うことが考えられます。
① 委託研究
製薬企業が研究開発を行うに当たり、自社において研究開発を行うほかに、外部企業へ研究を委託することもあります。特に、医薬品業における研究期間は長期にわたることが多く、かつ研究には多額の資金が必要であるため、分割支払い条件が設定された委託契約を締結することが多いといえます。
(会計処理)
研究開発費の会計処理については「研究開発費は、全て発生時に費用として処理しなければならない」(研究開発費等に係る会計基準三)とされています。そして、委託研究については、一般的に研究の成果は委託者側に帰属するものと考えられるため、委託者側では「研究開発費等に係る会計基準」に沿った処理を行い、委託研究に係る費用は、全て発生時に費用処理します。従って、契約金等は前渡金として処理しますが、契約に基づき委託した研究開発の内容について検収等を行い、役務の提供を受けたことが確定した時点(発生時点)で、費用として処理することとなります。
【仕訳例】
(支払時)

(検収時)

委託研究に係る会計処理については、特に研究期間が長期にわたる契約の場合には、いつの時点をもって「役務の提供を受けた」と判断するかについて留意が必要となります。具体的に、次のような検収基準が考えられます。
- 成果物の提供に伴い検収を行う基準
→研究が最終的に終了した段階で成果物を入手
→研究計画の進行の都度、成果物を入手(研究テーマが細分化されている場合など) - 契約による研究費用の支出に伴い検収と見なす基準(研究計画の進行の都度、成果物の入手はなされないが、計画どおりの進行の報告がなされるなど)
② バイオベンチャーへの投融資
バイオベンチャー(BV)とは、バイオテクノロジー(生物学的技術)を用いて、病気の治療や産業に役立つ画期的な製品、新技術を世に送り出すベンチャー企業をいいます。
このような研究開発型BV企業の形態は多様ですが、大きく創薬型と研究支援型に分類されます。ここでは、創薬型のBV企業を特に意識して解説します。
創薬型BV企業では、一般的に研究開発の成果を特許権として知的財産化し、製薬企業に対して譲渡の実施や、ライセンス契約を結ぶことにより収益化を図ります。バイオテクノロジーは生体を対象とするゆえ研究に長期間を要し、かつ多額の資金が必要となるため、研究開発資金の確保が必要となります。BV企業では設立当初より製薬企業から資金・技術提供を受け、事業を行う例が多いといえます。
BV企業と製薬企業の間における資金提供の手段としては、製薬企業からの投資、融資が考えられますが、そのほか共同開発を実施することなども考えられます。
(会計処理)
このような投融資については、契約内容や取引内容を十分に吟味した上で、取引の実態に応じた会計処理を行うこととなります。特に、契約内容と取引実態が異なる場合などには留意が必要です。
投融資の会計処理は次のとおりです。
- 融資
通常、資金の貸借日に融資金額を取得価額とし、貸付金として会計処理します。 - 投資
株式会社の形態をとることが多いと考えられるBV企業への投資は、投資金額を取得価額とし、有価証券として会計処理します。BV企業への投資は通常、売買目的ではなく、研究開発の成果を得ることを目的とする長期的投資であり、金融商品会計上の「その他有価証券」に該当すると考えられます(金融商品に関する会計基準第18項)。
【仕訳例】
(融資時)

(投資時)

前述のように、バイオテクノロジーは研究開発の成果が出るまでに長期間を要するため、起業から間もないBV企業については、十分な収益が確保されない状況も想定されます。BV企業への投融資の評価については、継続企業の前提にも留意した上で慎重な検討が必要です。
なお、BV企業の活動においては、大学の研究成果の活用や、外部機関の利用、他企業との連携などの視点にも留意が必要と考えられます。
③ 導入取引
特許に係る取引の中で、他社から薬剤の開発及び販売権の使用許可の供与を受けることを、一般的に「ライセンス導入」と呼びます。導入取引では、契約一時金方式及びマイルストーンペイメント方式などの固定払いについて、研究開発途上のパイプラインに係る支出は研究開発費として、その全額を一時の費用として計上し、研究開発の不確実性を伴わない製商品に係る支出は販売権など実態に即した資産勘定で計上し、合理的な償却方法によって費用認識するのが一般的です。
(3) その他
① 偶発債務
医薬品は生命にかかわるものであることから、その副作用や薬害訴訟の発生は、潜在的リスクとして常に存在します。
薬害訴訟などが発生した場合には、訴訟の負担に関する見積りの妥当性を十分に検討する必要があります。
② 多額の税務申告調整
研究開発活動、特許取引が活発であることから、研究開発費や移転価格税制などに関連して、多額の申告調整が必要となるケースが多いといえます。
特に、長期にわたる将来減算一時差異項目が多数存在するため、税効果会計については回収可能スケジュールを十分に吟味する必要があります。