第1章
3つの時間軸を同時に見ながら対応する
パンデミック収束後のジグザグ型をした経済回復の波に乗るには、リーダーは「現在」「次」、さらに「その先」に向けて行動し、計画を練らなければなりません。
EYでは、パンデミックへの対応は主に3つの段階に分けられると考えています。つまり、即時の緊急事態対応(現在)、安定と回復への移行(次)、新たな市場に向けた長期計画(その先)です。
「現在」、「次」「その先」という3段階は明確な区切りがなく、順次進んでいくものではありません。むしろ、3つの時間軸全てを念頭に置き、危機後の環境を乗り切ることがリーダーには求められます。「現在」の緊急危機管理体制はかなり緩められてきたものの、今後、地域社会において感染拡大の第2波、第3波が起きることは十分予想されます。そうした地域ではロックダウンが実施され、企業による緊急時対応が必要となるでしょう。レジリエンス(復元力)とアジリティ(迅速性)を取り戻す「次」の段階に入ったかどうかは、一律に判断することができません。緊急の危機対応の段階からいまだ抜け出せていない産業セクター(航空、ホスピタリティ、フィットネスジムなど)もあります。リーダーは、「現在」と「次」の2つの段階の間でどのようにギアを切り替えるかを学ぶと同時に、その後に訪れる「その先」の環境に備えなければなりません。
EYは、経済回復はジグザグ型になる可能性が高いとの見方を示しました。成長軌道に戻る道は平坦ではなく、私たちは既に、回復したかと思うとすぐに後退に転じる状況を目の当たりにしています。例えば、米国では最近、雇用統計が急速に改善し、明るい兆しが見えてきましたが、パンデミック前と比べると失業率は高止まりしています。世界経済もパンデミック前の水準には戻っておらず、市場は相変わらず不安定さ(volatility)、不確実性(uncertainty)、複雑性(complexity)、あいまい性(ambiguity )が複合したVUCAに支配されているのが現状です。
不確実性の高まりで加速する乖離…
さらに、ようやく理解され始めたことですが、不安定さを増幅させているもう1つの現象があります。すなわち新型コロナウイルス感染症の影響による乖離現象です。株価とGDP、企業業績と経済全体、雇用水準と経済成長の乖離が加速しています。かつては連動していた従来の指標が今では乖離し、分かりにくい市場の指標を読み解く中で、経営陣は迅速な対応を講じるためのメカニズムを構築しなければならないというプレッシャーの高まりにさらされています。
シフトが起きているのは経済だけではありません。社会や心理面も同様です。新型コロナウイルス感染症が人々の安心感と信頼に及ぼした直接的な影響は、デジタル化の加速同様、長く尾を引く可能性が高いと考えられます。世界中の多くの国や地域でロックダウンが解除されても、バスや電車に乗る人はなかなか増えません。米国では公共交通機関の利用率が85%減少し、調査回答者の75%がその主な理由として衛生面での心配を挙げています1。EY Future Consumer Index調査では、ドイツで消費者の51%が公共交通機関での移動に抵抗があると回答しました2。一方、ロサンゼルスから台湾に至るまで、さまざまな地域で自転車の利用率が急増しています。都会で暮らす人々が公共交通機関の利用を避け、自転車通勤に切り替えていることから、世界の大手自転車メーカーや、自転車のギアと部品を製造する日本のあるメーカーは売り上げが40%~50%も増加しています3。
…そしてコンバージェンス(収れん)
一方で、複数の要因が重なって変化が促された分野もあります。例えばオンライン診療は、技術の進歩、デジタルツールの利用に対する人々の信頼度の向上、規制の緩和によって成長したと言えます。英国では、消費者の42%が新型コロナウイルス感染症収束後に遠隔医療の利用を増やす意向を示しています4。
経営陣は、このような変化が自社の経済・社会・心理・業務面における価値提案に及ぼす全ての影響を考慮に入れる必要があります。このようなシフトが長期的、つまり、さらに「その先」の未来にどのような展開をみせると考えられるかにフォーカスすると同時に、業務の変革を図り、こうした不確実で新しい課題に対応していかなければなりません。
デジタルエンタープライズを実現するということは、単に業務のデジタル化によって物理的な業務強化を図るということではなく、はるかに抜本的なことです。人を組織の中心に据え、スピード感をもってテクノロジーを導入し、大規模にイノベーションを進めることによって事業を根本から見直し、競合他社を圧倒する必要があります。
第2章
次なるビジネスサイクルである「その先」は、それまでの2つの成長サイクルとどう違うのか?
次の成長サイクルにおける成功は、健康、コネクティビティ、関係性、創意工夫、説明責任に対してリーダーがどのようなアプローチをとるかにかかっています。
次のビジネスサイクルがどのようなものになるのかは、まだ正確には分かりません。ただし、新型コロナウイルス感染症拡大前の経済には戻れないということだけは分かっています。今回のパンデミックで、私たちの優先順位と経験、期待は変わりました。パンデミック前から既に起きていた変化は加速し、深化しています。EYメガトレンドレポートでは、こうした数多くの変化を掘り下げて分析しています。特に着目しているのが、私たちの暮らし方、働き方、消費の仕方を巡る長期的な傾向が、どのようにして今日の企業経営のあり方に大きな意味を持つようになってきたかです。私たちの多くは一瞬のうちに、リモートワーク、オンライン学習、オンラインショッピングをすることを余儀なくされました。これらは、まさに2020年1月に誕生した消費者性向と言えるかもしれません。eコマースは、パンデミックが起きるずっと前から、間違いなく主要分野として成長路線にありましたが、新型コロナウイルス感染症拡大で急成長を遂げています。オムニチャネルを活用する体制を整備していなかった企業は生き残っていません。
EC業界の専門メディア『Digital Commerce 360』による米国商務省データの最新の分析結果から、2020年上半期に米国の小売業者から消費者がオンラインで購入した金額が3,472億6,000万米ドルに達し、昨年同時期の2,668億4,000万米ドルから30.1%増加したことが分かりました5。比較してみると、2019年上半期のeコマースの売り上げは前年同期比で12.7%の伸びにとどまっていました。
環境、公衆衛生、デジタル世界など、多くの分野で永続的な変化が生じることが予想されます。今後の成長戦略を練るに当たり、経営幹部は自社のビジネスモデルのどの要素がこの新たな未来で重要な意味を持ち続け、どの要素を変える必要があるのかについて考える必要があります。EYのチームは、変化が生じる可能性のあるこれらの分野にフォーカスするためのレンズとなるよう、5つの側面を持つEY Lens for Betterを開発しました。企業はこのレンズを通して今後を見通し、パンデミックによる直接的な影響を克服した先に待ち受けるものに備えて計画を立てることができます。
EY Lens for Better
EY Lens for Betterはセクターに関係なく、以下の課題について検討する経営幹部をサポートします。
- 健康の向上:公衆衛生、持続可能性、環境問題の解決法にこれまで以上に力を入れる必要性
- 接続性の向上:バーチャルコネクティビティから自動化や人工知能(AI)を活用した労働力まで、あらゆる面でデジタルトランスフォーメーションとテクノロジートランスフォーメーションを加速させる必要性
- 関係性の向上:グローバルな関係性と極めて地域的な関係性の両方を見直す必要性
- 創意工夫の向上:さらなるイノベーションを促し、より持続可能で柔軟性に富んだ収益力のあるビジネスソリューションを創出する必要性
- 説明責任の向上:財務・業務・商業上の意思決定と、全てのステークホルダーに長期的価値をもたらすことを重視する目的志向の戦略との適正なバランスをとる必要性
第3章
成長するための体制を整えるためにリーダーが今できることは?
トランスフォーメーションと成長の体制を整える上で必要なレジリエンス(復元力)とアジリティ(迅速性)を高めるために、すぐに取るべき行動が5つあります。
間もなく訪れる回復の波に乗るためには、EY Lens for Betterを利用して今後の投資の優先順位を決めるだけでなく、今すぐにしっかりと準備を整えることが肝要です。コスト基盤を低く抑え、かつ柔軟に保つことで財務上の判断をすばやく下せるようにし、ジグザグ型の回復が続く中、需要の突然の変化に耐える力を付ける必要があります。リーダーは今後新たに直面する課題に対応するにはどのような人材が必要かを、慎重に検討しなければなりません。全従業員が急速なデジタル化について理解し、実行に移せるようにすることも求められます。
不確実性が高まる中、企業が取るべき行動が5つあります。これらの行動の優先度がすぐに下がるようなことはありません。
1. レジリエンスを最優先とし、臨機応変な対応を可能にする本当に抑えたコスト基盤、より柔軟性のある労働力、主要部門に的を絞って優先順位の見直しを図った身軽なポートフォリオを実現しながら、賢明な判断をもってその他の部分をアウトソーシングする。
2. 管理プロセスの自動化からデジタルによる顧客体験の強化まで、完全なデジタルエンタープライズを実現させるためにデジタル化の第二段階に着手する:金融サービス分野では、新型コロナウイルス感染症の収束後について、全世界の消費者の28%が銀行の実店舗にはもう行かないと回答し、半数以上(56%)がモバイルバンキングやインターネットバンキングの利用を増やすとしています6。
3. サイバーセキュリティ対策を強化する:クラウドコンピューティング企業Iomartが実施した調査から、2020年の第1四半期は、データ侵害の件数が前年同時期に比べて273%も増えたことが分かりました。サイバー犯罪が急増する背景には、オンラインバンキングやeコマースの利用、リモートワークの増加があります7。
2020年第1四半期
273%前年同時期に比べてデータ侵害が増えた割合。
4. リスクや社会的・環境的影響という観点からサプライチェーンの見直しを図り、効率性と責任のバランスを取りつつ、直線的なサプライチェーンから統合型のエコシステムとネットワークに移行する:このような透明性の向上を加速させているのは消費者です。全世界の消費者の90%が、原産地保証は購入を決める際の重要な判断基準になると回答しています8。
5. デジタル、バーチャル、ギグワークをベースにした就業という状況の中で従業員のつながりを確保しながら業務を見直す:EYパルテノンが先ごろ調査を実施したところ、世界全体では回答者の48%が今後は在宅勤務の時間を増やすとしています9。
長期的価値をもたらすためのトランスフォーメーション
一方で、行動の変化やトレンドによって、以下のような点から組織の根幹そのものを見直す必要も出てくるでしょう。
- 会社の目的は意味を失っておらず、信頼が得られるものか?
- 戦略はその目的に合致しているか?
- 経営モデルは戦略に対応したものか? 会社の資産配置とポートフォリオの優先順位は適切に決められているか?
パンデミック収束後の新たな環境で、世界は新時代を迎えつつあります。今後は、長年の前提や基準が通用しなくなるかもしれません。新たな考え方が求められることになるでしょう。
トランスフォーメーションには短期的・中期的・長期的な変化の推進要因にフォーカスする能力が求められます。しかし、経営幹部が最終的に重視しなければならないのは、持続可能な長期的価値の創造です。効率性だけを重視する時代が長く続きましたが、これからは企業の責任をより強く考慮し、短期的な成果より長期的価値に重点を置くことも必要になります。
成功の定義の幅は広がる一方です。企業は、株主・顧客・従業員・社会に等しく価値をもたらして、広く繁栄するための取り組みを行っています。
新型コロナウイルス感染症の収束後は、株主のために四半期ごとの利益を上げることだけに注力する企業から、株主だけではなく、従業員・消費者・社会全体といった幅広いステークホルダーに長期的価値をもたらす企業へと、資本と人材がシフトする可能性が高いと考えられます。
意義のある目的をもち、長期的価値に本気で取り組む経営幹部こそ、自身が創造する価値を享受し、実証し、測定するのに最適な人物といえるでしょう。
厳戒警報:これは避難訓練にあらず
このようなシフトや混乱に直面している経営幹部にとって、今は悠長なことを言っている場合ではありません。新型コロナウイルス感染症が拡大する前の時代とは異なり、トランスフォーメーションに着手する決断は、もはや先延ばしや後回しにするわけにはいきません。自社の回復計画の策定に当たっては、新型コロナウイルス感染症がもたらした問題に対応するだけでなく、それ以上の取り組みを行わなければ、時代に呼応できなくなります。
とはいえ、将来に全く希望が持てないというわけではありません。これは、リセットし、再検討を行い、再構築するチャンスであり、リーダーは全力で取り組む必要があります。その先の未来を賭けた戦いの勝者は、大きな見返りを得ることができます。
サマリー
目前に迫った経済回復を見据えて成長体制を再び整えるためには、現在の破壊的な変化のうちどれが一時的なもので、どれが根付いていくものかを判断する必要があります。その上でトランスフォーメーションを実現し、パンデミック収束後の世界という、これまでとは異なる環境での成功を目指さなくてはなりません。そのためには、EY Lens for Betterを活用して、当面重点を置くべきトランスフォーメーションの優先順位を決める必要があります。その際には、全てのステークホルダーに長期的価値をもたらすことに尽力する姿勢を示す企業こそが、今後も成功する可能性が最も高いことを肝に銘じる必要があります。