IPOの基礎 第4章 株式上場と監査法人の役割

2017年7月27日
カテゴリー IPOの基礎

2017年7月発行のIPOガイドブックを転載したものであり、本文中特に断り書きのない限り、2017年3月31日現在の法令・規則等に準拠して作成しています。

1. 監査法人の役割

(1) 「会計監査」と様々な指導・助言

株式上場を目指している会社に対する監査法人の主な役割は、証券取引所における上場審査基準で求められる「会計監査」を実施することです。この監査の対象となる財務諸表等の作成に際しては、最新の会計基準の適用と会計処理の適正化が必要となりますが、それらについての指導・助言を実施することも監査法人の役割となります。その他に、第7章に記述している株式上場後に適用される内部統制報告制度(J-SOX)にも対応した社内管理体制の整備が必要になりますが、それについての指導・助言を実施することも監査法人の役割となります。

ただし、このような指導・助言を超えて、監査法人自身が財務書類の作成業務を行うことや、社内管理体制の構築方法を決定することはできません。世間の人々から、会社と監査法人との間の馴れ合い関係を疑われるおそれがあるためです。従って、監査法人の指導・助言を十分受けたうえで、会社自身が財務書類を作成し、社内管理体制を構築する必要があります。

様々な業種に属する数多くの会社の株式上場について指導・助言を実施した経験を持っている監査法人は、「株式上場の専門家集団」であるといえます。そのため、監査法人の指導・助言を受けることで株式上場に向けた具体的な準備作業をより効果的、かつ、効率的に進めていくことができます。多くの場合、会計監査の受託に先立って実施される監査法人による「ショート・レビュー」(2.(3)参照)を受けて、株式上場を実現する上での問題点を把握し、それを改善するための方策を立案して、着実に実行していくことが、株式上場を実現するための早道となります。

(2) 上場審査基準としての「会計監査」

① 金融商品取引法監査に準ずる監査

株式上場に際しては、証券取引所の規則により、金融商品取引法第193条の2第1項の規定に準ずる監査が必要とされています。未上場会社であっても、貸借対照表の資本金の額が5億円以上または負債の合計額が200億円以上の会社は「会社法監査」を受けていますが、株式上場に際して必要とされるのは、それとは異なる「金融商品取引法監査」に準ずる監査です。

この監査の対象となる財務諸表等は、投資家等に有用な情報を提供することが目的であり、連結財務諸表規則及び財務諸表等規則に従って作成することが要請されるため、会社法に従って作成される連結計算書類及び計算書類等よりも詳細な記載が必要となります。

なお、各証券取引所では、財務諸表の信頼性向上のために新規上場申請会社に対して、上場会社監査事務所による監査を義務付けています。上場会社監査事務所とは、日本公認会計士協会の上場会社監査事務所登録制度に基づき、上場会社監査事務所名簿に登録されている監査事務所のことをいいます。

主な市場の監査証明の対象となる財務諸表等と対象期間及び監査意見

(注) 各市場とも、申請事業年度から作成される四半期財務諸表等に対しては、無限定の結論であることが必要です。

② 適切な会計処理に関する指導・助言

金融商品取引法監査に準ずる監査の対象となる財務諸表等を作成するためには、金融商品会計、退職給付会計、固定資産の減損会計等の会計基準の適用、キャッシュ・フロー計算書の作成、子会社等を有する会社における連結財務諸表の作成等についての知識、表示・開示についての知識等、幅広い知識が必要となります。また、新会計基準や基準の改訂にも適時に対応しなければなりません。

他方、会計処理に当たって税務会計に重点を置いている未上場会社も見受けられます。しかし、金融商品取引法監査に準ずる監査において適正意見が表明されるためには、売上、仕入、費用の計上基準、棚卸資産の評価方法等の会計方針とそれに基づく会計処理が、企業会計の基準に従っており、会社の実態に照らして適切なものでなくてはなりません。そのため、企業会計の基準の観点から不適切な会計処理があれば、是正することが必要になります。このような会計処理についての問題点とその是正の方向も、監査法人によるショート・レビューを受けることによって確認できます。

③ 内部統制の確立に関する指導・助言

「内部統制報告書」及び「内部統制監査報告書」は上場申請書類には含まれませんが、証券会社による引受審査や証券取引所による上場審査において、上場後の内部統制報告制度(J-SOX)に対応できるよう準備が行われているかについて所要の確認がなされます(※)。

(※)2015年5月29日から施行された(改正)金融商品取引法により、新規上場会社は申請期以降内部統制報告書の提出を引き続き求められますが、上場後の3年間は公認会計士による監査の免除を選択することが可能となりました。ただし、社会・経済的影響力の大きな新規上場企業(資本金100億円以上、または、負債総額1,000億円以上)は監査の免除の対象外となります。

会社における内部統制の存在は財務諸表監査の前提となるため、従来も監査法人より内部統制の整備・運用に関する指導・助言業務は提供されてきました。内部統制整備の基礎となる方針等の意思決定や、内部統制の有効性に関する判断を監査法人が代行することはできませんが、内部統制を整備する上で基礎となる考え方の助言や、計画された内部統制の仕組みの不備についての改善指導を監査法人が行うことは可能です。

(3) 会計監査実施前の様々な指導・助言

① 資本政策の立案・実行に必要な基礎知識等の提供

第5章に詳細な記述をしていますが、株式上場に向けては、資金調達・株主利益の適正な実現・株主構成の適正化を図るために、経営者の考え方や会社の現状を認識し、その時々の金融情勢等も考慮した、具体的かつ実行可能な資本政策が必要になります。

資本政策については、会社が立案し、会社の責任と判断で最終的に決定した上で実行する必要があります。
監査法人には資本政策の立案・実行について具体的な事例・実務経験に基づく豊富な知識と経験を有する専門スタッフが在籍していますので、会社が資本政策の計画を立案し、実行するにあたり、必要に応じて指導・助言を受けることが可能です。

また、監査法人から、セミナー・勉強会の形で資本政策の立案・実行に関して必要となる一般的な知識等の提供を受けることも可能です。

② 関係会社等の整備に必要な基礎知識等の提供

第8章に詳細な記述をしていますが、関係会社が親会社やオーナーの取引の隠れ蓑になっていたり、赤字会社であったりすると、上場審査上問題となります。このような場合には、取引の解消、清算、合併等による適切な対応が必要となります。

監査法人には、関係会社等の整備への対応策について具体的な事例・実務経験に基づく豊富な知識と経験を有する専門スタッフが数多く在籍していますので、会社が関係会社等の整備に関する経営判断を行う際に役立つよう、必要に応じて指導・助言を受けることが可能です。

③ 社内管理体制の構築に関する指導・助言

第6章に詳細な記述をしていますが、社内管理体制の内容は、複雑多岐にわたります。そのため、社内管理体制の構築は、一朝一夕にはできません。

監査法人には、さまざまな業種における数多くの企業の法定監査業務や株式上場支援業務に関する具体的な事例・実務経験を通じて豊富なノウハウが蓄積されていますので、会社が社内管理体制の構築に関する経営判断、構築・改善を行う際に役立つよう、必要に応じて指導・助言を受けることが可能です。

④ 経営管理のための情報システムの構築に関する指導・助言

第6章に詳細な記述をしていますが、株式上場に際しては、業種・業態を問わずに、迅速な月次決算、予算統制及び適切な経営管理資料の作成が必要になります。これらは、コンピュータシステムを利用しなければ、対応できないことが多いものです。また、業種・業態によっては、棚卸資産の受払記録(または継続記録)の作成や原価計算の実施が必要となります。これらに対応するためには、コンピュータの利用またはシステム化が不可欠になります。

監査法人には具体的な事例・実務経験に基づく適切な情報システムの構築に関する豊富なノウハウも蓄積されていますので、会社が情報システムの構築(設計・導入)や改善に関する経営判断、構築・改善を行い、プロジェクトをマネジメントする際に役立つよう、必要に応じて指導・助言を受けることが可能です。

(4) 上場申請に必要な書類の作成に関する指導・助言

監査法人は、第10章に記述している上場申請に必要な書類、特に「上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部、Ⅱの部)」や「JASDAQ 上場申請レポート」等の作成についても指導・助言を実施できます。監査法人が上場申請に必要な書類を直接作成することはできないため、監査法人の指導・助言を受けたうえで、会社自身において上場申請に必要な書類を作成することが必要です。

2. 株式上場を目指している会社は監査法人をいかに活用すべきか

(1) 監査法人の株式上場準備会社に対する支援サービス

新日本有限責任監査法人では、上場申請の監査証明期間の前に実施される支援サービスを、以下のように分類しています。

① ショート・レビュー

イ.会計処理の企業会計の基準への準拠性に関する調査(財務調査)
ロ.株式上場のための経営管理制度等の調査(制度調査)

イ. の会計処理の企業会計の基準への準拠性に関する調査(財務調査)は、特定の(一般には直近の)財務諸表等の作成にあたって採用されている会計処理基準と一般に上場企業に求められている会計処理基準との相違を検討・報告するサービスです。調査の範囲が個々の案件により異なることが多いため、調査手続、調査範囲および報告様式については、当事者間であらかじめ合意した上で、手続きを行います。

ロ. の株式上場のための経営管理制度等の調査(制度調査)は、株式上場へ向けた経営管理制度等に関する現状把握を行い、想定される証券市場や上場時期との関係において、上場審査基準(形式要件と実質審査基準)の適合状況を検討するサービスです。

② アドバイザリー業務

アドバイザリー業務は、①イ. の財務調査及び ①ロ. の制度調査に時系列的に続く支援サービスです。上場申請のための監査証明期間の前に、経営管理制度、会計制度、関係会社等の整理及び上場申請書類の作成等に関する指導・助言が必要な場合に実施されるものです。

(2) 監査法人をいつ選定すべきか

1.(2)のように、株式上場に際しては、監査法人による金融商品取引法監査に準ずる監査が必要です。従って、原則として監査が必要とされている期間(通常は2年間)以前に、監査法人と監査契約を締結することが望ましいといえます。

なお、監査契約の締結に先立って株式上場へ向けた課題を確認しておきたい場合には、まずショート・レビューを受け、その結果に基づいて監査契約を締結するか否かを決定することもできます。

また、ショート・レビューの結果を受けて、監査契約を締結する前に、経営管理制度や会計処理の方法を上場審査基準に近づけておきたい場合には、監査法人から上場に向けてのアドバイザリー業務を受けることもできます。

いずれにしても、株式上場に向けた具体的な準備作業を効果的かつ効率的に行えるように、早い時期から監査法人の指導・助言を受けることをお勧めします。

(3) ショート・レビューの結果を株式上場準備に当たっての課題の確認に活用する

監査契約の締結に先立って通常は監査法人によるショート・レビューが行われます。このショート・レビューの目的は、会社の担当者に対するヒアリングや会計資料等の閲覧を通じて、会計処理や社内管理体制、諸規程、関係会社の整備等についての問題点を指摘し、その改善のための方向性を示すことにあります。

そのため、ショート・レビューを受ければ、株式上場に向けて解決すべき課題とその解決の方向性がより明確となり、会社は指摘された問題点を株式上場に向けた課題として位置付け、より具体的な改善策の立案・実行に着手できることになります。加えて、その立案・実行は、ショート・レビューを行った監査法人からより具体的な指導・助言を受けることによって、より一層効果的かつ効率的に行えることになります。

ショート・レビューの概要

財務調査
調査主旨 特定の(一般的には直近の)財務諸表につき、当該財務諸表作成に採用された会計処理基準と一般に上場企業に求められる会計処理基準との相違を検討・報告する業務
調査項目 特定の(一般的には直近の)財務諸表作成に際して採用された会計処理
制度調査
調査主旨 株式上場へ向けた経営管理制度等に関する現状把握を行い、想定される証券市場や上場時期との関係において、上場審査基準(形式要件と実質審査基準)の適合状況を検討・報告する業務
調査項目 ① 事業に関する概要(事業の内容、方針、特徴、セグメント設定、競争環境、経営課題等)
② 利益管理制度の整備状況(中期計画、年度予算、月次決算、部門別損益管理等)
③ 会計に関する概要(会計方針、原価計算、決算書作成状況等)
④ 業務管理制度の整備状況(販売管理、購買管理、在庫管理等)
⑤ 経営管理制度の整備状況(コーポレート・ガバナンス、組織、規程等)
⑥ 関係会社・特別利害関係者に関する概要
⑦ 内部統制報告制度(J-SOX)への対応状況
⑧ その他(上場スケジュール、IFRS(国際財務報告基準)への対応状況等)

(4) 監査の結果を株式上場準備作業についての進捗状況の確認に活用する

前述のように、株式上場に際しては、一定の期間にわたり監査法人による監査を受けることが必要とされています。この監査の目的は、財務諸表の適正性についての意見を表明することにありますが、この監査の過程で発見された会計処理や社内管理体制等についての問題点は、通常詳細な報告書により報告されます。

株式上場を目指している会社は、この報告書によりショート・レビューまたは過去の監査を通じて指摘された問題点がどれだけ改善されたかを確認するとともに、新たな問題点が指摘された場合には、それを早急に改善する必要があります。

上場会社にふさわしい社内管理体制を上場申請までに構築するためには、このように「監査法人による問題点の指摘」→「会社による指摘された問題点の改善」→「監査法人による改善状況の確認と新たな問題点の指摘」のサイクルを着実に完結させていくことが必要です。

また、問題点を適切かつ迅速に改善していくためには、株式上場準備会社、監査法人と主幹事証券会社が、十分なコミュニケーションを図れるように、定期的にミーティングの機会を持つことも重要となります。