EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人
クロスボーダー上場支援オフィス EY Startup Innovation
常盤 勇人
クロスボーダー上場支援オフィスでは、世界のIPOの情報を提供し、日本企業の海外市場での上場等をサポートしてまいります。
2021年第3四半期は、過去20年間の第3四半期で最もIPO活動が活性化した結果になりました。活発化した主な理由としては、欧州、インド、テルアビブなどのEMEIAのIPO市場が大幅に回復したこと、今後各国政府が実施するとされている量的緩和縮小が始まる前に、多くの企業がIPOを急いだことがあげられます。
2021年第3四半期における全世界のIPO件数は547件、調達額は1,063億米ドルとなり、件数・調達額ともに過去20年間の同四半期で最高水準を記録しました。過年度と比較してもIPO件数において過去最高を記録した2007年第3四半期(IPO件数 462件、調達額は579億米ドル)を18%上回り、調達額についても過去最高を記録した2020年第3四半期(調達額962億米ドル、IPO 445件)を11%上回りました。
2021年第3四半期累計について前年と比較して、全世界のIPO件数は1635件で99%増加、調達額は3,307億米ドルで87%増加となりました。また、2021年第3四半期末までの調達額はすでに、過去20年間で最高調達額を記録した2007年1年間の調達額3,142億米ドルを5%上回り、過去20年間で最高調達額に到達する年度になることが確実となりました。世界的にIPO件数、調達額は増加傾向が顕著に表れており、南北アメリカ大陸ではIPO件数は113%増加し、調達額は118%増加、アジア太平洋エリアではIPO件数は44%増加し、調達額は35%増加、EMEIAではIPO件数は313%増加し、調達額も263%増加しています。
2021年第3四半期におけるIPOで最も活発だったセクターはテクノロジーセクターで、件数は129件、調達額は265億米ドルと世界全体の件数の24%、調達額の25%を占め、件数では5四半期連続、調達額は6四半期連続で高水準が続いています。これに続き、ヘルスケア(97件、144億米ドル)、インダストリアルズ(61件、112億米ドル)が続いて好調という結果となりました。
アジア太平洋エリアでは、2021年第3四半期単体で見てみると、件数が180件で3%減少、調達額も502億米ドルで2%減少し、中国における規制の改訂やより厳しいIPO価格設定などの影響を受け、勢いに衰えが見えました。しかし、2021年第3四半期末までのIPO活動全体としては、件数・調達額ともに過去20年間で最高を記録し、ASEAN、日本、オセアニアの証券取引所について、前年から著しく増加する結果となりました。
EMEIAでは、2021年第3四半期においてIPO活動の勢いが大幅に回復しました。2021年第2四半期と比較すると、IPO件数は136件で147%増加、調達額は189億米ドルで146%増加しました。これらの増加の要因として、多くの欧州諸国で新型コロナに関連した公衆衛生上の規制が緩和されたことによる個人消費の大幅な回復や、株式市場の上昇による投資家心理の高まり、および市場ボラティリティの低下を背景に、景気が回復したことがあげられます。
南北アメリカ大陸では、IPO活動は好調を維持し続けています。各国における金融緩和政策と政府による経済刺激策の継続、ワクチン接種の推進、および個人消費の増加が支えとなり、第3四半期末までのIPO件数が131件、調達額が387億米ドルとなり、ともに過去20年間で最高を記録しました。さらに、ブラジルとカナダのIPO活動についても、2021年第3四半期は活発に推移しました。
2020年第4四半期と2021年第1四半期に記録的な活況を呈した米国のSPAC(特別買収目的会社)によるIPOは、2021年第2四半期に見られた停滞が2021年第3四半期も継続しました。欧州のSPACによるIPOはやや減少し(従来第3四半期は少ない傾向)、2021年第3四半期に完了したIPOは10件(2021年第2四半期は15件、2021年第1四半期は6件)でしたが、昨年1年間に欧州の証券取引所で完了したSPACのIPO件数を大幅に上回りました。
米中がもたらす地政学的緊張や中国政府によるデータセキュリティ規制や米国における外国企業説明責任法(HFCAA)の施行、個別企業の破綻が引き起こすシステマティックリスクに対する市場の警戒心などの不確実性の要素が影響し、2021年第4四半期から2022年にかけて世界全体のIPO活動に波乱を引き起こす可能性があります。
また、現在も猛威を振るっている新型コロナの変異株による感染の世界的再拡大の影響もあり、大多数のセクターが打撃を受け、世界経済の完全回復を妨げており、国際的な移動を含む世界経済活動の再開時期も影響を与えると予測されています。そのため、IPOを検討する企業は、自社にとって最適な道筋を見据え、必要に応じた最適な代替策を検討しておく必要があります。
アジア太平洋エリアでは、2021年第3四半期末まではIPO活動は安定した勢いを維持してきましたが、地政学的緊張や各国の規制変更、個別企業の債務不履行が市場ショックを引き起こす可能性があり、2022年上半期は下向きに転じるものと思われます。
EMEIAでは、新型コロナウイルスの動向や中国における昨今の情勢などの大きな不確実性が依然として存在しており、ドイツにおける選挙結果によっては市場ボラティリティが高まることで、投資家心理に大きな影響を与える可能性があります。しかしながら、欧州では力強いファンダメンタルが形成されており、健全なパイプラインは多く、またユーロ圏の2021年の成長率予測が5%に引きあげられたこともあり、新型コロナウイルスの状況下で加速したテクノロジーや消費者のトレンドを掴んだビジネスモデルを有する企業が、新たな不確実性が生じる前にIPOの実施を急ぐ必要性を感じる可能性が高く、IPO市場は今後加熱する可能性があります。
SPACに関しては、EUの取引所規制当局がSPACに対する上場要件を検討しており、今後数か月の間に、Euronext、Deutsche BörseおよびNASDAQ OMXの証券取引所に上場するSPACは増加すると予想されます。また、シンガポール証券取引所でもSPAC上場を認め、香港証券取引所では9月にSPACに関するコンサルテーションを開始したこともあり、アジア太平洋エリアではSPACの動きが加速する可能性があります。
クロスボーダーIPOについては、米中がもたらす地政学的緊張の影響で減少傾向であり、短期的に解決する可能性は低く、2021年第4四半期は減少することが予想されます。
米国のIPO市場は、2021年前期からの勢いは衰えず、2021年第3四半期のIPO件数は105件、調達額は321.9億米ドルとなり、2021年1月から9月までのIPO件数は323件、調達額ともに過去20年間の記録を上回る結果になりました。トランザクションの価格設定および取引は順調で、2021年のIPOの中央値は流通市場で公募価格から25%以上上昇しています。こうした動向が続いてきたことが、IPO市場の勢いの持続に重要な役割を果たしているといえるでしょう。
セクター別にみると、米国IPO市場を牽引するのは、テクノロジーとヘルスケアが引き続き他のセクターを圧倒し、件数は71%、調達額は64%を占めています。また、調達額上位5件のうち3件がテクノロジーセクターのIPOとなっています。件数では、消費財及び生活必需品セクターが共に6%、調達額では消費財が12%で続きました。
SPACについては、2021年第3四半期も増加傾向が続いていますが、2021年第1四半期に見受けられた驚異的な勢いは衰えてきています。トランザクションは毎日公表されていますが、SPACが供給過剰となっており、魅力的な買収ターゲットをめぐる争奪戦につれ評価額の高騰を招いているなど、SPAC市場が抱える懸念事項により逆風に見舞われています。
米国証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長が、米国で上場する中国系企業の審査と情報開示要件を厳格化するとした発言により、より一層地政学上の不確実性が増している状況になっています。中国からのクロスボーダーIPOは今後減速すると予想され、すでに2021年第3四半期から減少し始めています。また、インフレの懸念や新型コロナウイルスの変異株の影響がIPO検討企業の事業やサプライチェーンにも及ぶ場合の経済的影響は不透明で、米国連邦準備制度理事会による量的緩和縮小に関する不確実性などを理由に、今後の米国市場におけるIPO活動は停滞する可能性もあります。そのため、今後1年半以内に上場を検討している企業は早急に準備を進める必要があります。
しかしながら、米国IPO市場では2021年末までにIPOを目指すパイプラインが多数控えており、株式市場が引き続き好調で、評価額が歴史的高値圏を維持する限り、今後も米国におけるIPO市場の活況は続くと思われます。
アジア太平洋エリアにおいてもIPO市場は前期から活性化しており、2021年1月から9月に行われたIPOは750件、調達総額は1234億米ドルと、IPO件数、調達額ともに過去20年間で最高を記録しました。前年度比では件数は35%増加、調達額は44%増加しました。一方で、「供給過剰」であることを危惧する声もあり、第3四半期のIPO平均初値上昇率は、2021年第1四半期、第2四半期から低下し、第3四半期単体で見てみると、IPO件数は280件、調達金額は487億米ドルとなり、前年度比でIPO件数は2%減少、調達金額は3%減少しました。
グレーターチャイナでは、2021年第3四半期のIPO活動は、IPO件数は151件、調達額は337億米ドルとなり、2021年第2四半期と比べて件数は6.2%減少、調達額は9%増加となり、IPO活動は減少傾向にあります。2021年7月以降、中国政府の方針によってさまざまな規制変更が行われ、例えば教育機関は営利目的の経営を禁止されたことで教育関連企業の株価は80%~90%下落し、これからIPOを目指す教育関連企業のIPO計画に大きな影響を与えました。クロスボーダーIPOについても、7月以降配車サービス滴滴出行(DiDi)の一件を受け、同月に小規模IPOが2件あった以外は停止しています。
日本では、2021年第3四半期のIPO活動は停滞し、2021年第2四半期と比べて21%減少、調達額は55%減少しました。しかしながら、東京オリンピックの開催が成功し、市場心理が改善していることもあり、2021年第3四半期までのIPO件数は世界で7位となっています。
韓国では、2021年第3四半期において38億米ドルを調達したKrafton Inc.と22億米ドルを調達したKakaoBank Corp.の2件の大型IPOがありました。Krafton Inc.の大型上場は2021年第3四半期末までに上場した企業の中で世界で6番目に大きいIPOとなりました。
東南アジアでは、7月のシンガポールSES Holdings Pte Ltd.(調達額:31億米ドル)、8月のシンガポールFinAccel Pte Ltd.(調達額:20億米ドル)など、SPACを利用したIPOも多くありました。また、インドネシアにおいて、2021年第3四半期に15億米ドルを調達したPT Bukalapak.com Tbの大型IPOが1件あり、インドネシア市場最大のIPOとなりました。
オーストラリアとニュージーランドでは、着実な景気回復がIPO活動を後押しし、2021年の第3四半期末までのIPO件数は前年同期比で5倍、調達額は13倍増加しました。これはオーストラリア証券取引所(ASX)が2021年の第3四半期末までのIPO件数で世界第4位の取引所となったことにも反映されています。
2021年第3四半期末までは安定していた勢いを維持していましたが、米中の地政学的緊張や成長を抑制する各国での規制変更や政府の政策などがIPO市場に大きな影響を与え、勢いが減速する可能性が高いと見込まれます。
中国本土では多くの規制変更による影響を受け、第4四半期もIPOの減速が進む可能性があります。それでもなお、2021年第4四半期および2022年第1四半期には製造業および素材セクター(例:先端製造業、新素材など)のほか、ハードテクノロジーセクター(例:半導体、ハードウエアなど)のパイプラインを従事有しており、減少傾向ではあるものの多くの企業がIPOを行うと予想されています。
香港では、第4四半期についてもヘルスケア、不動産、テクノロジーセクターが活発であり、今後も市場を牽引していくことが予想されます。また、2021年9月にSPACに関する市場コンサルテーションも開始され、追い風となっています。
韓国では、第3四半期で大型IPOがあったことや、市場全体において依然として充実したパイプラインが2021年第4四半期までIPO活動を牽引することになることでしょう。