責任投資原則、金融危機を経てサステナビリティ情報の重要性が高まる
片倉:高山さんはこれまで、さまざまな企業におけるコーポレートガバナンスに関するコンサルティング、企業と機関投資家との対話の推進などに携わっていらっしゃいました。人的資本との関連を交えて、あらためてご経歴をお聞かせください。
高山(以下敬称略):私の現在の専門分野は、取締役会の実効性向上に関わる領域で、特に取締役会評価に注力したコンサルティングを行っています。取締役会評価はコーポレートガバナンス・コードで上場企業に求められているプラクティスの1つで、取締役会が自らの実効性を分析し評価することで、取締役会の監督機能の向上を図るというものです。同評価の支援に特化したコンサルティング会社であるボードルーム・レビュー・ジャパン株式会社を2015年に設立し、以降、数多くの日本企業の取締役会評価を支援しています。
また、金融庁のコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードに関するフォローアップ会議のメンバーとして、両コードの改定にも関わってきました。投資家の投資行動においても、企業の経営においても、人的資本を含むサステナビリティへの意識が非常に重要だということが認識されるようになり、両コードにおいては、改定の過程でサステナビリティやESGに関する記載がかなり増えています。
人的資本や人材戦略に関係するその他の領域としては、私は、2014年から「なでしこ銘柄」の選定基準等検討委員会メンバーを務めています。なでしこ銘柄とは、経済産業省と東京証券取引所が合同で、女性の活躍推進を積極的に進めている優れた上場企業を毎年選定し、投資家にとって魅力ある銘柄として紹介するものです。日本企業がどのように女性活躍推進を進めているのか、そしてそれがどのように企業価値につながっているのか、委員会の立場として議論し、検討してきました。
片倉:ありがとうございます。さまざまなお立場でコーポレートガバナンスやサステナビリティ経営に関わっていらっしゃった高山さんですが、あらためて本日のテーマである人的資本がなぜグローバルで注目されるようになったのか、お伺いしたいと思います。こうした考え方が強まるきっかけとなった出来事としては、何が挙げられるでしょうか。
高山:企業の価値を見る上で、財務情報と同じようにサステナビリティ情報の重要性が高まっています。非財務のさまざまな課題を解決することが、企業価値を上げるためには欠かせないという考え方が、企業の経営陣、そして投資家の間にも広がっていると言えるでしょう。
グローバルでこうした考え方が意識されるようになった契機としては、2006年に国連が「責任投資原則」を定めたことが挙げられます。これは、機関投資家に対し、投資分析と意思決定のプロセスにESG課題を組み込むことや、投資対象の企業にESG課題についての適切な開示を求めることなどを定めたものです。
その後、金融危機が世界を襲い、投資家も企業も、企業の成長性や価値を計る上で、財務だけでなく、非財務のファクターが重要だという考え方が非常に強くなりました。企業がサステナビリティやESGの課題にどのように向き合っているのかに関心が集まり、当然その中に、人的資本、人材戦略の要素も入ってきます。欧米では日本よりも早い段階でこのような変化が起きています。
多様性、投資家からの要求の高まり、DX推進など 企業が置かれている環境変化とは
片倉:人的資本経営が重要視されるようになった理由として、企業が置かれている環境の観点で見ると、どのような背景があると考えられるでしょうか。
高山:幅広い観点で見ると、3つのポイントがあると考えています。
1つ目は、企業が持続的に成長するための要素として、ダイバーシティや働き方の多様性が強く認識されるようになったという点です。国内で考えると、少子高齢化で労働人口が減少することから、多様な人材を登用するという点に関心が向きがちですが、グローバルで見ると「変化が激しい時代である」ということが大きく影響していると思います。
あまり変化のない世界、変化があってもある程度予測がつく環境であれば、均質な組織で効率性を追求する方が、企業価値が高まるという考え方もできるかもしれません。しかし、刻一刻と変化する環境において、まず生き残り、そして成長するためには、均質な組織では対応できず、多様性が不可欠と言えるでしょう。
2つ目は、投資家からの要求の高まりです。2006年の責任投資原則が発表されて以来、投資判断において、人的資本も含めたサステナビリティの重要性が非常に高まっています。ただし、投資家の関心は最終的にはどのように企業価値を高めるのかという点です。人的資本に関しても、単に「取り組んでいます」というのではなく、経営戦略との関係性、企業価値向上に向けた施策の中での位置付けが大切になってくると思います。
そして3つ目が、企業におけるDXの推進です。一見すると、DX戦略は人材戦略とあまり関係がないように見えるかもしれませんが、実は相互に深く結びついています。
DXは、デジタル化によって生産過程などをさらに効率化する、社内の情報共有を進めて意思決定のスピードを上げるための経営基盤を作る、というような側面に関心が向きがちです。しかし、DXのトランスフォーメーションの部分、つまり、成長戦略においてDXを変革の手段として使い、ビジネスモデルや組織、企業文化を大きく変えるという点が、実は大変重要です。ビジネスモデルを変えるにはイノベーションが必要ですし、イノベーションを起こすにはそうした意識と能力を持った人材を育てなければなりません。DX推進においては、人材戦略を常に伴います。
このように、企業が置かれている環境の変化に伴い、人的資本を重視する経営が不可欠なものになったと言えるのではないでしょうか。