EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)として、メンバー一人一人のあらゆる行動の中心に据え、事業活動を展開してきました。CSV(共通価値の創造)やESG(環境・社会・ガバナンス)を経営概念の核へと、いち早く舵を切った味の素株式会社 取締役 代表執行役社長 最高経営責任者の西井孝明氏と、花王株式会社 取締役会長の澤田道隆氏に、EY Japan 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)のリーダーを務める牛島慶一がお話を伺いました。
牛島慶一(以下、牛島): 味の素株式会社(以下、味の素)は2014年にASV(Ajinomoto Group Shared Value)を打ち出し、社会的価値を意識したパーパス経営を加速しました。新たなコンセプトを打ち出した理由や背景を教えてください。
西井孝明氏(以下、西井氏): 事業を通じて社会課題を解決するという当社の伝統的な価値観を、2014年当時ですでに有名だったCSVを照らし合わせてみたとき、社内でやってきたことを表現し直すには新しい概念が必要になると考えASVを立ち上げました。その時点では海外の売り上げが50%以上に達していましたから、さまざまなステークホルダーと会話するためには日本だけで通用する経営概念にとどめず、より普遍的なキーワードを用いるのがエンゲージメントの条件になるという判断をしました。
とはいえ、2014年当時に掲げていた「グローバル食品企業トップテン入り」という規模を追求する企業のビジョンと、社会価値と経済活動を両立させるASV経営にはギャップがありました。ASVを進める上で重要だったのは、ASVという経営手法の具体化です。社内の実装はもちろんですが、社外の方にも理解していただくには、さまざまな経営ツールやKPIの設定をしなければなりません。それがローリングするような経営の仕組みに改め、なおかつステークホルダーの皆さんから理解される価値を創造するという事業としてのストーリーを描くためには、企業カルチャー自体も含めた大きな変革が求められる経営の設定になりました。
左上:味の素株式会社 取締役 代表執行役社長 最高経営責任者 西井 孝明氏
右上:花王株式会社 取締役会長 澤田 道隆氏
中央:EY Japan 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー 牛島 慶一
牛島: 花王株式会社(以下、花王)では2016年に長期経営ビジョンを策定し、2018年にESG部門を設置しました。翌2019年にはESG戦略を発表するなど、ESGに焦点を当てた理由は何でしょうか。
澤田道隆氏(以下、澤田氏): 一言で言えば、捉え方の枠組みを広げる必要があったと考えたからです。私はそのキーワードに「共生」という言葉を用いています。花王グループはこれまで、生活者のお役に立つ商品の提案を企業価値の向上につなげてきました。その中心にあったのが「生活者という人を守る」という理念です。私が社長になって経営の本質を考えた時、やはりエシカルな動きをうまく捉えなければと感じたわけです。すなわち人中心の輝かしい未来を創造するという花王グループのパーパスを実現させるには、人を守るという捉え方から、人と地球、人と社会といった大きなつながりを大切にすること。言い換えれば、文明的な豊かさから文化的な豊かさを大事にする共生世界を実現させることであり、そのためには、われわれはESGを実践しなければならなかったのです。
捉え方の枠組みを広げるきっかけはいくつかありましたが、あえて2つ申し上げますと、一つは現場ラウンドテーブルと称した若手メンバーを中心にしたグループディスカッションの中で、地球や社会に対する取り組みをいかにして自分たちに取り込むかという熱い想いを聞かされたことです。もう一つは、投資家向け説明会で将来を見据えたESGに関する質問や意見を数多くいただいたからです。そこでやはり、自分の意識としてもエシカルな方向に考え方を振っていかないと取り残されるんじゃないかと、そういう気持ちを非常に強く持ったのが方針転換の引き金になりました。
花王株式会社 取締役会長 澤田 道隆氏
牛島: ESGに関連付けた企業理念を社内に浸透させ、新たな経営方針を実践する上で、トップに求められる役割は大きいと思います。変化の激しい経営環境の下、いかに経営者は理念や戦略を浸透させ、環境変化に適応すれば良いでしょうか。
西井氏: 10年後の2030年に向けて2020年に刷新した「アミノ酸の働きで人々のウェルネスに貢献する」というビジョンは、ASV経営の概念に基づいています。社会価値を共創する観点は私になって初めて盛り込みましたが、変えた途端ASV経営に意味、あるいは腹落ち感が出てきて従業員にも浸透するようになりました。そうした変化を起こせる背景には、やはり経営トップでないと体感できない、あるいは情報収集できない要素が多分にあります。サステナビリティやSDGsの先にあるものを捉えて、自分たちの言葉に焼き直していく。それが経営トップの仕事ですし、トップが示すリーダーシップだろうと思います。
ただ、伝達や浸透には、ベタですが対話しかないんですよね。10年先に向けたビジョンを立てても、数年後には多くの者が忘れてしまう現場に直面した時には、ビジョンと実際にやっていることにはギャップが生じるんだと痛感しました。3カ年計画を積み上げていくという経営手法においても、3カ年ごとにパフォーマンスを発揮することが最優先になってしまう。ですからまずは明確なビジョンをつくり、そこからのバッグキャストを徹底する経営にしなければなりません。そのほうが腹落ちしながら前に進めるし、変化の対応にも強くなれる。それを確実なものにするには対話しかない、というのが私の実感です。
澤田氏: 経営者には感度と覚悟が重要だと思います。私が思い切って経営の舵を振ったのはESGの潮流を感じ取ったからですが、それが時代に対して多少行き過ぎだとしても大きな問題にはなりません。むしろ先手を打つのをためらって遅れてしまえば、後から追いつくのは本当に大変なことになります。だからこそ経営者が感度高く、そして覚悟を決めて進めていくのが重要だと思います。そこに至らしめるには、先ほど西井社長がおっしゃったように企業文化までも変えないといけないかもしれない。社長がこうやるぞって言っただけでは会社全体は変わっていきませんから、やはりいろんな形で対応を続けて、経営が考えていることをきちんと腹落ちしてもらうようにしていくのも重要です。われわれはESG経営に関してはさまざまな形で先行し成果も出てきていますが、課題はやはりスピードです。周りの取り組みがもの凄いスピードで起きておりますので、さらに先へ先へ向かわなければ取り残されるんじゃないかと、常にそういう危惧を抱きながら進めているのが現状です。
味の素株式会社 取締役 代表執行役社長 最高経営責任者 西井 孝明氏
牛島: ステークホルダー資本主義についてもお考えを聞かせてください。日本では近江商人の理念である「三方よし」とステークホルダー資本主義を重ねて捉える向きもあるようですが、こちらについてはどう思われますか?
西井氏: 「三方よし」はもともと日本の経営にあったものだから、今を是とする考え方が出てくるところもあるのでしょうが、私が社長になった2015年あたりで思いました。アメリカで否定され始めた株主至上主義が、果たして味の素グループでできていたかというと、実はできてはいなかった。マルチステークホルダーの観点で言えば、どちらかというと従業員の声を最大限に捉えていたところがありました。重要なのは、ステークホルダー主義のバランスをとっていく。できればバランスだけではなく、株主さん、従業員、お客さま、それからパートナーさんの価値を同調させながら共創していく。という話をするとまた社長は投資家のことばかり言うと反発されましたが、現実的にできていかなかったから株価が下がったんです。共創から立ち上がってくるプロセスでは、すべてのステークホルダーの腹落ち感が大事。それをエンゲージメントと対話を繰り返すことでステークホルダーに伝えていくのが経営の役割だと思います。
澤田氏: ステークホルダー資本主義には、共感する部分と、私たち日本企業がもう少し考えないといけないのかなという2つの部分があります。共感は、われわれがキーワードとする共生に基づきます。確かに日本では三方よしの精神が浸透していますから、従業員も取引先も株主も、そして社会も大切にしてきた。企業によってそのウェイトが違っただけ。そういう立ち位置は決して悪くないのですが、中途半端な感じがするわけです。それが「失われた30年」の本質ではないかと思います。それから日本企業は、地球環境保全の技術など優れたものをたくさん持っているのにアピールが上手じゃない。例えばアメリカからリユースなんて言葉が入ってきても、日本ではずっと前から瓶のリサイクルをやってきたわけです。そうしたところも日本企業の立ち位置を曖昧にさせてきたところかなと思います。ステークホルダー資本主義には、われわれ日本企業の考えを明確にして進めていく姿勢を正しく発信していくことが必要だと考えさせられます。
EY Japan 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー 牛島 慶一
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