2020年11月26日
メガトレンド

RCEP協定の署名を受けて:日本企業へのインプリケーション(速報)

執筆者 Courtney Rickert McCaffrey

EY Global Geostrategic Business Group Insights Leader

Geopolitical analyst and strategist. Creative methodologist. Proud feminist. Passionate about generating insights to help executives make better-informed decisions.

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2020年11月26日

2020年11月15日に署名されたRCEP協定は、アジア太平洋地域に世界最大規模の自由貿易圏を創出することになります。経済的観点・地政学的観点では、どのようなインプリケーションがあるのでしょうか?
また、日本企業のビジネス戦略には、どのような視点が求められるのでしょうか?

要点
  • RCEP協定は、アジア太平洋地域に世界最大規模の自由貿易圏を創出することになります。
  • 最も経済的な恩恵を受けるのは、日中韓の3カ国と考えられます。
  • 自由貿易の推進力となる一方、他の地政学的な制約要因は考慮しておく必要があります。
  • 日本企業にとって、中長期でのサプライチェーン見直しの端緒となりえますが、節税メリット以外の広範な視点も求められます。


2020年11月15日、東アジア地域包括的経済連携(以下「RCEP」)協定が署名されました。

この協定には、東南アジア諸国連合(ASEAN)の10カ国に加え、アジア太平洋地域の主要5カ国(日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド)が参加しています。RCEP協定の評価およびインプリケーションについて、速報としてまとめます。

1. 世界最大規模の自由貿易圏の創出へ

RCEP協定は、地域に単一の貿易圏を創出することを志向する点で、北米での北米自由貿易協定(NAFTA)や米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)、欧州におけるEUの取り組みに相当するものと言えます。アジア太平洋地域での「スパゲティボウル現象」(規定内容や水準の異なる二国間協定などが域内で入り乱れた状態)を解消する第一歩と評価することができるでしょう。

一方、その対象とする領域において、同協定は必ずしも野心的であるとは言えません。同協定は、工業製品について、全体で約90パーセントの関税撤廃を実現するものですが、知的財産権、環境、労働基準、国営企業などについて、包括的に規定するものではありません。また、投資の章ではポジティブリスト方式が採用されており、市場アクセスの対象は、具体的に言及されている分野に限られることになります。データローカライゼーション規制についても、その抑制が基本原則として盛り込まれるにとどまっています。

それでも、RCEP協定が、世界最大規模の自由貿易協定となる点は留意すべきです。GDPの観点でも、人口の観点でも、同協定が世界の3分の1をカバーすることになる点、地域の経済大国である日中韓3カ国が含まれている点は無視できないでしょう。インドは、2019年に交渉から事実上の離脱をしていますが、発効後に参加する道は残されています。

同協定が、2022年までに発効する可能性は低いと思われます。署名国は、各国の国内手続きを通して協定を批准する必要があります。発効のためには、少なくともASEAN域内から6カ国、域外から3カ国が批准を完了する必要があります。シンガポールなどは迅速に批准手続きを進めると思われますが、マレーシアやタイなどは、国内の政治情勢によって手続きの遅延が見込まれます。また、中国との関係が悪化しているオーストラリアについても、批准に一定の時間がかかる可能性があります。

2. 経済的観点でのインプリケーション:最も恩恵を受けるのは日中韓か

RCEP協定から最も恩恵を受けることになるのは、日中韓の3カ国と考えられます。米国のピーターソン国際経済研究所(PIIE)は、2030年時点において、貿易戦争が継続しているとの前提下でも、同協定が世界経済全体に付加する効果を2,090億米ドルであるとし、このうち中国に1,000億米ドル、日本に460億米ドル、韓国に230億米ドルの効果が生まれると試算しています*1。これら3カ国においては、中間財や補完材の貿易量の増加、さらに、先進経済圏として互いに接続することにより創出されるイノベーションによって、より大きな効果を得られると考えられています。

一方、同協定への署名にいたらなかったインドは、協定への参加をしない限り、2030年において、60億米ドルのマイナスの効果が生じると試算されています(加入した場合、逆に600億米ドルのプラスの効果が見込まれています)*2。インドは、東南アジアとの経済関係を強化し、自らをグローバルなバリューチェーンに統合することを目指していますが、協定外にとどまることで、これらの目的達成が難しくなるものと思われます。

産業領域別に見ると、RCEP協定が重点に置いているのは工業製品であり、関税撤廃による効果は製造業で最大となります。他方、同協定において、農産物はほとんど対象に含まれておらず、また、サービス貿易や電子商取引の自由化への貢献も限定的と評価せざるをえません。

3. 地政学的観点でのインプリケーション:自由貿易の推進力となるも制約は多い

英国のEUからの離脱や米国トランプ政権の通商政策に見られる通り、世界中で国境を越えた統合や自由貿易に行き詰まりが生じています。このような中、RCEP協定は、アジア太平洋地域に、グローバリゼーションや自由貿易の推進力としての地位を与えることになるでしょう。

地域内において、中国の影響力は一定程度高まると思われます。また、同協定の参加国も、中国とサプライチェーンを統合することの経済上のメリットは認識していると考えられます。一方、日本やオーストラリアなどは、米中対立の長期化も背景に、中国依存からの脱却を目的としたサプライチェーンの国内回帰および多様化も推進しています。このような事情も考慮すると、中国を軸としたサプライチェーンの統合が急速に進む可能性は極めて低く、同国の影響力が飛躍的に高まるとまでは言えません。

大統領選挙が実施されたばかりの米国について、次期バイデン政権下において、中国への対抗も視野に、環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)に参加するとの見方もありました。ただし、喫緊の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応、諸課題が山積みする国内政治状況を踏まえると、次期政権における貿易協定の優先度は必ずしも高くないと思われます。

RCEP協定は、地域の自由貿易の推進力となりうるものですが、米中対立の長期化、サプライチェーンの見直しへの機運の高まり、米国の国内情勢といった他の地政学的な制約要因は依然として考慮しておく必要があるでしょう。

4. 日本企業へのインプリケーション:地政学的観点を取り入れた戦略構築を

RCEP協定は、域内で活動する日本企業にとって、これまで以上の節税メリットをもたらす可能性があり、中長期でのサプライチェーンの見直しの端緒ともなりえます。一方、発効までには一定の時間が見込まれる点、同協定のみにとどまらない広範な視点が戦略構築には求められる点は留意すべきです。例えば、サプライチェーンの見直しにおいても、同協定によりもたらされる新たな関税撤廃や市場アクセスを考慮することは重要ですが、他に、人件費、労働力の質、インフラの質といった点も同時に評価検討する必要があるでしょう。さらに、中長期的な米中関係の推移、各国のサプライチェーンの見直しにかかわる政策動向など、地政学的な観点の取り入れも重要です。EYがグローバルに展開するGeostrategic Business Groupは、海外を拠点とするエキスパートと、日本企業の状況をよく理解した東京を拠点とするエキスパートが協働し、最新情勢についてのブリーフィングの提供、地政学的観点を取り入れた戦略構築プロジェクトの実施などを通じ、ビジネス戦略の構築をサポートします。

 

今後、日本企業の実務担当者は、RCEP協定の関税の撤廃対象や即時撤廃率が限定的であることから、既存のFTAとRCEP協定を並行して管理していく必要があります。
少なくとも実務面からすると、このような混沌とした環境はWTOの発足以来見られなかったものであり、各企業におけるFTA対応を含めた通商協定活用の在り方の再考が求められていると言えます。

ゲスト編集者 大平 洋一

EY Japan インダイレクトタックス部リーダー EY税理士法人 パートナー

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※この記事は、Geostrategic Business Group のインサイト・リーダーである Courtney McCaffrey(ワシントンDC)が執筆したものを、日本の読者向けに編集したものです。

*1 Peter A. Petri and Michael G. Plummer, East Asia Decouples from the United States: Trade War, COVID-19, and East Asia’s New Trade Blocs (Peterson Institute for International Economics Working Paper, June 2020).
https://www.piie.com/system/files/documents/wp20-9.pdf

*2 同上

サマリー

RCEP協定は、アジア太平洋地域に世界最大規模の自由貿易圏を創出します。最も経済的な恩恵を受けるのは、日中韓の3カ国と考えられます。自由貿易の推進力となる一方、他の地政学的な制約要因は考慮しておく必要があります。日本企業には、節税メリット以外の広範な視点も求められます。

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執筆者 Courtney Rickert McCaffrey

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Geopolitical analyst and strategist. Creative methodologist. Proud feminist. Passionate about generating insights to help executives make better-informed decisions.

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