9 分 2019年10月22日
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先進製造業が次の景気低迷時にいち早く浮上するために備えておくべきこととは

執筆者 David Gale

EY Global Advanced Manufacturing Transactions Leader

Advanced manufacturing leader with over 25 years of business experience, including the past 18 years focused on transactions. Board member for the Boys & Girls Clubs of the Twin Cities.

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EY Japan ストラテジー・アンド・トランザクション マーケッツリーダー/商社セクター・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EYパルテノン パートナー

総合商社へのコンサルティングに豊富な経験を持つ。企業の戦略策定をはじめ、統合、カーブアウト、組織再編を中心に、クロスボーダーおよび国内のトランザクションに従事。

9 分 2019年10月22日

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レジリエンスの再構築に向け、製造会社はポートフォリオ、ビジネスモデル、資本、コスト構造の見直しを進めています。

経済的、規制上、地政学的、あるいは技術的なものであれ、次に訪れる脅威やディスラプションに対して準備を進める過程において、先進製造業のメーカーは多くの課題に直面します。これらの課題には、⾼額な固定費のほか、近代的な⼯場オペレーションに必要とされるスキルを備えた労働⼒の不⾜や、コスト増とサプライチェーンの障害を招く国際貿易の不安定性などがあります。

中には合併統合を果たしてスケールメリットなどにより、何年も業界首位に君臨している企業を有するサブセクターはあるものの、産業メーカー、航空宇宙・防衛、化学などの業界は依然として資産保有型であり、経済の減速は⾔うまでもなく、今現在の課題に対しても、迅速な対応が困難となっています。

次の脅威やディスラプションが今後12カ⽉以内に発⽣すると考えた場合には、短期的なコスト削減施策(労働⼒の削減、⽀出の停⽌)や徹底的な運転資本管理(売掛⾦の積極的な回収、在庫削減、期限延⻑に関する業者への働きかけ)といった、より迅速で、過酷とも⾔える施策が求められます。ただし、企業が自社に1年以上の「猶予」があると考えている場合には、資本構造、ビジネスモデル、ポートフォリオ全体の最適化と合わせて、より戦略的なコスト削減に集中することができます。

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1. コスト構造の見直し

さらに柔軟でグローバルな労働力、オートメーション、テクノロジーなどの手段を通じて運用コストを削減することが不可欠です。

雇用に目を向けると、企業は成長するギグエコノミーを活用して一時的なニーズを満たすことも、労働者と緊密に連携して一時的な生産停滞に対する解決策を開発することも可能です。

追加戦略として、スリム化と利益に関する複数のシナリオを使⽤して企業の経費構造のストレステストを実施したり、企業が⼗分に「ぜい⾁をそぎ落としている」ことを確認することが挙げられます。これには、管理職の⼈員削減が含まれる可能性もあります。

不動産フットプリント(立地・拠点)の調査と合理化

セクター内の企業が統合されるにつれて、コストを削減し、場合によってはより多くの資本を解放するための領域として、企業不動産のフットプリント(立地・拠点)を調査する必要があります。例えば、「施設を統合し、スペースを解放してオフィススペースや工場を売却または転貸することは可能か? 工場やオフィススペースは、従業員の生産性を高めるように設計されているか? 保守契約を再交渉する余地はあるか?」などが挙げられます。

企業不動産には、大幅にコストを削減する余地があります。こうした課題に対処する持続可能な企業不動産の運⽤モデルを構築することは、未着⼿のままのコスト削減領域を体系的に⾒出すための1つの⽅策と⾔えるでしょう。

テクノロジーの活用

テクノロジーもまた、コストの削減に役立ちます。工場にスマートセンサーとAI(人工知能)を導入すれば、予測保全などの分野で役立ち、より高額になり得る将来的なコストを削減できる可能性があります。また、労働力がどこに投入されているのかを常に把握しておくことで、効率的に労働力を活用することができます。一方3Dプリント技術は、製品開発のスピードを速め、カスタマイズを強化するラピッドプロトタイピングを可能にします。バイオセンサーや予測分析は、職場での事故を減らすのに役立つツールです。これには、保険料や医療費を節約できる可能性があるという利点もあります。

スマートファクトリーの時代において、製造業の顧客は、自身のニーズに合う、より高いコネクティビティを実現できるソリューションを求めています。こうしたソリューションにより、データは中央ハブに送られ、AIと高度なアナリティクスを活用したデータの収益化や、予測保全、サービスの提供が可能となります。

  • 検討事項

    • より効率的に施設を稼働させるために役立つ技術的ソリューションとは何か?
    • 労働力に柔軟性を与え、企業と労働者双方のニーズを満たす方法はあるか?
    • 不動産フットプリント(立地・拠点)は最適か︖ 施設の契約を⾒直すことでコスト削減が可能か︖

     

2.資本構造の最適化

 

多くの場合、経済や産業の景気循環は予兆もなく発⽣しがちです。不確実性の⾼い時期や不況に備えておくことで、関係者全ての価値を維持するだけなく、価値を⾼めることさえ可能になります。逆に、流動性がなく、柔軟性を⽋いた債務契約は多くの場合、企業の弱み、そして価値の損失へとつながる恐れがあります。

資本構造を包括的に見直すことで、改善すべき領域を特定でき、望ましい柔軟性を企業戦略とより密接に連携させるとともに、下振れシナリオに対する準備にも役立ちます。企業は次の点を考慮すべきです。

  • 財務・制限条項の変更
  • リボルビングの限度枠を拡大
  • リボルビング方式での資金調達を終了
  • 代替資本提供者やさまざまな国際市場など、新たな金融市場へのアプローチ
  • 報告要件の削減
  • 税務上の影響の評価

 可能な場合には、バランスシートを最適化し、管理者の⽴場から⾦融市場にアプローチすることが依然として重要です。CFOなどの経営幹部は、必要な場合だけでなく、財務パフォーマンスや市場の状況が好調な場合にも、代替案を早期に評価し、計画を⽴て、市場にアプローチする必要があります。同時に、意図しない結果を避けるために、資本構造が変更される前に税務上の考慮事項を評価しておくことも極めて重要と⾔えます。これは、組織のコンプライアンスの維持、リスクの軽減、管理コストの削減にも役⽴ちます。

また、先進製造業のメーカーが、次に訪れる不況などのディスラプティブな出来事に対しより優位な立ち位置を確保するために、今すぐ検討できる追加戦略は複数あります。もちろん、個々の状況はそれぞれ異なります。現状、危機に対応している企業は、価値創造戦略を開始したり、資産圧縮型の製造モデルの採用、地理的フットプリントの再構築といった長期的な構造変化に照準を合わせる前に、まず安定する必要があります。

在庫管理

在庫管理は運転資金の最適化にも不可欠です。米国セントルイス連邦準備銀行が実施した調査によれば、製造業の在庫数は、売上高に対する比率として計算した場合、景気後退前のレベルよりも大幅に高くなっています。これには、貿易紛争や自然災害などの状況に起因したサプライチェーンの混乱に対するヘッジなど、いくつかの理由が考えられます。⻑期にわたる経済⼒も売り上げを押し上げ、企業がより多くの在庫を保有する原因となっています。

しかし、景気減速の兆候が見られるようになると、企業は運転資本を解放する方法として在庫を積極的に削減しようと考えがちです。

適正な資本配分

正規のシステマチックな資本配分プログラムは、資本構造を最適化するための重要な要素でもあります。しかし、先進製造業の最高財務責任者(CFO)を対象としたEYの最近の調査によると、システマチックな資本配分アプローチを正式に採用している製造会社の割合は38%にとどまっています。

このプロセスは、機敏かつ包括的なものである必要があります。企業は、売却、買収、R&D、運転資金など、資本配分のあらゆる手段を考慮する必要があります。法人組織構造の合理化や再編成は、資本配分や投資決定の合理化に役立つだけでなく、コストなどの経営に関する懸念事項を軽減することができます。10月に決定した設備投資を次の14カ月間で実施するだけでは、もはや不十分なのです。事業機会やディスラプションが生じた場合には、年度途中でも調整を行えることが必要です。

  • 検討事項

    今日、資本構造を改善するための措置を講じている企業は、こうした措置を持たず、ただ緊縮財政を追求する競合他社と比較したとき、景気後退時に投資し、市場シェアを獲得する柔軟性を持っています。

    資本構造を最適化するために、企業は以下を自問する必要があります。

    • 状況が許せば、年度半ばでの調整も可能となるような、資本配分に対する正式でシステマチックなアプローチはあるか? 
    • 機会があれば、資本を調達する手段として売却を積極的に検討しているか?
    • 役員報酬は運転資本の目標と合致しているか?
    • 自社の法人としての組織構造は、投資収益率を最大化するような資本配分決定を行う能力を促進するものか、それとも妨げとなっているか?

     

3. ビジネスモデルの再定義

未来の⼯場では、必ずしも⽣産の全ての部⾨を所有しなくてもよくなるかもしれません。重要な点は、ビジネスモデルのどの部分が所有や管理に不可⽋であり、より柔軟で低コスト構造のパートナーがさらに適切に運⽤できるものは何であるか、という問題です。

製造会社は、資産圧縮型モデルを採用するかどうか、また、採用する場合には、知的財産を維持し、エンドカスタマーにアピールしながら、どのようにして採用するか、という課題に常に取り組んでいます。経営者は、所有資産と社内での製造機能を定期的に確認し、そうした資産と機能がビジネスの差別化に不可欠であるかどうかを判断する必要があります。

自動車セクター、航空宇宙セクターの双方において、OEMが大規模な内部製造部門を売却し、新しい所有者の部門を活用して人件費などのコスト削減を達成している事例が見られます。このような削減した資金は、今度は調達コストの削減という形でOEMと共有することができます。

サプライチェーンをコストと柔軟性について定期的に確認する

コスト削減の機会や柔軟性の向上についてサプライチェーンを審査することも重要です。企業は定期的に調達慣行のベンチマークを行い、「査定コスト」分析を通じてサプライチェーンパートナーの費用対効果を測定し、一般的な契約条件で最大の効力を発揮しているかを判断する必要があります。最適化されたサプライチェーンでは、関連する管轄区域内の税務上のリスクと機会を考慮し、刻々と変化する世界貿易の考慮事項、規制要件、税制改革に効率的に対応する柔軟性を提供する必要があります。

買収は、価値と調達の相乗効果を高める原動力として機能しますが、こうした価値の獲得は1回限りのイベントに限定されるべきではありません。ブロックチェーンなどのテクノロジーを実現することで、追跡とトレーサビリティ、注文の精度、品質保証を向上させながら、戦略的なソーシングと調達に向けた取り組みの頻度を高めることもできます。

 

柔軟性も必要です。現在の国際貿易を取り巻く状況は、いかに多くの場所から材料を調達できるかが混乱を和らげるのに役立つことを示しています。企業の一部には、関税の影響を緩和するために生産の移転や価格の引き上げについても議論する声があります。

適切なモデルを用意することは不可欠ですが、「適切なモデル」は多くのメーカーにとって一定のものではなく、変化し続けています。

  • 検討事項

    • 何を製造することが事業にとって不可欠であるか? また、長期的なサプライヤーとなる第三者に売却できる資産はどれか?
    • ジョイントベンチャーやパートナーシップは、成長の機会を閉ざすことなく無駄を省いた業務を維持するのに役立つか?
    • 自社のサプライチェーンは信頼性と柔軟性を提供しているか?
    • サプライチェーンに投資する際、利用できる政府のインセンティブを取得しているか?

     

4. ポートフォリオの再評価

製造業のリーダーは、自社のビジネスと提供内容について、情報とデータに基づいた意思決定を行う必要があります。事業が企業のコアビジネスに適合しなくなった場合には、売却を検討する必要があります。ギャップが見られる場合、オーガニック成長、あるいは買収を通じてそのギャップを埋める必要があります。

実際、企業のポートフォリオにおけるギャップを埋めるためには買収が不可欠となる場合があります。買収によって、サプライチェーンの中で費用対効果の低いコンポーネントを垂直に統合し、求められるスキルを備えた労働者を取り込み、場合によってはディスラプティブな出来事を乗り切るための柔軟性を得ることができます。小規模な製造業者の多くは、顧客の1社が生産を遅らせたり、さらには生産停止に追い込まれた場合、他に転換できる事業がないため、特に大きな打撃を受けてきました。事業間に真の関連性がある場合、ある程度の多角化は資産となり得ます。買収や売却にあたっては、取引の税務面を考慮する必要があります。

自社製品が現在の需要に対応しているかの判断

再構築に成功した先進製造業であっても、新製品の発売や機能強化に関しては、まだ他の業界の企業に遅れをとっています。スマートファクトリーの時代においては、コネクテッドなソリューションや環境フットプリントの少ない製品など、顧客の主要な懸念に対処する機会がこれまで以上に増えています。こうしたソリューションにより、データは中央ハブに送られ、AIと高度なアナリティクスを活用したデータの収益化や、予測保全、サービスの提供が可能となります。

環境や技術の問題に最適に対処するソリューションを提供するメーカーこそが、代わりのきくサプライヤーではなく、真のパートナーとなれるビジネスへと事業を再構築できるのです。

  • 検討事項

    • 事業機会のギャップを評価する最良のプロセスはあるか?
    • 不可欠なソリューションを提供し、顧客にとって信頼できるパートナーとなるには、どのような製品を投入する必要があるか?
    • 顧客のニーズを予測する適切なデータはあるか? そのデータを理解できる人材がいるか?
  • ケーススタディ:成長を加速し、利益を拡大するためにハネウェル社が活用した複数の手段

    ハネウェル社は、ジェットエンジンから建築制御、⼯業材料に⾄る製品を製造している多⾓化⼯業メーカーであり、複数の⼿法を活⽤して価値を創出し、管理者層が改⾰を主導している企業の⼀例です。

    同社が取った措置には2件の大きな売却があります。これによって景気循環による変動を低下させ、バランスシートを強化し、フリーキャッシュフローの転換を増やして、エンドマーケットのエクスポージャーの単純化を図りました。

    また、ソフトウエア指向のソリューションとコネクテッドデバイスに対する顧客のニーズがこれまで以上に高まっていることを認識し、コネクテッドソリューションの販売とマーケティングを見込んで、2018年に新たな事業部を設立しました。これとは別に、ハネウェル・ベンチャー(Honeywell Ventures)部門では、先進的でディスラプティブなテクノロジーを備えた成長初期の企業に投資を行っています。

    ハネウェル社はまた、自社コストの管理にデジタルソリューションを活用し、社内プロセスの効率改善に重点を置いています。さらに、2016年には148台あったエンタープライズ・リソース・プランニング(ERP)システムを2019年には48台へと削減し、今後も削減を続ける予定です。意思決定の方法を合理化するために、地域が異なっても使用できる類似プロセスと統一したデータセットを確立しました。

    さらに、サプライチェーンの再構築、資産圧縮型モデルの採用、オートメーションとデジタル化の推進、サプライチェーンの柔軟性と能力を高めるために必要な専門知識を持つ人材を育成するための雇用とトレーニングを進めています。

    こうした措置の成果はすでに現れており、ハネウェル社の業績は総株主利益率において、昨年時点で、3年、5年、10年にわたって、産業品メーカー、多⾓化経営の同業他社だけでなくS&P 500 をも上回っています。さらに、利益成⻑率の予想を上回り、ソフトウエアの売り上げを伸ばしながらも、本源的収益の成⻑を2014年から2016年の平均1%から2018年の6%へと改善しました。最終的には、利用可能なキャッシュを増やし、配当支払額も増加させて、買収と設備投資の選択肢を増やしています。

経営幹部にとっての重要事項

  • 資本構造の最適化は、リストラを実施する企業だけでなく、好業績の企業にとっても不可欠です。運転資本と資本配分に適正に対応することは、次に訪れる景気後退に備えて可能な限り体力を強化するために不可欠です。
  • コスト面でてこ入れを行う方法があります。労働者との協働によって労働力の柔軟性を高め、企業不動産のあらゆる側面を評価し、新しいテクノロジーやオートメーションを追求することで、「Factory of the Future」(未来の工場)など、長期的な成長イニシアチブに投資するための資金を解放することができます。
  • 資本、サプライチェーンの柔軟性、レジリエンスを高めるためのビジネス拡張能力を活用し、ビジネスモデルを再評価することが重要です。

サマリー

先進製造業は、その置かれている立ち位置から、レジリエンスを再構築する⼒を持っています。⾼額な固定費、スキルの不⾜、国際貿易の不安定性にもかかわらず、先進製造企業は次の景気低迷時にいち早く浮上するための備えが可能なのです。

この記事について

執筆者 David Gale

EY Global Advanced Manufacturing Transactions Leader

Advanced manufacturing leader with over 25 years of business experience, including the past 18 years focused on transactions. Board member for the Boys & Girls Clubs of the Twin Cities.

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