2022年5月31日
IFRSサステナビリティ関連財務情報開示に関する全般的要求事項の公開草案

ISSBが開発するサステナビリティ関連財務情報に関するグローバル・ベースラインとは

執筆者 原 寛

EY新日本有限責任監査法人 IFRSデスク パートナー

「常に物事に積極的に取り組み、あらゆることから学ぶべき」が信条。

2022年5月31日

IFRSサステナビリティ関連財務情報開示に関する全般的要求事項の公開草案

2022年3月31日、IFRS財団傘下の国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)は、サステナビリティ関連財務情報開示に関する2つの公開草案を公表しました。これにより、グローバルに共通したサステナビリティ開示基準の制定に向けた動きが今後さらに加速します。

要点
  • サステナビリティ関連のリスクと機会に関する重要な開示は、4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿ってその要求事項が定められている。
  • 開示すべき情報の重要性判断について閾値は示されず、変化した状況と仮定を考慮するために、各報告日に再評価する必要がある。
  • サステナビリティ関連財務情報と財務諸表は一般目的財務報告に包含され、両者は同時に報告され、報告期間を同じくすることが定められている。

本公開草案は、一般目的財務報告の利用者が企業価値を評価する上で有用となるサステナビリティ関連の財務情報の提供を企業に求めています。これにより企業は、サステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報と、財務諸表で開示される情報の関連性を理解するための開示が求められています。

公開草案は、重大なサステナビリティ関連のリスクと機会が企業価値に及ぼす影響を投資家が評価できるような情報開示を企業に要求する(1)サステナビリティ関連財務情報開示に関する全般的要求事項と、気候関連のリスクと機会に特有の開示要件を設定する(2)気候関連開示の2つで構成されています。本稿では、(1)サステナビリティ関連財務情報開示に関する全般的要求事項について解説します。

2021年11月COP26において、IFRS財団は国際サステナビリティ基準審議会(以下、審議会またはISSB)の設立を発表し、それまで同財団の下で技術的準備ワーキング・グループ(TRWG)が水面下で作業を進め完成させた基準原案(プロトタイプ)を公表しました。その後、ISSBは議長および副議長を選任し、その指示の下プロトタイプをさらに改善させ、2022年3月31日に2つの公開草案を公表しました。公開草案の公表時点では、審議会メンバーの定足数8名に満たない状況でしたが、IFRS財団がISSB設立前に修正した定款に定められたオプションを行使して、当初スケジュール通りに公開草案の公表が実現しました。これにより早い段階で市中協議を開始することが可能となり、利害関係者からのフィードバックを受領し2022年中の基準最終化に向けて進んでいくものと考えられます。

本公開草案はプロトタイプから構成の面で大きな変更はありませんが、主な変更点として以下が挙げられています。

(a) 「企業価値」の定義が精緻になり、公開草案の目的に含められました。

(b) 「報告企業の境界」を「報告企業」に変更していますが概念の変更はありません。公開草案における報告企業の定義は、現在、IFRS会計基準における定義と一致しています。

(c) 「結合性」を「結合された情報」に変更し、企業が明瞭で理解可能な、意思決定に有用なサステナビリティ関連情報を提供しなければならないという目的を強化しました。これにより、一般目的財務報告の利用者は、異なるサステナビリティ関連のリスクと機会およびサステナビリティ関連のリスクおよび機会と財務諸表で開示されている情報との間の関連性を評価することができるようになります。

(d) 「報告媒体」が「開示箇所」に変更されています。これは概念を変えることなく曖昧さをなくしたものとされています。「報告媒体」とすると1つの固定的な報告文書などがイメージされるかもしれませんが、公開草案では「一般目的財務報告」の一部としてサステナビリティ関連財務情報を開示することが提案されています。この「一般目的財務報告」は具体的な報告書を指しているわけではありませんが、財務諸表と経営者のコメントを含んでいる点が明確にされています。

(e) IFRSサステナビリティ開示基準で取り上げられているものに加えて、関連するサステナビリティ関連のリスクと機会を識別する方法についてのガイダンスが提供されました。例えば、ISSBの強制力のない指針といった他の基準などの情報源を考慮することが本公開草案本文で定められるとともに、本公開草案に添付されている設例ガイダンスでは、そのような他の情報源の具体的な適用方法の例も示されています。

さらに、特定のIFRSサステナビリティ開示基準が存在しない場合、企業がどのように開示項目を作成するかについての指針が提供されました。具体的には、SASB(米国サステナビリティ会計基準審議会)基準における開示トピック、ISSBの強制力がない指針(CDSBフレームワーク適用指針など)、業界の慣行、一般目的財務報告の主要な利用者のニーズを満たすことに焦点を当てた他の基準設定主体の公表物などを検討することになります。

(f) 指標のカテゴリーは、以下を網羅するように簡素化されました。

  • IFRSサステナビリティ開示基準(産業横断別・業種別)で要求されているもの
  • ヒエラルキー(上記(e))を通じて特定されたもの
  • 企業が使用するその他のもの

(g) 企業は、重大なサステナビリティ関連のリスクまたは機会に関する開示を識別する際に用いた、関連する産業別のIFRSサステナビリティ開示基準または産業別のSASB基準において特定された産業または業種を開示しなければならないという要件が追加されました。

(h) ヒエラルキーの適用を説明するために例が追加されました。これらの例は、企業が、重大なサステナビリティ関連リスクと機会を識別し、開示を充実させるために、SASB基準およびCDSBフレームワークをどのように利用することができるかを示しています。

Ⅰ. 非財務情報に対するニーズ

1. 意思決定に資する情報

サステナビリティ開示基準は、一般目的財務報告*1 の利用者(以下、利用者)の意思決定に資する情報を提供することを主な目的としています。既に、財務諸表を作成するための国際的に統一された会計基準である国際財務報告基準(IFRS)が存在しています。しかし、現在の競争環境とその変化に鑑みると、企業は自らが持つ多様な非財務的資源に依存しつつ、そのレジリエンスを維持することが求められます。そのような非財務的資源には、自社の労働力、自社が開発した専門知識、地域社会や自然資源との関係性などが含まれます。利用者は、自らの投資の意思決定のために、従来の財務情報だけでなく、非財務的資源との関係性などから生じるサステナビリティ関連のリスクと機会についての情報を求めています。このような情報は財務諸表に含まれる情報を補完するものとなります。


2. サステナビリティ関連のリスクと機会

サステナビリティ関連のリスクと機会は、企業が資源に依存することや資源に及ぼす影響に根差しています。また、そういった資源に対する依存、資源に及ぼす影響は企業が維持しようとする資源との関係性に対してプラスにもマイナスにも作用し、そこからリスクと機会が発生します。企業が維持する関係性ということでは、例えば、企業の活動が地域社会に悪影響を及ぼす場合、当該企業は政府による厳格な規制や風評による影響(例えば、ブランドイメージの悪化、採用コストの上昇)を受ける可能性があります。このような資源への影響および依存、資源との関係性が企業目的に関してリスクや機会を生み出す場合、企業価値を高めるあるいは毀損させる可能性があります。サステナビリティ関連のリスクと機会は、市場、法令、気候変動などがもたらす物理的環境との関係に対する直接的または間接的な変化をもたらし、その結果、企業の戦略遂行能力やビジネスモデルの進捗に影響が及ぶ場合に、企業価値の原動力となります。

このように、サステナビリティに関連するリスクと機会は企業価値を測定するキーファクターとなり、本公開草案では、重大なサステナビリティ関連のリスクと機会に関する開示を企業に求めています。

Ⅱ. 目的

本公開草案の目的は、一般目的財務報告の利用者が企業に経済的資源を提供すべきか否かに関する意思決定を行う際に有用となる、サステナビリティ関連のリスクと機会に対する企業のエクスポージャーに関する全ての重要性のある情報を提供することを企業に求めることです。

サステナビリティ関連財務情報は、財務諸表で報告される情報よりも広範囲であり、次のような情報を含み得るとされています。

  • サステナビリティ関連のリスクと機会に対するガバナンスおよびそれらに対処するための戦略
  • 財務諸表で認識するための要件をまだ満たしていないものの、将来キャッシュ・インフローおよびキャッシュ・アウトフローをもたらす可能性がある意思決定
  • 人、地球および経済との関係、ならびにそれらに対する影響および依存といった、企業がとった行動の結果としての評判、実績および見通し
  • 企業で蓄積された知の集合体から生み出されるもの

Ⅲ. 範囲

企業は、IFRSサステナビリティ開示基準に準拠したサステナビリティ関連財務情報の作成および開示において、最終化されたIFRSサステナビリティ開示基準を適用することになります。この「サステナビリティ関連財務情報*2」については、定義付けされているものの、企業価値評価に関する情報は時間とともに変化することを反映し、意図的に広範囲なものとなっています。

また、企業は、関連する財務諸表をIFRS基準またはその他のGAAPに準拠して作成する場合でも、このIFRSサステナビリティ開示基準を適用することができる旨が明確にされています。

本公開草案では、利用者が企業価値を理解するために目的適合性のある情報に焦点が当てられています。結論の背景では、企業価値評価に関連するサステナビリティ関連のリスクと機会を重視することで、「サステナビリティ関連財務情報」と「企業を取り巻く環境の持続可能な発展に係る企業の貢献に焦点を当てたより広範なマルチ・ステークホルダー・プロセスに基づくレポーティング」とを区別することになるとされています。このように両者を区別することで、投資家にとって重要な情報開示のみならず、可能な限り幅広いサステナビリティ関連事項を対象範囲としたのではないかという懸念を払拭することになり得ると述べられています。さらに、IFRSサステナビリティ開示基準は、企業が人、環境および経済に与える重要な影響を報告することを代替するものではないが、概念的また実務的にそのような報告を補完するものであることを確認する上で有用であるとも述べられています。

Ⅳ. コアとなる要素

IFRSサステナビリティ開示基準が他の開示を認めるまたは要求する場合を除き、以下に記述している4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)について開示することが求められます。このアプローチは、IFRS財団が昨年公表した協議文書において求めた利害関係者からの意見を反映し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言しているフレームワークに基づいたものです。

  • ガバナンス
    サステナビリティ関連のリスクと機会をモニタリングして管理するために企業が用いるガバナンス・プロセス、統制および手続き
  • 戦略
    短期、中期、長期にわたり企業のビジネスモデルや戦略に影響を与える可能性のある、サステナビリティ関連のリスクと機会に対処するためのアプローチ
  • リスク管理
    サステナビリティ関連のリスクを特定、評価、管理するために用いられるプロセス
  • 指標と目標
    長期にわたるサステナビリティ関連のリスクと機会に関連した企業の取り組みを評価、管理、監督するために使用される情報


1. ガバナンス

企業は、サステナビリティ関連のリスクと機会を監視するガバナンス組織(ガバナンスに責任を持つ取締役会などのボード、委員会または同等の機関を含む)に関する情報、およびそのプロセスにおける経営者の役割に関する情報を開示しなければなりません。具体的には、以下を開示することになります。

(a) サステナビリティ関連のリスクと機会に対する監督に責任を持つ組織または個人

(b) そのガバナンス組織のサステナビリティ関連のリスクと機会に対する責任が、企業の委任事項、ボードの義務、その他の関連する方針にどのように反映されているか

(c) そのガバナンス組織が、サステナビリティ関連のリスクと機会に対応するために設計された戦略を監督する適切なスキルと能力を確実に利用できるようにする方法

(d) ガバナンス組織とその委員会(監査委員会、リスクまたは他の委員会)が、サステナビリティ関連のリスクと機会についてどのように、またどの程度の頻度で情報提供を受けているか

(e) 企業の戦略、主要な取引に係る意思決定、リスク管理方針を監督する際に、ガバナンス組織とその委員会がサステナビリティ関連のリスクと機会をどのように考慮しているか(これには、トレードオフ分析〈下記、Ⅳコアとなる要素の2.戦略(c)で述べられたトレードオフの例参照〉や、不確実性に対する感応度分析が含まれます)

(f) 重大なサステナビリティ関連のリスクと機会に関連する目標の設定を、ガバナンス組織とその委員会がどのように監督し、それらに向けた進捗を監視するか(これには、報酬方針に関連する成果指標が含まれているか、またどのように含まれているかが含まれます)

(g) サステナビリティ関連のリスクと機会を評価し、管理する経営者の役割(これには、その役割が特定の経営者層や委員会に委ねられているか、また、その委譲先をどのように監督しているかなどが含まれます。また、サステナビリティ関連のリスクと機会を管理するための特定の統制手続きが適用されているかどうか、また、もし適用されている場合には、それらが他のガバナンス機能とどのように統合されているかについての情報が含まれます)


2. 戦略

一般目的財務報告の利用者が重大なサステナビリティ関連のリスクと機会に対処するための企業の戦略を理解できるようにするために、以下の事項を開示しなければなりません。

(a) 短期、中期、長期の各ビジネスモデル、戦略、キャッシュ・フロー、資金調達手段、および資本コストに影響を与えると企業が合理的に予想する、サステナビリティ関連のリスクと機会

短期、中期および長期の時間軸は、キャッシュ・フロー・サイクル、ビジネスサイクル、資本投資の予想継続期間、一般目的財務報告の利用者が評価を行う期間、ならびに企業の戦略的意思決定のために産業で典型的に用いられる計画期間など、多くの要素により異なり得るものとされています。企業は、短期、中期および長期をどのように定義し、それが、戦略的計画の時間軸や資本配分計画とどのように関係しているかについて開示しなければなりません。

(b) 重大なサステナビリティ関連のリスクと機会が企業のビジネスモデルとバリューチェーン*3に与える影響

重大なサステナビリティ関連のリスクと機会が自社のビジネスモデルに及ぼす現在の影響と、予想される今後の影響についての評価を理解できるようにする情報として、そういったリスクと機会がバリューチェーンに及ぼす影響およびそういったリスクと機会がバリューチェーンのどこに集中しているか(例えば、地理的地域、施設、資産の種類、インプット、アウトプット、流通チャネル)について開示しなければなりません。

(c) 重大なサステナビリティ関連のリスクと機会が企業の戦略および意思決定に及ぼす影響

具体的には、重大なサステナビリティ関連のリスクと機会にどのように対処しているか、過去に開示された計画の進捗状況に関する定量的・定性的情報、リスクと機会の間のどのようなトレードオフ(例えば、新規事業のための立地に関する意思決定を行う際、当該事業が環境に与える影響と、地域社会において創出する雇用機会との間のトレードオフ)を考慮したかについて開示しなければなりません。

(d) 重大なサステナビリティ関連のリスクと機会が企業の財政状態、財務業績およびキャッシュ・フローに与える影響、ならびに短期、中期および長期に予想される影響(サステナビリティ関連のリスクと機会が企業の財務計画にどのように組み込まれているかを含み、可能である場合には〈単一のまたは一定のレンジによる〉定量的情報を開示する)

具体的には、次の事項を開示します。

(ⅰ) サステナビリティ関連のリスクと機会が直近の財政状態、財務業績およびキャッシュ・フローに与えている影響の程度

(ⅱ) 翌年度内に財務諸表の資産および負債の帳簿価額に重要な修正が生じると予想される重大なリスクがある、上記(ⅰ)で特定されたサステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報

(ⅲ) 重大なサステナビリティ関連のリスクと機会に対処するための戦略を踏まえた場合、財務状況が今後どのように変化すると見込んでいるか

(ⅳ) 重大なサステナビリティ関連リスクと機会に対処するための戦略を踏まえ、財務業績が長期的にどのように変化すると見込んでいるか

(e) 重大なサステナビリティ関連のリスクに対する戦略(ビジネスモデルを含む)のレジリエンス

重大なサステナビリティ関連のリスクに関連する戦略およびキャッシュ・フローのレジリエンスの定性的情報を開示しなければなりません。また可能な場合には、定量的情報の開示が求められ、定量的な情報を提供する場合、企業は単一の金額または範囲を開示することができます。


3. リスク管理

企業がサステナビリティ関連のリスクと機会を識別、評価、管理するプロセスを開示することで、利用者は当該プロセスが企業の全体的なリスク管理プロセスに統合されているか確認するとともに、全体的なリスクプロファイルおよびリスク管理プロセスを評価することができます。

これを達成するためには、具体的に以下の開示をしなければなりません。

(a) サステナビリティ関連のリスクと機会を識別するためのプロセス

(b) 可能な場合には、リスク管理目的でサステナビリティ関連のリスクを識別するために使用する以下のようなプロセス

(ⅰ) リスクの発生可能性と影響を評価する方法(評価に使用した定性的要素、定量的な閾値、その他の基準など)

(ⅱ)他の種類のリスクとの比較の中でサステナビリティ関連リスクを優先順位付ける方法(リスク評価ツールの使用を含む)

(ⅲ)使用するインプットパラメータ(例えば、データソース、対象となる事業の範囲、仮定に使用された詳細な情報

(ⅳ)過年度から使用するプロセスを変更したか

(c) サステナビリティ関連の機会を識別し、評価し、優先順位付けするために使用するプロセス

(d) サステナビリティ関連のリスク(関連する方針を含む)および機会(関連する方針を含む)をモニタリングし管理するために使用するプロセス

(e) サステナビリティ関連のリスクを識別、評価および管理するプロセスが企業の全体的な管理プロセスに統合されている程度およびどのように統合されているか


4. 指標と目標

企業がサステナビリティ関連のリスクと機会を測定するための指標や目標を開示することで、利用者は企業が設定した目標に対する進捗状況を含め、企業が自らの取り組み状況をどう評価しているか理解することができます。

開示対象となる指標には他のIFRSサステナビリティ基準で定義された指標、本公開草案で示されている他の基準やガイダンス(SASB基準、CDSBフレームワーク適用ガイダンスなど)の指標および企業自らが開発した指標が含まれます。企業は自らの活動に適用すべき指標を特定することになりますが、幅広い活動を行っている企業は複数の産業に適用可能な指標を適用することになる可能性があります。なお、企業が自ら指標を開発する場合には、指標がどのように定義されているか、算定方法およびインプット、外部機関によって検証されているかなど一定の開示が求められます。

企業戦略の最終目標の達成に向けた進捗状況を評価するために設定された目標を開示しなければなりません。具体的には以下の開示が求められています。

(a) 使用した指標

(b) 目標が適用される期間

(c) 進捗状況を確認するための比較対象となる期間

(d) マイルストーンや中間目標

Ⅴ. 一般的な特徴

サステナビリティ関連財務情報が有用な情報であるためには、目的適合性と忠実な表現が求められます。情報は比較可能性、検証可能性、適時性、理解可能性を確保することでその有用性が高められるとされています。本稿では、有用なサステナビリティ関連財務情報の一般的な特徴を解説します(なお、有用なサステナビリティ関連財務情報の質的特性については基準の付録Cで述べられています)。

1. 報告企業

プロトタイプでは、「報告企業の境界」という表現でその概念が説明されていましたが、表現が混乱を招くというフィードバックを受け、本公開草案では「報告企業」という表現が使用されています。ただし概念を変更するような変更ではないとされています。

公開草案は、企業に一般目的財務諸表を作成する報告企業に、サステナビリティ関連財務情報の開示を義務付けることを提案しています。また、企業はサステナビリティ関連財務開示が関連する財務諸表を開示しなければなりません。

また、公開草案ではプロトタイプ時には説明されていなかったものとして、開示する情報を決定する際に、報告企業が考慮すべき要素も含まれています。具体的には、企業は、そのバリューチェーン全体にわたり直接的・間接的に契約し取引を行う当事者との活動、相互作用、関係性に関連するサステナビリティ関連リスクと機会に関する情報を開示することが求められる場合があると述べられています。

その他のIFRSサステナビリティ開示基準では、関連会社、ジョイントベンチャーおよびその他の投資ならびにバリューチェーンなどに関する、重大なサステナビリティ関連のリスクと機会の測定または開示要求が定められます。例えば、気候関連開示の公開草案では、関連会社およびジョイントベンチャーのスコープ1の温室効果ガス排出量に関する要求事項を定めています。


2. 結合された情報

企業は、利用者がサステナビリティ関連のさまざまなリスクと機会のつながりを評価し、これらのリスクと機会に関する情報が一般目的財務諸表の情報とどのように関連しているかを評価できるような情報を提供しなければなりません。

結合された情報に対する開示要求をイメージするにあたり、結論の背景で述べられている以下の内容が参考になります。

本公開草案では、企業に対し、以下の間に存在する関係性を強調するか、説明することを要求する。

(a) 個々のサステナビリティに関連するリスクと機会

(b) 以下のような関係性を含む開示情報

(ⅰ) 複数のコアとなる要素に影響する同一のリスクまたは機会に関する個別の開示要件に対応した情報

(ⅱ) コアとなる要素の中およびコアとなる要素間で異なるリスクと機会に関する開示

(ⅲ) サステナビリティ関連財務情報の開示と財務諸表の開示

本公開草案の本文では、結合された情報の例として以下が挙げられています。

(a) サステナビリティ関連のリスクと機会ならびに企業戦略および関連する指標と目標が、短期、中期、長期にわたる財政状態、財務業績およびキャッシュ・フローに与える複合的な影響の説明。例えば、ある企業は、低炭素代替エネルギーに対する消費者の選好のために、自社製品に対する需要の減少に直面するかもしれません。

(b) 企業が自らのサステナビリティ関連のリスクと機会およびそれらに対処するために意思決定した結果を評価する時に同じく評価された潜在的オプションの説明。これには考慮されたトレードオフも含まれます。例えば、サステナビリティ関連のリスクに対応して事業を再構築する意思決定が、企業の将来の労働力の規模と構成に結果的に影響を与え得ることを説明する必要があるかもしれません。


3. 適正表示

IFRSサステナビリティ開示基準を適用し、必要に応じて追加開示を行うことにより、サステナビリティ関連の財務開示が適切な表示の目的を実現できると想定されています。また、重要性の低い情報によって重要な情報を不明瞭にする、あるいは、関連性のない重要な項目を集約して開示することによって、サステナビリティに関連する財務開示の理解可能性を低下させてはならないとされています。

情報は、その特性を共有している場合に集約され、共有していない場合には区別されます。サステナビリティ関連のリスクと機会に関する情報は、地理的な位置や地政学的環境を考慮することなどによって区分される必要があるかもしれないとされています。

企業は、利用者がその情報に基づいて行う意思決定に影響を与えると合理的に予想されるサステナビリティ関連のリスクと機会を識別するために、識別した開示トピックを含むIFRSサステナビリティ開示基準を参照することになります。また、以下についても考慮することになります。

(a) SASB基準における産業別開示トピック

(b) ISSBの強制力のない指針(水および生物多様性に関する開示のためのCDSBフレームワーク適用指針など)

(c) 一般目的財務報告の利用者のニーズを満たすように設計された他の基準設定機関の最新の公表物

(d) 同じ産業または地域で事業を営む企業が特定したサステナビリティに関連するリスクと機会

企業は、重大なサステナビリティ関連リスクまたは機会に関する開示を識別する際に使用した、関連するIFRSサステナビリティ開示基準または業界ベースのSASB基準に明記されている産業を開示するものとされています。これはプロトタイプでは提案されていなかった要求事項ですが、開示がどのように特定され、作成されたかについて、より透明性を確保することを意図して追加されたものです。さらに、これは企業がIFRSサステナビリティ開示基準によって要求される産業ベースの開示要求(気候関連開示の付録Bを適用する場合や、IFRSサステナビリティ開示基準に特定の要求事項がない場合に開示を作成するためにSASB基準を利用する場合など)を適用する際に実施した重要性の評価について、利用者が理解する手助けとなることも意図されています。産業別の開示要求事項は業界ごとに体系立っており、企業は自らのビジネスモデルとそれに関連する活動に適用可能な要求事項を特定することができます。開示トピックは、サステナビリティ関連のリスクと機会で、当該産業に属する企業にとって最も重要となる可能性が高いものとして特定されたものであり、関連する指標は、企業価値評価にとって目的適合性がある情報開示につながる可能性が最も高いとものとして特定されたものです。重要性の評価は企業固有のものですが、産業別の開示要求事項が業界ごとに体系化されている中、ビジネスモデルとそれに関連する活動を適用可能な要求事項を特定した企業にとって、企業価値評価に関連すると特定された指標は重要と判断されることが期待されています。


4. 重要性(マテリアリティ)

「重要性のある」情報とは、開示すべき情報として何が省略できるかという観点から述べられています。つまり情報を省略したり、誤表示したり脱漏したときに、利用者の経済的意思決定に影響を及ぼすと合理的に予想される場合は重要性があるとされています。また、重要性は情報が関連する項目の性質や規模(あるいはその両方)に基づく、企業固有のものという側面があり、本公開草案では重要性の閾値について明示されていません。

利用者が企業価値の評価に反映させるリスクと機会は、報告期間によって変化することがあります。これは「ダイナミックマテリアリティ」と呼ばれることがありますが、この用語は本公開草案では使用されていません。ただし、重要性の判断は、変化した状況と仮定を考慮するために、各報告日に再評価されなければならない点が定められています。

IFRSサステナビリティ開示基準は、ビルディング・ブロック・アプローチを採用してグローバル・ベースラインを提供した上で、各国の規制当局が、IFRSサステナビリティ開示基準の使用を義務付けつつも、必要に応じて投資家とは異なる他の利害関係者の情報ニーズに合致する情報で補完することにより、自らの公共政策上のニーズを満たすことができるということを意図して作成されています。EUを含む一部の国や地域では、投資家よりも幅広い利害関係者に焦点を当てた公共政策イニシアチブを反映した提案が展開されており、本公開草案でもこれを念頭にビルディング・ブロック・アプローチが採用されています。


5. 比較情報

サステナビリティ関連の財務開示をする場合、企業は、最新の見積りを反映した比較情報を開示しなければなりません。前期に報告された情報とは異なる比較情報を報告する場合には、前期の報告書で開示した金額との差額および修正理由を開示しなければなりません。


6. 報告頻度

企業は、サステナビリティ関連の財務開示を関連する財務諸表と同時に報告し、サステナビリティ関連の財務開示は財務諸表と同じ報告期間になります。

本公開草案では、サステナビリティ関連の期中財務情報の報告をどういった企業に義務付けるか、報告の頻度、または期中報告期間終了後どの程度の期間で報告を義務付けるかを定めていません。


7. 開示箇所

IFRSサステナビリティ開示基準によって要求される情報は、一般目的財務報告の一部として開示することが求められています。当該財務報告の中のどこで開示するかは各国の規制当局が決めることになると考えられます。また、マネジメントコメンタリーが企業の一般的目的財務報告の一部を構成する場合には、サステナビリティ関連の財務開示を企業のマネジメントコメントに含めることができるとされています。

IFRSサステナビリティ開示基準によって要求される情報は、一定の条件(一般目的財務報告の利用者が一般目的財務報告と同じ条件で同時に入手可能であること)を前提として他の媒体で開示したものを相互参照させることができます。また、例えばIFRSサステナビリティ開示基準で要求されている情報は、関連する財務諸表で開示することもできるとされています。


8. 見積りおよび結果の不確実性の発生要因

指標が直接測定できず推定による場合には、測定に不確実性が生じます。開示した指標の中で不確実性が著しく高い推定指標を特定し、その不確実性の源泉と性質、および不確実性に影響を与える要因を開示しなければなりません。

サステナビリティ関連の財務開示が財務データおよび仮定を含んでいる場合、当該財務データおよび仮定は、可能な限り財務諸表における対応する財務データおよび仮定と整合的であることが求められます。

起こり得る結果を検討する際には、全ての関連する事実と状況を検討し、集約すると重要になる可能性がある、発生確率は低いものの大きな影響がある結果に関する情報も考慮しなければなりません。


9. 誤謬

過去の1つまたは複数の期間に係るサステナビリティ関連の財務開示における脱漏または誤表示が存在する場合には、過年度の誤謬に該当し、実務上不可能でない限り、企業は、発見された後に最初に発行が承認される一般目的財務報告において、重要性(マテリアリティ)がある過年度の誤謬を遡及的に訂正することとしています。

誤謬の修正は、見積りの変更と区別される旨が明確に規定されています。見積りは推定値であり、追加的な情報が利用可能になるにつれて修正が必要とされる場合があります。


10. 準拠性の表明

サステナビリティ関連の財務開示がIFRSサステナビリティ開示基準における目的適合性がある要求事項の全てに準拠する企業は、準拠性に関する明示的かつ無限定の記述を含める必要があります。

現地の法律または規制により特定の情報開示が禁止されている場合には、IFRSサステナビリティ開示基準により要求される情報を開示する必要はありません。当該理由により重要な情報を省略する場合には、開示されていない情報の種類を特定し、当該制限の理由を説明する必要があります。

上記の通り現地の法律または規則により特定の情報開示が禁じられ、開示が免除される場合には、上記準拠性の記述を行うことが認められています。

脚注

*1 一般目的財務報告は本公開草案の付録Aで以下のように定義されています。
主要な利用者が企業に資源を提供することに関して意思決定を行う際に報告企業に関する有用な財務情報を提供すること。これらの決定には、以下に関する決定が含まれる
(a) 株式・債券の購入、売却、保有
(b) 貸付金その他の形態の信用の供与または販売
(c) 企業の経済的資源の使用に影響を与える経営者の行動に投票権を行使すること、あるいは、その他の方法で影響を与えること

一般目的財務報告には、企業の一般目的財務諸表およびサステナビリティ関連の財務開示を含むが、これらに限定されるものではない。

*2 サステナビリティ関連財務情報は、本公開草案の付録Aで以下のように定義されています。
企業価値に影響を及ぼすサステナビリティに関連するリスクと機会について洞察を与え、一般目的財務報告の利用者が企業のビジネスモデルおよびそのモデルを維持・発展させるための企業戦略が依拠する資源と関係性を評価するための十分な基礎を提供する情報。

*3 バリューチェーンは本公開草案の付録Aで以下のように定義されています。
報告企業のビジネスモデルおよびその事業を取り巻く外部環境に関連するあらゆる活動、資源および関係。
バリューチェーンとは、製品またはサービスの構想から提供、消費および終了まで、企業が製品やサービスを創造するために用いる活動、資源および関係が含まれる。関連する活動、資源および関係には、企業の事業における人的資源などの活動、供給、マーケティングおよび流通経路に沿った活動(例えば、原材料およびサービスの調達ならびに製品およびサービスの販売および提供など)ならびに企業が事業活動を行う財務的環境、地理的環境、地政学的環境および規制上の環境などが含まれる。

【共同執筆者】

竹下 泰俊
(EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室 兼 品質管理本部 IFRSデスク シニアマネージャー)

2007年に新日本監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)大阪事務所に入所。
当法人入所後、主として医薬品、化学品などの製造業、サービス業などの会計監査に携わる。2017年よりIFRSデスクに所属し、製造業などのIFRS導入支援業務、IPO支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。また、サステナビリティ開示推進室メンバーとして、主にIFRSサステナビリティ開示基準の開発に関する国際動向の情報発信を中心に活動している。

※所属・役職は記事公開当時のものです。

サマリー

国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、IFRSサステナビリティ関連財務情報開示に関する全般的要求事項の公開草案を公表し、2022年7月29日を期限に、現在利害関係者からのコメントを募集しています。全般的要求事項に関する公開草案では、4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)に沿ったサステナビリティ関連のリスクと機会に関する開示要求を定めるとともに、重要性、報告企業、結合された情報といった「一般的特徴」について定めています。

この記事について

執筆者 原 寛

EY新日本有限責任監査法人 IFRSデスク パートナー

「常に物事に積極的に取り組み、あらゆることから学ぶべき」が信条。