テクノロジーとデータを巡る地政学的な競争の激化は2021年も続くことになるでしょう。この場合、デジタルテクノロジーでの競争で各国政府が活用する主なツールは、産業政策になると考えられます。
米国、中国、EUをはじめとする国々では、その産業政策の目標達成を後押しするため、輸出規制を行うことになると思われます。一方インドは、自国のテクノロジー企業を支援するため、引き続き中国のテクノロジー企業の国内市場へのアクセスを制限すると思われます。また2021年にこの競争を激化させるテクノロジーとしては、電気自動車が考えられます。中国は現在、その産業政策が功を奏し電気自動車分野のリーダーという地位を獲得しています。そのため米国政府は、この差を埋めるような政策を2021年に導入する可能性があります。またEUの厳しい排出量規制要件も自動車メーカーの電気自動車へのシフトを促す要因になるでしょう。
このリスクのもう1つの側⾯は、市場ごとにテクノロジーに関する標準規格の開きが⼤きくなっていることです。中国政府は、China Standards 2035(中国標準2035)計画において中国のテクノロジー標準規格の⼤筋を定める予定であり、国際機関での標準規格決定にも影響を及ぼそうと、⼀層の狙いを定めています。これが最も明⽩なのは5Gワイヤレスネットワークで、⽶国と中国は標準規格策定の主導権争いで各国の賛同を得ようと試みています。多くの国はどちら側でもなく中道を歩むと⾒られます。EUはいわゆるブリュッセル効果を活かして、独⾃の標準規格を考案する可能性がありますが、デジタル規制に関しては⽶国との協調路線を探っています。
ブリュッセル効果が最も顕著に表れているのがデータプライバシーとデータローカライゼーションの分野です。この分野の規制を導入している国は増えており、多くは域外適用されるEUの一般データ保護規則(GDPR)をモデルにしています(図7を参照)。これらのデータポリシーには、プライバシーに関する個人の権利に基づくものや、経済面・国家安全保障面での懸念が動機となったものが含まれます。例を挙げると、ブラジルで最近データプライバシー法が施行されており、インド、中国、その他の新興国でも、おそらく2021年に同様の措置が推進されると見られます。越境データフローと電子商取引に関するWTOのルール作りを目指す国際的取り組み(大阪トラックと呼ばれる)が存在はしますが、まだごく初期段階にとどまっています。
多くの政府が、新型コロナウイルス感染症による経済ショックからの回復のための追加財源を求めており、また、場合によっては国内政治での点数稼ぎを⽬的に、デジタル課税が地政学的な⽕種になると⾒られます。経済協⼒開発機構(OECD)は、今後も引き続き、グローバル企業への税制改⾰の⼀環としてのデジタル課税に主要国政府が協調するよう促すでしょう。この意図による影響⼒を拡⼤し、EU各国との対⽴を乗り切るため、⽶国がこの取り組みに正式に復帰する可能性もあります。
大手テクノロジー企業へのもう1つの逆風は、独占禁止法の施行です。EUは有力なテクノロジー企業の市場支配力を制限するための規制・司法措置を継続するでしょう。そして米国では、Googleがインターネット検索市場を不法に独占しているとした司法省による最近の提訴が、独占禁止法施行の新たな波の始まりになるかもしれません。
ビジネスへの影響
戦略的テクノロジー分野における成長・投資機会は制約を受ける可能性があります。半導体、AI、5G、量子コンピューティングなどのハイテク領域では、国内企業の振興・保護を目的とした政策により、外国企業は主要市場で不利な立場におかれるでしょう。これは、国際的なM&A提案の却下や国内企業への優先的資金供給というかたちで現れ、外国企業は特定のテクノロジーを入手できなくなるかもしれません。
新しい規制によりデータ管理が複雑化するでしょう。政府がデジタルテクノロジーとそこで生成されるデータへの関心を高めたため、新たなデータ管理コストが生じると見込まれます。国内市場と戦略的に競合するとみなされる国外市場で事業運営している企業には、特にこれが当てはまります。さまざまな市場でデータローカライゼーションとデータプライバシーに関するルールが急増したことを受け、国境を越えるデータ移動やデータ共有がさらに困難になるでしょう。これらの規制による影響を最も受けるのは、おそらく、データ(特に個人情報や消費者情報)が広く使用される分野の多国籍企業です。その例には、金融サービス、電子商取引、デジタルサービスのプロバイダと、産業機器メーカーなどがあります。自国政府によって政治的に注意を要すると見なされる地域で操業する採取産業もまた、データローカライゼーション要件による影響をさらに受けるでしょう。
重要テクノロジーに関連するグローバル企業の事業費が上昇する見込みです。5G、インターネット、その他のテクノロジーに関して主要経済大国で競合する標準規格により、デジタル経済はグローバル化ではなくネットワーク化したものになると見られます。特に個人情報や国家安全保障に関連し、慎重を要するテクノロジーの標準規格は、中国とそれ以外で分かれています。企業はこのように異なるネットワークをまたがって事業を継続できなければなりませんが、標準規格が統一されていないため、市場ごとに固有のテクノロジーシステムが必要となり、事業費が増加する可能性が高くなります。この影響はテクノロジー企業のみならず、テクノロジーサービス(クラウドコンピューティング、電子商取引プラットフォーム、5G対応センサーなど)に依存するすべての企業に及ぶでしょう。
知的財産(IP)法に関する企業への取り締まりが強化される可能性があります。各国政府が重要テクノロジーの国内囲い込みを一段と重視する中で、多くの規制当局がこれまで以上に活発かつ厳格にIP法を施行すると見られます。このため、企業は競合する外国企業から自社のIPを保護しやすくなると考えられます。
地政学を踏まえた戦略的判断
- ビッグテックに対する独立禁止法の適用が、自社の将来的なM&A承認に影響するかどうかを評価する
- デジタル課税の情勢変化をモニタリングし、備えを固める
- テクノロジーとデータを巡る地政学的な競争の激化が自社の事業およびサプライチェーンにもたらす課題または機会を特定する
- グローバル化された事業を維持しながら、テクノロジーとデータのローカライズに向けた変化に対応する
サマリー
テクノロジーとデータを巡る地政学的な競争の激化は、2021年も続くことになるでしょう。デジタルテクノロジーでの競争で各国政府が活用する主なツールは、産業政策になると考えられるところ、中長期での情勢変化を念頭に置いた、事業戦略への反映が重要になります。