9 分 2021年9月2日
ESG戦略の策定に税務部門を巻き込むべき理由

ESG戦略の策定に税務部門を巻き込むべき理由

執筆者 Cathy Koch

EY Global Tax Policy Network and Americas Tax Policy Leader

Leader in US and global tax policy with an informed perspective on public and private sectors and a deep knowledge of the US legislative environment.

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EY Japan メディア・エンターテインメントセクター・タックスリーダー 兼 タックス・ポリシーリーダー EY税理士法人 パートナー

2人の娘の父。趣味はドライブ、スキー、クルージング。好きなお酒はワイン。

9 分 2021年9月2日

どのようなESG戦略も税と密接な関わりがあります。

しかし、税務部門がその議論の場に参加する機会は限られます。EY Global Sustainability Tax Leader を務めるCathy Kochが、税務部門をESGの議論に巻き込むべき理由を解説します。

要点

  • 企業のESGに関する取り組みやメッセージの発信にはかつてないほどステークホルダーの関心が高まっているが、税務部門はその議論の場に参加する機会が少ない。
  • 税がESGの問題と交わる場面が増えており、税務部門は企業のESG戦略に伴う課税関係の検討、解釈を積極的に発信していく必要がある。
  • 税務部門が議論に加わる際には具体的にどのような事項を検討すればよいか?
Local Perspective IconEY Japanの視点

この数年、税務方針の策定や税に関する取り組みを開示する日本企業が増えています。特に2020年以降の気候変動を中心としたESGに関する要請の高まりに応じて、税務ガバナンスの高度化や開示範囲の拡大による透明性の向上を図る企業もあります。しかし、サステナビリティ指標やESG格付において税務がガバナンスの評価指標の一部に組み込まれていることから、日本企業の税務部門によるESGの取り組みや税務ガバナンスに止まっている傾向があります。

カーボンプライシングへの対応と影響分析、地域社会への貢献とその開示などの議論が日本でも進められる中、企業が求められる気候変動に伴う事業変革、税額控除、優遇税制の活用といった税務戦略は、ESG全体に影響すると考えられます。企業の持続的な成長目標を達成するために、税務部門のさらなる関与が求められています。

 

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関谷 浩一
EY Japan メディア・エンターテインメントセクター・タックスリーダー 兼 タックス・ポリシーリーダー EY税理士法人 パートナー

企業の経営者は、環境・社会・ガバナンス(environmantal, social and governance、 「ESG」)の取り組みを通じて株主価値の向上およびステークホルダーの支持を獲得しようとする姿勢を強化しています。しかし、この戦略において税務部門が果たすべき役割が見過ごされ、十分活用されていない状態が散見されます。

地球規模の気候変動からステークホルダー資本主義の台頭、人種的公平と社会的公正のための努力に至るまで、昨今の市場と社会の相互作用の高まりにより、企業のESG戦略の重要性が増しています。ESGは「サステナビリティ(持続可能性)」や「企業責任」の同義語として使用されることが多く、この用語には、企業の短期的価値および長期的価値に影響を及ぼす多様な問題が含まれます。

顧客や従業員といったステークホルダーは、企業のESGに関する取り組みやメッセージの発信に常に注目しており、そうした姿勢は強まる一方です。EYの調査によると、投資家は自己の投資判断にかつてないほどESGを組み込んでいます。消費者も、企業によるサステナビリティや社会問題に対する取り組みについての情報を基に購入やブランドロイヤルティーの判断をしています。1

時代に取り残されないためには、企業はバランスの取れた、思慮深いESG戦略を経営上のDNAに組み込むことが必要です。そして税務部門は、そのESG戦略を策定する上で果たすべき役割を担っています。

ESG戦略の立案の場に税務部門を取り込む

税務部門はこれまで、企業によるESG戦略を巡る対話に関わってきませんでした。しかしながら、税がESGの問題と交わる場面が増えており、とりわけ「企業の実効税率や税務方針」、「税金を財源とするサステナビリティおよび社会政策を支持する姿勢」、「二酸化炭素排出量および気候変動の緩和に関する戦略」、「利用可能な優遇税制および税額控除の利用を巡る意思決定」、「税務全般に関する透明性と報告」を巡る場面で、その関わりが顕著になっています。税金は、経済や政策の転換を促す手段として(そしてその財源として)使用されることが多く、税務、税制優遇措置、税情報の開示を巡る企業の意思決定は、そのESG戦略と関わりがあります。

また、多種多様なESGの報告指標があるため、企業はさまざまな事実や数値を多様なグループに向けて報告していることが、かえって税務リスクや評判リスクを高めかねません。ESGの報告に関するエコシステムを形成する主なプレーヤーとしては、ESGの開示に関する指針を定めている企業報告の基準設定機関、公開データを整理しアンケート調査を通じて企業からデータを収集しているデータ収集機関、公開情報や非公開情報を基に企業を評価し、それを投資家へ提供する格付機関、証券取引委員会(SEC)などの規制機関が挙げられます。2

多くの課題に対処するため、税務部門は企業によるESG関連の意思決定に伴う課税関係の検討、解釈、および発信に資するべく議論の場に参加する必要があります。そのためには、その企業の価値提案、またそれらの要素が企業の税務方針にどのように反映されているかを理解する必要があります。

企業は何をすべきか?

企業によっては、既存のESGに関する戦略や情報発信に税務の観点を組み込めば足りる場合もあります。その他の場合は、自社の現状とESGに関する未来像を詳しく分析する必要があります。企業のESG戦略に税務を組み込む際に確認すべき問いを次のように列挙してみましょう。

税務方針、納税、税務戦略の開示

  • 企業内で税務関連のESGの問題を議論するにあたってどのようなプロセスが存在するか? 税に関係するESGの開示に税務部門を巻き込むプロセスは存在するか?
  • 税に関する全般的な方針は? 現在その税務方針を企業の内外へどのように発信しているか?
  • 事業を営む国・地域における実効税率をどのように測定しているか? この情報を企業の内外へどのように発信しているか?
  • 税情報の開示を巡りどの程度の透明性を実現しているか? その情報をどこに文書化しているか? それを企業の内外へどのように開示しているか?
  • 炭素税制について何らかの立場をとっているか? 自社の二酸化炭素排出量を把握しているか?
  • 衛生・社会的公正に関する税制についてどのような立場をとっているか? それをどのように開示しているか?
  • 自社のESG格付において現在税ガバナンスと税情報の開示はどのように評価されているか? その税に関するデータを取得・分析し、振り返るためにどのような内部プロセスを整備しているか? どの時点で税務部門がその協議に加わるか?
  • 自社のESGに関する指標をどのESG格付機関へ報告しているか? ESG格付機関数と所在地は?
  • どのような自主的開示の枠組みを基に、税情報の開示に関する計画を立てているのか?
  • ESGの格付機関、基準設定機関、および規制機関が、税に関する指標を設計・改良する際に、それらの機関と対話をする予定があるか?
  • ESG全般、税務ガバナンス、税情報の開示領域に照らしてどのように自社を他社と比較しているか?

税額控除と優遇税制

  • サステナビリティについてどのような戦略、到達点、目標を掲げているか? 税額控除と優遇税制は、それらの目標達成に向けた財源としてどのような役割を果たしているか? 
  • 現在、どの税額控除および優遇税制を使用しているか? どの控除を使用し、どれを断念するかをどのように決定しているか? こうした分析の中で、財政が逼迫(ひっぱく)している国・地域における税額控除の使用に対する方針、税額控除の使用の程度と水準、結果が不確実な投資や事業活動に関する税額控除の使用を検討したか? そうした方針をどこにどのように文書化しているか?
  • ESGに関する開示において税額控除をどのように反映しているか?

サプライチェーンと収益に関する検討

  • サプライチェーンに関する判断においてESGはどのように考慮されているか? サプライチェーンの判断において税務はどのような役割を果たしているか?
  • エネルギー税や環境税は自社のサプライチェーンにどのような影響を及ぼしているか?
  • 自社の事業に影響を与える炭素や雇用、衛生に関する税制の変更を認識しているか?
  • ESG関連の税制が自社の収益目標や競争力にどのように影響を及ぼすかを把握しているか? そうした影響をどのように測定しているか?

以上の問いは全てを網羅しているわけではありませんが、企業のESG戦略における税に関する要素を明確に定める際の指針となり得るでしょう。

結論

ESGが企業の事業戦略における中核を占めるようになるにつれて、税務はESGに関する方針および報告を明確に定める際に一定の役割を果たすと考えられます。税務方針および税情報の開示に対する全般的な方針を表す企業の「税務上の信条」は、ESG方針全般に組み込み、反映させる必要があります。こうした方針は、企業のコーポレートガバナンスに組み込み、企業全体に広く周知する必要があります。

税務部門は、企業のESG戦略に関する議論の場にまだ参加していないのであれば、検討の場に加わり、情報発信の管理、ESG関連の決定に伴う課税関係に関する経営幹部への報告、潜在リスクの評価に貢献する必要があります。このような検討に税務部門を巻き込んでいる企業は、潜在リスクを管理し、各種機会を特定し、ステークホルダー、顧客、規制機関へESGと税の関わりについて情報発信できる態勢が整っていると考えられます。

Kathy Schatz-Guthrie氏、Andrew Phillips氏、Brandon Pizzola氏、Rachel Strong氏が、今回の執筆にあたり、貢献してくれたことに感謝の意を表します。

注釈
  1. Rhett Power 『How to Attract Conscious Consumers to Your Business』(Forbes、2020年9月6日)
  2. SECはこのほど、2021年下期の指針公表を視野に、気候関連のリスク・影響・機会を含め気候変動に関する開示について一般から意見を募集した。SECの投資家諮問委員会は2020年5月、証券取引委員会は、「重大な決定に役立つ環境・社会・ガバナンス、いわゆるESGの要素を報告に含めるための発行体向けの報告規定を更新する取り組みの開始」に関する勧告を承認した。SEC資産運用諮問委員会のESG小委員会は2020年12月、証券取引委員会は「企業発行体が重大なESGリスクを開示する際の標準の採用を要求すべき」との予備的勧告を発出した。
参照ページ
 
原文:“ When Formulating ESG Strategy, Don’t Forget to leverage your tax Department” published by Corporate Compliance Insights on June 24, 2021

サマリー

企業のESGに関する取り組みが注目を集める一方、税務部門はその議論の場から遠ざかっていました。しかし、ESG戦略に関連する経済や政策の転換を促す手段または財源として税金が使用されることは多く、税務部門はESG関連の意思決定に伴う課税関係の検討、解釈を積極的に発信していく必要があります。

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執筆者 Cathy Koch

EY Global Tax Policy Network and Americas Tax Policy Leader

Leader in US and global tax policy with an informed perspective on public and private sectors and a deep knowledge of the US legislative environment.

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