4 分 2021年5月25日

            風力発電所のフィールドに立つエンジニア

欧州におけるグリーン成長がもたらす新たな時代は、雇用にどのような影響を及ぼすのか

執筆者
Antonio De Rose

EY Resilient Infrastructure and Green Development Leader for EU institutions

Environmental engineer. Passionate about mega trends and sustainable infrastructure. Inspired by jazz music, painting and art.

Alessandro Cenderello

EY Managing Partner for EU institutions

Proud citizen of the European Union and advocate for diversity. Music, food and wine lover.

Alexis Gazzo

EY France Climate Change and Sustainability Services Leader

Passionate about climate and energy transition. 25 years’ experience in sustainability. Father of 3. Swimmer.

投稿者
4 分 2021年5月25日

EUのグリーン成長は、持続可能な雇用を創出する次なる礎として、世界のグリーン経済を先導しています。

要点
  • EUが合意した1.8兆ユーロの政策パッケージは、2050年までに世界で初めて気候中立な大陸になることで、欧州が気候変動の緩和に向けた移行への対処を図るための基盤となる。
  • 欧州グリーン・ニュー・ディールの雇用創出の目的は、投資を呼び込む多数の重要なプロジェクトと完全に合致している。
Local Perspective IconEY Japanの視点

EUは昨年末に次期多年度財政枠組み(2021~27年)において1兆743億ユーロ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で傷んだ経済の再生を目指す復興基金として7500億ユーロ、総額1兆8243億ユーロ(約230兆円)に上る巨額の予算を取りまとめました。それに関連して、史上初となるEU債の起債に成功し(フランス・マクロン大統領はこれを「歴史的出来事」と評価しています)、また、EUの独自財源として国境炭素税の導入も検討しています。復興基金は、EUグリーン・ニュー・ディール政策とリンクした気候変動対策やデジタル化投資に重点的に配分されることとなっています。

パンデミックという危機をバネにして、EUの統合をさらに深化させ、さらには気候変動対策やデジタル化による社会変革を加速させる。ここにはEUに体現される「ヨーロッパ」の底力、したたかさを見る思いです。

脱炭素化、エネルギートランジション、グリーン水素、スマートモビリティなど、巨額の予算に支えられたEUの先進的な取り組みは、日本企業にとっても大きな事業機会となります。その展開は、公的セクター、民間セクター、また従来の産業分野の枠を横断したさまざまな形態となるでしょう。従来の枠組みにはとらわれない事業展開、「ビッグピクチャーを見る目」が求められています。

 

投稿者

切手 崇博
EY Italy EMEIA ジャパン・ビジネス・サービス・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー パートナー

世界中の政府や役員室で今年下される判断によって、各国がパンデミック後にどのように景気回復を遂げるか、また2020年代でどのように脱炭素化を進めるかが決定づけられるでしょう。今までと同じような事業を継続することが選択肢ではないことは明らかです。

欧州が達成するムーンショット

EUは、欧州グリーンディールを掲げて世界に先行しています。欧州グリーンディールは、欧州における気候、生物多様性、汚染、経済、政治、健康での危機的状況に対処することを目的としています。昨年7月、EUの首脳は、欧州大陸の気候変動緩和のための移行(クライメートトランジション)の資金を確保するために、1.8兆ユーロの政策パッケージへの資金投入に合意しました。1 欧州委員会のUrsula von der Leyen委員長は、2050年までに欧州を世界初の気候中立の大陸にするという目標を発表し、2この目標が「欧州にとっての、人類が月に降り立つ瞬間」になるだろうと述べました。3  ケネディ元米国大統領が月への有人宇宙飛行計画を発表した後の数年間がアポロ11号の開発に費やされたように、欧州グリーンディールが雇用と成長に対して持つ意義を説明することに、今後数年間が費やされることになるでしょう。

現在、米国も同様のイニシアチブに取り組んでいます。1.9兆ドルの財政支援に続き、2兆ドルのインフラ計画が発表され、脱炭素化およびクリーンエネルギーに関する計画も進行中です。

しかしながら、ステークホルダー資本主義という新しい時代が到来しつつあることは明らかです。今後10年間の成長は、過去の成長とは以下の3つの点で異なるでしょう。

 

  • パーパスドリブン:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)からの復興は、民間投資だけでなく、例外的な水準で公共投資を行うことによって進んでいくでしょう。投資先については、環境汚染の緩和、エネルギー効率の改善、運輸、建設、食料、ひいては経済全体のための低排出の代替品の開発など、戦略的目標が重視されると考えられます。
  • サステナブル:空気と水の汚染の軽減、健康状態の改善、自然環境の再生、生活の質の向上などの目標を達成することも、復興が推進される要因となるでしょう。
  • 戦略的:一部のセクターや企業に対しては戦略的な重要性が指摘されており、そうしたセクターや企業に投資する計画があります。例えば、欧州が戦略を打ち出している分野は、農業、水素、建物の改築、洋上風力エネルギー、循環経済です。4

 

現在制度レベルで議論されているのは、欧州グリーンディールを最大限効率的かつ効果的なものとし、欧州の全てのステークホルダーのニーズと優先事項に対応する方法です。

 

欧州グリーンディールは雇用にどのような影響を及ぼすか

主な判断基準は、雇用をどれだけ創出できるかです。

2020年10月に実施した「欧州アトラクティブネス(魅力度)」パルスサーベイ(英語版のみ)によれば、持続可能性と気候変動を重視した取り組みが、今後3年間で2番目に高まるトレンドになると投資家が考えていることが明らかになりました。短期的には、欧州大陸全体で、エネルギー、運輸、建築、製造業、農業セクターへの投資の準備が整っているプロジェクトが無数にあります。欧州気候基金(European Climate Foundation)(pdf・英語版のみ)とEYが共同で実施した調査において、多くのプロジェクトの存在が明らかになりました。5こうした投資は総額で2000億ユーロに達し、2020年にパンデミックにより失われた雇用のおよそ4分の1に相当する230万人の雇用が創出されると予測されます。

再生、リサイクル、再生可能エネルギーなど、それぞれが単独で成長していく分野もあります。エネルギーセクターを例に挙げると、750憶ユーロに相当する374件のプロジェクトがあり、これらのプロジェクトにより100万人を超える雇用が創出され、4億6400万トンの排出量が削減される可能性があります。プロジェクトには、送配電ネットワークの拡大、太陽光パネルのギガファクトリー、イスラエル、ギリシャ、キプロス間の電力網相互接続も含まれます。

運輸セクターでは、870憶ユーロに相当する217件のプロジェクトが存在し、新たに100万人の雇用創出と、1490トンの排出量削減が見込まれます。このプロジェクトには、電気自動車の充電インフラ、都市交通システムの環境効率、電気推進船や水素タクシーの開発などがあります。6Shift2Railについて作成された予測報告書では、EUの鉄道輸送システムの競争力が高まり、直接また間接的に400万人~600万人の雇用が創出され、2050年までに6~8メガトンのCO2が削減されるとEYは予測しています。

上で述べたプロジェクトから、将来の成長分野についてのヒントが得られ、今後10年間でどこに機会を見いだせるかを明らかにすることができます。今後、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に向けた準備が進むにつれて、さらに多くのことが明らかになるでしょう。

バリュードリブンな持続可能性のイニシアチブは増加する傾向にあります。このため、ESG(環境・社会・ガバナンス)メトリクスや再生可能エネルギーのテクノロジーなど、新しいスキルセットが必要になるでしょう。2020年代に成長が期待される主なセクターは既に明らかです。グリーンなエネルギーと運輸、エネルギー・リノベーション・プロジェクト、カーボンゼロの建築資材などのセクターです。6月7日に発表された2021年EY「欧州アトラクティブネス(魅力度)」調査では、CO2排出量や廃棄物の削減や、よりクリーンなエネルギー源へのアクセス向上を重視するなど、今後、投資家が投資プロジェクトに持続可能性をどのように反映させようと考えているかについて、新たな見解を示しています。

過去の景気対策から得た教訓に、政策の成功の判断は少なくとも4、5年の期間ですべきだというものがあります。例えば、2009年米国復興・再投資法では、短期的には雇用への影響がほとんど見られなかったものの、長期的には100万ドルあたり約15人の雇用が創出されました。7

今後10年間にわたって、規模にかかわらず多くの欧州企業が、カーボンニュートラルを達成する方法も定めていくでしょう。多くの企業では、この決定が、バリュードリブンな持続可能性に取り組んでいること、すなわち、環境問題への取り組みによって成長を果たしていることを示すことになるでしょう。

コラボレーションが成功の鍵となる

欧州グリーンディールの壮大な目標は、組織単体では達成することはできません。誰も取り残すことなく気候中立な経済に公正な方法で移行する「公正な移行(Just Transition)」の実現には、コラボレーションが鍵となります。

この新たな成長の時代には、公的セクター、民間セクター、第三セクターが力を合わせて変革を起こし、ノウハウを広め、将来のグリーン産業を構築し、雇用を創出していかなくてはならないでしょう。

EUは歴史的な規模でグリーンジョブ(緑の雇用)に投資しています。米国も同様の投資を開始しています。復興の予想図は既に描かれています。その実現は、ひとえに私たちの取り組みにかかっています。

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    1. https://www.bruegel.org/2020/07/is-the-eu-council-agreement-aligned-with-the-green-deal-ambitions/
    2. https://clubofrome.org/wp-content/uploads/2020/10/System-Change-Compass-executive-summary-FINAL.pdf
    3. https://www.theparliamentmagazine.eu/news/article/europes-man-on-the-moon-moment-von-der-leyen-unveils-eu-green-deal
    4. https://www.politico.eu/article/what-is-the-green-deal/
    5. https://assets.ey.com/content/dam/ey-sites/ey-com/fr_fr/topics/power-and-utilities/02-09-2020/covid-19-pour-une-relance-verte-et-resiliente-en-europe/a-green-covid19-recovery-and-resilience-plan-for-europe.pdf
    6. https://assets.ey.com/content/dam/ey-sites/ey-com/fr_fr/topics/power-and-utilities/02-09-2020/covid-19-pour-une-relance-verte-et-resiliente-en-europe/a-green-covid19-recovery-and-resilience-plan-for-europe.pdf(9、21、27ページ)

サマリー

欧州は2050 年までに、世界初の気候中立の大陸になることを目指しています。戦略的に重要なセクターにおけるパーパスドリブンで持続可能な成長が、これからの新しい時代と将来の雇用を形づくることになるでしょう。

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執筆者
Antonio De Rose

EY Resilient Infrastructure and Green Development Leader for EU institutions

Environmental engineer. Passionate about mega trends and sustainable infrastructure. Inspired by jazz music, painting and art.

Alessandro Cenderello

EY Managing Partner for EU institutions

Proud citizen of the European Union and advocate for diversity. Music, food and wine lover.

Alexis Gazzo

EY France Climate Change and Sustainability Services Leader

Passionate about climate and energy transition. 25 years’ experience in sustainability. Father of 3. Swimmer.

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