EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人
クロスボーダー上場支援オフィス
公認会計士 小山 智弘
クロスボーダー上場支援オフィスでは、世界のIPOの情報を提供し、日本企業の海外市場での上場等をサポートしてまいります。
2021年度は世界のIPO市場において、過去20年間で最も活況を呈した年となり、企業の上場数は2,388件、それに伴う資金調達は総額で4,533億米ドルに達しました。対前年度比では、世界全体のIPO件数は64%増加し、調達額は67%増加しています。
COVID-19ワクチンの接種が広まったことによる楽観的見通し、2020年度における世界経済の急激な悪化からの回復、各国政府の景気刺激策により金融システムに潤沢に供給されたマネーサプライの3点が、2021年のIPOを前例のない好結果へと導いたといえます。
セクター別では、テクノロジー、ヘルスケア、製造業が、2021年度のIPOを牽引しました。特にテクノロジーとヘルスケアの両セクターは、2020年度に過去最高のIPO件数と資金調達額を記録しましたが、2021年度はそれを更に上回る結果を出しました。
世界のIPO市場は、2021年第3四半期までは記録的な活況に沸きましたが、10月に入ってからは減速に転じ、IPO件数は621件、資金調達額は1,122億米ドルにとどまりました。対前年同四半期比では、件数は16%の増加、調達額は9%の増加となりました。
2021年第4四半期も、件数、調達額ともにテクノロジーセクターの首位は揺るがず、同セクターのIPOが全体の25%強を占める結果となりました。また、素材セクターも第4四半期に上場数を伸ばし、件数では15%、調達額では4%を占め強い存在感を示しました。
クロスボーダーIPOを検討している企業は、中国政府による監視体制強化と、米国証券取引委員会(SEC)及び米国公開会社会計監視委員会(PCAOB)が検査の受け入れを外国企業に義務付けるSECガイドラインにより、厳しい状況に置かれました。
米国では106件のクロスボーダーIPOが実施され、引き続き外国企業にとって最も魅力的な上場先となっています。
2021年度に世界で実施されたクロスボーダーIPOのうち、テクノロジー企業が占める割合はIPO件数の26%、資金調達額の33%でした。テクノロジーセクターの件数のうちの71%、調達額の84%は、ソフトウェア(SNS、eコマース、ゲーム、フィンテック)企業によるものでした。
ヘルスケアセクターのクロスボーダーIPOのうち、バイオテクノロジーサブセクターがIPO件数の45%、資金調達額の43%を占めました。コロナ禍の影響で、mRNAテクノロジーを応用したワクチンや診断用医薬品を製造する製薬会社に加え、インターネットを経由してのヘルスケアを行う企業と、こうした形態のヘルスケアに必要なビッグデータ、専用のソフトウェア・ハードウェアを扱う企業などのデジタルヘルスケア企業が急速な成長を遂げました。
また近年はESG問題に関心を寄せる投資家が増えていることから、環境への配慮を推進する再生可能エネルギー、自動車、電気自動車関連企業などが大規模IPOを果たすケースもありました。
米国の2021年度のIPOは、件数(416件)・調達額(1,557億米ドル弱)ともに過去21年間での最高記録を更新しました。
2021年に米国で上場を果たした企業の75%超が、想定どおりか、想定を上回る公開価格を実現しました。ただし、これらの株価は公開から一ヵ月程度は20%を超えて高騰しましたが、その後年末にかけて大幅に下落しました。
アジア太平洋エリアのIPOは2021年度も好調を維持し、対前年度比で件数は28%増加、調達額は22%増加しました。ただし、同地域のIPOの状況は、南北アメリカ大陸やEMEIAの活気に比べると見劣りするものでした。
中国では、中国当局が実施した「サイバーセキュリティ審査弁法」の改正により、100万件を超えるユーザーデータを保有する上場準備企業には当局からの審査義務が課されることになりました。当該法律により、国外での上場を予定している中国企業は、政府の事前審査を受けて承認を得なければならなくなり、この改正も一因として、2021年第3四半期以降グレーターチャイナ(中国、香港、台湾)のIPOは停滞しました。
一方でSECは、米国でビジネスを展開する中国企業に対して追加の開示資料の作成を義務付け、中国企業を担当する中国の監査法人にPCAOBによる検査の受け入れを課す新規制を、2022年度から施行することを発表しました。
こうした規制強化の流れから、複数の中国系大企業が米国での上場を見送る結果となりました。他のエリアに比べると精彩を欠く結果になったとはいえ、2021年度の世界の資金調達額上位10社のうち5社の上場はグレーターチャイナの証券取引所で実施されており、依然として大きな存在感が示されています。
日本では、IPO件数が対前年度比で38%増加し、2006年以降最多となる128件を記録しました。また、調達額は104%増加し68億米ドルに達しました。日本の証券取引所は、世界の上位12証券取引所のうちIPO件数において6位にランクインしました。
ASEANでは、対前年度比でIPO件数は19%増加し、資金調達額は71%増加しました。ASEANのユニコーン企業30社のうち、シンガポールの企業数が15社で1位、インドネシアの企業数が6社で2位となっています。
オーストラリアとニュージーランドでは、2021年度に197件のIPOと92億米ドルの資金調達がされました。両国の件数及び調達額の対前年度比増加率は、それぞれ159%、144%でした。オーストラリア証券取引所(ASX)では、素材(金属・鉱業)セクターの企業によるIPOが全体の58%を占めました。ASXは、世界の上位12証券取引所のうちIPO件数において4位にランクインしました。
2022年度は、IPOが逆風と追い風の両方を経験する年になりそうです。世界全体に広がるインフレーションリスクとCOVID-19による新たな感染の波が経済回復を妨げ、IPO市場にとって最大の逆風になるでしょう。また、米国と中国間の関係悪化と分断が政策や規制の強化につながる恐れがあり、IPOを目指す企業にとって大きな不安要素となっています。企業は、サプライチェーンの毀損と人手不足による問題にも対処していく必要があります。
米国への上場を計画している中国企業に対する規制強化の流れにより、クロスボーダーIPOの動きが鈍化する可能性がある一方で、香港や中国本土への上場を検討している中国企業もあり、この傾向が中国市場の拡大基調に拍車をかけることになると思われます。
IPO準備中の企業と投資家の双方にとって、ESGが2022年の重要なテーマになると考えられます。各所で気候変動に関する議論が盛り上がっており、多数のIPO準備企業が環境保全に向けた取組みを推進している点についてアピールするようになっています。また、投資家からはあらゆるセクターの企業に対し、ESG対応も含めたエクイティ・ストーリーを求める声が高まっています。
南北アメリカにおけるテクノロジーとヘルスケアセクターは、引き続きIPO市場を席捲する見込みです。COVID-19に新たな変異株が出現する可能性や、インフレ率・金利が上昇局面にあることから、2022年に消費財、小売、金融等他セクターのIPOが活発化するかはマクロ経済の動向次第といえます。
グレーターチャイナ以外のIPO市場は、2022年度も好調を維持すると思われます。ただし、サプライチェーンが経常的に断絶するような場合には、IPOの動向に悪影響を及ぼす恐れがあります。
上場市場におけるテクノロジー企業の絶対的優位は変わりませんが、投資家の関心は、プラットフォーム型ビジネスを展開する企業から、ハードウェアテクノロジー企業にシフトする可能性があります。
グレーターチャイナのIPOは、政府の政策に大きく左右されると考えられます。サイバーセキュリティ審査弁法に基づく審査申請義務に加え、インフレーションやバブルの兆候が見られる場合には、各セクターに対し政府が何らかの措置を講じる可能性があります。短期的には、前述の措置とクロスボーダーIPOの妨げとなる米中両政府の政策が相互に作用し、不確実性が高まることにより新規上場の勢いが失速することが考えられます。
日本では、スタートアップ企業と新興サブセクター(テクノロジーセクター内のAI化やデジタルトランスフォーメーションに関連する業種等)企業の上場に対する期待の高まりとともに、投資家心理は上向きになっています。さらに、日本のIPOパイプラインは充実しており、市況も良好であることから、2022年度は前年を凌ぐ好結果となる可能性が高いといえます。
SPACとの合併を通じた上場は2021年度に世界中でかつてないほどのブームを引き起こしましたが、規制当局による監視強化の煽りを受け、2021年第1四半期をピークに同年第2四半期には急激に失速しました。しかし2021年下半期に入るとSPACによる上場は安定を取り戻し、年末にかけて再び活性化しました。
2021年度も引き続きSPAC上場を牽引した米国は、件数、調達額でそれぞれ全体の90%、95%を占めました。IPO件数の残り10%の内訳は、欧州(6%)、アジア太平洋エリア(3%)、カナダ(1%)でした。
EMEIAにおいてSPAC制度を導入している欧州では、対前年度比でSPACのIPO件数が7倍、資金調達額が15倍になり、欧州のIPO件数及び資金調達額のそれぞれ7%、9%を占める結果となりました。
アジア太平洋エリアでは、2021年度に韓国取引所でSPACの上場が20件実施され、合計261百万米ドルが調達されました(12月8日時点)。
2021年第1四半期と同じ水準でのSPACの活況は期待できないとしても、従来型のIPO手続を避けたい未上場企業にとって、SPACとの合併を通じたIPOは、今後も有効な手段としての位置を占めると考えられます。
シンガポール証券取引所(SGX)は、2021年にSPAC上場を解禁しました。
香港証券取引所(HKEx)は、2021年第4四半期にSPAC上場に関する意見募集の結果をまとめましたが、上場申請書に新たに組み込まれたDeSPAC(SPACによる企業買収)に関する要件(案)を見る限り、当面はHKExにて大規模なSPAC上場が実施されることはなさそうです。
2021年にSPACの買収先として人気を集めたのは米国企業で、イスラエル、韓国、英国、シンガポール等のテクノロジー企業がこれに続きました。SPACとの合併が完了した企業のセクター別シェアを見ると、テクノロジー、製造業、消費財、ヘルスケアが最も多く、従来型IPOの中心セクターと重なることがわかります。
一方でターゲット企業の買収に関する発表の有無にかかわらず、上場を果たしたSPACの株価は不振が続いており、この状況に対する投資家心理を反映してか、2021年を通して合併完了後のSPAC株式の平均償還率が上昇しました。全体的に、買収価格が小規模なSPACほど高い確率で投資家への現金償還が行われました。2021年度にSPACが実施した買収のうち、買収価格ベースで最大規模の銘柄5件と最小規模の銘柄5件の年間平均償還率を分析した結果、前者が10%、後者が68%でした。このデータからは、「注目株」の銘柄ほど投資家の支援を受けやすいことがうかがえます。