関連法令等の改正

EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
公認会計士 髙橋 朗

1. 「IPO等に関する見直しの方針について」の公表

JPXグループの東京証券取引所(以下、「東証」という)は、2022年8月24日に「IPO等に関する見直しの方針について」を公表しています。

本公表では、「スタートアップの育成は、日本経済のダイナミズムと成長を促し、社会的課題を解決する鍵となる中で、市場開設者である取引所においても、新規上場の品質を維持しながら、新たな産業の担い手となるスタートアップに多様な新規上場手段を提供する観点から、IPO等に関する諸施策について検討を進めていく」とされており、今後のIPO等に関する東証の方針が示されています。
 

2. 公表の概要

(1) ディープテック企業に関する上場審査

本公表では、「近年、IPOを目指す企業のビジネスモデルに多様化が見られる中、宇宙、素材、ヘルスケアなど先端的な領域において新技術を活用して成長を目指す研究開発型企業(いわゆるディープテック企業)に関して、相対的に企業価値評価が困難である特性も踏まえ、上場審査及びリスク情報等の開示について検討を進める」とされており、具体的には、以下の対応が検討されています。

  • ディープテック企業が機関投資家等から相応の中長期的な投資を受けている場合には、その投資判断にあたり得られた評価を上場審査において活用
  • 事業内容、成長可能性及びそれを実現するための事業計画、事業リスク等に関して想定される開示事項の整理

ディープテック企業がグロース市場への上場を目指す場合、当該企業がグロース市場の適合要件である高い成長可能性を有しているか否かについては、まず主幹事証券会社が判断し、東証はこの高い成長可能性に係る主幹事証券会社の判断を前提として、上場審査を行います。その際、ディープテック企業の企業価値評価の困難性を考慮し、当該主幹事証券会社の評価に加えて、機関投資家等の投資判断にあたり得られた評価も上場審査に活用する事が検討されています。

また、特にディープテック企業は、ディープテック以外の企業と比較して、事業内容・成長性などの評価が難しいことが想定されることから、投資者に対してより詳細・丁寧な開示が期待されていると考えられます。そのため、今後整理される開示事項を踏まえて、自社の事業内容・成長可能性・リスクを投資者に対してわかりやすく、丁寧に説明することがより一層重要になると考えられます。
 

(2) IPOプロセス(上場日程の設定等)

本公表では、「日本証券業協会において検討が行われている、公開価格の決定プロセス等の見直し内容を踏まえ、上場日程の柔軟化に向けて、新規上場申請日、上場承認日及び上場日の設定の自由度を高めるための検討を進める」とされており、具体的には、以下の対応が検討されています。

  • 有価証券届出書を上場承認前に提出する、いわゆる「S-1方式」を活用する場合や、上場承認後に上場日を変更する場合等における実務プロセスの整理
  • 定時株主総会を跨ぐ上場審査の円滑化
  • 新規上場時における業績予想開示の取扱いの明確化

現状では、上場承認後上場までのスケジュールに柔軟性がないため、①上場承認前に有価証券届出書の提出を可能にすること、②上場承認時に上場予定日のレンジ記載を可能にすること、③公開価格決定まで想定株価を届出書に記載しないことを可能にすること、④上場承認後の上場予定日の変更を可能にすること等が検討されており、上場申請を行う会社にとっては柔軟な対応が可能となると考えられます。

また、現状では、新規上場申請から上場の間に定時株主総会を跨ぐ日程は設定できませんが、実務的に申請期の業績の進捗を確認してから上場するケースが多い事を踏まえて、上場審査の円滑化が検討されています。これにより、上場申請を行う会社にとっては上場申請時期を現状より遅らせる事が可能となる事が期待されます。
 

(3) ダイレクトリスティング

ダイレクトリスティング(直接上場)とは、上場時に新株を発行せずに既存の株式だけを上場する手法です。

本公表では、「諸外国においてダイレクトリスティングの活用事例がみられる中、当取引所で実施する場合の実務上の留意点に関して、IPOとの相違点を踏まえつつ整理を行うとともに、現在、公募の実施を要件としている(=ダイレクトリスティングが実施できない)グロース市場における制度の在り方の検討を進める」とされており、具体的には、以下の対応が検討されています。

  • ダイレクトリスティングを実施する場合に、法令上、有価証券届出書の提出義務が課されないことを踏まえ、エンフォースメントを確保する観点から制度・実務的な在り方を検討
  • 海外においては知名度の高い大型のスタートアップ企業において活用されている実態を踏まえ、グロース市場における制度の在り方を検討

現在のグロース市場では、新規上場基準(形式要件)で500単位以上の公募の実施が必要とされていますが、諸外国の特に大型の上場案件について、公募をせずに上場するケースも存在する事から、グロース市場の形式要件の見直しが検討されているものと考えられます。

上場準備会社においては、資金需要がない中での上場等、上場時の選択肢が増える事が期待されます。
 

(4) 引受証券会社の新規参入

本公表では、「引受証券会社の新規参入の円滑化が課題として指摘されている中、上場申請に際して証券会社が「推薦」行為を行うために必要となる事項(体制整備の内容等)を明確化するなど、IPO関連業務への新規参入に関して予見可能性を高めるための検討を進める」とされており、具体的には、以下の対応が検討されています。

  • 推薦証券会社の参入手続及び参入要件(上場適格性調査体制として求められる事項)等について考え方やポイントの明確化
  • 証券会社がIPO関連業務に新規参入を行おうとする場合の相談窓口の設置

近年の各証券会社の推薦実績では、大手証券会社(6社)の比率は90%を占める水準となっていることから、参入手続及び参入要件を明確化する事で、引受証券会社の新規参入を促す狙いがあると考えられます。

上場準備会社においては、引受証券会社の裾野が広がる事で、主幹事証券選定の際の選択肢が増える事が期待されます。
 

(5) スピンオフを行う場合の当事会社の新規上場

本公表では、「事業ポートフォリオの見直し等においてスピンオフ(分割型分割・株式分配)を活用するための環境整備が進む中、当事会社が新規上場する際の上場審査の内容及び上場プロセスについて、予見可能性を高めるための検討を進める」とされており、具体的には、以下の対応が検討されています。

  • 当事会社の上場審査においてよく寄せられる疑問点(形式要件における事業継続年数・利益の額などの取扱い、上場申請に必要となる財務書類、実質審査における事業実績の取扱いなど)に関する考え方やポイントの明確化

経済産業省から2018年に「『スピンオフ』活用に関する手引」が公表されており、今後、スピンオフ(分割型分割・株式分配)を活用した新規上場が増える事が想定されています。一方で、現状ではスピンオフを活用した新規上場の事例が少ない事から、上場審査の内容や上場プロセスについての実務的な疑問点も多いため、そのようなポイントの明確化が期待されます。
 

(6) その他

その他の項目として以下の7点(下記の表「その他の検討中の項目」参照)が公表されていますが、いずれも近年のスタートアップの動向やIPO動向等を踏まえて東証として柔軟な対応を検討している事が伺われます。

その他の検討中の項目

検討事項

①SPAC

諸外国の動向を継続的に把握しつつ、本年2月に当取引所の研究会が取りまとめた「SPAC上場制度の投資者保護上の論点整理」を踏まえ、引き続き検討

②グロース市場におけるM&A

グロース市場における「債務超過」に係る上場維持基準に関して、減損リスクを念頭に積極的なM&Aが阻害される要因となっているとの指摘を踏まえ、当該基準の在り方を検討

③地域発企業のIPO

大学発スタートアップや地域の優良企業など、国内における地域発企業に関して、証券会社・監査法人・地域金融機関・自治体等の市場関係者と連携し、上場準備を進めるうえで必要となる人材の確保・育成に寄与する施策を検討

④海外クロスボーダー企業のIPO

投資魅力の高いアジア企業を中心に、東証上場への認知・理解を促進するとともに、JDRスキームを活用した外国籍企業、コーポレート・インバージョン(日本法人化)をした企業、外国人CEOが経営する日本企業によるIPOの更なる実現に向けた施策を検討

⑤特定投資家

法令改正により個人投資家の特定投資家への移行(いわゆるプロ成り)の要件が緩和されたことを踏まえ、日本証券業協会・証券会社・J-Adviser等と連携し、TOKYO PRO Marketや非上場株式市場への特定投資家の参入促進に向けた施策を検討

⑥初値形成

新規上場銘柄の初値形成時における成行注文の在り方の検討


(出所)東京証券取引所「IPO等に関する見直しの方針について」(2022年8月24日)を参考に記載しています。


3. 上場準備会社の対応

今回の「IPO等に関する見直しの方針について」の公表は、近年のスタートアップの動向やIPO動向を踏まえて、東証として柔軟に対応していくという意思表示と考えられます。全体として、上場準備会社にとっては、メリットが多い内容となっており、今後、当該方針に従い検討された結果が東証より随時公表されるものと考えられます。上場準備会社においては、今後の動向を注視し、自社への影響を把握し、適時に対応していく事が重要になると考えられます。