2023年3月14日
スポーツが地域やステークホルダーにもたらす経済的・社会的インパクトの定量的評価方法

スポーツが地域やステークホルダーにもたらす経済的・社会的インパクトの定量的評価方法

執筆者 岡田 明

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 公共・社会インフラセクター スポーツDXリーダー アソシエートパートナー

スポーツによる価値循環モデルの実現を目指す。

2023年3月14日

【結果速報】「ドットエスティ B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2023 IN MITO」の経済的・社会的価値を定量評価
 

要点

  • EY Japanでは、英国マンチェスターメトロポリタン大学/井上准教授、筑波大学の協力を得て、スポーツが地域やステークホルダーにもたらすソーシャルKPIメソッドを開発。
  • 2023年1月に開催されたドットエスティ B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2023 IN MITOの来場者・周辺イベント参加者にもたらした社会的価値の金額換算を1.9億円と試算した。また、同イベントの経済波及効果を約1.2億円と試算した。
  • 社会的価値については今回の試算を速報とし、2023年6月に残りのステークホルダーにもたらした社会的価値の定量評価、および社会的価値向上メソッドなどについて詳報を予定している。


はじめに

スポーツに経済的価値のみならず社会的な価値があるということは、スポーツビジネスに関わる多くの人にとってすでに共通認識と言えるでしょう。

地域に目を向けると、スポーツの試合やイベントが開催されることで、興行的な恩恵のみならず、周辺の飲食店や観光需要が喚起され、街の価値が高まることで固定資産税など税収面での効果も期待されるなど、経済的な価値があることは言わずと知れたことです。

他方でスポーツの社会的な価値についても、地域住民のシビックプライド醸成、教育現場における総合科学としての活用、スポンサー企業にとっての「SDGs」「ESG」への取り組みなど、現代社会に重要な要素として改めて見直されています。

ソーシャルKPIメソッドの開発

また一方では、スポーツが持つ素晴らしい価値に気付きつつも、周囲から理解を得られなかったり活用方法が分かりにくいことで、単発な取り組みや一方通行で終わってしまう事例が多いことも事実です。活用された場合においても、スポーツの価値が可視化されておらず、評価が曖昧となっているケースが大半です。

このような状況において、スポーツ業界のさらなる価値向上・成熟のためには、ステークホルダー間の共通理解から生まれる共創が重要であり、そのドライビングフォースとして価値の可視化とフィードバック・提案といったプロセスが必要です。

そのためEY Japanでは、スポーツを地域に社会的価値をもたらす重要なコンテンツとして捉え、スポーツの「人づくり」「コトづくり」「場づくり」「ルールづくり」を多面的に促進することで、ステークホルダー間による共創や持続的なエコシステムの構築を目指しています。

そのような取り組みの一つとして、スポーツがもたらす社会的価値の定量評価・価値向上メソッド(ソーシャルKPIメソッド)について英国マンチェスターメトロポリタン大学/井上准教授、筑波大学の協力を得ながら開発を進めています。本取り組みでは、スポーツに関わるステークホルダーにフィードバックを与え、価値向上に資する共通理解および共創の促進や、スポーツへのリソース流入活性化に寄与することを目指します。

図:スポーツがもたらす社会的価値の定量評価・価値向上メソッド

本報告の位置付け

本報告はスポーツのソーシャルKPIメソッド開発の第一歩として、観戦型スポーツイベントを題材に社会的価値の測定・分析を行い、速報として一部の分析結果を報告するものです。

EY Japanでは「バスケで日本を元気に!」を掲げるB.LEAGUEと2022年10月にサポーティングカンパニー契約を締結し、クラブ、地域コミュニティー、地方自治体、国と連携して、地域社会の経済循環を促し社会課題解決に向けた取り組みを協働しています。

そのようなB.LEAGUEとの協業の一つとして、2023年1月に開催された「ドットエスティ B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2023 IN MITO」(以下、オールスターゲーム)を題材に、スポーツが地域やステークホルダーにもたらす経済的・社会的価値の測定・分析を実施しています。

今回は、その速報値として、オールスターゲームの経済波及効果、およびステークホルダーのうち観戦者・周辺イベント参加者にもたらした社会的価値の測定・分析について報告します。

経済波及効果の試算は本件をもって完了とし、社会的価値の測定・分析は残りのステークホルダーについて現在分析中につき、2023年6月に詳報を予定しています。

図2:社会的価値の調査対象

分析結果

調査・分析の速報値として、オールスターゲーム・周辺イベントの経済波及効果は約1.2億円、社会的価値は約1.9億円となりました。

特筆すべきは、スポーツが持つ社会的価値の中でも、特にウェルビーイング(例:幸せと感謝の気持ちを与えてくれた)、ソーシャルキャピタル(例:協調性や信頼感の重要性を感じた)、ヒューマンキャピタル(例:自分も頑張ろうと思った)を感じた観戦者・参加者が多いことが明らかになりました。

具体的な意見・感想においても、地元開催に対する誇りや喜び、域外からの来訪動機や来訪者へのブランディング効果など、オールスターゲーム・周辺イベントの経済的・社会的価値が確認されました。

一方、相対的にヘルスリテラシー(例:自身の健康に関して関心を持った)について価値を感じた観戦者・参加者は少なく、これはオールスターゲームが体験型ではなく観戦型のイベントであることなどに起因していると考えられます。

図3:分析結果

分析アプローチ(経済波及効果)

オールスターゲームおよび周辺イベントにおける経済波及効果は、当日の来場者が域内で消費をすることにより発生する「直接効果」と直接効果に誘発される「間接波及効果」の合計にて算出しました。

直接効果は、来場者の宿泊率を調査した上で、来場者数に宿泊費・飲食費・交通費・娯楽費/サービス費・買い物代などの消費支出単価を掛け、施設利用費などの運営費の一部を加えたものに域内自給率を掛けて算出しました。

間接波及効果は、直接効果に伴う原材料などの購入によって誘発される財・サービスの生産額である「1次波及効果」と、直接効果や1次波及効果による雇用所得増加により、消費支出が増加することによる需要増加を「2次波及効果」として算出しました。(茨城県経済波及効果分析シートを活用)
 

分析アプローチ(社会的価値)

本取り組みの社会的価値の測定・分析には「社会的投資収益率(以下、SROI: Social Return on Investment)」の考え方を採用しています(速報時点では現在価値(Present Value)の金額ベースの報告のみ)。英国マンチェスターメトロポリタン大学/井上准教授、筑波大学の助言を得ながら、“Social Value International”が提唱する“The Principles of Social Value”を参照しています。

まずは、インパクトまでの因果関係を論理的に整理するためにロジックモデルを構築した上で調査を実施し、金額換算に向けたデータ・指標・算出方法などを含むインパクトマップを活用してインパクトの算出を実施しました。

アウトカムの算出に当たっては、スポーツの社会的価値を「ウェルビーイング」「ヒューマンキャピタル」「ソーシャルキャピタル」「集団的アイデンティティ」「ヘルスリテラシー」の5つと定義し、ステークホルダーが観戦・イベント参加などを通して得られたそれぞれの社会的価値をアンケート調査により測定しました。

インパクトの算出に当たっては、イベントが実施されなくても得られた効果の控除や価値の継続期間を考慮するなど、過大評価に留意して精緻化を実施しています。

図5:社会的価値の定量化に向けたロジックモデル、図6:スポーツの社会的価値

今後の展開

現在、リーグやスポンサー企業といったその他ステークホルダーへのアンケート・インタビュー調査について分析を行っています。今回は、取り組みの速報値として、オールスターゲームの経済波及効果、およびステークホルダーのうち観戦者・周辺イベント参加者にもたらした社会的価値について報告しましたが、次回はオールスターゲームおよび周辺イベントが地域やステークホルダーにもたらした社会的価値の全容に加え、投入されたコストに対する価値の大きさ、価値向上策、課題などに踏み込んだ報告を目指します。

本件でも使用しているSROIの考え⽅自体は、社会的価値の費用対効果を図る指標としてスポーツの領域でも活用が進みつつありますが、本取り組みのようにスポーツが地域やステークホルダーにもたらす社会的価値にフォーカスし、学術的なサポートを得つつ、価値の向上策の検討まで踏み込んだ取り組みは国内では希少であり、スポーツの持つ価値の実証に大きく資する取り組みと言えます。

今回の取り組みおよびメソッドは、イベントにかかわらずスポーツの活用により価値向上を目指すあらゆるステークホルダーに対して応用が可能です。EY Japanが掲げる “Sports Power the Community” の取り組みの一環として、分析・評価にとどまらず価値向上や実装につながる提案および伴走型支援を実施し、各ステークホルダーの意思決定やステークホルダー間の共創・エコシステム構築を活性化させることを目指します。
 

「ドットエスティ B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2023 IN MITO」とは

「ドットエスティ B.LEAGUE ALL-STAR GAME 2023 IN MITO」(以下、オールスターゲーム)とは、2023年1月13・14日(金・土)に茨城県水戸市にて、3年ぶりに開催されたB.LEAGUEのオールスターゲームです。

オールスターゲームのDAY1では、ダンクコンテスト、G-SHOCK スキルズチャレンジ、スリーポイントコンテストのほか、今年から新たに、若手選手選抜とアジア特別枠選手選抜が対戦するB.LEAGUE ASIA RISING STAR GAMEが開催されました。

DAY2では、B.LEAGUE U18 ALL-STAR GAMEおよび、ファン投票などで選ばれた選手が出場するドットエスティ B.LEAGUE ALL-STAR GAMEが開催されました。

また、オールスターゲームの周辺イベントとして、水戸駅北口にて「地酒で新酒祭りin水戸」、まちなか・スポーツ・にぎわい広場(M-SPO)にてパブリックビューイング、選手トークイベント、3×3バスケ体験などが開催され、水戸の街がオールスターゲームでにぎわいました。
 

 

調査概要

オールスターゲームおよび周辺イベントの来場者に対するアンケート調査により、消費動向や、観戦やイベント参加の体験を通して獲得した社会的価値について調査を実施しました。

調査期間:2023年1月13・14日(金・土)
調査対象:① オールスターゲーム観戦者
     ② 周辺イベント参加者
調査手法:アンケート調査
サンプル数:約600
 

英国マンチェスターメトロポリタン大学/井上准教授

井上 雄平 氏(INOUE, Yuhei)

スポーツ経営学者、経営学博士(米国テンプル大学)。米国メンフィス大学助教(2011年~2014年)、米国ミネソタ大学准教授(2014年~2019年)を経て、2019年に渡英し、現在はマンチェスターメトロポリタン大学経営学部の准教授(スポーツマネジメント領域)。主な研究テーマは、スポーツを通して個人や社会のウェルビーイングを向上するための組織やイベント、プログラムのマネジメントを明らかにすること。経営学やスポーツ経営学の主要な国際学術誌にこれまで50本以上発表。また、「Sport Management Review」の副編集委員長、「Journal of Sport Management」の編集委員を務める。
 

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EY Japanは、スポーツによるコミュニティの再蘇生を目的とし、人づくり、場づくり、コトづくり、ルールづくりに取り組んでいます。

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サマリー

EY Japanでは、スポーツに関わるステークホルダーにフィードバックを与え、価値向上に資する共通理解および共創の促進や、スポーツへのリソース流入活性化に寄与することを目指し、スポーツが地域やステークホルダーにもたらす社会的価値についてソーシャルKPIメソッドを開発しました。

この記事について

執筆者 岡田 明

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 公共・社会インフラセクター スポーツDXリーダー アソシエートパートナー

スポーツによる価値循環モデルの実現を目指す。