EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
藤田 美樹
株式会社リセ 代表取締役社長
Entrepreneurial Winning Womenの企画・協力で、旬刊経理情報に『女性リーダーからあなたへ』を連載しています。2023年8月10日号に掲載された記事をご紹介します。
私は、約18年間という比較的長い期間を1つの職場で働き続けた後、初の転職として起業を選びましたので、その際の決断について書いてみたいと思います。
私は大学卒業後、弁護士としてキャリアをスタートさせました。日本最大手の法律事務所に所属し、途中、留学したり、他の事務所や企業に短期間出向したりはしましたが、18年近く同じ事務所で働き続けました。特に働きやすい職場であったわけではありません。若いころは、ほとんど終電までには帰れませんでしたし、パートナーになった後も売上プレッシャーは厳しく、お客様からの依頼があれば、土日であろうが旅行中であろうが、電話会議をしたり契約書等にコメントする毎日でした。そのため、本当につらく感じたことや、辞めたいと思ったことは何十回とあります。ただ、仕事自体はやりがいがありましたし、なぜだかわかりませんが、辞めることは自分との闘いとの負けだという思いや、外に出ることへの恐怖があり、辞める決断はできませんでした。もうちょっと頑張ってからと心のなかで言い続けていました。
弁護士時代の専門は企業間紛争で、企業間で争いごとが起こった際の処理を担当していました。そのなかで、特に中小企業において、もう少し契約書の文言がましであれば、そもそもこんな争いは起きなかったのにとか、もう少し楽に戦えたのに、という件を多数みました。ただ、事情をお伺いしてみると、費用の問題があり、問題となった契約書について、弁護士に確認させることをしていなかったのです。ただ、弁護士もマンパワーで1件1件契約書を確認するわけなので、相応に報酬は発生することになります。つまり費用的な問題から、中小企業がすべての契約書を弁護士に確認させるわけにはいかない、なかなか法務支援がすべての企業に行き届くというのは難しいのだなと感じていました。
そういった問題意識を持っているなかで、自然言語処理AIの技術の発展を知り、こういった技術を用いれば、今まで費用の問題があり、届いていなかった法務支援を、中小企業にもお届けできるのではないかと考え、契約書をAIでレビューして、追加したほうがよい点や修正した用がよい点を抽出するサービスを始めたいと考えるようになりました。
ただ、そういったサービスを提供する会社を立ち上げたいと思いましたが、非常に保守的な性格で、そのため上記のとおりいろいろ思うところはあっても転職をしたことがなく、じっくり考えて決めたいという思いがありましたし、今までの職場から離れて外の世界に出ることへの恐怖もありました。当時、まだ1歳の双子の育児中で、夜もおおむね1時間半ごとに起こされる毎日を送っていましたので、莫大なエネルギーが必要であろう起業への抵抗も相当あり、2、3年待ってから始めたいという思いも強くありました。さらに、職場の同僚や友人にも相談していましたが、今はやってみたいと思うかもしれないけれども、長い目でみたら今の仕事を続けるほうがいいよ、子供も小さいんだし、という感じで、ほぼ全員に反対されるという状況でした。
ただ、一人だけ友人が、それほど何かを強くやりたいと思えることは、人生のなかでそれほど起きないと思う、何かやりたいアイデアがあって、やろうと思ったときに、それを実行する決断ができない人は、一生決断できないと思う、と助言をくれました。私はその直後に起業を決意しました。相談した友人や同僚はみな、真摯に私のことを心配してさまざまな助言をくれましたが、なぜだかわかりませんが、ただ一人の友人の言葉が心に響いたのです。
起業した後、正直なところ弁護士時代よりも相当大変なこともありました。経営も完全に素人のため一から勉強でしたし、技術も素人でしたので、エンジニアさんとのコミュニケーションも相当苦労しました。契約書をAIでレビューするサービスの開発を始めたのですが、契約書の文言は、書く人によって微妙に表現が異なり、助詞一つでニュアンスが異なったりなどすることから、サービスの精度を上げるのに相当苦労しました。倒産するのではと思ったこともあります。
ただ、その後、すべての会社に法務支援を提供して、世の中の取引絡みの紛争を減らしたい、という起業時の私の思いに賛同してくれるメンバーも増え、たくさんのお客様に使っていただけるサービスとなり、お客様から、「法学部出身でもないし、本当にこれでいいのかなと不安を抱えながら契約書を確認していたので、本当に楽になった」ですとか、「今までは見逃していたリスクに気がつくことができて本当によかった」といったお声をいただいています。
やりたいな、チャレンジしてみたいなと思うことがあっても、もう少し後でよいかなと先延ばしにしてしまった場合、結局やらないことがほとんどだと思います。私自身も起業まではずっとそうでした。私のような保守的な人間には、環境をガラッと変えるのは本当に恐ろしいことでしたが、やってみたら意外に平気でした。今はもっと若いころから、さまざまなことにチャレンジしていたら、もっと人生を楽しめたのにと思うすらあります。ですので、「思い立ったが吉日」が、私の今後のモットーです。
藤田 美樹(ふじた・みき)
株式会社リセ 代表取締役社長、弁護士(日本および米国NY州)
略歴
1998年東京大学法学部卒、2006年Duke大学ロースクールLLM、国内最大手法律事務所である西村あさひ法律事務所において約18年間、国内外の企業間紛争に携わる。リーガルテックによる紛争の事前予防に未来を感じ、2018年に株式会社リセを立ち上げる。