
第1章
持続可能な経済回復の構築
正しく経済回復させることが、レジリエントで生産性の高い経済、環境に優しい未来、そして公平な社会を実現させます
経済回復が順調に進めば、危機の余波への対処、金融機関の貸出能力の確保、そして新しいビジネスサイクルを通じた企業や個人の支援が可能になります。こうした変革にはトレードオフがつきものであり、取り残された人々は支援を受ける必要があります。
持続可能な経済回復に向けた包括的な目標—レジリエントで生産性の高い経済、より環境に優しい未来と公平な社会—を生み出すために不可欠な6つの連携分野について、詳しく説明します。
目標1:レジリエントで生産性の高い経済
パンデミック危機により、先進諸国までもが経済的弱点を露呈しました。ロックダウンは、消費者需要の下落とサプライチェーンの混乱を引き起こしました。企業は、賃金の削減、労働者の一時帰休や解雇によってこの危機に対応しています。幅広いエリアで流動性が低下し、債務不履行や倒産のリスクが高まっています。
これと相まって、所得と繁栄の成⻑を決める要素の1つである世界における⽣産性の伸びは、ここ10年で減速しています。経済のレジリエンスを⾼め雇⽤を創出することが、生産性に影響を与えることになります。
今回の危機により、一部の国では医療システムの苦境や社会的セーフティネットの不足など、公共サービス提供の弱点も明らかになっています。このような問題は、格差の拡大や社会の不安定化につながります。
経済成長を達成するには、こうした課題のすべてに対処しなければなりません。生産性を高めるのに合わせ、投資、市場改⾰、⾼いスキル、新しいテクノロジーを組み合わせて雇⽤を創出するとともに、官民ともにレジリエンスを高めていく必要があります。今私たちはより良い未来を⽀えるため、賢明で無駄のない、効率的なグローバル経済を作り上げる機会に直面しています。
目標2:環境に優しい未来
環境に優しい形で経済回復を実現していくことは必須です。グローバルGDP総額の半分以上は、安定した環境に大きく依存しているため、気候変動による混乱の影響を受けやすいと言えます4。気候変動に対処する行動を起こさなければ、2030年までに新たに1億人が貧困に陥り、3つの地域だけでも1億4,300万人が職を失う恐れがあります。5
気候変動に対処する行動は、こうした悲観的な予測を緩和するだけではありません。国連は、低炭素でレジリエンスの高い経済への移行によって、現在から2030年までの間に6,500万人分の新たな雇用を創出できると予測しています。6
工業生産と移動が強制的に停止されたことで空気がきれいになり、二酸化炭素排出量(大気中濃度ではない)はここ14年間の最低水準にあると推定されています。パンデミック危機によって、人々の関心が環境問題に向かったとも言えます。7
機関投資家にとって、行動を起こす必要性があることは、明らかです。2020年第1四半期には、気候変動に関する決議への株主支持が増加しています8。新型コロナウイルス感染症の危機は、環境問題への対応にブレーキをかけるどころか、加速させているのです。気候変動は国境を越えた問題であり、世界的な共同政策対応が求められます。各国政府、企業、社会は、この真にグローバルなリスクがもたらす最悪の結果を阻止するために、解決策の構築と採用に向けて早急に協力する必要があります。
目標3:より公平な社会
世界金融危機の後、一本調子の回復を果たした市場はほとんどなく、社会的分断にうまく対処できなかったばかりか、一部では分断がいっそう深刻化しています。今回の危機を受けて、この問題に注目が集まっています。例えば、低賃金の仕事に就く人、自営業者、ゼロ時間契約で働く労働者は増え続けています。こうした人々は、景気低迷時に解雇されやすく、社会保障のセーフティネットを十分に利用できません。健康格差もまた、パンデミックがもたらした重要な問題の1つです。さらに、人種差別に対する抗議の波が、米国から欧州、オーストラリアへと広がっています。これはパンデミックの直接的な結果とは言えなくとも、不平などの是正に向けた早急な取り組みの必要性が具体的な行動となって表れたと言えるでしょう。
今こそ、公平な雇用機会の課題を含め、すべての市民のために政策効果を高め、社会的不平などに対処する機会であり、これを逃してはなりません。持続可能な経済回復は、単なる雇用創出の問題ではありません。重要なのは、良質な仕事への雇用機会の創出を通じて、人々の生活を改善すること、そしてより安定した社会を構築することです。
持続可能な経済的繁栄を支える優先事項の1つが社会的包摂です。この考え方を支えているのは、ILOが発足させた独立組織である「仕事の未来世界委員会(Global Commission on the Future of Work)」です。同委員会が最近公表した報告書は、各国が経済成長と開発を最も効果的に推進するためには、社会契約をアップグレードし、市民が仕事の世界をうまくかじ取りできる態勢をさらに整えることが必要だと結論付けています。9
優先順位や出発点は、国や地域ごとに異なります。しかし、地球上のあらゆる政府にとっての第一歩は、気候変動と社会的不平などという難題に取り組みながら、より生産性とレジリエンスの高い経済を構築するという原則から始まるべきです。
EY Global Government and Public Sector LeaderであるGeorge Atallaは、次のように述べています。「成長への回帰は、私たちがどのような経済を構築したいのか、どのような社会を作り上げたいのかを意図的に選択することと結びつきます。重要なのは、どのような世界に住みたいのかを決めることです」

第2章
連携のための新しいモデル
パンデミックを超えて持続可能な経済回復を構築するには、公共部門と民間部門の連携がこれまで以上に必要です
パンデミックの真っただ中、特別な連携モデルが出てきました。例えば、連携の結果として史上最大規模の科学的データの交換があり、競合企業の共同イニシアチブへの参加をもたらしています。各国政府や国際機関の間で若干の対立は生じたものの、国家と企業間の迅速な連携は技術面・医療面の解決策をすみやかに実現しています。これにより、共通の目標に焦点を合わせると何が可能になるかが明らかになった一方で、地政学的緊張が深刻化し、多くの国が自国第一主義的な対応をとるようになってきました。
近い将来に新たなパンデミックが発生する可能性が比較的高いことを考えると、中央政府と地⽅⾃治体間や国際的な連携、事前警告システムの導⼊といったテクノロジーの活⽤が、最も重要になっています。
パンデミックを超えて持続可能な経済回復を構築するためには、新たな官民連携モデルが必要です。関係者(各国政府、規制当局、銀⾏、企業)が連携することで、新たな価値を創造する⽅法が作られ、こうした連携がなければ、経済回復の迅速性、確実性、持続可能性は損なわれるでしょう。

第3章
優先的に連携すべき6分野
順調な経済回復とは、優先度マトリクスのバランスをとることです。
持続可能な成長と雇用を生み出し、新たな未来に向けて進むためには、各国政府、銀⾏、企業が6つの重要な分野(余波への対応、投資の促進、財政における優先事項の調整、世界貿易のサポート、イノベーションの推進、仕事とスキルの重視)で協力する必要があります。
1.余波への対応
所得保証、家賃や税金の繰延、失業給付の強化といった救済策が導入されてきたものの、パンデミックを抑え込むために実施されたさまざまな封鎖的措置によって、多くの企業や個人の財務は危機的状態に陥っています。こうした企業や個人が財務の安定性を取り戻せるよう支援し、企業が成長を目指すためのプラットフォームを提供することが、経済回復にとって不可欠です。
現在の危機を乗り越える中、体制を⽴て直す企業が出てくる⼀⽅で、経営難や倒産に陥る企業が⼤幅に増えることは避けられないでしょう。そのため、経済回復のための原則に沿って、⾦融機関、政府、規制当局が協⼒し、不良債権に対応し、経済活動を推進していく必要があります。
体系的なサポートの構築に向けて、次のようなツールを活用できるでしょう。
- 最後の貸し手スキーム—経営難の企業を対象としたDIPファイナンスの一形態の促進。
- 資産管理会社 — 政府所有の資産管理会社は、銀行の不良債権負担をなくす役割を担い、国から十分な支援を受けて、既存の借り手に適切な解決策を提供します。
- 資産保護スキーム—特定の貸付や資産に伴う損失に対して、政府が銀行を保護するリスク共有スキームです。
規制当局による金融機関への支援策としては、ストレステストと自己資本バッファー処理の再開時期を明示することで、銀行のリスク選好の緩和を図る方法もあります。
銀行の役割には、企業の資金調達を支援すること、企業、商業、中小企業の顧客が政府の景気刺激策にアクセスできるよう支援すること、そして顧客が成長に注力できるようサポートすることなどがあります。成長に向けた設備投資に資金提供するだけでなく、銀行はより広範なサービスプロバイダーとして介入し、自らが持つネットワークを使ってさまざまなサプライチェーンと企業を結びつけ、弱点となりそうな部分に先回りして対処することもできるでしょう。
個人の財務健全性も重要です。各国政府の景気刺激策の大部分が、これまで家計所得の維持に重点を置いてきたにもかかわらず、EY Future Consumer Index(2020年5月)10によると、パンデミックが家計に及ぼす影響について、消費者の84%が多少または非常に心配しており、26%は危機前と同レベルの金銭的な安定を取り戻すには数年かかると懸念しています。こうした懸念から、貯蓄率が記録的に上昇している国もあります。
個人が支出や貯蓄の意思決定に自信を持てるよう支援することは、経済回復にとって有益です。したがって、最低所得保障や、自営業者および雇用主の要請がある場合のみ働くゼロ時間契約労働者向けの社会保障セーフティネットの新設など、さらに対策を講じる必要があるでしょう。


金融サービス部門も支援策を提供できます。銀⾏は、積極的な⾦融⽀援、アドバイス、インセンティブを提供することで、先⾏きが不透明な時期に個⼈の財務管理をサポートできます。⾦融機関は、消費者の信頼を向上し、⾦融セーフティネットを提供するため、⼗分な対応が求められてきます。
EY Global Banking and Capital Markets Leaderである Jan Bellensは、次のように述べています。「新型コロナウイルス感染症パンデミック、⾦融セクターの課題が国際的な位置づけで存在する以上、各国が同意し、レジリエンスを高めていく国際的な取り組みが必要です」
2.投資の促進
大きな財政的影響を伴う重大な危機の直後には、投資家としての政府の役割が特に重要であり、各国政府や中央銀行は設備投資プロジェクトを通じて経済回復に弾みをつける必要があります。しかし、前回の景気後退による債務拡大の後遺症と、パンデミックのピーク時に既に提供された財政支援の規模を考えると、公的債務は記録的な水準に達しており、多くの政府は厳しい制約を受けることになるでしょう。したがって、各国政府は、投資対象を慎重に選び、民間部門の投資を奨励することが非常に重要です。例えば中央銀行は、商業銀行の対象成長分野への貸付を奨励するため、魅力的な「貸付のための資金提供」スキームを打ち出すこともよいでしょう。
即時着工可能なインフラプロジェクトへの投資は、直ちに雇用と成長を生み出すでしょう。より持続可能な経済回復を目指すためには、こうした即効性のある投資だけでなく、長期的な構造転換に向けたグリーンテクノロジーやデジタルインフラへの投資を国として推進する必要があります。
EUの気候変動対策である「欧州グリーンディール(European Green Deal)」は、パンデミック危機からの経済回復に重点を置いた「次世代のEU(Next Generation EU)」基金の後押しを受けています。同基金は、主に環境とデジタル投資に向けて7,500億ユーロの資金を提供しています。EUの経済回復戦略としての欧州グリーンディールの主な目標は、建物やインフラの大規模な改修計画、水素を含む再生可能エネルギーへの投資、電気自動車のインフラ整備(100万カ所の充電スポット整備を含む)、都市向けの環境に優しい公共交通機関の整備などです。2021年~2027年向けに確保された追加の予算基金と合わせると、経済回復に向けたEUの総支出規模は1兆8,500億ユーロに上ります。経済回復計画に基づく支出は、 サステナブル・ファイナンスのタクソノミー(分類)に従う必要があります。同タクソノミーは、投資に関して、事前に定義された6つの環境目標のうち少なくとも1つ(気候変動の緩和など)に貢献することを求めています。
中国も、投資刺激策を長期的な視点で重視し、インフラプロジェクトの推進を加速しています。中国国内で、省政府の報告書に新たなインフラプロジェクトの記載がある地域は合計25省、5Gネットワーク構築を進めている地域は21省に上ります。中国情報通信研究院は、今後5年間に中国の5G事業が間接的にけん引する経済効果は24兆8,000億人民元に達すると予測しています。11
グローバル経済に注入された救済資金が記録的な水準に達する中、各国政府は支出に関して厳格で透明性のある追跡方法を組み込むことが不可欠です。これらの措置の費用を最終的に支払うのは納税者です。納税者は、どのように支出が決まり、どのような環境的、社会的、経済的成果が達成されたのかを知る必要があります。コストパフォーマンスを測定することで、景気刺激策全体の最終的な経済的乗数を改善し、さらなる投資を促進し、詐欺や不正使用のリスクを最小限に抑えるための重要な教訓を提供できるでしょう。
商業銀行も経済回復の方向付けにおいて重要な役割を果たします。例えば、過去10年間にわたり、商業銀行はサステナブル・ファイナンスの新しい形態を開拓してきました。グリーンボンドは既に十分に確立された市場ですが、2019年にはサステナビリティ・リンク・ローンが急速に拡大しました。これは、環境面、社会面、ガバナンス面における一定の目標を達成した企業に金利優遇策で報いる方法です。サステナブル・ファイナンスの継続的な拡大は、より環境に優しい経済回復を支援することになるでしょう。
3.財政における優先事項の調整
各国政府がこれまでに講じてきたさまざまな措置を全体的枠組みとして結集し、長期的な経済的繁栄を目指し始める段階になると、景気刺激策、歳入拡大のための措置、行動転換のためのインセンティブの間で、バランスを取る必要が出てきます。
EYのStimulus Trackerは、世界中の政府が採用しているインセンティブに関するリアルタイムのデータソースを提供します。これによると、多くの政府が経済支援のために同様のツールを使っていることがわかります。 その多くは、世界金融危機時に採用された措置と非常によく似ています。現在世界中で展開されている主要な景気刺激策は、次のとおりです。
- 従業員保持スキーム(税額控除、給与税控除、従業員を保持した事業主に対する補助金)
- 失業給付の延長
- 納税猶予および/または税金還付と税額控除の支払加速
- 減価償却措置の加速
- 貸付と保証
- 繰延税金資産の税額控除への換算
- 欠損金繰り戻しの導入または延長
現在の危機の最悪の局面を乗り越え、経済が回復への道のりを着実に進むようになったとき、政府は、長期的成長を生み出し財政赤字をてこ入れする上で税金が果たす役割について検討することになるでしょう。行政サービスを賄うために歳入を増やすか、それとも予算内に収まるようサービスを削減するか。この両者の折り合いをつける必要があることは、世界金融危機後に明らかになりました。世界中の政府は3つの財源を見いだしており、今後は次のような手段を含む同様のアプローチが予想されます。
- 直接税 — 課税最低額、税務基準額の変更、税率の引き上げなど
- e-Tax:コンプライアンスと実行 — 透明性を求める声が⾼まり、税務⾏政のデジタル化が進展することで、引き続きコンプライアンスが推進される可能性がありますす。
- 間接税 — 消費税などが急速に普及し、導入済みの場合は税率が上がるかもしれません。
パンデミック危機後の歳入の増加は優先事項の1つですが、各国政府は意図しない結果を避けるために、税務政策やその他の財政措置の実施方法を慎重に検討する必要があります。グローバルな協力から遠ざかろうとする動きや保護主義が逆風になり続けるとしても、抜け穴をふさぎ、公平な課税環境を提供するための国際協力は重要です。
AIと分析論を活用して税務コンプライアンスを改善しようという動きは、一般的に受け入れられています。効率的な徴税による明らかな財政上のメリットは別として、政府がデータ取得に向けてより高度なツールを使用するようになれば論争が増加するリスクもあります。
税務環境がこのように絶えず変化する中、税務イニシアチブは、企業がよりクリーンで効果的な運営⽅法を実施し、効率を向上させ、フットプリントを削減して責任ある環境政策に対するステークホルダーの要請を重視するのに役⽴ちます。グリーンテクノロジー、効率性を⾼める部品の組み⽴て、クリーンなインフラへの企業および個⼈の投資を⽀援するインセンティブは、経済を加速させる役割を果たす可能性があります。同時に、各国政府は、炭素や温室効果ガスの排出量、使い捨てプラスチックといった負の効果をもたらす活動の影響に価格を付けるために、課税やその他の⼿段を使うことを検討するかもしれません。
EY Global Tax Policy Network LeaderであるCathy Kochは、次のように述べています。「税制改革は、企業や個人の行動をポジティブな方向に少しずつ動かすことができます。また、より環境に優しく、公平で、効率的な税制を実現できます」
4.グローバル貿易のサポート
長期的な経済成長と競争力にとって、世界貿易の重要性は今後も変わらないでしょう。地政学的な逆風、長すぎて柔軟性に欠けるサプライチェーンの亀裂、商品価格の急落、世界貿易機関(WTO)など国際機関への信頼失墜といった数々の要因が、貿易に大きな打撃を与えてきました。
世界経済フォーラムの報告書によると12、パンデミックのピーク時に重要な供給品の流通維持に苦労した企業は、サプライチェーンのレジリエンスを高める難題に注力しています。しかし、少なくとも先進国では、医薬品業界や食品など多くのサプライチェーンの状態は極めてうまく維持されました。現在は⽣産拠点の国内回帰や近隣諸国への委託を模索する動きがあります。こうした地域的な供給エコシステムの構築は、パンデミック危機と同様のショックが今後発⽣した場合に備えるためのものです。しかし私たちは、⼀時的な危機に対してワンパターンな反応に終始することのないよう、留意しなければなりません。保護主義と貿易障壁の⾼まりは、パンデミックによる不幸な副産物です。こうした負の副産物による⼤きな打撃を被るのは、継続的な多国間⽀援を最も必要とする新興市場諸国と低所得諸国なのです。
グローバリゼーションが、世界の貿易量を増やすことで貧困から数⼗億⼈を救い出し、⾃給⾃⾜の最低⽣活⽔準を抜け出した多くの国の成⻑を加速させ、良い結果をもたらすためには不可⽋だったことを忘れてはなりません。国内に⽣産拠点をいくつも配置することは、短期的には地元の雇⽤を創出する可能性はあるものの、効率性と競争⼒に悪影響を及ぼします。 ⻑期的な経済成⻑は、健全でオープンな競争にかかっています。このため、回復には、強⼒な多国間協⼒で国の政策努⼒を補完することが求められます。つま り、国境を越えた貿易やグローバル・サプライチェーンを妨げる関税障壁や⾮関税障壁を減らすこと、世界的な⾦融不安からの回復に伴う資本移動対策の規模を縮⼩することです。
サプライチェーンのグリーン化は、サステナビリティを重視する企業にとっては既に10年ほど前から優先事項となっていますが、これからはすべての企業において優先事項とする必要があります。企業が自らの温室効果ガス排出量を監視し、削減するだけでは不十分です。これらの基準をサプライチェーン全体に適用し、すべてのサプライヤーにより高い基準の達成を求め、業界セクター全体にわたって垂直方向に拡大する必要があります。規制当局は、サプライチェーンのサステナビリティを常に公表するよう企業に徹底することが必要でしょう。銀⾏はこれらの対応状況を引受基準に組み込み、投資家もまたこれらの対応状況を見て投資判断を下すことになるでしょう。
5.イノベーションの推進
歴史を振り返ると、偉大なイノベーションの数々は、特定の課題の解決を目指した政府と民間部門との連携から誕生したことがわかります。世界を変えたテクノロジーの例としては、インターネットと全地球測位システム(GPS)が挙げられます。両者は、本質的には政府の資⾦提供によるイノベーションの成果ですが、その後の幅広い実際の応⽤面の開発では⺠間部⾨が⼤きな役割を果たしました。
財政⽀出の規模が⼤きいということは、持続可能な成⻑をたどる上で、イノベーションの推進に向けて政府が企業と提携する絶好の機会(および義務)であることを意味しています。
次の景気循環サイクルでは、最先端テクノロジーの力を活用しつつ環境の保護や復元にも取り組んだ企業が、勝者となるでしょう。先頭を切ってイノベーション対象分野を把握するのは、往々にして民間企業です。しかし、財政⽀出の規模が⼤きいということは、持続可能な成⻑をたどる上で、イノベーションの推進に向けて政府が企業と提携する絶好の機会(および義務)であることを意味しています。
一例として、総額500億ユーロに上るドイツの投資計画があります。同計画には、雇用の創出、インフラの改善、進歩的な議題の推進を目的とするさまざまな措置が盛り込まれています。国有鉄道や地方交通の改修に加えて、5Gおよび6Gのネットワークソリューションの整備により、2025年までに5Gサービスの全国展開を目指しています。5Gは、これまで対応できなかった製品やプロセスを実現し、未来の成長機会をもたらすイノベーションの一例です。
⾰新的なテクノロジー分野での官⺠パートナーシップを活⽤することで、雇用と成長を拡大するとともに、新しいソリューションを促進し、経済の脱炭素化に取り組むことができます。例えば、南アフリカ政府による独立系発電事業者からの再生可能エネルギー調達プログラムは、民間部門の専門知識と投資資金をグリッド接続型再生可能エネルギーに結び付けることに成功しています。これまで、約140億米ドルの投資資金が64件のプロジェクトに投入されてきました。このうち何件かは既に稼働しており、太陽光発電と風力発電の料金が大幅に低下しています(平均で太陽光68%、風力42%の減少)。このプログラムはまた、若者や女性のために3万9千人分の新規雇用を創出し、南アフリカの炭素排出量を3,320万トン削減しました。13
デジタルテクノロジー、グリーンテクノロジー、ヘルスリサーチ、ムーンショットR&Dといったイノベーションへの企業投資を奨励する税制上の優遇措置は、大きな利益回収を期待できる公的部門の方策として、その効果は実証済みです。
しかし、各国政府、企業、金融サービス部門は、イノベーションへの投資が機会の創出、格差の軽減、雇用の純増につながるよう徹底する必要があります。業務をなくすだけでイノベーションの恩恵がない低スキルの単純自動化や、最も高学歴な人々にだけチャンスをもたらす最先端のハイテクイノベーションにばかり集中しないよう、注意する必要があります。
各国政府にできることは、イノベーションへの資金提供にとどまりません。イノベーションから学んだことを確実に国に集約することも可能です。例えば、財政赤字でもサービスの提供を維持しつつ、民間部門のデジタル化の教訓を公的部門のサービスに応用して、効率化とアクセス向上を実現できます。
6. 仕事とスキルに焦点を当てる
パンデミックの発生以降、米国では2,000万人超が職を失い、英国では、低所得層向け給付制度であるユニバーサル・クレジットへの申請件数が、過去最高の180万件に達しました14 。一時帰休された従業員は政府資金からの収入を得られているものの、2つの主要国で雇用が破滅的に減少したことは、企業が近い将来について確信を持てずにいることを反映しています。

パンデミックの結果、低賃金の非熟練労働者は次の2つの要因により、解雇の対象となりえます。まず、パンデミックで大きな打撃を受けたセクター(小売、ホスピタリティ、ライブイベント)では、低熟練労働者を多く雇用する傾向にあること。さらに、自動化の増加や従来産業からグリーン産業への転換など、既に雇用を奪っていたトレンドがパンデミックにより拡大されたことです。
アナログからデジタル、ブラウン経済からグリーン経済への構造転換も、短期的な低迷を引き起こすでしょう。各国政府は、失業への対応とデジタル格差の解消に向けて、創造的な再教育プログラムを立ち上げ、古い世界から新しい世界へ移ろうとする従業員のための架け橋を構築する必要があります。
さらにILOは、若者が危機の影響を過度に受けていると報告しています。教育や訓練における混乱、雇用と所得の喪失、就職難など、複合的な打撃を受けているのです。世界で雇用されていた若者10人のうち、4人超が、パンデミック危機発生時に大きな打撃を受けたセクターで働いていました。また、世界の若い労働者の約77%が、非正規の仕事に就いていました。
ハーバード・ロー・スクールが提案したClean Slate Project15 は、労働法を⽩紙の状態から作り始めた場合にどのような内容になるかを考えてほしいと、労働法の専⾨家に呼びかけています。次の成⻑サイクルで得られる富を今よりも公平にするためには、根本的にリセットするような考え⽅が必要です。
労働力のスキル向上(人的資本への投資)は、企業、政府双方にとって優先事項であり、連携して取り組むことが最も効果的です。経済回復の次の段階において、各国政府は、雇用創出やスキル開発を促進するため、例えば一般的な雇用補助金の提供から特定対象の税制優遇措置へと転換すべきです。景気刺激策による救済措置を雇用確保と教育の保証に結び付けることができます。企業は、将来に向けて実習やトレーニングに投資し、政府および教育サービスプロバイダー双方と協力して教育を見直すことができます。ダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(多様性を受け入れること)、スキル開発、雇用創出の施策について、企業が整合性と透明性のある報告を求められるほど、このような積極的な行動を長期的に維持しなければならないというインセンティブが高まります。
EUのグリーンディールの一環として、総額1,500億ユーロの公正移行メカニズム16 は、化石燃料からの離脱を目指す過程で、「誰も取り残されないことを保証する」ことに重点を置いています。公的投資家と民間投資家の両方が関与する協働ファンドは、脆弱な地域と打撃を受けた労働者の再教育に焦点を当てます。
雇用主がより俊敏な雇用モデルへと急速に移行し、無駄が少なく適応性の高い業務運営の実現を目指す中、政府は社会保障セーフティネットを近代化し、ギグエコノミーで働く人々へ雇用給付を拡大するなど、労働改革で対応する必要があります。公共政策は、1つの雇用形態から別の雇用形態への移行を容易にし、低賃金や不安定さといった最悪の結果から労働者を保護しつつ、雇用の柔軟性を実現できます
持続可能な成長と雇用を生み出し、未来の見直しに向けて優先事項を実現するためには、各国政府、銀行、企業が6つの重要な分野(余波への対応、投資の促進、財政における優先事項の調整、世界貿易のサポート、イノベーションの推進、仕事とスキルの重視)で協力する必要があります。

第4章
より環境に優しく、公平で、レジリエンスの高い未来
現在の危機は、持続可能な経済回復を構築しながら、変化を加速させる機会をもたらしています
パンデミック危機の前から、世界は変化し始めていました。しかし現在の危機は、持続可能な経済回復を構築しながら、こうした変化を加速させる機会を、各国政府や企業にもたらしています。この機会を無駄にしてはなりません。
経済成長が軌道に戻るまでには波があり、時間がかかるかもしれませんが、経済が回復する機会はあると私たちは確信しています。 各国政府は、金融セクターや民間企業と協力し、意思決定を通じてグローバル経済を再構築し、レジリエンスが高く、より公平で持続可能な未来を築くことができます。
しかし、課題の規模が非常に大きいことから、経済的、社会的価値の新たな源泉を作り出すためには、これまでにない官民協働モデルが必要となります。新たな源泉は環境に優しく、先端テクノロジーによって実現されます。
政策、規制、連携、投資を通じて、私たちは成長の障害を取り除き、無駄が多く非効率的で持続不可能なビジネスモデルに異議を申し立て、よりスマートなテクノロジーと循環型の経済から、少ない資源で多くを達成する方法を学ぶことができます。
現在の世界危機は、より環境に優しく、レジリエンスと生産性の高い経済基盤の上に、公正で繁栄した社会を築き上げて未来を再構築するという特別な機会をもたらしました。
サマリー
各国政府、金融機関、企業には、戦略的な機会があります。未来の再構築を目指して経済回復と景気の方向付けを行うことで、より持続可能で公平な復活を実現できるでしょう。