デジタル社会において政府はどのように人々を支えることができるのか

執筆者
Arnauld Bertrand

EY Global Government & Public Sector Consulting Leader

Working with governments to build stronger administrations for impactful public policies. Passionate about leading teams to guide public performance, innovation and service.

Julie McQueen

EY Global Government & Infrastructure Lead Analyst

Lead Analyst with deep knowledge in public sector and social research, strategy and thought leadership. Passionate about improving public services to create positive social impact.

EY Japanの窓口

EY新日本有限責任監査法人 パブリックセクター アソシエートパートナー

パブリックセクターのクライアントと共に地方創生の諸課題に取り組んでいます。

20 分 2021年2月24日

⼈間とテクノロジーの関係を深く理解しなければ、政府はインターネットにつながることができない市⺠を切り離してしまうリスクがあります。

要点
  • デジタルを活用した公共サービスの拡大を求める声が市民の間に広がっており、公共サービスの提供方法に市民の意見を反映させることが求められている。
  • しかし、世界では市民の半数弱がデジタルサービスにアクセスするためのスキルや手段を持っていない。
  • 不利な立場にある人々をこれ以上取り残すことのないようにしながら、データとテクノロジーの活用によって効率と効果を向上させることが政府の課題である。
Local Perspective IconEY Japanの視点

EYグローバルでは、2020年の7~9月に、日本を含む世界12カ国において、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延が生活に与える影響、デジタル化の進展やデータプライバシーに対する意識などについて、各国1,000サンプル、合計12,000サンプル超のWebアンケート調査を実施しました。

以下では、EYグローバルによる、12カ国全体の調査結果報告を掲載しています。

各国政府は、人々の命や生活を守るため、行動・営業の制限などの規制措置、給付金交付や公共サービス充実化などの支援策を、デジタル技術を適宜活用しながら講じてきました。

受け手となる市民はどのような状況にあるのか、政府がより効果的に措置を講じるにはどうすべきか、といった考察も、以下の調査報告に含まれています。途中で登場する「ペルソナ」という手法は、日本における公共政策・施策の検討場面ではあまりなじみがありませんが、この手法を使って踏み込んだ考察を試行しています。

このグローバル調査結果レポートに加えて、現在、日本での調査結果に着目したレポートをEY Japanとして制作中です。実は、多くの設問において、日本の調査結果は、他国の調査結果と異なる傾向を示していました。EY Japanのレポートは、そういった回答傾向の違いに着目した内容を予定しています。そちらも発表し、皆さまにご紹介できることを楽しみにしています。

 

EY Japanの窓口

渡邉 真砂世
EY新日本有限責任監査法人 パブリックセクター アソシエートパートナー

通信技術の進歩により、⼈々は互いにネットワークを介した結びつきを強めています。同時に、テクノロジーの変化、⼈⼝構成の変動、気候変動、格差の拡⼤、価値観の急速な変化によって、政府を取り巻く環境はさらに複雑で不確実なものになっています。各国政府はこうした課題に適応し始めていましたが、まさにその時、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの発生によって、個人、コミュニティー、経済は大きな衝撃を受け、さらに不安定な状態に陥りました。

⼈々は危機の中で政府に⽣命と暮らしを守るよう期待したため、今、公共政策と公共サービスの提供にはかつてないほどの重圧がのしかかっています。

政府は財政、経済、社会の⾯で重圧にさらされており、このバランスを取りながら市⺠にとってより良い結果を導き出すには、市⺠の意⾒が近年の⼤きな変化によってどのように影響されてきたかを深く理解する必要があります。市民は自らの生活をどのように考え、政府から受けるサービスをどうとらえているのでしょうか。公共サービスの提供にあたって、政府がデータとテクノロジーの利⽤を拡⼤することを期待しているのでしょうか。社会経済上の階層によって反応は異なるのでしょうか。

インターネットでつながった社会で人々の生活がどのように変化しているかを理解するため、EYは大規模な新調査プログラム「Connected Citizens」をスタートさせました。この調査では、⼈々が何に価値を置いているか、何を最も気にかけ、⾃分の⽣活に影響を与え始めたテクノロジーの進歩についてどう考えているのかを探ります。ここで重要な目的は、政府と公共サービスが果たす役割に人々が何を期待しているか、統治する側とされる側との関係の本質についての考察です。

Connected Citizensでは、まず市民を対象としたグローバル調査を実施しました。

  • Connected Citizens調査について

    2020年7月から9月にかけて、EYはIpsos MORIを通じて12カ国の就労年齢の12,100人を対象に、オンラインで面接調査を実施しました。各国の代表的なサンプルを得ることができるよう、年齢、性別、地域、就労形態別にグループを設定し、データは年齢、性別、地域、就労形態、学歴で加重平均を取っています。Ipsos MORIは入手したデータを基にセグメンテーションモデルを作成し、7つのセグメントが創出されました。その後、EYが各セグメントにアイデンティティー、すなわち「ペルソナ(具体的かつ詳細なユーザー像)」を付与しました。各ペルソナは、人口動態プロファイル、個人の価値観、生活の満足度と優先事項、テクノロジーとイノベーションについての考え方、政府と公共サービスとの関わり、将来の展望など、複数の面を表しています。

調査データの分析により、EYは市民を7つの特徴的なペルソナ、すなわち、「勤勉な努力家(Diligent Striver)」「有能な成功者(Capable Achiever)」「プライバシー保護派(Privacy Defender)」「向上心の強いハイテクマニア(Aspirational Technophile)」「テクノロジー懐疑派(Tech Skeptic)」「貧困と闘う一家の大黒柱(Struggling Provider)」「受け身的な部外者(Passive Outsider)」に定義しました。テクノロジーとデジタルサービスについての考え方はグループによって異なっており、政府が市民との関わり方を向上させる機会をどう活用するかについて、各グループから学ぶべき内容もそれぞれ異なっています。これらの点を踏まえ、EYは政府が優先すべき分野として4 つの提⾔を行いました。機敏かつ革新的な政策決定、全ての人を網羅するデジタル化、データの責任ある利用、市民の参加と関与です。

(Chapter breaker)
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第1章

ハイパーコネクテッド・シチズンの時代

デジタル化への道は止めることはできませんが、公平性とアクセスに対する懸念が残っています。

多くの企業が豊富なマーケティングリソースを利用して顧客基盤を調査するように、あらゆる政府にとって、市民のニーズ、行動、価値観、期待の変化について理解を深めることが出発点になるとEYは考えています。Connected Citizensを実施したきっかけには、この考えが背景にあります(調査の手法については、「調査について」を参照してください)。

新型コロナウイルス感染症が人々の生活に与えた影響を調べる意図はありませんでしたが、時期的に、生活の質に対する市民の満足感において、調査を行った全ての国で感染症拡大の影響が表れました。

生活に対する市民の満足度が低下

71%

がパンデミック前の生活の質に満足していたと回答している。

48%

が現在の生活の質に満足していると回答している。

人々が最も心配している点は、質の高い医療へのアクセスやコミュニティーでの安心感など、基本的なニーズが満たされるかどうかです。一方、現在の状況では当然のことながら、不安に思っていることとして目立ったのが経済状況と雇用の確保です。回答者の半数近く(最少はインドの37%、最多はマレーシアの60%)が金銭面についての懸念を示したのに対し、「給与の高い安定した仕事に就いている」「景気が好調な国に住んでいる」と回答したのは37%でした。

テクノロジーが果たす役割の拡大

パンデミックによる影響で最も特筆すべきものの1つは、日常生活においてテクノロジーへの依存がますます高まっている点です。テクノロジーによって、わずか数カ月の間で人の働き方、遊び方、買い物の仕方、学び方、他者との付き合い方がいかに様変わりしたかをEYは見てきました。またEYの調査から、今後テクノロジーの利用が、パンデミックが起きていなかった場合よりもさらに増えると考えられていることが分かりました。調査対象者のうち、64%が新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより日常生活でのテクノロジーの利用が増えると考えています。この傾向は⼀部の発展途上国で特に顕著に示されました。

人々は、テクノロジーを生活のさまざまな面を改善する上で役立つツールだと考えています。しかし、政府は多くの公共サービスのデジタル化を加速させているとはいえ、サービスの提供において、⺠間セクターが提供するオンラインショッピングやオンラインバンキングなどのサービスに期待される改善の点で後れをとっています(ただし、医療サービスについては⽐較的肯定的に評価されています)。

このような期待の低下は、最近の経験を反映している可能性があります。世界的に見ると、政府と公共サービスがデジタルテクノロジーを有効活用してパンデミックに対応していると考えている人々は、市民の半数程度(53%)にとどまっています。もっとも、この認識は国によって大きく異なっており、マレーシアでは市民の88%、インドでは80%が政府はテクノロジーを有効活用していると答えたのに対し、フランスでは36%、日本では29%でした。

政府は⼈々の期待に応えるため、デジタル化を進める必要があるのは間違いありません。

テクノロジーの影響に対する懸念の広がり

EYの調査では、テクノロジーが⼈々の⽣活で果たす役割が拡⼤しているにもかかわらず、人々のテクノロジーについての考え⽅は⼀様ではありませんでした。ほとんどの人々(全世界の調査対象者の約72%)が、テクノロジーは生活の改善に役立ち、ますます複雑化する将来の問題を解決するために必要になると考えています。その一方で、テクノロジーの影響がより広範囲に及ぶことには以下のような懸念があります。

  • 社会的格差の拡大:最も不利な立場にある市民には、新たなテクノロジーを利用するための金銭的なゆとりがなく、デジタルリテラシーのスキルもほとんどないというケースが少なくありません。アルゴリズムによる意思決定の利用は固有のバイアスを伴う可能性があり、別のリスクになります。世界的に見ると、市民の3分の1近く(32%)は、テクノロジーの恩恵が社会のさまざまなグループに平等に行き渡ることはないと考えています。また34%が、テクノロジーによって今以上に力を得るのは、既に裕福で大きな力を持っている人たちだと考えています。
  • 人的交流の喪失:コミュニケーション手段としてのテクノロジーへの依存が高まったことで、社会的結束への影響が懸念されるようになっています。世界的に見ると、市民の32%は、テクノロジーによってコミュニティーとつながっているという感覚が弱まるだろうと考えています。バーチャル化が進んだ社会では、物理的な支援ネットワークの喪失により、最も脆弱なグループの一部が孤立を深めるといった事態になりかねません。
  • 個人のプライバシーとデジタルセキュリティが侵害される恐れ:インターネットにつながる人とデバイスが増加するにつれ、生成されるデータの量と種類は増大しており、その収集スピードも増していくでしょう。このため、個人のプライバシーと、個人データの利用方法における管理不足に対して、人々の間に不安が生まれています。10人に4人以上が、データが政府内で共有されることにも、民間企業と共有されることにも反対しており、4分の3近く(72%)は、公共サービスの改善や減税の財源となる資金調達のためであったとしても、政府が自らの個人情報を民間企業に売ることに異を唱えています。

このような懸念の一部は、単にテクノロジーの進歩が速すぎることに起因している可能性があります。テクノロジーに期待を膨らませ、その力を活用する人もいれば、圧倒されて不安を募らせる人もいます。政府と社会がテクノロジーを構築しているのでしょうか、それとも、テクノロジーが政府と社会を構築しているのでしょうか。⼀部の最新テクノロジーのメリットとリスクを⾒極めるのは時期尚早の場合もあります。

よって、データとテクノロジーの可能性を⽣かす場合、政府はこうした懸念を踏まえた上で、⼀歩先を⾏く必要があるでしょう。テクノロジーの導入率が低い場合、国の経済と国際競争力は弱体化し、ひいては将来の繁栄に悪影響が及びかねません。費⽤対効果の⾼い⽅法でより良い結果を市⺠にもたらすためには、市⺠のニーズを把握して、必要とされるサービスを事前に特定するとともに、複雑な公共政策を評価する、政府内でのデータ主導のアプローチが必要です。

世界的に見て、政府がサービスの質を向上させるための優先課題のトップ3の1つとして、市民の3分の1近く(32%)が公共サービスの提供におけるデジタル技術の利用拡大を挙げています。これにあたり、テクノロジーへのアクセスを向上させ、人々がテクノロジーをより快適に使いこなせるように支援することが極めて重要になるでしょう。今回の調査で、人々が新たなテクノロジーを利用し、理解できるようサポートすることを目的とした政府のスキルプログラムに対して、市民の間に支持が広がっていることが分かりました。調査回答者の61%が、政府の研修制度があれば、それを利用してデジタルスキルを高めると思うと答えています。関心度は国によって異なり、日本が最も低く39%、インドが最も高く83%でした。

また、政府にとって、データを共有するメリットを明確にし、責任ある方法でデータを利用することを市民に示すためにできることはさらにあります。今回の調査では、用途が明確で、自分や社会が何らかのメリットを得られるのであれば、データの利用を支持すると一定数が回答しています。特に公衆衛生に関わる際にこの傾向が見られ、例えば、疾病の追跡や予防に役立てるための個人情報の利用(全世界の市民の52%が支持)や、地域の医療サービスの優先順位を決めるための個人情報の利用(48%が支持)の場合が挙げられます。

政府にとって、市民の信頼の欠如もまた課題となります。公共サービス(特に医療・教育・地域の面)に対する満足度はおおむね良好ですが、国や地方自治体に対する信頼度は著しく低くなっています(それぞれ33%と36%)。世界全体の数字では国ごとの差は見えませんが、政府に対する信頼度には国によって幅があり、インドで63%、オーストラリアで46%なのに対し、フランスで29%、英国で27%、米国では26%です。一方、南アフリカでは19%、メキシコでは18%にとどまっています。

行政の効率と効果を向上させ、市民の取り組みを活用してより良いサービスの設計と提供に役立てるには、政府機関に対する信頼の構築が不可欠となるでしょう。

市民は政府との関わりを深めたいと強く望んでいる

市民には明らかに、今後公共サービスの提供にさらに深く関与したいという意欲と要望があります。3分の1以上が、公共サービスの質を改善するための最優先課題の1つとして改善状況についての透明性の向上を挙げ、政府に説明責任を求めることができるようにしたいと望んでいます。また、地域での公共サービスの提供において、42%が発言権の強化やより積極的な関与を望んでいるか、あるいは既に積極的に関与しています。

(Chapter breaker)
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第2章

人々の生活の多様性を表す市民の7つのペルソナ

7つのペルソナが、政府が市⺠とより強固な信頼関係を構築するための検討に役立つ可能性があります。

今回の調査から、世界全体で市民の考え方、価値観、ニーズ、行動が複雑化していることが明らかになりました。調査データからは市民の7つのペルソナが明らかになり、政府は今後このペルソナ群に携わる必要があります。

Connected Citizensが定義した7つのペルソナ

  • 勤勉な努力家(Diligent Striver)

    出世願望が強く、前向きな若い自己啓発者。デジタルガバメントのシームレスなサービスが自らの目標達成に役立つと期待しており、個人データを政府と共有することに抵抗がない。全ての人に平等に機会が与えられると固く信じている。

  • 有能な成功者(Capable Achiever)

    自立し、成功を収め、生活に満足している。デジタルイノベーションを受け入れる、実利的なハイテクマニア。政府が適切にデータを利用すると信頼しているが、政府以外に悪用されないかについては懸念がある。

  • プライバシー保護派(Privacy Defender)

    年齢が高く、自立し、ゆとりのある暮らしをしている人が多い。テクノロジーとテクノロジーがもたらすメリットを高く評価しているが、政府や民間企業と個人情報を共有することについては極めて慎重である。

  • 向上心の強いハイテクマニア(Aspirational Technophile)

    年齢が若く、都会で暮らす高学歴者。成功と新たなチャンスをモチベーションにし、テクノロジーとデータを生活のあらゆる面に取り入れている。人に力を与え、世の中をよくする新たなデジタルイノベーションの可能性に対する期待が高い。

  • テクノロジー懐疑派(Tech Skeptic)

    年齢が高く、低所得で、どちらかというと生活に不満を持っている。政府に不信感を抱き、テクノロジーのメリットにも懐疑的。データの共有には、たとえ明確な目的があったとしても反対する傾向にある。

  • 貧困と闘う一家の大黒柱(Struggling Provider)

    年齢が若く、不安定で低賃金の仕事に就いている人が多い。福祉サービスを比較的よく利用している。テクノロジーについては態度を決めかねており、テクノロジーへのアクセスと利用スキルが欠如しているため、生活を大きく変えるには至っていない。

  • 受け身的な部外者(Passive Outsider)

    所得と教育水準が低い。周囲のインターネットでつながった社会から隔絶されており、概して変化の受け入れに消極的。どちらかというとデータ共有に対する態度を決めかねているが、メリットよりリスクの方が大きいと感じる傾向にある。

上記のペルソナには共通する特徴が多くある反面、重要な相違点もあります。また、その構成は国によって大きく異なります。

全てのペルソナで最も顕著に見られる相違点の1つとして、テクノロジーとデジタルサービスの提供についての考え方があります。EYの調査の回答者はインターネット利用者ですが、新たなテクノロジーを利用する際にどの程度自信を持っているかはさまざまです。⾃信があると答えたのは、デジタルネーティブであるZ世代、若い時期にインターネットが普及したミレニアル世代、大人になってからインターネットに触れたX世代の回答者で70%以上だったのに対して、それより上の世代であるベビーブーム世代では61%でした。さらに、7つのセグメントを横断的に見ると、その違いは歴然としています。「向上心の強いハイテクマニア(Aspirational Technophile)」では87%が利用に自信を持っているのに対して、「受け身的な部外者(Passive Outsider)」と「貧困と闘う一家の大黒柱(Struggling Provider)」ではその割合がそれぞれわずか46%と40%です。

同様に、データ共有についての考え方にもセグメントによる著しい相違が見られます。「向上心の強いハイテクマニア(Aspirational Technophile)」「有能な成功者(Capable Achiever)」「勤勉な努力家(Diligent Striver)」は、サービスへのアクセスやオンライン申請のために個人データを共有することや、自分のデータが政府内および民間企業と共有されることに抵抗を持たない特徴がありますが、「テクノロジー懐疑派(Tech Skeptic)」と「プライバシー保護派(Privacy Defender)」では、共有に伴うリスクを深刻に懸念する傾向があります。

これがなぜ重要なのでしょうか。政府が公共政策の設計を改善し、より効率的で効果的な公共サービスを提供して市民との関係強化を図るには、画一的なアプローチを採用したサービスの提供から、よりパーソナルなアプローチへ移行することが不可欠です。例えば、サービスにアクセスするための手段がデジタルチャネルのみであった場合、最も支援が必要な可能性のある「貧困と闘う一家の大黒柱(Struggling Provider)」はどうなるでしょうか。サービスを利用できず、機会を逃すことになり、その結果このセグメントが被っている構造的な不平等が悪化するのではないでしょうか。

この問題は、サービスの提供に対するアプローチを「デジタル・バイ・デザイン」や「デジタル・バイ・デフォルト」へと移行する中で政府が特に重視すべき点です。上記の7つのペルソナは、政府がデジタルサービスとデータについて、あらゆるグループに合わせた適切な政策設計を実現させるための手助けとなります。

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第3章

政府の4つの優先課題

市⺠のニーズに応え、関わっていくためのステップ。

人々のニーズに対応するにあたって政府が取り得る方法は、以下の4つの分野に重点を置いた多面的アプローチとなります。

1. 機敏かつ革新的な政策決定

政府はグループごとに異なる懸念に対して、以下のようなより機敏かつ革新的な政策を導入することができます。

  • 所得が低く不利な立場にある市民を対象とした新たな社会セーフティーネット制度(最低所得保障や普遍的なベーシックインカムなど)。政府が住民のニーズを事前に予想し、危機が起きる前に予備的措置を講じるための社会的投資アプローチ。
  • 自営業者やギグエコノミー労働者など、不安定な職業に従事する人々ための、雇用形態と権利に関するより明確なルールを含めた、収入の不安定性に対処する新たな政策。労働者の地理的移動、雇用主の変化、失業期間あるいは自営期間を問わず受給資格を維持できるポータブル給付制度。
  • 労働者が存在意義と競争力を持ち続けられるようサポートする、より機敏な生涯教育・再教育プログラム。将来必要となるスキルや職業を政府が理解する際の手助けとなるスキルロードマップ、および新しいスキルを習得する資金を労働者に提供する個人学習口座。失業者と低所得労働者の就職や再教育を支援する積極的労働市場政策(ALMP)。
  • 年金制度を充実させる施策(退職金積立制度の積極的な利用の奨励。適切な助言や指導と結びついた、よりシンプルで柔軟な制度の提供。インセンティブの拡充や、場合によっては年金費用への民間セクターからの拠出の増加を促す法律の成立など)。

 

2. 全ての人を網羅するデジタル化

公共サービスを迅速に変革し、市民が民間セクターから得るサービスと同じ水準にするためには、デジタル化が必要です。しかも社会を成長させ、いかなるグループも取り残すことなく実行しなければなりません。

ブロードバンドや5Gネットワークを含めた高速デジタルインフラへの投資については、国内の全ての場所で接続できるように行わなければなりません。また、人々にデバイス(ノートパソコンやタブレットなど)を提供してインターネットに接続できる環境を作り、デジタルリテラシーを向上させるためのプログラムを実行して、デジタルサービスを利用するスキルと自信が得られるようサポートするという方法もあります。その一方で、デジタルでつながっていない人々がサービスにアクセスするための代替手段を確保できるようにする必要もあるでしょう。

既にテクノロジーの利用に自信がある市民は、質、スピード、利便性、コストパフォーマンスの点で、サービスの提供への期待を高めています。政府がこのような市民のニーズに応える施策は以下のようにいくつかあります。

  • 複数のデジタルチャネルからさまざまなサービスにより簡単にアクセスできるようにする一意のデジタルID
  • 政府の複数のサービスにワンストップでアクセスでき、メッセージと最新情報を適時にプッシュ配信するスマートポータルとモバイルアプリ
  • 一度オンラインで政府に個人情報を提供すれば、別の申請を行う場合にその都度個人情報を入力する必要のない「テル・アス・ワンス」サービス
  • 政府のさまざまなシステム間でデータを共有することで、市民の全体像を把握し、人々のニーズとライフイベントに合わせてサービスを企画・準備できるようにする統合デジタルプラットフォーム
  • よりスピーディーなサービス提供を可能にする、サービスの要請に対するエンド・ツー・エンドのデジタルフルフィルメント
  • 市民とやり取りを行い、速やかに問い合わせを処理して対応を完了させるための、AIを活用したチャットボットなどの対話型プラットフォーム
  • さまざまなデバイスから各種のプラットフォーム上でサービスにアクセスできるようにする真のオムニチャネルエクスペリエンス

各タッチポイントをより良く(使いやすく)、より速く、より効率的にするサービス設計と、先を見越した、予測的ですらあるサービスの提供に移⾏するためには、デザイン思考、カスタマーエクスペリエンスラボ、データアナリティクスが役⽴つでしょう。

3. データの責任ある利用

私たちはかつてないほど多くのデータを⽣成、保管しており、データを分析するツールがあります。

その一方で、データの利用の増加により、議論と論争も巻き起こっています。各国には、機会を利用しながら、同時に市民にとっての潜在的なリスクを管理することができる新たな規制面、法律面、ガバナンス面の枠組みが必要です。例えば、データプライバシー、監視テクノロジー、アルゴリズムに組み込まれた不平等、情報エコシステムのインテグリティなどの問題について厳しく検討することが政策立案者に求められることになるでしょう。

政府は既に個⼈情報の利⽤に関わる規制を強化しています。また政府の中には、法的枠組みに踏み込んで、⾃らの個⼈情報をある程度能動的に管理できるようにするとともに、⾃らの個⼈情報がどのように扱われているかを知る権利を付与しているところもあります。

規制当局は、企業がどのようにAIシステム上でデータを利用しているかという点も考慮しなければなりません。アルゴリズムによる意思決定に関する問題として、不適切な意思決定や、特定のグループに対する差別につながっているという新たな認識が広まっています。規制環境は、進化を続けているこの新たなテクノロジーへの信頼を構築するものでなければなりません。

組織レベルでは、政府、公共サービスの担い手、企業、その他の組織には、データの当事者の権利がどのように保護されているかを示す透明なガバナンス構造が必要となるでしょう。例えば、データ共有の目的と基本的原則を定めるプロトコルの策定や、利用している自動意思決定システム、目的、保護策の内容の開示に取り組むこともできます。

エシカルデザインとガバナンスにこれらの優れた取り組みを取り入れる組織が増えるにつれ、政府はリスクの軽減、有害な結果の発生の予防、データの潜在的なメリットを最大化させるために必要な信頼の構築を図るための体制を強化することができるでしょう。

4. 一般市民の参加と関与

将来的に、ガバナンスのトップダウンモデルは合理的あるいは効率的とはみなされなくなるでしょう。多くの市民は、意思決定が共有され、オープンで参加できるようになることを期待しています。

政府には、市民を関心のある問題に関与させる機会があります。ソーシャルメディア、モバイルアプリ、オンラインデジタルプラットフォームなどの新たなデジタルツールにより、政府は市民から大規模に意見などを収集し、政策と意思決定を強化する知見を得ることができるようになるでしょう。

その一方で、政府は単に住民から意見を聞くだけでなく、自らに影響のある決定の策定に携わる権限を市民に付与することもできます。多くの政府が、幅広いトピックについての特定、議論、決定に市民を関与させるさまざまなモデルを試行しており、例えばオーストラリアやアイルランドなどの国々では、市民陪審員の評議により、複雑な社会的・経済的課題の解決策を共同で策定しています。

市民が公共予算の配分方法を決定できるようにする参加型予算編成イニシアチブへの関心が高まっています。教育、保健衛生、司法などの分野の政策について、アイデアを考案し、実証実験用の環境を提供する政策ラボが世界各地で180以上設置されており、また、政府主催のハッカソンが、新型コロナウイルス感染症がもたらした経済、社会、技術的課題について斬新な解決策を探る際に人々を関与させる方法として効果的であることが実証されています。

世界各国の政府と公的機関の多くは、オープン・データ・イニシアチブに着手し、データ交換プラットフォームの構築を進めています。ここで重視されている点は、市民を含めた第三者に広くデータを公開して、透明性と説明責任を向上させながら、複雑な問題を解決する新たな方法を策定する際に役立てることです。

これらの取り組みは全て、インターネットでつながった社会において、政府が全ての市民により良いサービスを提供するための重要なイニシアチブとなるでしょう。

Connected Citizensを知る

データとテクノロジーの進歩は、市⺠により良いサービスを提供する唯⼀無⼆の機会を政府にもたらしています。しかし、変⾰を起こす機会だけでなく、固有のリスクもあります。できるだけ⼤規模かつ迅速にデジタル化するという⽬標は、実際にはごく⼀部の市⺠にしか適さない画⼀的なアプローチを⽣み出していますが、その結果多くの⼈を取り残してしまい、物理的にも考え⽅においても、政府からさらに切り離すことになりかねません。政府はConnected Citizensで明らかになった7つのペルソナについて詳しく知ることで、各ペルソナのそれぞれ異なるニーズに対応したデジタルサービスの提供と、その提供メカニズムの設計を検討する上で⼿掛かりが得られる可能性があります。7つのペルソナを理解することにより、効果と効率を向上させ、社会的格差の軽減に向けて⼈々がデジタル化から取り残されないよう対処することが可能になります。さらには、全ての⼈にとってより公平かつより良い社会を構築することができるでしょう。

サマリー

多くの市民は、データとテクノロジーを活用した公共サービスを推進することに好意的であり、サービスを設計し、提供する方法について、自分たちの意見をより反映してほしいと考えています。政府にとっては、自身とサービスを提供する人々との関係を強化し、効果を上げる際に不可欠となる信頼の度合いを一新する好機が生まれています。同時に、デジタルを利用できないグループを取り残さないようにするという課題も突き付けられており、この状況に効果的に対応するには、革新的な政策設計、全ての人を網羅するデジタル化、データの適切な利用、市民の参加型関与が重要となるでしょう。

この記事について

執筆者
Arnauld Bertrand

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