第1章
分析:分散型エネルギーシステムとスマートグリッド
分散型エネルギー源(DER)は、世界のエネルギーレジリエンスを⾼める上で重要な役割を果たします。
集中型電⼒網から分散型エネルギーシステムへの世界的な移⾏が加速しています。マイクログリッドや、⼩規模再⽣可能エネルギー、コージェネレーション(熱電併給)設備から、分散型エネルギー貯蔵設備や可制御負荷まで、多様な選択肢が登場しています。
このエネルギーシステムの移⾏の主たる推進⼒となっているのは、各国への脱炭素化⽬標の達成を求める圧⼒の⾼まりと、ウクライナ情勢を受けてエネルギー安全保障の強化を求める声です。分散型エネルギー源(DER)にとって好ましい環境も⽣まれています。技術コストの低下に加え政策的・財政的支援が増加しており、特に⽶国のインフレ削減法と欧州委員会のREPowerEU計画による税制上の優遇措置などが政府による支援例として挙げられます。
分散型エネルギー源(DER)は送配電網の柔軟性を⾼める可能性があり、エネルギーレジリエンスの向上に⼤きな役割を果たします。各国は変化し続ける状況に適応したり供給途絶から迅速に回復したりできるようになるものとみられます。自律分散型システムで発電した余剰電⼒を貯蔵できれば、集中型送配電網が停電に⾒舞われたときに回すことができます。近年の異常気象によって送電障害が多発する中、その対策として分散型エネルギー源(DER)が極めて重要になることを意味します。
各国の市場は、分散型太陽光発電をサポートするためのメータリング政策や屋上太陽光発電設備(PV)の設置に有利な法律など、分散型エネルギー源(DER)をさらに組み込むためのさまざまな施策を採⽤しています。
ただし克服すべき課題もあります。例えば、極端な寒暖からエネルギーインフラを守る耐候性エネルギーインフラや、急速に普及する電気⾃動⾞(EV)に対応するための⼗分な容量確保などです。
再⽣可能エネルギーの不安定さには、次世代エネルギー貯蔵設備や従来の発電能⼒をもってバランスを取る必要があり、スマートグリッドはそのバランサーとして、エネルギー環境が大きく変化する中にあって中⼼的位置を占めることになるでしょう。消費者が電⼒使⽤量をモニタリングできるスマートメーターから、ネットワーク全体が停⽌しないようローカル障害を分離する⾃動制御機能といった技術を利用しながら、確実なデータフローを基に電力の信頼性、効率性、柔軟性を向上させることができるものと考えます。
再⽣可能エネルギー源の不安定さを克服するには、次世代エネルギー貯蔵設備や従来の発電能⼒の活用が⽋かせません。スマートグリッドはこの変化するエネルギー環境にあって中⼼的位置を占めることになるでしょう。
実際、スマートグリッド技術は、全国的な電⼒網が未整備の国で新しいエネルギー分配モデルを⽣み出しています。送配電網全体を構成するマイクログリッドは独⽴して動作するよう切り替えられるため、孤⽴した農村地域に限らず、⼈⼝が密集し、需要の急増によって電圧低下や停電の恐れのある都市部でもレジリエンスが向上します。
スマートグリッドには多くの利点がありますが、課題もあります。特に、分散型エネルギー源(DER)を統合して多用な電力源を1つにまとめ、電⼒の流れを制御し需要を満たせるよう、⼗分にインテリジェントである必要があります。
また、サイバーセキュリティの問題も深刻です。DERエコシステムの特徴である相互接続性により潜在的な攻撃対象領域が増え、システムがサイバー攻撃にぜい弱になることが懸念されます。
電力貯蔵と供給の管理も問題につながる可能性があります。例えばEVの普及拡⼤については、送配電網に負担がかかる⼀⽅で、再⽣可能エネルギー源からの余剰電⼒を吸収すると同時に、リアルタイムに電⼒需要に対応する資産としても機能するなど、送配電網をサポートする側面もあります。しかし、EVを分散型エネルギー源(DER)として利用するには、技術を最適化する道のりのまだ半ばです。
国際エネルギー機関(IEA)によると、再⽣可能エネルギー源の利⽤を加速するには、2020年代後半までに送配電網への年間投資をほぼ3倍の約8,000億⽶ドルにする必要があります。さらにこれに合わせ、デジタル資産への投資も8倍に増やす必要があります1。
そのため、各国がそうした技術の可能性を現実のものとし、送配電網の柔軟性を向上させることによりエネルギーレジリエンスを強化し、さらに世界の脱炭素化⽬標の達成に貢献しようとするなら、各国政府による分散型エネルギー源(DER)への政策的・財政的⽀援の継続が必要です。
第2章
主な開発状況︓世界の再⽣可能エネルギーの動向
ドイツの⼤幅な政策変更から⽶国のグリーン⽔素増加まで、再⽣可能エネルギー分野の現状とは。
地政学的緊張や経済の不透明性が高まり、不安定で先の⾒えない状況が続く中で、各国政府は輸⼊エネルギーへの依存を削減しようと再⽣可能エネルギー・プログラムを加速させています。
技術に特化したスコアの詳細については、『RECAI top 40 ranking(PDF、英語版のみ)』をダウンロードください。また、ランキングスコアの決定⽅法詳細については、同レポート内の「RECAI methodology」をご確認ください。
RECAI 第60号では、世界の上位40カ国のうち特に注目すべき10カ国における再生可能エネルギー開発の進展に焦点を当てています。
第3章
コーポレートPPA指数
価格⾼騰と市場の乱高下により、2013年以来初めてコーポレートPPAが前年より落ち込むものとみられます。
コーポレート電⼒購⼊契約(PPA)を通じて約束された発電量は、⾶躍的な増加が⻑く続いていましたが、2022年には2021年の実績を下回ると考えられます(2020年よりは上回る予定)。
卸売電⼒市場価格の変動に対する⻑期的なヘッジとしてコーポレートPPA利⽤を望む企業の⾼い需要を背景に、市場は売り⼿に有利にシフトしてきています。しかし政府の⽅針が不透明であったり、コストプロフィールの変更が著しかったりすることから、コーポレートPPAを結ぶに当たり開発事業者は取引条件の合意を取り付けるのに苦労しています。
すでにRE100に参加している企業にとって、コーポレートPPAは財務上有益なツールであり、強⼒なグリーン認証とも言えます。PPAによる電力価格が⻑期的に低く、対して短期市場価格が高ければ、その差が⼤きいほど企業にとっては多くの国で補助⾦より早期に⾦銭的メリットを得られ、開発事業者にとっては⻑期的な資金流入の増加と財務的な柔軟性を得られます。
現在の市況はコーポレートPPAを実行に移す上で妨げとなっていますが、そのファンダメンタルズは依然⼒強く、世界的な市場拡⼤を促しています。
コーポレートPPA指数

EYのコーポレートPPA指数の算出は、4つの柱の下、複数の主要なパラメーターを用い、各国のコーポレートPPA市場の潜在成⻑⼒を分析し、順位を決定しています。データと分析⽅法の詳細については、EYコーポレートPPA指標(PDF、英語版のみ)をダウンロードしてご確認ください。
第4章
注目すべき地域:高成長市場
RECAI 第60号の新しいランキングは、経済規模に対して予想以上のパフォーマンスを発揮している市場を映し出します。
RECAIでは、再⽣可能エネルギー市場の魅⼒を⽐較する上で、再⽣可能エネルギーへの投資機会規模の絶対値を反映したさまざまな基準を⽤いています。このため、経済規模の⼤きな国が有利になる傾向があります。しかし、国内総⽣産(GDP)で正規化(補正)すると、再⽣可能エネルギーに対して果敢に取り組んでいる国が⾒えてきます。

今号のRECAIでは、経済規模の⼩さなこれらの国のうち、野⼼的なエネルギー転換計画を実践する3カ国を取り上げています。
モロッコ(正規化ランキング:1位、RECAIランキング:19位)
モロッコは、⾃国の電⼒を2030年までに52%、2050年までに80%を再⽣可能エネルギーで賄うという野⼼的な⽬標を掲げています2。2020年の中間⽬標にはわずかに届きませんでしたが、現在は2030年の⽬標達成に向けて順調に進んでいます。
年間3,000時間の⽇照時間を誇るモロッコは、太陽光発電に理想的な環境である上3、アトラス⼭脈などの地形的特徴は揚⽔発電を可能にし、電⼒システム構築に当たっての選択を柔軟なものにしています。政府による積極的な⽀援もあり、⾵⼒セクターはキロワット時あたり3⽶セント未満で、世界で最も低価格な再⽣可能エネルギーになろうとしています。
モロッコは将来を⾒据えてグリーン⽔素セクターの確⽴を⽬指しています。同国はモロッコ持続可能エネルギー庁(MASEN)の制度的枠組みを通じた外国直接投資の呼び込みを期待しており、許認可プロセス、⼟地の取得、資⾦調達をまとめて⾏うほか、将来的には投資に対する政府保証を付ける方向で進んでいます。
チリ(正規化ランキング:5位、RECAIランキング:17位)
再⽣可能エネルギー発電4の⼤きな可能性に恵まれたチリは、2050年までのカーボンニュートラル達成に取り組んでいます。2020年末までに既に電⼒の半分以上を再⽣可能エネルギーから⽣成するようになっており、2030年までには70%にする⽬標に向けて順調に進んでいます5。
チリのこれまでの成功には、画期的な⼊札プロセスも⼀役買っています。電⼒会社は、通年24時間、3カ月間、昼間、夜間の4つの供給ブロックを選び電力契約に⼊札できます。それでも再⽣可能エネルギーセクターには、発電所(北部と南部)からサンティアゴ周辺の⼤都市中⼼部への電⼒供給を含め、課題も残っています。国家電⼒コーディネーターは、2025年までに送電プロジェクトに32億⽶ドルを投入する必要があると⾒積もっています。
チリは、2040年までに28カ所の⽯炭⽕⼒発電所を段階的に閉鎖するなど、⼤規模かつ広範な課題に取り組んでいます。また、送電によるロスを補うシステムであるスタンドアローン貯蔵システムに対する許認可取得に想定より長くかかっている上、市場が投資を再開するためには価格配分メカニズムの課題を解決する必要があります。
チリは、カーボンニュートラル計画の主要部分にグリーン⽔素を据えており、2050年までにグリーン水素輸出量で世界トップになることを⽬指しています。この⽬標に向けた道筋はグリーン⽔素国家戦略に⽰されていますが、戦略を実⾏するメカニズムは依然として不透明です。しかし同国の目標は世界にとって朗報です。同国鉱業の脱炭素化は、低炭素経済への世界的移⾏に向けた⼤きな⼀歩となるものとみられます。
ポルトガル(正規化ランキング:8位、RECAIランキング:25位)
ポルトガルはこれまで⽔⼒発電と⾵⼒発電を主たるエネルギー源としてきましたが、2019年に市場の⽅向転換のかじを切りました。太陽光発電への投資は⻑年多くありませんでしたが、2019年、2020年、2021年の太陽光発電への⼊札で、2.3GWの発電容量を新たに割り当てました。また、⼊札では太陽光価格の世界最安値が記録されました。
また、ポルトガルは2020年、⼊札にかけられた12ブロックのうち8ブロックを貯蔵オプションに割り当てるという新しいアプローチを取りました。その結果、再⽣可能エネルギー発電と貯蔵設備を備えたいわゆる⼤規模ハイブリッドプロジェクトに取り組む最初の国の1つとなりました。
ポルトガルは再⽣可能エネルギーへの⾰新的なアプローチを維持しつつ、2021年の⼊札では、7つのダムで浮体式 PVに263MWを割り当てました。このまま進めば、パイプラインにおける太陽光プロジェクトが12GW増えることもあり、2030年までに発電量の80%がグリーンエネルギーになると考えられています。
第5章
インサイト︓各国がサイバーセキュリティにもっと注意を払わなければならない理由
エネルギーシステムの分散化に伴い、従来技術と新技術両⽅へのサイバー脅威に対する対策が優先課題となっています。
近年、多発するサイバー攻撃に対応し、エネルギーインフラのサイバーセキュリティ確保が最優先事項となっています。記憶に新しいのは、2021年5⽉に起きた⽶国最⼤の石油パイプラインであるColonialへのランサムウエア攻撃6がありますが、エネルギーセクターではスマートグリッドによる分散技術への移⾏や実装が進む中、確実なサイバーセキュリティの重要性が⾼まる⼀⽅です。
発電所、送配電網、パイプライン、クラウドシステムなどの重要設備はいずれもサイバー攻撃を受けやすく、新技術がモノのインターネット(IoT)や産業⽤モノのインターネット(IIoT)への接続に⼤きく依存するようになる中で、重要設備の防御がますます難しくなっています。
スマートメーターなどのIoTデバイスを利⽤することで潜在的な攻撃対象領域が増える上に、これらのデバイスの多くが完全なオペレーティングシステムを有さず、また設定が不⼗分であったり、パスワードがハードコードされていたりすることすらあるため、さらに問題となり得ます。これらのデバイスは一般に安価であるため、一度接続すると思い出されることも少なく、接続状態にありながら管理されないままの状態が続きます。
ログ⽣成などの難しさによってモニタリングも困難です。こうしたデバイスは構成や設計が似かよっていることも多く、脅威アクターによる⽔平展開(ラテラルムーブメント)や攻撃ベクトルにさらされやすくなります。もし利用しているデバイスの多くがハードコードされた同じパスワードを使⽤している場合、1回の攻撃が成功すれば、数秒内にどれだけの数のデバイスを乗っ取られてしまうことでしょう。
従来の設備も問題を引き起こしかねません。レガシーな制御・運⽤技術システムの多くは数⼗億ドル規模のインフラ設備の⼀部であり、20年から40年に1度の⼤規模な設備投資が次に⾏われるまでアップグレードできないからです。短期的な補修もまた、24時間稼働しているシステムを中断させるというリスクがあります。
エネルギーセクターの分散化への移⾏とスマートグリッド技術の実装により、クラス最⾼レベルのサイバーセキュリティの重要性は⾼まる⼀⽅です。
オーストラリアや中国などは、サイバーセキュリティ法の制定、改正、強化を通じて規制措置を講じています。⼀⽅、欧州委員会は、EUのサイバーレジリエンス法案を公表しています。可決されれば、「デジタル要素を備えた製品」、つまりデジタル製品メーカーは、製品をEU市場で流通させるには最低限のサイバーセキュリティ基準を満たす必要が生じます。
サイバーセキュリティ環境の変化が激しい中、脅威アクターが取る手段はますます巧妙になっています。より効果的なサイバー防御戦略を確⽴するには、国内機関だけでなく国家間の協⼒も重要になるでしょう。
例えば、⽶国は昨年、国家サイバー⻑官室7を設⽴し、⺠間セクターと多くの連邦機関との協⼒と情報共有を拡⼤しています。また⽶国は、重要インフラのサイバーレジリエンスの開発と実装に30年以上の経験を持つ韓国との間でサイバーセキュリティに関する⼆国間協⼒を強化しています。
また、⽶国、英国、オーストラリア、カナダの政府機関は今年の初めに、4国がイラン政府のイスラム⾰命防衛隊とつながりがあるとする攻撃者からの脅威に備えて、企業に対しサイバーセキュリティ対策を強化するよう共同で警告を発しました8。
このような脅威から重要なエネルギーインフラを守ることは、オンラインに接続される送配電網の設備が増加し、セクターが推進する分散化が進むにつれ、その困難さは増すばかりです。そのため、各国がエネルギー供給に潜在的に生じ得る⼤きな混乱を回避したいと考えるなら、サイバーセキュリティの確保が極めて重要です。
オーストラリアや中国などは、サイバーセキュリティ法の制定、改正、強化を通じて規制措置を講じています。⼀⽅、欧州委員会は、EUのサイバーレジリエンス法案を公表しています。可決されれば、「デジタル要素を備えた製品」、つまりデジタル製品メーカーは、製品をEU市場で流通させるには最低限のサイバーセキュリティ基準を満たす必要が生じます。
サイバーセキュリティ環境の変化が激しい中、脅威アクターが取る手段はますます巧妙になっています。より効果的なサイバー防御戦略を確⽴するには、国内機関だけでなく国家間の協⼒も重要になるでしょう。
例えば、⽶国は昨年、国家サイバー⻑官室7を設⽴し、⺠間セクターと多くの連邦機関との協⼒と情報共有を拡⼤しています。また⽶国は、重要インフラのサイバーレジリエンスの開発と実装に30年以上の経験を持つ韓国との間でサイバーセキュリティに関する⼆国間協⼒を強化しています。
また、⽶国、英国、オーストラリア、カナダの政府機関は今年の初めに、4国がイラン政府のイスラム⾰命防衛隊とつながりがあるとする攻撃者からの脅威に備えて、企業に対しサイバーセキュリティ対策を強化するよう共同で警告を発しました8。
このような脅威から重要なエネルギーインフラを守ることは、オンラインに接続される送配電網の設備が増加し、セクターが推進する分散化が進むにつれ、その困難さは増すばかりです。そのため、各国がエネルギー供給に潜在的に生じ得る⼤きな混乱を回避したいと考えるなら、サイバーセキュリティの確保が極めて重要です。
SDGsカーボンニュートラル支援オフィス
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サマリー
今号のRECAIでは、強靭でサステナブルな未来のエネルギーに向けた世界的取り組みにとって重要な課題を探ります。
ガス価格の⾼騰、地政学的緊張、サプライチェーンの混乱、異常気象といった問題が生じる中、再⽣可能エネルギー発電の緊急性が増しています。
世界が電⼒供給を確保しながら2050年までにネットゼロ化するには、分散型エネルギー源(DER)とスマートグリッドが鍵となりますが、そのためには各国が早急に再⽣可能エネルギー技術を送配電網に取り込む必要があります。