モビリティ(海外赴任)コラム:日系企業が外資系企業を買収した場合の取り扱いについて

近年、日本企業がグローバル規模で成長を実現していくうえで、海外M&Aが重要かつ有効なツールとして認識され、日本企業による海外M&Aは増加傾向にあります。2022年においては、2021年と比べて大型案件が少なかったことから、日本企業の海外企業買収額が約4割減ったようですが1、コロナ前の2020年までは、日本企業の海外企業に対する買収は、全M&A案件の2割まで伸びているとのデータが出ています2。

M&Aによって会社を買収する際には、会社を統合するためのさまざまな部分のすり合わせをしなければなりませんが、M&Aが成功よりも失敗に終わることが多いのは、そのほとんどが人事制度の不備によって買収された会社の人材流出が相次いでしまうことが原因と言われています。会社全体の人事制度の中において、「海外赴任プログラム」の統合は後回しとなることが多いですが、実際の事例も少しずつ見られるため、どのような点に気を付けるべきかについて、検討していきたいと思います。

まず初めに、日本企業と外資系企業における海外赴任の大きな違いは、大きく2つあると考えます。
1つ目は、海外赴任プログラムの種類の違いです。一般的に、日本企業の海外赴任プログラムは、赴任期間が平均3年~5年とする長期赴任プログラムのみとなっていることが多いです。海外赴任が進んだ会社の中には、その他に、赴任期間が1年未満の短期赴任、あるいは長期出張プログラムがあるケースも稀に見ることができます。一方で、外資系企業においては、会社のビジネス戦略と人事戦略に沿った海外赴任プログラムの考え方が当たり前であるため、長期赴任においては、ビジネスへの貢献度やタレントマネジメントの観点から、現地マネジメントラインに入り即戦力として活躍できるような人材を対象とした長期赴任プログラムや、将来の幹部候補のための育成目的の長期赴任プログラム、また、短期赴任においても、現地の生活や商習慣の経験や言語面での育成を兼ねたよりジュニアなメンバーのための短期赴任や、グローバルでのプロジェクト参加のための短期赴任など、長期・短期赴任とも、かなり細分化された赴任プログラムがあるのが現状です。また、赴任以外の形態として、個人事由による海外現地法人への転籍や、現地法人のニーズにより、長期赴任から現地法人への転籍への切り替えなど、さまざまな海外赴任プログラムが存在しています。

2つ目は、処遇の違いです。一般的に、日本企業の海外赴任といえば、本国の購買力を維持する購買力補償方式が当たり前のように適用されますが、外資系企業の場合は、各赴任目的や規程のフレームワークにより、購買力補償方式の他にも、給与を現地水準に合わせる方法や、長期赴任から転籍に切り替えるために、徐々に処遇を減らしていくような考え方など、さまざまな処遇の考え方もあります。また、処遇の水準や支給項目についても、大きく異なります。例えば、留守宅手当や単身赴任手当などが日系企業の独特な手当と言えますが、外資系企業の場合には、これらの手当がないケースが大半を占めます。背景としては、外資系企業の場合、配偶者や子供は、基本的に帯同する考え方が一般的であることが大きな理由と考えられています。さらに、手当水準についても、多くの日系企業のように、職位ごとに細かく定義されているケースは多くはないと考えます。

では、これらの違いを持った海外赴任プログラムの統合をどのように考えればよいのでしょうか。痛みを伴う改革という意味では、どちらかの規程にまとめるという考え方はありますが、それはあまりにもドラスティックな変革になってしまいます。他方、それぞれの海外赴任プログラムを継続して対応していくという考え方もありますが、その場合実務担当からすると、同じグループ会社の中で別々のオペレーションとなるため、非効率となることが想定されます。より現実的な考え方としては、まずは今後のビジネス戦略と人事戦略の観点から、今後の海外赴任プログラムの在り方を整理する必要があります。つまり、処遇や規程の内容を検討する前に、海外赴任をするための目的などの「そもそも論」を議論することになりますが、一般的な方法としては、海外赴任に携わる関係者を集め、それぞれのステークホルダーの観点からさまざまな意見を出しながら、ワークショップ形式でディスカッションすることをお勧めします。「そもそも論」の方向性が固まれば、その目的に合わせた新しい海外赴任プログラムの在り方や処遇体系などが決定しやすくなるため、まずは、基本的な方針を各関係者間で整理したうえで、議論を始めることをお勧めします。

巻末注

1. 2023年1月3日付日経産業新聞 「日本企業のM&A、22年最多4304件 投資会社が存在感」、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC26C9Z0W2A221C2000000/(2023年6月7日アクセス)

2. 2021年8月20日付M&Aコラム(日本M&Aセンター)「日本企業のM&Aが過去最多 2021年上半期」、https://www.nihon-ma.co.jp/columns/2021/s20210820column/(2023年6月7日アクセス)

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