HRDX(組織・人事のデジタルトランスフォーメーション)を進める上での大事なポイントとは

HRDX(組織・人事のデジタルトランスフォーメーション)を進める上での大事なポイントとは


ビジネストランスフォーメーションとコーポレート部門の役割
第3回:ソニーから学ぶ HR DXの最前線(2021年1月14日開催)


要点

  • HR DXに立ちはだかる壁は、意外にも人事システムである。
  • HR DXの主役は社員全員であり、企業はそのための環境を構築し、整備していかなければならない。
  • HR DXを推進するにあたって、アジャイル&スモールスタートで実績を積み上げることが有効なアプローチとなる。
  • 社員のグローバルモビリティ情報(海外赴任・渡航情報)を本社で一元管理することが重要である。

EY Japanは「バックオフィスのデジタルトランスフォーメーション」をテーマに、経理・財務、人事、営業管理といった企業の各機能のデジタルトランスフォーメーション(以下、「DX」)について掘り下げるWebinarシリーズを企画しました。 

Webinar冒頭で、EY JapanのパートナーでChief Innovation Officerを務める松永達也は、EYにおけるコーポレート ファンクションのDXのアプローチについて説明しました。

EY Japanは現在、「監査」「税務」「コンサルティング」「ストラテジー・アンド・トランザクション」の各サービスラインを軸にビジネスを展開しています。松永は「どのサービスラインでも、データ分析と最新技術を生かした価値の提供をミッションに掲げています。また、社外に対する情報発信も強化しており、Webinarシリーズもその一環です」と説明します。

シリーズ第3回となる、2021年1月14日に行われたWebinar「ビジネストランスフォーメーションとコーポレート部門の役割」では、「HRDX-組織・人材領域におけるDX」に焦点を当てました。


まず、EY Asia-Pacific ピープル・アドバイザリー・サービス(PAS) 日本地域代表パートナーであり、ビジネス・ブレークスルー大学大学院客員教授を務める鵜澤慎一郎は、HRDXについて2つの側面を指摘しました。

「1つは人事部門がデジタルを梃に経営や従業員に新たな価値を提供できるかというビジネスバリューの視点です。デジタル時代に即した新たな人事戦略、採用、育成、評価、配置、報酬体系、全ての人材マネジメントサイクルを変えて、新たなビジネスバリューを出せるかどうか。もう1つは人事部門内部の付加価値向上の視点、人事部門がデジタルを梃に自分たちのコストやオペレーションをどのように効率化できるかの観点です。具体的にはAI、RPA、チャットボットなどの人事オペレーション領域への適用で、自動化や省人化の推進、新たなHR テックを活用したタレントマネジメントの高度化が期待されています」

鵜澤は、「残念ながら多くの日本企業の人事部門がいまだ前時代的で使い勝手の悪い人事システム構成であったり、また紙中心の業務オペレーションで著しく非効率な状況です。加えて、タレントマネジメントの領域でもビジネスへの価値をタイムリーに発揮できず、経営者などからはいら立ちの声も多く聞かれます。この状況を打破するためには、HR DXの推進が不可欠です」と強調しました。

こうした課題にグローバルで先進的に取り組んでいるのが、ソニーです。基調講演ではソニーピープルソリューションズ株式会社で代表取締役社長を務める望月賢一氏を迎え、「ソニーから学ぶHR DXの最前線『HR DXの主人公は誰なのか?』」と題し、ソニーが取り組むグローバルスケールでのHR DX推進や、人事部門が考えるべきHR DXの在り方についてお話を伺いました。


HR DXに立ちはだかった意外な壁とは……
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HR DXに立ちはだかった意外な壁とは……

「『DXをHR領域で進める』とはどのようなことなのでしょうか。私自身、七転八倒しながら自問自答しています――」

講演冒頭、望月氏はHR DXに対する取り組みの難しさについて、自身の経験からこう述べました。

望月氏はHR領域におけるDXの定義について、「デジタルの進化を通じて社員のライフワークバランスや会社生活などをより良い方向に持っていく。そのために技術とデータを活用すること」だと説明します。

ソニーが目指しているのは「社員とビジネスの持続的な成長の実現」です。そのためには常に危機感を持ち、組織、プロセス、企業文化・風土をたゆまず変革し、競争上の優位性を確立することが大切であると望月氏は説きます。

HR DXも「危機感」と「変革」の視点から推進しているといいます。人事部門では「グループ人員活用」「グローバル成果管理」「人材の活用」を実現すべく、2014年にグローバル人材マネジメントシステム導入のプロジェクトをスタートしました。具体的にはグローバル共通の人事システムを導入するだけでなく、その前提となる等級制度や評価制度などのタレントマネジメントポリシーも統合したのです。

ただし、このプロジェクトは一筋縄ではいかなかったといいます。特に日本では、国内各社の人事基幹系業務システムが給与システムとの一体型であったため、グローバル人事システムの全面導入は後続の給与システムに負荷や影響を及ぼすリスクがありました。また、既存の人事システムに格納されている人事・組織情報が、会社内にある既存ITインフラのアクセス権の認証情報に利用されていたことも導入プロジェクトの重要課題になりました。望月氏は「さまざまな現場で使われている現行システムに対して人事・組織情報をつないでいく根幹の人事システム全体の刷新はミッション・クリティカルで、ここでの失敗は許されない」と考え、最終的なオペレーションのクオリティーやコストの視点から、2018年2月にそれまでプロジェクトで検討されてきた方式を断念することを決定したといいます。その上で、日本では現行の人事基幹系システムからグローバル人材マネジメントシステムへデータをつなぐという併存アプローチに移行し、他国とは異なるアプローチに切り替えたと説明します。

ソニーピープルソリューションズ株式会社 代表取締役社長 望月 賢一 氏

ソニーピープルソリューションズ株式会社
代表取締役社長
望月 賢一 氏

HR DXの主役は、社員全員
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HR DXの主役は、社員全員

人事システムは、「人事基幹系業務システム」と「人材活用系システム」に大別できます。望月氏は両者について「役割やデータ活用の目的がまったく違います」と説明します。

人事基幹業務系システムは、人事部が社員基礎情報の管理、勤怠管理や給与計算などの業務に利用するもので、業務効率とコストが重視されます。一方、人材活用系システムは、経営層やマネージャーが従業員のタレントマネジメントやキャリア形成に役立てたりするものです。望月氏は「これまで人事システムに対する投資は、人事基幹系業務系システムにフォーカスし、人事部門のオペレーション効率性を重視していました。しかし、それだけをゴールにすると失敗します」と警鐘を鳴らします。

望月氏はグローバルタレントマネジメント導入前に日本のソニーが抱えていたHCM(Human Capital Management:人的資本管理)全体の課題として、「人材データの管理・運用が統合的に行われていなかったこと、つまりは経営者や現場のマネージャーにとってその価値が利用できるようになっていなかった」と指摘します。各社あるいは各部門が独自のやり方で実施していたため、せっかくのデータが関連する後続プロセスと連携していなかったり、人材データを有機的に活用できていなかったのです。

「目下の課題は、バラバラに管理されているデータを統合して、データの価値をあらゆるサービスで使えるように『橋渡し』するシステムを導入することでした。人材に関するデータが散財している状態では、(データが)次の担当者に継承されにくく、せっかく蓄積した人材軸でのデータを経営者や現場のマネージャーが十分活用できる状態になっていなかったのです」(望月氏)

こうした課題を解決するため、日本のソニーでは人材活用の領域にまず的を絞り、再度グローバル人材マネジメントシステムの導入にチャレンジしました。目指すのは、人材データを可視化し、必要な人材情報をリアルタイムでグローバルに利用できる環境を提供し、ビジネス現場で人材情報をもっと有効に使ってもらうことです。

望月氏がそこで選択したのは、複数のシステムを連携して業務を自動化するiPaaS(Integration Platform as a Services)というソリューションです。iPaaSを活用して週次で現行の人事基幹系システムから組織/人事情報の差分データをグローバル人材マネジメントシステムへ取り込み、グローバル人事システムを日本でも稼働したのです。この方法が功を奏し、グローバル人材マネジメントシステムに日本のデータが取り込まれ、まさにグローバル人材マネジメントシステムとなりました。

こうして1つのシステム上に統合された人材データをどのように活用するのか。望月氏は「企業が人材データを活用するのは社員の成長を支えるためです。HR DXの実現は社員が成長し、活躍する環境を提供する手段の1つにほかなりません」と力説します。

「会社側は社員(個人)の力を最大限発揮できる『場』を提供します。一方、個人は高い能力・熱意と成長意欲を持って仕事をします。そうすることで、個人の成長が会社の成長へ直結するのです。こうした関係を構築することが大切です」(同氏)

最後に望月氏は、「個人のチャレンジ力は、企業の競争力に直結していきます。企業はデータと技術を活用し、いかに社員一人ひとりがチャレンジできる環境を構築し整備していくかが鍵。故に、HR DXの主役は、社員全員なのです」と語り、講演を締めくくりました。

HR DXはアジャイル&スモールスタートで実績を積み上げる
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HR DXはアジャイル&スモールスタートで実績を積み上げる

基調講演の最後に設けられたソニー望月氏とモデレーターのEY鵜澤による質疑応答時間では、聴講者からさまざまな質問が寄せられました。

聴講者を対象に行ったライブアンケートからはHR DX導入に悩む現場の姿が浮き彫りになりました。「HR DXの推進で最も課題と感じているのは何ですか」との問いに、40%の聴衆者が「リソースが足りない(人材不足)」であると回答しました。次いで「関係者の合意形成(21%)」「予算やコストの制約(8%)」と続きます。ちなみに「全ての部分が課題」と回答した聴講者は、29%に上りました。

「社内でHR DX推進人材をどのように割り当てるか」の問いに望月氏は、「5年後の社員育成ビジョンを描ける人材を探し出すこと」だと説きます。こうした人材は人事部だけでなく、他部門にも積極的にアプローチして探し出すことが大切です。

さらに望月氏は、「HR DXは人事部だけ、IT部門だけでは実現できません」と力説します。

「例えば、搭載するサービス内容は人事部が決めますし、そのサービス(機能)を実現するために何が必要かを判断するのはIT部門です。HR DXは組織横断的な取り組みであることを、経営者以下全社員が自覚しなければなりません」(望月氏)

また、「人事データを収集するにはどのようなアプローチが必要か」との問いに対しては、「最初から全てのデータをそろえようと考えないことです」とアドバイスします。プロセスとしてはHR DXで何を実現したいのかを明確にし、そのために必要な情報データは何かを考えます。そして、最初は小さいスコープでスモールスタートをすることが成功の近道であると説きました。

一方、「HR DXで一番抵抗勢力となるのが人事部。彼らをどのように説得すればよいか」という、嘆きのような質問も寄せられました。これに対し望月氏は「(全ての部門に対して)一気に合意形成をしようとしても無理が生じます。現状の業務が忙しければ、新たな仕事を増やしたくない気持ちも働きます」と人事部門の内情をおもんばかった上で、「まずはアジャイルで取り組み、徐々に横展開するのも1つの方法です。できることからHR DXを実践し、そのメリットに気付いてもらうのも有用なアプローチではないか」と説明しました。

実際、ソニーでもグローバルでの人材マネジメントシステムが稼働したことによって、現場からは「○○をできないのか」という声が上がってきたといいます。
「ビジネス現場の担当者は勉強熱心です。ですから、例えば他部門がHRデータを活用して何らかの成果を上げれば、自分の部門でも同じような施策を検討するでしょう。こうした『プラクティスの標準化』を推進し、横展開できる環境を構築すれば、HR DXの価値に気付いてもらえます」(同氏)

最後に同氏は「日本企業の競争力を支えるためには、人事部門が明確な意思と目的を持ってHR DXを実現することが大切です。将来的には業種業界を超えたHR DXの啓発ができるような関係を構築したいですね。切磋琢磨して競争力を高めていきましょう」と呼びかけました。

EY Asia-Pacific ピープル・アドバイザリー・サービス 日本地域代表 パートナー 鵜澤 慎一郎

EY Asia-Pacific ピープル・アドバイザリー・サービス
日本地域代表 パートナー
鵜澤 慎一郎


社員のグローバルモビリティ情報(海外赴任・渡航情報)を本社で一元管理することが重要
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社員のグローバルモビリティ情報(海外赴任・渡航情報)を本社で一元管理することが重要

続いて登壇したEY税理士法人 ピープル・アドバイザリー・サービス パートナーの藤井恵は、「グローバルモビリティにおける最新テクノロジー活用」と題し、海外赴任に関するグローバルトレンドや、グローバルのトレンドと比較した日本企業の状況について解説しました。

藤井はモビリティ分野におけるグローバルのトレンドとして「ミレニアル世代の台頭」「高度な技術の導入」「業務自動化」「各国の複雑かつ頻繁に変更になる法制度」を挙げます。

EYや英国の調査会社であるTelegraphなどの調査によると、2025年までに世界の労働力の75%はミレニアル世代となり、モバイルデバイス活用が当たり前になると予想されています。また、77%の企業が既存業務に高度なテクノロジーの導入が必要であると認識しており、蓄積したデータを分析し、コストやリスクの把握・対策実施が活発化する方向に進むと考えています。実際、業務の65%は自動化できると認識され、プラットフォーム活用が進んでいるといいます。

さらに加速するのが、各国の複雑な税や社会保障、労働ビザ、二国間租税条約、社会保障協定などへの対応です。藤井は「グローバルでは専門家を活用し、こうした手続きを本社で一括してマネジメントするやり方が主流です。しかし、日本企業の状況は過去のやり方から脱却できておらず、グローバルから立ち遅れていると言わざるを得ません」と警鐘を鳴らします。

日本企業の多くは、いまだにエクセル管理が中心です。しかしこれではモバイル対応はおろか、自動化も困難です。各拠点にデータが散在し、一元管理ができない環境では海外情報の収集・把握にも時間と手間を要します。さらに問題なのが、各現地法人が個別で会計事務所やビザ事務所と契約していることです。このため、本社は詳細を把握できていないといいます。

こうした課題に対し、EYではモビリティ人材を管理する「EY Mobility Pathway」サービスを提供しています。これは、赴任から帰任までの一連の作業をプラットフォームで一元管理できるもので、人事部門、税務部門、海外赴任者をEYのプラットフォーム上で連携させることができます。また、EY以外のサービス提供者ともAPI(Application Programming Interface)連携が可能になっており、モビリティ人材管理を一本化できます。もちろん、日本語にも対応しています。

2021年にモビリティ分野で対処すべきポイントとして藤井は、「コロナ禍の海外赴任者/一時帰国者に対する例外事項への継続対応」「税務調査対応」そして「モビリティポリシーの見直し」を挙げます。

特にコロナ禍の対応については、海外赴任者/一時帰国者の双方に対して各赴任者の状況に応じた個別対応が必要になります。また、税務調査について藤井は、「2020年に(税務署側が)十分に対応できていなかったことから、2021年は厳しく調査されることが予想されます」と指摘します。

今後の対応について藤井は、「現在の(モビリティ分野にかかる)コストを把握し、削減や効率化を図ること。さらに自動化を念頭に置いたシステム化に向けた準備も必要になります。解決策として、統合モビリティプラットフォームの導入を検討することも1つの方法です」とアドバイスし、モビリティ人材の一元的な管理が重要であることを訴えました。

EY税理士法人 ピープル・アドバイザリー・サービス パートナー 藤井 恵

EY税理士法人
ピープル・アドバイザリー・サービス パートナー
藤井 恵


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サマリー

EY Japanは「バックオフィスのデジタルトランスフォーメーション」をテーマに企業のDXについて掘り下げるWebinarシリーズを実施しています。今回の第3回「ビジネストランスフォーメーションとコーポレート部門の役割」では、ソニーの望月氏をゲストにお迎えして、グローバルスケールでのHR DX推進や、人事部門が考えるべきHR DXの在り方など、ソニーのHR DXにおける最前線での取り組みについてお話しいただきました。


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