英国、炭素国境調整メカニズム(CBAM)その他の諸措置に関するコンサルテーションを開始

2023年3月30日、英国政府は「脱炭素化に向けたカーボン・リーケージ・リスクへの対応」に関する新たなコンサルテーションを開始しました。このコンサルテーションは広範囲にわたるもので、炭素国境調整メカニズム(CBAM)、内包排出量に関する強制製品基準(MPS)、低炭素製品への需要喚起を目的とするその他の政策措置、排出量報告など、関連し合ういくつかの政策を取り上げています。

注意しなければならないポイントは、この措置が導入された場合、その影響は国外にも及び得ることです。すなわち、対象セクターに属し、かつ英国への輸出を行っている企業は、たとえ英国において自社で事業展開をしていなくても、この措置の影響を受ける可能性があります。

このコンサルテーションは12週間にわたり実施され、2023年6月22日に終了する予定です。コンサルテーションの全文はこちらに掲載されています。

日本に拠点を置く英国タックス・デスク・チームは、これらの措置やその他のさまざまな英国税制の動向が、自社のビジネスに及ぼす影響を企業グループの皆さまが把握できるよう、サポートします。

詳細解説

概要

英国政府は2022年5月にCBAMに関するコンサルテーションを実施しており、その内容が公表されています。また「カーボンリーケージ」への対応は、さまざまな政府レビューや諮問機関(クリス・スキッドモア下院議員のネットゼロ・レビュー、英国気候変動委員会、英国議会の環境監査委員会など)における論点の1つとして提起されてきています。

ここでいうカーボンリーケージとは、英国と比べてより緩やかな気候変動政策を実施している国に炭素集約型の生産が移転すること、または英国の製品がより炭素集約型の輸入品に置き換えられることを指します。

英国政府は、カーボンリーケージの抑制および英国産業の脱炭素化の推進を目的とし、将来取り得る政策措置を幅広く検討するため、見解やコメントを募集しています。このコンサルテーションを主導するのは、財務省とエネルギー安全保障・ネットゼロ省の2つの省です。コンサルテーションは2部構成となっており、第1部では、以下のような将来的な措置に関する選択肢が示されています。

  • 炭素国境調整メカニズム(CBAM)
  • 強制製品基準(MPS)
  • 製品ラベリングおよび自主基準
  • 公共調達およびグリーン民間調達

コンサルテーションの第2部では、排出量報告について、設計や報告の特徴などにおける提案が示されています。排出量報告制度導入の目的は、コンサルテーションの第1部に挙げられた措置を推進することです。

対象セクター

コンサルテーションの出発点として、英国政府は以下のセクターを対象候補に挙げています。

  • セメント
  • 化学品
  • ガラス
  • 鉄鋼
  • 非鉄金属
  • 非金属鉱物
  • 紙・パルプ
  • 精製
  • 肥料
  • 発電

カーボンリーケージのリスクは時間とともに変化していくと英国政府は指摘しています。よって、コンサルテーションで議論されている諸措置の対象セクターも同様に変更され、農業や林業などの非工業セクターに拡大される可能性があります。英国のカーボンリーケージ軽減制度に隙間を作らないことが優先事項の1つであるとコンサルテーションには述べられています。

炭素国境調整メカニズム(CBAM)

このコンサルテーションにおいて特に重要な構成要素の1つは、カーボンリーケージへの対応および英国のネットゼロ目標の推進を目指す将来的な英国版CBAMです。CBAMは、英国に輸入される炭素集約型の物品の生産時に排出された二酸化炭素に価格(カーボンプライス)を課すことを目的とするメカニズムです。欧州連合(EU)が2023年10月にEU版CBAMを導入予定であることから、今回の英国のコンサルテーションは時宜を得たものといえます。将来的な英国版CBAMに関してコンサルテーションで提起されている論点には以下が含まれます。

  • 将来的な適用範囲には、英国の排出量取引制度(ETS)の対象となる製品が含まれる。考えられる選択肢の1つとして、まず限られた数のセクターに英国版CBAMを導入した上で、制度の対象を段階的に拡大することが提案されている
  • スコープ2およびスコープ3排出量に対する英国版CBAMの適用
  • 排出量データの使用。加えて、独立して検証された排出量データの使用と、独立して検証されたデータが入手できない場合における既定値の使用
  • 英国版CBAMのコストを計算する際にどのカーボンプライスを使用するか
  • 英国の実効カーボンプライスと原産国における実効カーボンプライスの間の差異
  • 英国版CBAMにおける支払スケジュールおよび関税の取決め
強制製品基準(MPS)

英国政府は、以前に実施したコメントの募集を経て、内包排出量に関するMPSを少数のセクターで実験することにより、より広範囲での政策の実行可能性を判断する意向です。MPSは、英国の市場で販売されるか、または英国で生産される個々の製品について、内包排出量の上限を設定することを目的としています。これにより、規定された限度を上回る排出量集約型の製品は禁止となります。英国政府は輸入品にMPSが適用されることを基本前提に掲げています。コンサルテーションのこのセクションでは、最初の質問として、MPSの先行実施で以下のどれを検討すべきかを尋ねています。

  • 鉄鋼セクターのみを対象とする
  • 鉄鋼、セメントおよびコンクリートの各セクターを対象とする
  • 鉄鋼、セメント、コンクリートおよび化学品の各セクターを対象とする

コンサルテーションの一環として提起されているその他の検討事項に含まれるのは、どの排出量を措置の適用範囲に含めるべきか、製造サプライチェーンのどの段階で措置を適用すべきか、販売時点(物品が市場に投入された時点)と生産時点のどちらで措置を適用すべきかなどの事項です。

導入スケジュール

コンサルテーションに示されたところによると、英国政府は(コンサルテーションの結果に応じて)2025年に内包排出量報告の導入を目指す意向です。続いて2026年に、英国のETSにおける無償割当の改定と並行する形で、CBAMが段階的に導入されると思われます。MPSは、2020年代後半に先行実施の成功を受けて導入されることになると思われます。

貿易に関する懸念への対応

コンサルテーションにおいて、英国政府は「自由で開かれた貿易に対する政府のコミットメントと一貫した形で、世界貿易機関(WTO)のルールを守ると同時に、各国の開発レベルの違いを考慮し、気候変動をめぐる国際的責務を尊重しながら」、CBAMその他の諸措置を導入することを確約しています。

これは実務上難しい課題かもしれません。英国政府は貿易に関する以下のような懸念への対応方法について意見を募集しています。

  • 開発途上国の輸出品の取扱い:開発途上国から輸入される炭素集約度の高い製品を適用除外することはネットゼロ目標の達成の妨げとなり得る一方で、適用除外しないことは開発目標の達成の妨げとなり得る
  • 排出量報告の手法、既定値、および検証に関する国際的な整合性。MPSについては、規制における基準の整合性
  • カーボンリーケージをめぐる政策措置の回避への対応
  • 材料コストの上昇により商業上の不利益を被る可能性のある英国の輸出品の支援
  • CBAMやMPSの義務の導入に向けた、将来における自主的なカーボン市場の利用の可能性
低炭素製品の需要喚起

コンサルテーションでは、低炭素製品の市場を育成するための取組みについても意見を募集しています。これを実施するための方法として、英国政府は以下の3つを概説しています。

  1. 製品ラベリングおよび自主基準:他の環境ラベリング制度を類似例としつつ、二酸化炭素に関する製品ラベルおよび自主基準を策定する。
  2. 公共調達:英国政府は英国・インド産業深層脱炭素化イニシアチブ(IDDI)を出発点として、このコンサルテーションを通じ、英国が確約すべき公共調達の適切な水準を見極めることを目指している。
  3. 民間調達:英国政府は、ファースト・ムーバーズ・コアリションなどのバイヤーズアライアンス(購入者連合)により多くの企業の参加を促すための方法について意見を募集している。
排出量報告の枠組み

コンサルテーションには考えられる排出量報告の枠組みが盛り込まれており、枠組みの設計、および既定値の使用の可能性に関する選択肢が示されています。さらにコンサルテーションには、報告される排出量の計算手法、および関連する測定基準や適用範囲についての利用可能な選択肢が示されています。またコンサルテーションでは、必要となるITシステムや、報告および排出量報告データの検証の実用性を取り上げています。

排出量報告の枠組みの一部として、企業において生じるであろう負担を英国政府が意識していること、および英国のあらゆる制度は他の国または地域によって使用される報告基準との整合を可能な限り目指すべきであることの2点が追加的に挙げられています。

今後のステップ

CBAMその他のカーボンリーケージ軽減政策の導入は、英国内外の企業に直接的および間接的に影響を及ぼします。制度の影響を効果的に把握し軽減するためには、バリューチェーン全体にわたる総合的なアプローチが必要です。
2023年6月22日までの間、企業は「脱炭素化に向けたカーボンリーケージリスクへの対応」に関するコンサルテーションに回答することができます。このコンサルテーションが及ぼす広範な影響を踏まえ、各企業が期限までに自社の回答を提出することが推奨されます。

その一方で、企業は以下のような対策を講じることができます。

  • コンサルテーションへの回答および将来的な制度管理の担当を社内で割り当てる。
  • 裏付け証拠の提供のため、英国に輸入される物品の関税コードおよび原産国を確定することにより、それらの物品が英国版CBAMの適用範囲に含まれる可能性があるかどうかを決定する。
  • 今回のコンサルテーションの終了後も政策策定が続くことを踏まえ、英国政府との連携の戦略を策定する。

お問い合わせ先

Ernst & Young Tax Co. (Japan), UK Tax Desk, Tokyo

Richard Johnston アソシエートパートナー

Rebecca McKavanagh シニアマネージャー


Ernst & Young LLP (United Kingdom), London

Jo Stobbs パートナー

工藤 保浩 シニアマネージャー

小林 仁紀 シニアマネージャー

※所属・役職は記事公開当時のものです