第1章
ケーススタディー:欧州の暖房脱炭素化に向けた混合アプローチ
⽔素と天然ガスを混合する最先端ソリューションですが、⽣産効率の改善が必要です。
欧州グリーンディールでは、2050年までの温室効果ガス排出ネットゼロが目標として掲げられています。建築環境における冷暖房はEUのエネルギー需要のほぼ40%を占めており、改善への圧力が高まっています。
⽔素混合メタンのような再⽣可能燃料は、熱と電⼒を同時に供給する低炭素ソリューションとなります。しかし⽔素は⾼価です。⽣産効率を改善に向けて、イノベーションと技術進化が不可欠です。
水素混合の最先端を行く企業の1つが、イタリアのエネルギーインフラ企業Snam社です。同社は2019年4月、欧州のガス輸送システム事業者(TSO = Transmission System Operator)として初めて、体積比5%の水素と天然ガスの混合ガスを輸送ネットワークに供給しました。2019年12月には、サレルノの天然ガス輸送ネットワークでの試験で、水素の割合を体積比10%に倍増させました。
10%の水素がSnam社のガス輸送量全体に混合されれば、毎年70億⽴⽅メートルのH2NG(⽔素と天然ガスの混合ガス)がネットワークに供給されることになります。これは300万世帯分の暖房に⼗分な量であり、500万トンの⼆酸化炭素排出削減につながります。
現在のところ、欧州のクリーン⽔素の⽣産量は、エネルギー消費の大きな割合をカバーするにはほど遠い段階です。しかし2020年7月に発表された欧州委員会の水素戦略では、2030年までに1,000万トンの水素を生産するという目標が設定されており、また既存の天然ガス供給ネットワークでの再生可能水素の利用を増加させるような規制のロードマップが示されています。
暖房が最⼤の炭素排出源である英国では、⽔素暖房の先駆的な試みが始まっています。2020年12月に英国政府が発表した、10項目から成るグリーン産業革命のためのTen Point Planに続き、英国ガス供給ネットワーク事業者5社(Cadent、National Grid、Northern Gas Networks、SGN、Wales & West Utilities)が、天然ガスから水素の供給に移行するための計画を発表しました。
グリーン⽔素とメタンは全く異なるものであり、⽔素はパイプラインとコンプレッサーの品質への要件が厳しいことから、実現性の検証が必要です
希望を現実にするため、2021年、タイン・アンド・ウィア州ゲーツヘッドのウィンラトン村において、650世帯以上の家庭と商業施設を対象に、天然ガスに最⼤20%の⽔素を混合させて供給する10カ月間の試験プロジェクトが実施されます。英国政府は、2023年に水素を活用した近隣住宅地域、2025年に水素村、2030年までに完全な水素タウンを構築するために、最大5億ポンド(6億9,500万米ドル)の投資を計画しています。
「ただし、グリーン水素とメタンの混合はすんなりとは進まないことに注意が必要です」と、EY Advisory S.p.AのEY-Parthenon Italy Strategy Leader、Giacomo Chiavariは警鐘を鳴らしています。「この2種類のガスは極端に異なる特徴を持っており、⽔素はパイプラインとコンプレッサーが適合すべき水準において要件が厳しいことから、実現性の検証が必要です。加えて、混合割合が変わるごとに、需要側でも並行して適応と進化が求められます。メタンから⽔素へのネットワークの⼤規模な移⾏には、数多くの技術的障壁に対処する必要があります」
「現実的には、大きな需要地の近くで水素を製造する水素地産地消が、供給をシンプルにする解決策になり得ます」
グリーン水素は、欧州におけるエネルギー消費の脱炭素化を実現する手段として、大きな可能性を秘めています。しかし、非常に大きな課題があること、そしてこの技術がまだ初期段階にあることを考えると、グリーン水素が直ちにすべての問題を解決する策になるとは考えられません。もっとも、技術の採算性のギャップをインセンティブ制度によって埋めることができれば、この限りではありません。
第2章
ケーススタディー:中国のグリーン⽔素⾰命への貢献
世界最⼤の⽔素⽣産国は、世界的な技術進歩の鍵を握っています。
グリーン水素がブレークスルーを模索しており、コスト低減に向けて需要と供給の規模拡大が求められる中、世界の注⽬は中国に向けられています。巨⼤な国内市場、大きな国有企業、優秀な研究機関、豊富な再⽣可能資源など、中国はグリーン⽔素の超⼤国となるための⼟台を備えています。
中国は既に世界最大の水素生産国ですが、その生産のほとんどは化石燃料由来です。同国は2060年までのネットゼロ達成を公約していますが、グリーン水素はネットゼロへの移行において不可欠な役割を果たすと期待されており、China Hydrogen Alliance(中国水素エネルギー同盟)の予測では、グリーン水素が中国国内のエネルギーミックスの20%を占めることになります。
中国が再⽣可能⽔素に関する⾼い⽬標を達成するためには、規模の経済を享受し、新興技術に重要な産業間連携を促す、統合的なアプローチが不可欠となります。National Energy Groupによって2018年に設立されたChina Hydrogen Allianceは、この新興産業における主要プレーヤーをつなぐ役割を果たし、バリューチェーンにおける技術的なギャップを埋めるための行動を促しています。
100以上のメンバーを擁するこの同盟は「⽔素コミュニティー」を立ち上げ、イノベーションの促進、⽣産と協業の実現、そして同セクターの成⻑のための道筋を⽰すことによって、再⽣可能⽔素の発展に多⾯的な役割を果たしています。
これまでシンクタンクの設⽴、産学協同研究の推進、ビッグデータプラットフォームの開設、⼤企業向けの機器と基礎材料の製造・輸送の開始、⽔素エネルギー戦略のための技術ロードマップの作成、中国におけるグリーン⽔素の基準の定義を⾏ってきました。さらにグリーン水素イノベーションセンターの設立を検討しています。
China Hydrogen Allianceは、この新興産業における主要プレーヤーをつなぎ、バリューチェーンにおける技術的なギャップを解消するためのアクションを促す輪として機能しています。イノベーションの促進、⽣産と協業の実現、セクターとしての成長軌道を示すなど、再⽣可能⽔素の発展において多⾯的な役割を果たしています。
China Hydrogen Allianceは産業レベルでの協働を推進しており、セクターとして政策的な支援を受けています。特に燃料電池自動車においては、バリューチェーン横断での支援を得ています。いくつかの都市および都市クラスターが燃料電池自動⾞の実証都市に選ばれ、それぞれの都市クラスターには最⼤20億元(3億800万⽶ドル)の奨励⾦が付与されます。この奨励⾦の額は、走行距離や1,000台以上の燃料電池自動車導入台数、燃料電池の出力や出力密度といった技術パラメーターにおいて、どの程度目標を達成したかによって決められます。さらに、水素ステーション設置のために、各都市クラスターに対し2億元(3,000万米ドル)が用意されています。これは、年間5,000トン以上の⽔素供給や、1キログラム当たり35元(5.3⽶ドル)以下の水素販売価格などの目標を達成するために拠出されます。このプログラムの財政支援額は、合計で100億元(15億米ドル)近くになる見込みです。
再生可能水素の生産を推進する一方で、水素の世界的な普及においても中国は重要な役割を果たしています。China Hydrogen Allianceは、同セクターにおける国際協力を進めており、日本、米国、欧州とのワークショップを開催しています。膨大な再⽣可能資源、規模の経済、競争⼒のある労働市場を持つ中国は、将来グリーン⽔素の主要な輸出国となる要素をすべて備えています。今後数年間の⽣産拡⼤により、分業の加速、⽣産の専⾨化、労働⽣産性と⽣産効率の改善が進むでしょう。ただしこれらに加えて、大規模・超長距離での水素の貯蔵・輸送のための技術ブレークスルーも必要となります。
グリーン⽔素のコスト競争⼒を⾼めるためにはさらなる技術⾰新が必要ですが、中国は正しい道を歩んでいます。中国は、既に世界最大の太陽光・風力発電電力の生産国です。グリーン⽔素⽣産での先行を維持できれば、世界の再生可能エネルギー供給と技術を独占することができるでしょう。
SDGsカーボンニュートラル支援オフィス
サマリー
グリーン水素は低炭素社会への移行のためのゲームチェンジャーとして見なされています。適切に投資されることで、グリーン⽔素は2050年までに世界のエネルギー需要の最⼤4分の1を供給し、世界の排出量の最⼤3分の1を削減できる可能性があります。中国とイタリアで進められているプロジェクトとイニシアチブは、技術的、経済的、政策的な問題を克服し、エネルギーバランスをネットゼロに向けてシフトするために、世界各地でどのような取り組みが⾏われているのかを⽰すスナップショットです。