このような民間事業者がビジネスとして交通サービスを展開する構造を可能にしてきたのが、交通事業者における内部補助の構造です(図表2参照)。交通事業者は、不採算路線の赤字について、採算路線の黒字、高速バスおよび貸切バス事業、および非交通事業の黒字などで支えてきました。需要拡大期には交通サービスの安定的供給に寄与した仕組みですが、現状、これまで内部補助の源泉となっていた他事業の採算確保も難しくなっています。
また、これまでの公的主体による不採算路線に対する路線単位などの支援は、民間事業者の自立経営を前提としており、採算確保には不完全なものでした。また、収益が増加すると支援が減少してしまう仕組みは、生産性向上の取り組みなどのインセンティブを阻害する側面もありました。財政負担増加懸念からも、同様の支援の在り方は持続しない可能性があります。
このように交通事業者単独では地域交通の維持が難しくなっている中、人材の高齢化および従業員の待遇面から業界の人手不足が極めて深刻化しています。事業者は、事業維持のため、コロナ禍前からコスト削減・路線縮小などの取り組みを続けてきましたが、その余地が限界に達するとともに、サービス水準の悪化を招き、それがさらなる利用者離れを招くという負のスパイラル構造に陥っている状況です。
2. 地域交通の重要性
以上のような課題を抱えながらも、多様な交通モードによる地域交通は、地域経済を支える「基盤的社会インフラ」であると考えます。
自動車社会の進展により、その利便性を前提とした社会構造が顕著となっていますが、移動手段の選択肢が狭まっているとも言えます。免許返納問題なども踏まえると、自家用車を運転できない交通弱者(高齢者、子ども、観光客など)の移動手段を維持し、移動総量を増やすことが、地域社会の多様性を支えることになります。
家族による自家用車での通学・通院などの送迎は日常的な光景ですが、何らかの地域交通がなければ、送迎不能な場合には通学・通院が困難になってしまいます。また、生産年齢の世代の家族による送迎は、社会全体にとって機会損失を生んでいるとも言えます。さらには、自家用車送迎が困難な子どもは通学範囲が限定され、教育機会の公平性を阻害することにもつながりかねません。このように、地域交通は、医療・福祉や子育て・教育に必要なライフラインであると同時に、それ自体にも交流のきっかけを創出するといった魅力・価値も存在しているなど、地域におけるQuality of Life(QOL)の向上に寄与する存在です。
交通は、人々の移動目的地における「本源的需要」にアクセスするための「手段」ですが、交通結節点の整備・ウォーカブル空間などの都市としての魅力や活力を向上させるまちづくりといった取り組みは、交流人口を増加させ、本源的需要を拡大させることにつながります。まちづくりとそこから生み出される本源的需要を結び付ける手段としての交通は密接不可分な関係にあるのです。
さらに、昨今では炭素排出量の削減によるカーボンニュートラルの実現がグローバルレベルでのトレンドとなっており、輸送効率を向上させることは地域全体のグリーントランスフォーメーション(GX)につながっていくため、地域交通に求められる役割は日々大きくなっています。
このように地域交通は、まちづくりや地域活性化と直結し、地域の「ウェルビーイング」を支えており、地域ごとのさまざまな社会課題解決の基礎となる、重要なインフラなのです。