
注目される米国:トランプ新政権が貿易に与える影響
Japan tax alert 2017年2月3日号
NAFTAの次にあるもの
米国、カナダ及びメキシコ間の「北米自由貿易協定(NAFTA)」は、1994年1月1日に発効され、世界最大級の自由貿易地域を創設しました。世界初の包括的自由貿易協定の1つとして、NAFTAは世界各国の他の自由貿易協定にとって貴重な手本を示しました。
NAFTAの下で、米国、カナダ及びメキシコの域内で取引される対象品すべての輸入関税が段階的に廃止され、予定通り2008年1月1日に残存していた関税と数量制限が全廃されました。
NAFTA加盟各国で製造され、同協定の原産地規則に合致した製品は、「NAFTA原産」と見なし得るので、いかなるNAFTA加盟国も関税を払わずに当該製品を輸入できます。この結果、米国、カナダ及びメキシコで製造・販売される物品の工業生産チェーンが高度に統合されたばかりでなく、北米から世界の他の地域に輸出される製品についても同様の統合が進みました。
選挙期間中と選挙以降の声明では、次期政権はNAFTAの改正を積極果敢に求めるか、あるいは完全に脱退することさえも求める意向を明らかにしています。起こり得る改正について具体的な提案はまだ不明ですが、本アラートでは以下のとおり、NAFTAの改正や完全脱退以外の様々な代替案について一考します。
改正のための既存の仕組み
次期政権が取り得るオプションの1つは、変更を提案するに当たって既存の仕組みと手続きを活用することです。NAFTA自体は発効以来、現在に至るまで大幅に改正されたことはありませんが、NAFTA自由貿易委員会を通じて全3加盟国の合意を反映させる形で協定を修正した事例はいくつかあります。
NAFTA第2001条に基づき、NAFTA加盟各国の外国貿易担当当局者(米通商代表部、カナダの国際貿易大臣、及びメキシコの経済長官)から成る自由貿易委員会が設立されました。同委員会の目的は協定の実施状況と解釈を監督し、解釈の違いから生じる紛争を解決することにあります。自由貿易委員会は、NAFTAの下で設立される様々な委員会と作業グループ(すなわち附則2001.2に基づき設立される委員会・作業グループ、例えば物品貿易に関する委員会や、農業貿易に関する委員会、原産地規則に関する委員会など)を監督します。
設立以来、自由貿易委員会は原産地規則の自由化や二国間パネル審査手続きの改正など、NAFTAの修正を複数採択しています。これらの修正はその後、加盟各国の国内法への採択を通じて施行されます。施行要件は国により異なる場合があります。例えばメキシコでは、修正を発効させるために、政府の執行部が、通常は経済省を通じて「メキシコ官報における協定(Accord in the Mexican Official Journal)」を発表することで修正を公表します。米国では、修正案を受けて規則制定プロセスに入り、対応するNAFTA施行規則が連邦公報に発表されて同プロセスが終了します。
上記のように、NAFTAに基づく既存の仕組みが、NAFTA加盟国間の交渉及び修正の実施のための媒介となり、協定を調整してきました。将来的には交渉が閣僚レベルで着手され、NAFTA当事者の代表者間で直接遂行される可能性もありますが、今後提案され得る修正を協議するに当たって自由貿易委員会は有用な機構になり得るでしょう。
包括的交渉
NAFTA自由貿易委員会は協定にいくつかの修正を施してきましたが、これらは協定の原文に大幅な変更又は追加を盛り込むまでには至っていません。実際には、自由貿易委員会はNAFTAを精緻化の役割を担っており、今後協定の原文のより大幅な変更や追加も許容されていると解釈される可能性があります。
必要な対応がされない場合、NAFTA加盟国はNAFTA第2202条に基づき、協定の修正又は追加に合意できますが、その合意内容は各国の法的手続きに従って承認を得る必要があります。
第2202条代替条項に基づき、自由貿易委員会を介さずに、米国、カナダ及びメキシコ各国政府間で直接交渉に着手することも可能と思われます。この代替条項に従い、交渉が実施される場合は、NAFTAの改正は加盟各国で適用される法的手続きに従う必要があります。その結果、国内の議会承認が必須となり、改正の実施が遅れる可能性があります。米国では、協定そのものを変更する場合、現行関連法(例えば、以下で検討するように、「北米自由貿易協定施行法」)の改正を伴うと見られます。この場合、発効するには連邦議会の同意及び大統領の署名が必須になります。
脱退
第2205条に基づき、いかなる加盟国も脱退の通知書を他のNAFTA加盟国に提出した6カ月後にNAFTAから脱退することができます。加盟国の一国が脱退した場合、協定は残りの加盟国において効力を持ち続けます。
米国法の下で、大統領は連邦議会の承認や同意がなくとも、かかる通知書を出す権限を有すると見られます。これまでの100年の間に、NAFTAのような貿易協定が終了に至ったことは一度もありませんが、米国憲法の原則は、大統領に対し、比較的制限を受けずにNAFTAなどの行政協定を終了させる権限を与えているように見受けられます。例えば、歴代の大統領の中には、一方的に台湾との相互防衛条約を終了させた大統領もいれば、ソ連との「弾道弾迎撃ミサイル制限条約」から脱退した大統領もいました。少なくとも、たとえ大統領が第2205条に基づく通知書を出し、当事者が法的異議申し立てを起こしたとしても、当該紛争は法的というよりはむしろ政治的なものと見なされるため、米国の裁判所が判決を下すことはなさそうです。
重要なことに、NAFTAは1993年制定の「北米自由貿易協定施行法」により、米国法に則って施行されました。この200ページ近くに及ぶ原本に従い、米国法にNAFTA関連の変更が成されました。これを変更するには連邦議会のさらなる同意が必要になります。言い換えれば、たとえ大統領主導で加盟国全3カ国間の協定であるNAFTAから脱退しても、米国法上の施行法を自動的に破棄することにはならず、連邦議会による並行措置が取られる必要があると考えられます。このように国際協定の終了と現行の国内法規定の間に断絶が生じれば、特に短期間で不安定な状況に陥る可能性があります。
変更への備え
トランプ新政権が早期にNAFTAの改正を提案すると見られる状況では、利益を享受し得る改正について具体的なタイプを検討することが企業に役立つと思われます。例えば、品目別原産地規則が変更されれば、免税待遇の資格に影響を及ばす可能性があります。NAFTA第303条により、NAFTA加盟国間で取引される物品を対象として、戻し税と関税繰り延べプログラムが制限されていますが、一部の企業はこの条項が貿易を不当に制限していると断定しています。米国が提出する可能性のあるNAFTA改正案に企業の意見を取り入れることを許可するプロセスはまだ一切発表されておらず、しかも意見公募の期間が短い可能性があるため、機会が生じた場合に素早く共有できるNAFTA「改正希望リスト」をまとめておくことが企業にとって重要と思われます。