オペレーショナルレジリエンスとサステナビリティの実現に向けて

執筆者 Glenn Steinberg

EY Global and EY Americas Supply Chain Leader

Helping companies transform, create value and optimize business performance. Thirsty for knowledge. Ski enthusiast. Husband and father of two Michigan Wolverines.

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EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サプライチェーン&オペレーションズ パートナー

製造業・流通業に対しSupply Chain Transformationのソリューションをリード。趣味はサーフィン。

11 分 2022年1月14日

社会変容に柔軟に対応し、持続的な成長を実現するために、最高執行責任者(COO)には事業運営の見直しが求められています。

サステナブルな事業運営に向けてCOOが今考えるべき3つの問い
  • 現在のサプライチェーンをアジャイル型のサプライネットワークに変えるため、どのような取り組みを行うべきか。
  • ネットワークに接続して業務を行うことにより生じるデータとテクノロジーのリスクに備えているか。
  • 持続可能でレジリエントな事業運営にふさわしい人材がそろっているか。


これまでのCOOの最優先課題は、市場投入の速さ、効率、収益性を求めてバリューチェーンをきめ細かく調整することでした。ところが、世界は変化し続けています。最初は徐々に、そして今では急激な変化です。ここ数年にわたり、社会への影響力を強めた消費者・従業員・投資家や、気候変動、地政学的リスク、技術革新などが企業組織の混乱を引き起こし、事業運営方針の変更が強いられています。過去2年の間で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、緩やかに始まったものの、その威力は圧倒的で強大なものに変容しました。こうした劇的な社会変容の中で、COOは事業運営でのかじ取りの早急な方向転換を余儀なくされています。

企業組織が作り出している製品やサービスは同じものであっても、その設計や製造過程、また顧客への提供方法は一変しています。この変化によってCOOは、サプライチェーンの最適化に加え、アジリティ(機動力)とサステナビリティを目指してサプライチェーンを見直す必要に迫られています。企業全体では、技術革新のおかげで業務変革が実現し、さまざまなステークホルダーからの要求に対して同時に応えられるようになってきていますが、一方でサイバーセキュリティのリスクは高まっています。そのため、従業員の再教育とスキルアップを実施することで、デジタルトランスフォーメーションを促進し、サイバーリスクに対処できる体制を整えることが求められます。そうした全ての背景には、経済とテクノナショナリズムという世界的な動きがあります。

この非常に複雑で不安定な世界を生き抜くために、COOはオペレーショナルレジリエンスとサステナビリティを目指して未来を再構築する必要があります。

岩山の傍に立つ灯台を、空を背景に下から見た風景
(Chapter breaker)
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第1章

レジリエンスは可視化から始まる

COOが推進すべきは、直線的なサプライチェーンからアジャイル型でネットワーク化されたエコシステムへの大転換です。

オペレーショナルレジリエンスを強化する際、COOはバリューチェーン全体を俯瞰して考える必要があります。既存の直線的かつ硬直した企業のバリューチェーンは、アジャイル型でネットワーク化されたエコシステムに変⾰することが求められています。成果を出すためのポイントは、次の3つです。

1. リアルタイムかつエンド・ツー・エンドの可視化を図る

企業のエンド・ツー・エンドの物理的サプライチェーンに対応した仮想モデルは、今日のテクノロジーを活用することによってコスト効率よく構築できます。デジタルツインとして知られるこの仮想モデルは、サプライチェーンネットワーク全体のさまざまなソースとシステムからデータを収集してつなぎ合わせ、同じ供給体、同じ特徴、および同じ財務目標を持った1つの仮想レプリカを作り出します。シミュレーション機能と組み合わせてデジタルツイン技術を活用し、さらにコントロールタワーで管理統制すれば、リアルタイムデータを用いたデータ主導の意思決定が可能となり、ディスラプションを感知し対応する上でのアジリティを高めることができます。ディスラプションが加速する今日におけるリスク管理では、シミュレーションを繰り返して継続的に対応する必要があります。

2. 回復力に優れた、持続可能なソーシングを展開する

回復力に優れ、持続可能な意思決定を行うには、調達先のバランスを常に見極めることが重要です。調達先の多様化は競争力の維持に役立ちますが、多くしすぎると、調達先との信頼関係を築きにくくなる恐れがあります。一方、調達先やその地域が集中すると、調達先の倒産や内政不安などのディスラプションに対して脆弱になる恐れがあります。不安定な今日の環境では、ESG(環境・社会・ガバナンス)を重視しながらも、リスクを軽減し、業務の確実性を高め、持続可能な戦略を後押しするために、信頼できるパートナーシップとエコシステムに力を入れることが求められています。

誰を信頼すべきで、どこにリスクがあるのかを知るには、調達先の施設、製品、原材料やその商品物流に至るまで、はっきり特定して追跡できるソーシング戦略が必要です。それにより、事業運営の透明性とトレーサビリティが向上し、調達先のコンプライアンス、KPI(重要業績評価指標)、サプライチェーンリスクの分析が可能になります。

3. 全方位に対応できるネットワークを構築する

顧客が希望する方法、場所、タイミングで製品とサービスを提供するには、アジリティと組織力が必要です。例えば、近くの店舗に在庫がある場合には、配送センターからではなく店舗から配送し、費用をかけず迅速に顧客のニーズに対応するなどです。デジタルコントロールタワーと対にして適切な分散型受注管理(DOM)機能を構築してあらゆる階層を可視化すれば、最も必要とされる場所に業務機能と在庫を配置して価値を最大化できます。

空を背景にした陸上の風車
(Chapter breaker)
2

第2章

脱炭素社会の実現に向けて:ネットゼロの事業運営がネットポジティブな企業利益を生む

優れたCOOは、ステークホルダーが求めているのは単なる規制順守ではなく、ESGパフォーマンスの向上であることを認識しています。

バリューチェーンもまた、持続可能な事業運営の鍵を握っています。多くの企業が、ネットゼロを目指して脱炭素化への取り組みを表明し、展望を描いています。規制対応のひとつと思われがちなこの問題を新たな競争力の源泉とし変革の重要な推進力とするため、COOは次の3つのアプローチを取るべきです。

1. バリューチェーンを脱炭素化する

バリューチェーンの脱炭素化に向けた取り組みの第一歩として、自社が排出する二酸化炭素の量だけでなく、自社のエコシステムを構成する全てのパートナーの二酸化炭素排出量を評価する必要があります。それにより、温室効果ガスの排出量を削減する方法を特定し、排出量削減目標を設定して報告書を作成し、グローバルなガイドラインに照らして評価スコアを向上することが可能となります。このような評価や取り組みを行うための条件は、事業運営全体においてデータをリアルタイムで可視化・定量化して、追跡できることであり、それを支える明確なビジネスケースを求められますが、そのメリットは明白です。バリューチェーン全体でESGパフォーマンスを向上させることで、プロセスの強化、コストの削減、生産性の向上、イノベーション、差別化、社会的価値の向上などが得られるのです。

2. 循環型製品ライフサイクルを構築する

COOが脱炭素化に取り組むに当たり、他の事業部門と協力しつつ、使用後も有効活用できる製品、つまりリサイクルや再利用が可能な製品の設計を検討すべきです。こうした循環型経済に携わるには、クローズドループ型(資源を循環させる)の事業モデルを導入する必要があります。この場合も、循環型市場の商機を見極めるには、バリューチェーン全体のデータを収集し、分析を行うことが重要です。

3. タックスプランニングを導入する

税制上の罰則やインセンティブは、サステナビリティの取り組みを世界規模で推進する上で重要な検討要素です。COOは、税務担当者と緊密に連携し、組織の税務プロファイルと、事業活動から発生する二酸化炭素排出量を照らし合わせて調整することが求められます。例えば、税務上の理由から、排出量の多い事業運営を、税制上の罰則が低い国やインセンティブが高い国に移転することが考えられますが、その際には、移転によるメリットと、想定し得るマイナスの影響(移転価格の調整が不利になる可能性や、排出量の削減ではなく移転を選んだことによる評判の低下など)のバランスを取る必要があります。税務担当者とチームを組むことで、炭素税の影響を軽減しつつ、持続可能性に関するインセンティブを最大限に活用し、循環型サプライチェーンを構築することができます。

青空を背景に下から見た産業施設
(Chapter breaker)
3

第3章

高度にネットワーク化された世界がもたらすリスクとリターン

スピーディな意思決定を目的に調達先や顧客、従業員との情報連携を深めることが、サイバー攻撃などのリスクを高める可能性があります。

インテリジェント・オートメーション、データアナリティクス、IoT(モノのインターネット)、クラウドなど、一連の新しいテクノロジを活用することで、リアルタイムのデータを収集し、現状を感知/測定して、ほぼリアルタイムに予測し行動を起こすことが可能となりました。アジャイル型のサプライチェーンネットワーク構築や、企業全体での業務効率改善にこれらのツールを役立てることができます。

しかし、これらの新しいツールを導入すべくデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいるCOOの多くは、依然として統計、直感、経験に基づいて意思決定を続けている状態です。COOとしては、データに基づく予測的な意思決定を行う必要がありますが、それによって可能性が広がる一方、リスクも増大します。データに基づく意思決定にはペタバイト級のデータが必要です。そのため、顧客のニーズをより的確に予測し、カスタマイズ型の製品を製造できるようなネットワーク化されたサプライチェーンを構築し、製品をより速く、よりコスト効率よく提供できる次世代ロジスティクスを導入するには、場合によってはサードパーティの技術を統合したり、サードパーティのデータを取得したりする必要があります。

また、できるだけ多くの自社データを収集するために、これまでインターネットに接続されたことのなかった分野を含む広範囲の接続先に対して、事業運営、ネットワーク、システムを開放することをいとわない場合も出てきます。システム、ネットワーク、サプライヤー、パートナー、エコシステムなど、組織の接続先が増えるにつれ、感染やランサムウエア攻撃などのリスクが高まります。

2021年EYグローバル情報セキュリティサーベイによると、サイバーセキュリティに対する多くの企業の考え方は、いまだに問題が起きてから対処するというものです。COOは、セキュリティ・バイ・デザインの考え方を取り入れなければなりません。セキュリティ・バイ・デザインでは、テクノロジーを取得する際に完全性分析を行い、企業への導入時にはテストを行います。また、サイバーセキュリティは、レガシー環境よりもクラウド環境の方が管理しやすいものの、クラウドにおけるデータの完全性は、提供元であるサードパーティの完全性と同程度にとどまります。サードパーティサプライヤーの信頼性を高めるには、ガバナンスや管理体制の在り方を変える必要があります。

また、人材(ワークフォース)の定義についても見直す必要があります。今日では、サードパーティプロバイダー、顧客、従業員、委託業者を区別することが難しくなっています。そうした中で、人材は、悪意のあるコードを伝播(でんぱ)するメカニズムになると同時に、サイバー攻撃に対する弱点となります。

街を飛び回る鳩
(Chapter breaker)
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第4章

事業運営に回復力をもたせるには、回復力のある人材が必要

従業員が職場に満足し、自分の仕事に自信を持てる環境作りが鍵を握ります。

今日のサプライチェーンと事業運営に関わる人材は、データを分析し、成果を設定して提案を行わなくてはなりません。そのためには、従来の研修では習得できないようなデジタルスキルを身に付け、情報やプロセスに精通する必要があります。最近のEYの調査であるReinventing the supply chain for an autonomous future(自律的未来を目指したサプライチェーンを再考案、英語版のみ)では、従業員がサプライチェーンのデジタルイノベーションに対応できると答えた回答者は、わずか44%でした。

COOは、再起戦略での成功の核となるのは人材であることを念頭に置き、採用に加えて、スキルアップ、人材の再編成、継続的な能力向上などをうまく組み合わせて取り入れるために、最高人事責任者(CHRO)と協力することが求められます。加えて、人材、プロセス、テクノロジー、分析、測定など、全体の人材を生かせるよう、従業員の再配置も考慮しなければなりません。これには、CHROおよび最高情報セキュリティ責任者(CISO)と協力し、従業員が「シチズンデベロッパー(一般人開発者)」になるためにスキルアップできる環境作りも含まれます。こうしたやり方を通じで得られるのは、ITスキルとビジネス知識を併せ持つ複合的なスキルセットを獲得できるというメリットです。「シチズンデベロッパー」を育成する際に、CISOやサイバーセキュリティチームと直接協力すれば、COOの立場でも急増するサイバーリスクに対して、より適切に管理する能力も強化できます。

つまり、スキル開発を支援するだけでなく、目的が明確な将来のビジョンを提示ができれば、従業員のモチベーションを高めることができるのです。これには、実績に応じた報奨を用意し、明確なキャリアパスを示すことなども含まれます。CHROと協力し、従業員一人一人の健康とウェルビーイングをサポートする個別のプログラムを設計することも考えられます。こうした取り組みによって、従業員は仕事に自信を持ち、職場への満足度が高まるのです。

下から見た航空ショー
(Chapter breaker)
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第5章

不安定な世界情勢でオペレーショナルレジリエンスの実現が困難に

国家間の競争激化とナショナリズムの台頭が、オペレーショナルレジリエンスの実現を困難にしています。

持続可能で回復力に優れた事業運営を目指して変革のロードマップを構築するにあたり、サプライチェーンの改革やテクノロジーでは簡単に解決できない複雑な問題があります。

自由な国家間取引を目指した世界経済の秩序は、安定と成長をもたらすと同時にグローバルなビジネスモデルや経営モデルの基盤となっていた一極集中型から、多極分散型へと進化しています。不安定な状況が続き、経済ナショナリズムがグローバリゼーションに取って代わろうとしているのです。EYの地政学戦略グループは、2021年の10大政治リスクの1つに新国家主義(ネオステイティズム)の台頭を挙げています。

次世代の国民国家の超大国が経済的、軍事的、文化的な覇権を争う中、同盟関係の変化により、地政学的な要所、サプライチェーンの難所、サイバーセキュリティのリスクなど、オペレーショナルレジリエンスを脅かす要素が生まれています。

また、政府間の競争で規制当局同士の関係が薄れ、グローバル化、企業のレジリエンス、サステナビリティを危うくする脅威に対し、企業が規制当局と力を合わせてグローバルに対応することが難しくなっています。

この難問が浮き彫りになっているのは、サイバーセキュリティと関連しているからです。テクノロジーの脆弱性との闘いに取り組む上で、グローバル企業はテクノナショナリズムの拡大という課題に直面しています。一例として、各国がサイバーセキュリティやデータ保護の独自基準を採用していることが挙げられます。こうした独自基準が、サイバー脅威の監視や対応を過度に複雑化したり、事実上不可能にしたりする可能性があります。

これは、サイバーセキュリティ部門だけが解決にあたる問題ではありません。グローバルにつながり、常時稼働しているオープンな事業環境において、より持続可能で目的主導型の成長に向けて事業を導く役割を担うCOOは、新国家主義やテクノナショナリズムのリスクを回避していかなければなりません。そのためには、役員同士や業界内での協力にとどまらず、世界中の規制当局が力を結集して基準を策定する必要があります。それにより、企業間のグローバルな貿易やサイバーセキュリティに関する規制を簡素化および合理化し、一部の国を優遇するのではなく、最終的に全ての国に利益をもたらすことができるのです。

持続可能で回復力に優れた事業運営の鍵はコラボレーション

企業がAIを活用したデジタルトランスフォーメーションを導入して、人材の生産性、サプライチェーン、ロジスティクス、商品配送を強化する中で、私たちは転換点を迎えている最中です。グローバルリスクの優先度を適切に見極めつつ注意を払いながら、テクノロジーとデータのエコシステムを構築するという複雑さを克服することにより、持続可能で回復力に優れた次世代のビジネスモデルを実現するということが成功するCOOの考え方と言えるでしょう。

ただし、成功を収めるには、取締役会と経営幹部の全面的な支援を受けて機会とリスクの両方を把握し、目の前にあるディスラプションという危機的状況に備えるため、より迅速な意思決定を行うことが求められます。

サマリー

これまでのCOOの役割は、事業の継続性維持と業務効率の最適化でしたが、戦略面での責任が大きくなるにつれ、新型コロナウイルス感染症によって深刻化した不安定な状況や混乱に対処するため、バリューチェーンの見直しを求められるようになりました。オペレーショナルレジリエンスとサステナビリティを実現する道のりは複雑であり、地政学、内乱、テクノナショナリズム、世界経済秩序の多極化など、COOが制御できない混乱によって悪化することもしばしばです。そうした課題を克服し、持続可能で目的主導型の成長を実現するためには、可視性、アジリティ、技術革新、サイバーセキュリティ、人材のスキルアップが必要です。

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