11 分 2021年8月27日
            道路沿いのLNG貯蔵タンク

水素が世界の再生可能エネルギー市場で注目され始めた理由

執筆者 David Roxby

EY-Parthenon UK&I Energy Sector Lead; Associate Partner, Strategy and Transactions, Ernst & Young LLP

Trusted management advisor. Energy industry specialist. Committed to better outcomes. Father, cyclist, and believer in technology, business and people to make a difference.

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EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジック インパクト パートナー

平日はひたむきに持続可能な社会づくりに向き合う修行僧。休日はひたむきに波に向き合うサーファー。

11 分 2021年8月27日

RECAI第57号:世界の取り組みから、ネットゼロ(実質ゼロ)達成に向けて低炭素⽔素を活⽤する⽅法を探ります。

要点
  • グリーン水素はネットゼロ目標を達成する手段として、投資家やデベロッパー、政治家から関心を集めている。
  • 巨大な国内市場、大きな国有企業、豊富な再生可能資源を有する中国は、グリーン水素の超大国になる可能性がある。
  • グリーン水素の市場は立ち上がりつつあるものの、コスト競争力は依然として拡大に向けた障壁である。
Local Perspective IconEY Japanの視点

パリ協定以降、世界は脱炭素に向けて急速に動き出しました。2021年には、8月公表の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次報告書、11月開催の国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)も影響し、その動きはさらに加速するでしょう。

脱炭素の実現に向けエネルギーキャリアとしての水素への期待も高まります。特にグリーン水素は、エネルギー消費におけるCO2排出がゼロである上、再生可能エネルギーを無駄なく有効活用できる手段です。

日本は水素エネルギー活用において他国に引けを取らず、国家水素戦略、燃料電池自動車の量産、水素運搬船の建造などさまざまな領域で世界をリードしてきました。ところが他国の取り組みも加速し、本格化しています。少しの遅れが国際競争力において致命的な劣後につながる可能性があります。

日本の存在感を維持・拡大するためには、国内外のグリーン水素サプライチェーンの確立に向け、産官学連携によるさらなる取り組みの加速が不可欠です。

 

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尾山 耕一
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジック インパクト パートナー

今日、グリーン⽔素はネットゼロ⽬標を達成する⼿段として、投資家やデベロッパー、政治家から⾮常に高い関⼼を集めています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックからの経済回復策の1つとして、政策⽴案者はエネルギー移行にこれまで以上に注目しています。

⼆酸化炭素の排出量が多い環境汚染産業においては、フットプリントを削減し、環境・社会・ガバナンス(ESG)観点での投資家の認識を改善するための技術的解決策が求められており、⽔素はそれらの産業において既に巨大な顧客基盤を構築しています。また⽔素は地産地消が経済的に望ましいこともあり、エネルギーの⾃⽴性を⾼めたい国や地域において、⽔素はより一層重要であると⾒なされています。

グリーン⽔素は運輸、暖房、重⼯業を脱炭素化するポテンシャルを有し、蓄電池よりも長期的な貯蔵に優れていることから、低炭素社会への移⾏に向けたゲームチェンジャーとなる可能性があります。現在、既に複数のプロジェクトが始まっています。Renewable Energy Country Attractiveness Index(再⽣可能エネルギー国別魅⼒指数︓RECAI)第57号では、あらゆる困難な状況にもかかわらず、2020年に⽔素産業が急成⻑を遂げたことを明らかにしています。脱炭素に向けて意欲的なクリーン水素戦略を打ち出す国や地域が増加したことにより、現行の全世界合計80GWに対して、50GWの新たなグリーン⽔素電気分解プロジェクトが公表されました。プロジェクトの多くはギガワット規模であり、スケールメリットを通じてグリーン⽔素のコスト低減が早期に実現することが期待されています。11兆米ドルの投資により、この再生可能エネルギー源は2050年までに世界のエネルギー需要の最大4分の1を供給し、世界の排出量の最大3分の1を削減するとBloombergNEFは予測しています。

コスト、再⽣可能エネルギーおよび⽔電解設備の容量拡⼤、オフテイク契約の確保、適⽤可能な規制の枠組みの必要性など、グリーン⽔素は依然として数多くの課題に直⾯しています。RECAI第56号では、これらの課題について検証しました。本稿では、期待を現実に変えるため、プロジェクトやイニシアチブがどのように経済的・技術的な障壁を乗り越えようとしているか、欧州とアジアのケーススタディーを通じて考察していきます。

(Chapter breaker)
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第1章

ケーススタディー:欧州の暖房脱炭素化に向けた混合アプローチ

⽔素と天然ガスを混合する最先端ソリューションですが、⽣産効率の改善が必要です。

欧州グリーンディールでは、2050年までの温室効果ガス排出ネットゼロが目標として掲げられています。建築環境における冷暖房はEUのエネルギー需要のほぼ40%を占めており、改善への圧力が高まっています。

⽔素混合メタンのような再⽣可能燃料は、熱と電⼒を同時に供給する低炭素ソリューションとなります。しかし⽔素は⾼価です。⽣産効率を改善に向けて、イノベーションと技術進化が不可欠です。

水素混合の最先端を行く企業の1つが、イタリアのエネルギーインフラ企業Snam社です。同社は2019年4月、欧州のガス輸送システム事業者(TSO = Transmission System Operator)として初めて、体積比5%の水素と天然ガスの混合ガスを輸送ネットワークに供給しました。2019年12月には、サレルノの天然ガス輸送ネットワークでの試験で、水素の割合を体積比10%に倍増させました。

10%の水素がSnam社のガス輸送量全体に混合されれば、毎年70億⽴⽅メートルのH2NG(⽔素と天然ガスの混合ガス)がネットワークに供給されることになります。これは300万世帯分の暖房に⼗分な量であり、500万トンの⼆酸化炭素排出削減につながります。

現在のところ、欧州のクリーン⽔素の⽣産量は、エネルギー消費の大きな割合をカバーするにはほど遠い段階です。しかし2020年7月に発表された欧州委員会の水素戦略では、2030年までに1,000万トンの水素を生産するという目標が設定されており、また既存の天然ガス供給ネットワークでの再生可能水素の利用を増加させるような規制のロードマップが示されています。

暖房が最⼤の炭素排出源である英国では、⽔素暖房の先駆的な試みが始まっています。2020年12月に英国政府が発表した、10項目から成るグリーン産業革命のためのTen Point Planに続き、英国ガス供給ネットワーク事業者5社(Cadent、National Grid、Northern Gas Networks、SGN、Wales & West Utilities)が、天然ガスから水素の供給に移行するための計画を発表しました。

グリーン⽔素とメタンは全く異なるものであり、⽔素はパイプラインとコンプレッサーの品質への要件が厳しいことから、実現性の検証が必要です
Giacomo Chiavari
EY-Parthenon Italy Strategy Leader

希望を現実にするため、2021年、タイン・アンド・ウィア州ゲーツヘッドのウィンラトン村において、650世帯以上の家庭と商業施設を対象に、天然ガスに最⼤20%の⽔素を混合させて供給する10カ月間の試験プロジェクトが実施されます。英国政府は、2023年に水素を活用した近隣住宅地域、2025年に水素村、2030年までに完全な水素タウンを構築するために、最大5億ポンド(6億9,500万米ドル)の投資を計画しています。

「ただし、グリーン水素とメタンの混合はすんなりとは進まないことに注意が必要です」と、EY Advisory S.p.AのEY-Parthenon Italy Strategy Leader、Giacomo Chiavariは警鐘を鳴らしています。「この2種類のガスは極端に異なる特徴を持っており、⽔素はパイプラインとコンプレッサーが適合すべき水準において要件が厳しいことから、実現性の検証が必要です。加えて、混合割合が変わるごとに、需要側でも並行して適応と進化が求められます。メタンから⽔素へのネットワークの⼤規模な移⾏には、数多くの技術的障壁に対処する必要があります」

「現実的には、大きな需要地の近くで水素を製造する水素地産地消が、供給をシンプルにする解決策になり得ます」

グリーン水素は、欧州におけるエネルギー消費の脱炭素化を実現する手段として、大きな可能性を秘めています。しかし、非常に大きな課題があること、そしてこの技術がまだ初期段階にあることを考えると、グリーン水素が直ちにすべての問題を解決する策になるとは考えられません。もっとも、技術の採算性のギャップをインセンティブ制度によって埋めることができれば、この限りではありません。

(Chapter breaker)
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第2章

ケーススタディー:中国のグリーン⽔素⾰命への貢献

世界最⼤の⽔素⽣産国は、世界的な技術進歩の鍵を握っています。

グリーン水素がブレークスルーを模索しており、コスト低減に向けて需要と供給の規模拡大が求められる中、世界の注⽬は中国に向けられています。巨⼤な国内市場、大きな国有企業、優秀な研究機関、豊富な再⽣可能資源など、中国はグリーン⽔素の超⼤国となるための⼟台を備えています。

中国は既に世界最大の水素生産国ですが、その生産のほとんどは化石燃料由来です。同国は2060年までのネットゼロ達成を公約していますが、グリーン水素はネットゼロへの移行において不可欠な役割を果たすと期待されており、China Hydrogen Alliance(中国水素エネルギー同盟)の予測では、グリーン水素が中国国内のエネルギーミックスの20%を占めることになります。

中国が再⽣可能⽔素に関する⾼い⽬標を達成するためには、規模の経済を享受し、新興技術に重要な産業間連携を促す、統合的なアプローチが不可欠となります。National Energy Groupによって2018年に設立されたChina Hydrogen Allianceは、この新興産業における主要プレーヤーをつなぐ役割を果たし、バリューチェーンにおける技術的なギャップを埋めるための行動を促しています。

100以上のメンバーを擁するこの同盟は「⽔素コミュニティー」を立ち上げ、イノベーションの促進、⽣産と協業の実現、そして同セクターの成⻑のための道筋を⽰すことによって、再⽣可能⽔素の発展に多⾯的な役割を果たしています。

これまでシンクタンクの設⽴、産学協同研究の推進、ビッグデータプラットフォームの開設、⼤企業向けの機器と基礎材料の製造・輸送の開始、⽔素エネルギー戦略のための技術ロードマップの作成、中国におけるグリーン⽔素の基準の定義を⾏ってきました。さらにグリーン水素イノベーションセンターの設立を検討しています。

China Hydrogen Allianceは、この新興産業における主要プレーヤーをつなぎ、バリューチェーンにおける技術的なギャップを解消するためのアクションを促す輪として機能しています。イノベーションの促進、⽣産と協業の実現、セクターとしての成長軌道を示すなど、再⽣可能⽔素の発展において多⾯的な役割を果たしています。

China Hydrogen Allianceは産業レベルでの協働を推進しており、セクターとして政策的な支援を受けています。特に燃料電池自動車においては、バリューチェーン横断での支援を得ています。いくつかの都市および都市クラスターが燃料電池自動⾞の実証都市に選ばれ、それぞれの都市クラスターには最⼤20億元(3億800万⽶ドル)の奨励⾦が付与されます。この奨励⾦の額は、走行距離や1,000台以上の燃料電池自動車導入台数、燃料電池の出力や出力密度といった技術パラメーターにおいて、どの程度目標を達成したかによって決められます。さらに、水素ステーション設置のために、各都市クラスターに対し2億元(3,000万米ドル)が用意されています。これは、年間5,000トン以上の⽔素供給や、1キログラム当たり35元(5.3⽶ドル)以下の水素販売価格などの目標を達成するために拠出されます。このプログラムの財政支援額は、合計で100億元(15億米ドル)近くになる見込みです。

再生可能水素の生産を推進する一方で、水素の世界的な普及においても中国は重要な役割を果たしています。China Hydrogen Allianceは、同セクターにおける国際協力を進めており、日本、米国、欧州とのワークショップを開催しています。膨大な再⽣可能資源、規模の経済、競争⼒のある労働市場を持つ中国は、将来グリーン⽔素の主要な輸出国となる要素をすべて備えています。今後数年間の⽣産拡⼤により、分業の加速、⽣産の専⾨化、労働⽣産性と⽣産効率の改善が進むでしょう。ただしこれらに加えて、大規模・超長距離での水素の貯蔵・輸送のための技術ブレークスルーも必要となります。

グリーン⽔素のコスト競争⼒を⾼めるためにはさらなる技術⾰新が必要ですが、中国は正しい道を歩んでいます。中国は、既に世界最大の太陽光・風力発電電力の生産国です。グリーン⽔素⽣産での先行を維持できれば、世界の再生可能エネルギー供給と技術を独占することができるでしょう。

SDGsカーボンニュートラル支援オフィス

サマリー

グリーン水素は低炭素社会への移行のためのゲームチェンジャーとして見なされています。適切に投資されることで、グリーン⽔素は2050年までに世界のエネルギー需要の最⼤4分の1を供給し、世界の排出量の最⼤3分の1を削減できる可能性があります。中国とイタリアで進められているプロジェクトとイニシアチブは、技術的、経済的、政策的な問題を克服し、エネルギーバランスをネットゼロに向けてシフトするために、世界各地でどのような取り組みが⾏われているのかを⽰すスナップショットです。

この記事について

執筆者 David Roxby

EY-Parthenon UK&I Energy Sector Lead; Associate Partner, Strategy and Transactions, Ernst & Young LLP

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