2022年11月22日
日米の不動産テック動向と今後の成長領域

不動産テックにおける日米の動向と今後の成長領域とは

執筆者
安部 里史

EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

国内外の不動産や建設業の可能性を信じ、多様な支援を提供。ゴルフ、スキーをこよなく愛する。

平井 清司

EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクター・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 アソシエートパートナー

25年以上にわたり資産のFair Value(公正価値)を追求しています。

2022年11月22日

不動産、ホスピタリティ、建設業界のメガトレンドを探るべく、第一線で活躍するゲストを迎えてインタビューを行う「業界トレンドシリーズ」

第1回は、一般社団法人 不動産テック協会の代表理事でリーウェイズ株式会社代表取締役社長CEO・巻口成憲氏に、不動産テックを取り巻く国内外の動向、マーケットの最新事情を伺います。
 
要点
  • 不動産テック先進国の米国では、AI・データ分析、ビジネスプロセスのマネジメント、スマート不動産などが成熟。ブロックチェーンやメタバースなどは加熱のピークを過ぎたのち、プラットフォーマーの台頭による定着が予想されており、日本も同様の道のりをたどると考えられる。
  • 日本の不動産市場のDXが進まない要因は、データフォーマットの不統一など共通のデータ基盤が存在しないこと。現在、官民連携で基盤構築が推進されており、実現すれば不動産テックに大きなインパクトをもたらすと期待される。
     


巻口氏プロフィール

一般社団法人 不動産テック協会 代表理事/リーウェイズ株式会社 代表取締役CEO 巻口 成憲

国内投資不動産デベロッパー、大手コンサルティングファーム、中古不動産の再生・流通などを手掛けるREISM株式会社(現、顧問)を経て、2014年にリーウェイズ株式会社を設立。2億件超の不動産ビッグデータとAIを掛け合わせた不動産投資ソリューションなどを開発・提供。日本不動産金融工学学会理事。
 

VRやスペースシェアリングの市場は、コロナ禍が成長を後押し

――日本における不動産テックの現況を教えてください。

巻口氏(以下、敬称略) 一般社団法人 不動産テック協会では、2016年より「不動産テック カオスマップ」の調査・分類を進めています。このカオスマップによると、2022年現在、日本国内に430のサービスが存在しています。2,236社ものプレーヤーがいるアメリカと比べ、マーケットの規模は小さいものの、近年の日本の傾向として顕著なのがサービスの総数が減少していることです。これは健全な競争原理の中で淘汰(とうた)が起こり、有効なサービスが生き残っていることの表れと考えています。マーケットの成熟を示す現象としてポジティブに捉えてよいでしょう。

出典:不動産テック カオスマップ, https://retechjapan.org/retech-map/
 

――ポータルサイトからメタバースまで、さまざまな領域を含む不動産テックですが、最近の成長分野はどこにあるのでしょうか。

巻口 「不動産テック カオスマップ」をカテゴリ別に見てみると、サービスが増えているのは「VR・AR」「スペースシェアリング」「クラウドファンディング」です。VR・ARは物件探しにおけるVR内見・内覧、スペースシェアリングはリモートワークによるワークスペース需要の急増に見られるように、コロナ禍が影響していることは間違いありません。クラウドファンディングは、法改正による投資分野の成長が影響しているでしょう。

次に、新たな製品・サービスの普及率の指針となる「イノベーター理論」の観点から見てみましょう。初期市場からメインストリーム市場に移行する際に障害となる「キャズム」を越えた分野としては、物件情報のポータルサイトのような「物件情報・メディア」関連、Airbnbのような「シェアリングエコノミー」関連、コロナ禍が後押ししたスマートロックなどの「IoT」関連や電子契約などの「業務支援」関連などが挙げられます。AIやデータ分析の領域はアーリーマジョリティに入りつつありますが、メタバースやデジタルツイン、ブロックチェーンのような先端領域は“過度な期待のピーク期”にあり、この後にキャズムに突入するかもしれません。

出典:スマートキャンプ株式会社,"キャズム理論とは?イノベーター理論とキャズムを超える戦略を解説”, BOXILSaaS,2017.09.13, https://boxil.jp/mag/a2991/
 

一般社団法人 不動産テック協会 代表理事/リーウェイズ株式会社 代表取締役CEO 巻口 成憲

不動産テック先進国・米国の動向と、発展を可能にした背景

――欧州、中国、東南アジアなどと比べても米国の不動産テックは先進的とされます。最新のトレンドを教えてください。

巻口 商業不動産におけるAI・ビッグデータ解析は、もはや当たり前になっています。売買などのプロセスを簡略化するスマート不動産は基礎技術が確立され、実装に向かっているフェーズです。ビジネスプロセスでは、ドローンにより空撮で物件データを収集し、仲介や査定を行うなど、ブローカーによるテック活用が進んでいます。現在、それらをベースにしたワークフローシステムの自動化・効率化が、活発化しています。このような米国のメインストリームは、今後日本でも一般化していくと考えています。
 

――日本の不動産テックが活発化する条件はなんでしょうか?

巻口 米国で不動産テックのマーケットが広がった背景には、早い段階で共通の情報データベースが構築されていたことが挙げられます。不動産事業者は、共通データベースシステム「MLSシステム(Multiple Listing Service system)」を通じて、あらゆる不動産の売り出し情報を24~48時間以内に把握することができます。日本の「REINS」と比べると情報量が極めて多く、高い透明性が担保されています。誰もがアクセスできるデータ基盤があることで、AI活用やAPI連携なども可能となっています。

日本の不動産テック市場の活性化に向けた課題はいくつかあります。例えば、個人情報を含む不動産情報を公開することへの心理的な抵抗感が強いこと、MLSのように民間主導ではなく行政主導でデータベース化が進められてきたこと、地番と住所が異なっていることやそれらの照合が困難なことなどです。今後は、全ての不動産情報に対して共通のIDを付与し、サイロ化したデータを統合するなど、業界全体の取り組みが必要になるでしょう。不動産IDについては、現在、国土交通省と不動産テック協会の連携を進めており、今後の展開が期待されます。

DXや6G、スマートシティなどのトレンドは、不動産テックをどう変えるか

――不動産業界の各企業が、目を向けるべき潮流を教えてください。

巻口 個々の企業においてキーワードになるのは「DX」です。しかし、不動産業界はITへの抵抗感が根強く、デジタル人材が育ちにくい環境です。問題はデジタル化にチャレンジする機会が不足し、リスキリングにとどまっていることでしょう。デジタル人材の育成に成功している一部の企業では、現場のDX課題を整理し、「取りあえず取り組んでみる」という試行錯誤の中で人材が育っています。座学中心の育成プログラムだけでなく、手探りでも実践させるという試みが必要ではないでしょうか。
 

――都市開発や街づくりは、今後どのように変化するのでしょうか。

巻口 スマートシティが話題になっていますが、ベースにある概念はMaaSです。そして、モビリティと不動産は密接な関係にあるといえます。拠点と拠点を結ぶのがモビリティであり、不動産がなければモビリティは存在しないからです。

そこで重要になるのはデータ連携です。例えば、社会インフラにセンサーネットワークが組み込まれ、車体ごとの行動情報を感知・収集すれば、移動に伴う購買行動を予測できるようになります。商店街の売り上げアップや物流の最適化などに活用することで、深刻化する地方課題の解消にもつながるため、社会的な注目度も高まるでしょう。5G以上に高速で信頼性の高い6Gが通信の基盤技術となれば、より高度なデータ活用が可能になるはずです。
 

STOにプラットフォーマーが現れれば、不動産取引のゲームチェンジが起こる

――メタバースは、不動産業界に浸透するのでしょうか?

巻口 不動産テックでメタバースが力を発揮する領域の一つが、シェアハウスです。シェアハウスのビジネスモデルが前提とする“共有空間”は、感染症のクラスター発生源になったり、入居者トラブルの原因となったりするケースも多く、非常にリスクが高い場所と言えます。メタバースの世界でコミュニティが形成され、例えば、バーチャルのシアタールームで映画を鑑賞しながらコミュニケーションを取るように、一つひとつのアクションが仮想空間で行われるようになれば、共同生活のリスクを下げることができます。

一方で近年、メタバースの土地が高額で取引されていることが話題になっていますが、このようなトレンドは “テクノロジーへの過度な期待”かもしれません。メタバースは黎明(れいめい)期で、VR×SNS、3DCG、NFTなど、さまざまなプレーヤーが覇権を争っている状況です。今後の動向を注視する必要はあるものの、将来を見通すには時期尚早と考えています。
 

――不動産投資において、ブロックチェーンを活用したマーケットの広がりは起こり得るのでしょうか?

巻口 デジタル証券を活用した資金調達手段として、「STO(Security Token Offering)」が注目されています。米国、英国、日本において事例は増えていますが、現状は個人における大規模物件の資金調達にとどまっています。STOの本来の魅力は、世界中の投資家から即座に小口の資金を調達できることです。その魅力を発揮するためにはセカンダリーマーケットのエコシステムが必要となります。現在は発展途上ですが、今後、こうした役割を担うブロックチェーンのプラットフォーマーが登場する可能性はあり、ゲームチェンジが起こるかもしれません。
 

EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー 安部 里史

世界の変化に日本の不動産業界はどう対応していくべきか

――日本の不動産業界を取り巻く環境は、今後どのように変化していくのでしょうか。

巻口 コロナ禍で生まれた需要は、今後も持続すると予想されます。場所を選ばずに働くワークスタイルの浸透など、確実に広がる市場は多いでしょう。

コロナが収束しインバウンド需要が再び拡大すれば、宿泊施設などは活況を取り戻すでしょう。円安はしばらく続くという見方が強いものの、日本の不動産価格は世界的に低水準で、海外からの投資が十分に期待できます。世界的に不動産市場の拡大は続くと見られており、日本はこうした潮流に目を向け、取引が円滑になるプラットフォームの構築などを進めるべきです。
 

――SDGsが目指すサステナブルな社会に対し、不動産テックはどのように貢献しますか。

巻口 SDGs領域で最も期待できるのはAIだと考えています。グリーンビルディングや街づくりなど、テーマに応じて活用する領域は異なりますが、カギとなるのはAIです。そして、AIによる高度な分析を可能とするため、センサーやドローンなどを活用してデータ基盤を構築していく必要があります。

サステナビリティに関して日本におけるキーワードを一つ挙げるならば、「中古不動産」です。現在、日本の住宅は約6,200万戸ですが、そのうち800万戸は空き家と推定されます。その一方で年間100万戸が新築されています。これまでのような “スクラップ・アンド・ビルド”では、脱炭素社会の実現は困難です。中古不動産という資産を活用していくためには、欧米のように各物件の情報が整備され、安心して売買できる仕組みの構築が不可欠です。社会全体がカーボンニュートラルの実現に向かっていく中、中古不動産の利活用をテーマにした議論が盛り上がっていく可能性が高いと考えています。

※敬称略 右から:平井 清司、巻口 成憲、安部 里史

※敬称略 左から:

安部 里史
EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

巻口 成憲
一般社団法人 不動産テック協会 代表理事/リーウェイズ株式会社 代表取締役CEO

平井 清司
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 SaT部門 アソシエートパートナー

インタビューに添えて

長らく日本の労働生産性が低迷していることはご存じのとおりですが、日本生産性本部が公表した、「労働生産性の国際比較2021」によりますと、2020年の就業者1人当たりの労働生産性はOECD加盟38カ国中28位(78,655米ドル/809万円)となり、2019年の26位から2ランク下落しています。

2000~06年平均の不動産業、建設業の米国と比較した労働生産性(マンアワーベース)は39%、77%、IT資本投入率は米国の10%、41%にすぎませんが、一方でその分今後の伸びしろが大きい業界と言えるでしょう。

日本では特に労働人口の減少により労働生産性の向上は避けては通れない喫緊の課題です。不動産登記制度や流通に関連する諸法令がデジタル環境の変化の速さに追い付けておらず、対面営業に分厚い契約書というのが従来の業界イメージでしたが、VR・ARの活用やシェアリングエコノミーの興隆など、この業界にも変化の兆しが見られます。また、不動産の付加価値を高めるためには、不動産としてのハード面に加えて、例えば、IoT/センシング技術による人流データから最適なエネルギー効率手法やテナントミックスを導くなど、よりオペレーションを重視することも取り組むべきテーマとなっています。

将来的には、政府と不動産テック協会が検討している不動産IDが起爆剤となって不動産業界の大きな発展が期待されるところですが、それに備えてもう1つの大きな課題である、DX人材の確保・育成に注力することが重要でしょう。
 

(表1)就業者1人当たり労働生産性 上位10カ国の変遷

出所:公益財団法日本生産性本部「労働生産性の国際比較2021」、https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/report_2021.pdf (2022年11月1日アクセス)

第2-(3)-4図 日米の産業別の労働生産性の水準の比較(1990年代・2000年代)

出所:厚生労働省「平成27年版 労働経済の分析-労働生産性と雇用・労働問題への対応-」、mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/15/backdata/2-3-04.html(2022年11月1日アクセス)を基にEY作成

第2-(3)-7図 日米の産業別のIT資本投入の比較(1990年代・2000年代)

出所:厚生労働省「平成27年版 労働経済の分析-労働生産性と雇用・労働問題への対応-」、mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/15/backdata/2-3-07.html(2022年11月1日アクセス)を基にEY作成

サマリー

不動産、ホスピタリティ、建設業界のメガトレンドを探るべく、第一線で活躍するゲストを迎えてインタビューを行い、不動産テックを取り巻く国内外の動向およびマーケットの最新事情を伺います。

この記事について

執筆者
安部 里史

EY Japan 不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

国内外の不動産や建設業の可能性を信じ、多様な支援を提供。ゴルフ、スキーをこよなく愛する。

平井 清司

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25年以上にわたり資産のFair Value(公正価値)を追求しています。

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