
英国が欧州連合の残留・離脱を問う国民投票の実施へ
Japan tax alert 2016年3月9日号
英国のEU残留・離脱を問う国民投票が2016年6月23日木曜日に実施されることが決まりました。この国民投票では、「英国は欧州連合に残留すべきか、それとも欧州連合から離脱すべきか」が有権者に問われます。有権者は、グレートブリテン、アイルランド、英連邦の18歳以上の国民で、英国に居住する者、及び海外の在住期間が15年未満の英国民です。このことは、アイルランド、マルタ及びキプロス出身者を除き、英国に居住するEU諸国出身者には投票権がないことを意味します。
投票結果が「離脱」の場合どうなるか
英国の投票結果が「離脱」の場合どうなるかに関して定められた手続きや日程表はまだ存在しません。加盟国がEUを離脱した例はまだありません(EEC(欧州経済共同体)に関する限定的な先例しか存在しません)。
リスボン条約第50条には、加盟国がEU離脱の意図を欧州理事会に通知した場合に適用される規定が含まれています。その規定によれば、EUは当該加盟国と交渉し、当該加盟国と欧州連合の将来的な関係の枠組みを考慮に入れながら脱退に関する取り決めを定め、合意を締結することになります。第50条はまた次のように定めています。脱退の合意の発効日以降、又は合意に至らなかった場合は上記通知から2年後に、欧州連合の条約は当該国に適用されなくなります。ただし、この期間は、欧州理事会が当該加盟国の同意の下に全員一致で決定した場合は、2年以上の延長が可能です。第50条に基づく交渉期間中、英国はEUの権利と特権を保持しますが、この交渉に直接関連する事項が検討されているときは欧州理事会に出席できません。
キャメロン首相は、第50条が離脱プロセスを開始する唯一の方法であると述べました。現在、英国政府は、投票でEU離脱が決まった後に従うプロセスを示した文書を公表しています。この文書では、第50条がEU離脱の唯一の適法な方法であるとする政府見解が繰り返されると同時に、必要な交渉の見通しも示されています。しかしながら、離脱賛成派は、英国は必ずしも第50条のプロセスを用いる必要はなく、別個のプロセスに合意できると示唆しました。
EU離脱となった場合の税務への影響
英国がEUから完全に分離することになった場合、貿易の基礎として世界貿易機関(WTO)への加盟に依拠することが可能です。しかしながら、このことは、英国がEUの対外共通関税の課税対象になるほか、非関税障壁の可能性に直面することを意味します。英国がEU諸国との取引で、独自の関税を課そうとする可能性もあります。関税の問題に対処する必要がある場合、英国は、何らかの形の新たな貿易モデルの交渉を目指すと思われます(下記参照)。
課税に関してEUの影響を受ける主要分野は、間接税、特に最も統合されている付加価値税(VAT)と物品税に関連しています。
現行法規の下では、英国が施行するVATの形式はEUの法規によって規定されています。そのため、多くの請願を受けている新たな0%の税率を英国は導入できないことに加え、追加的な取引高税を導入できず(事業用資産税(business rate)に代わる選択肢を限定し)、さらに、欧州の解釈に整合するように自国の税制を改正することを余儀なくされてきました(賭博・ゲームや保険などの業種において)。物品税は、VATほどは統合されていないものの、依然としてEUの法規に支配されています。
直接税は加盟国独自の事項ですが、EU指令及び国庫補助制度の形で、英国が遵守する必要のある関連EU法令が存在しています。EU指令には、以下のものが含まれます。
- 合併指令
この指令では、ある企業が別のEU加盟国の1社以上の企業に資産及び負債を移転する合併の場合、一定の要件の下で、当該資産及び負債の市場価額と税務上の価額との間の差異に係る課税の繰り延べが規定されています。 - 親・子会社指令
この指令は、異なる加盟国の関連会社間における適格な配当支払いに対する源泉徴収税を廃止し、子会社の利益に関する親会社への二重課税を防止するものです。 - 利子・使用料指令
この指令は、企業グループ内の、国境を越えた利子と使用料の支払いの分野における源泉徴収税の障害の解消を目的としています。 - EU資本税指令
この指令は基本的に、加盟国による資本調達への課税を禁止するものです。 - 課税分野における行政協力に関する指令
この指令は、OECDの共通報告基準(common reportingstandard: CRS)を用いた、加盟国の税務当局間における金融口座情報の自動交換を定めています。英国では、CRSは2016年1月1日に発効しました。
国家補助に対する制限は、税制又は支出のイニシアティブのいずれにより提供されるかを問わず、あらゆる形式の補助に適用されます。この規定によれば、明確な一連の適用除外に該当する場合(例えば、中小企業やイノベーションを対象とするもの)を除き、特定対象を選択して補助を提供することはできません。
より一般的に言えば、英国はEU法を遵守して課税権限を行使することを要求されます。具体的には、以下の4つの基本的自由を遵守する必要があります。
- 商品の移動の自由
- 労働者の移動の自由
- 事業設立の権利及びサービス提供の自由
- 資本の移動の自由
その結果、英国の税制を構成する多くの要素が、欧州連合司法裁判所によりEU法違反と判断され、是正を要求されることになりました。その中には、英国による出国税の課税における制限、移転価格の適用方法、租税回避防止ルールの制限(被支配外国会社(CFC)に適用されるものなど)などが含まれています。
英国がEUを離脱することになった場合、今後、EUの制限を受けずに自国の税法を改正する余地が拡大する見込みです。実際には、そうした制限の多くは、英国が今後も継続を望むものです。しかしながら、以下のような形でこの柔軟性を活用できる可能性があります。
- 必要に応じた、国家補助の提供
- VATの構造の変更
- 個別的租税回避防止策の導入
- 英国の活動のみに焦点を合わせた、R&Dなどのインセンティブ
- 英国からの出国に対する出国税の課税
言うまでもなく、英国との国際取引にEU指令が適用されなくなることにはコストが伴う可能性があります。例えば、関連する租税条約がEU指令と同一の保護を提供していない状況で、他国から源泉徴収税を課されるような場合です。
いずれにせよ、英国は、世界貿易機関や租税条約の無差別条項など、他の国際的影響を依然として受けます。とりわけ、自動的情報交換に関する最近の合意の原動力となり、現在BEPSプロジェクトをG20と共に推進しているOECDの影響を受け続けることになります。しかし、英国はEU非加盟国として、欧州委員会が提案する共通アプローチやEUの基本的自由の枠外でBEPSの勧告を実施する余地を得られます。
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