企業がパーパスを追求する理由とは

企業がパーパスを追求する理由とは


長期的価値(Long-term value、LTV)対談シリーズ
パーパスで「とき」を創造し、「より良い社会」を説く


要点

  • 企業になぜパーパスが必要なのか。
  • 多くの人の共感を呼ぶパーパスは企業にとって道を示す北極星である。
  • 従業員が個人として目指していること(My Purpose)の追求をきっかけとした、より良い社会構築の実現を目指す。

EYは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)として、メンバー一人一人のあらゆる行動の中心に据え、事業活動を展開してきました。パーパスは企業にとってどういう意味を持ち、従業員のモチベーションアップにどのような役割を果たしていくのか。日本たばこ産業(JT)代表取締役副社長 廣渡清栄氏をお招きし、EY Japanのチェアパーソン兼CEOの貴田守亮が対談を通じてひもときます。

EY Asia-Pacific ストラテジー エグゼキューション・リーダーの小林暢子が聞き手を務めました。
 

社会や生活者に表現してきた「何か」を同定する

小林暢子(以下、小林): JTではグループのパーパスの発信に向けて検討を進めている段階とのことですが、まずはパーパスを求めたきっかけを教えていただけますか︖

廣渡清栄氏(以下、廣渡氏): 大本の話で言うと、われわれの事業活動が社会や生活者に対して表現した「何か」が受け入れられてきたからこそ、今もビジネスができていると思うのです。今まで表現してきたものが何かについて、いま一度同定しようというのが、私たちのパーパス活動の趣旨です。切実なきっかけもありました。われわれのたばこビジネスは従来、販売数量の趨勢的な減少や人口動態や需要の価格弾力性といったいくつかの要素から、ある程度確度高く将来予測ができていて、それを前提に置いて、利益成長ターゲットを達成するための精緻な計画を作成し、それを一心不乱に遂行していくというのが成功パターンであったわけです。

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ところが2015年あたりから、以前からあった地政学的リスク、規制や税制のリスクに加え、科学・通信技術の急速な民主化による消費行動の変化、あるいは日本においては加熱式たばこの勃興といった嗜好の変化などによって、たばこ業界を取り巻く環境で急速に不確実性が高まりました。それに対処するため、会社全体はもちろん従業員一人一人の取り組みの質と内容を変えてきましたが、その成果がかつてのように数字として見えにくくなった。例えば、店頭に立ってお客さまに直接語りかけるとか、喫煙所を設けるとか、そういう活動の結果は数字に表れにくいものです。そこで、日々の仕事に取り組む意義を何かに、つまり、この会社の将来像や存在意義にひも付けして、社員一人一人に腹落ちしてもらう必要があると思ったのです。これもパーパスの検討を進める背景と言えます。

日本たばこ産業(JT)代表取締役副社長 廣渡清栄氏

日本たばこ産業(JT)代表取締役副社長 廣渡清栄氏


小林: EYにはすでにBuilding a better working world、和訳すると「より良い社会の構築を目指して」に焦点を絞ったパーパスがありますが、これができたきっかけについて教えてください。

貴田守亮(以下、貴田): われわれのパーパスは、2012年ごろにEYが世界規模で中期計画をつくる際、改めて何を基に活動するかに思い立ったところで生まれました。EYのパーパスには実は変遷があります。私が入社した25年ほど前はPeople First。人を中心に考えるEYならではの標語的なものがありました。時が進み、品質の担保が重要課題になったところで、Quality in Everything We Doに改められました。

廣渡氏: すると、People FirstQuality in Everything We Doを包括した形で現在のパーパスがあるわけですか?

貴田: そうですね。なぜBuilding a better working worldに変わったかというと、それまでの文言ではWhatとHowは説明できても、Whyが説けなかったからです。われわれの業界はビジネスモデルとして離職率が高いのですが、EYにおける離職の要因を調査したところ、「なぜEYでなければならないのかが明らかではない」との回答が多かったという結果が出ました。そこからWhatやHowだけでなくWhyを説明できるパーパスに形成し直すべきだという意見が出たのです。特にミレニアル世代にはWhyを語る必要性が高いですからね。


左:貴田 守亮、右:廣渡 清栄 氏

価値観を絞らないパーパスのほうがより多くの方に共感されやすい

小林: JTが検討されているパーパスには、キーワードのようなものがありますか?

廣渡氏: 平仮名の「とき」です。人の豊かさを考えるための重要な言葉と捉えていますが、豊かさは大きく2つに分けられると思っています。1つは、科学や技術の進歩による物理的な豊かさ。最適化された豊かさと言い換えてもいいでしょう。その対極にあるのは、不条理かつ情緒的で、なお自律的な人間の生活に寄り添った豊かさ。「自分らしい選択ができた」、「想いを他の人と分かち合うことができた」、「素の自分に戻れた」、というような「とき」に、心が豊かになっていることに気付きます。

JTは、そうした「とき」を生活者の皆さんとともに創造し、文字通り心豊かな社会を目指したい。そして、またある領域では一番の信頼をもって任される存在になりたい。「とき」を軸に置いて、そんなメッセージをパーパスに込めるべく奮闘しているのが現在です。

貴田: EYが掲げるパーパスは抽象的かもしれませんが、さまざまな業種と活動を共にするわれわれのような企業は、むしろ価値観を絞らないパーパスのほうがより多くの方に共感されやすいかもしれないと考えています。

廣渡氏: 業種業態の違いは大きいですよね。われわれのたばこビジネスは元々進む道が細いですから(笑)、その道を維持できるように環境を整えるのは切実な話になります。


EY Japanチェアパーソン兼CEO ジャパン・リージョナル・マネージング・パートナー(RMP) 貴田守亮

Japanチェアパーソン兼CEO

ジャパン・リージョナル・マネージング・パートナー(RMP)

貴田守亮


パーパスは企業にとっての北極星

小林: パーパスをどのように浸透させるお考えですか?

廣渡氏: よくあるパターンの「本社からコーポレート・スローガンが発信されました」でとどまるのは意味がありませんよね。まずは、各職場レベルで自分たちはどうすればそういう存在になれるのかを自発的に議論してもらいたいです。そこから湧き出たキーワードやコンテクストがデータベースとなって蓄積され、一人一人が判断や行動に迷ったときに、思い出すと自分の背中を押してくれる何かが与えられる。そういうナラティブが生まれる形をイメージしています。

貴田: EYがグローバルで行ったタレントチームの調査では、個人のMy Purposeと企業のパーパスが整合しているところで最も優れた人材が活躍し、最大限のチームワークを発揮するという結果が出ています。これをパーパスの浸透の大きなヒントと捉え、整合性を取るための試行錯誤を繰り返しています。そのため、日本ではトップダウンとボトムアップだけでなくミドルの領域、いわば各事業部と各セクターでの取り組みも行っています。チーム単位でBuilding a better working worldを定義してもらい、組織のパーパスと個人のMy Purposeが整合する部分を見極めてもらうというものです。

廣渡氏: おそらくパーパスというのは、会社にとって北極星であるべきなのでしょう。そこへたどり着くまでどんなに激しく揺さぶられようとも、道を指し示してくれる存在であり続けるという。そしてまた、必ずたどり着けると信じられる羅針盤を用意することも仕組みづくりの上では必要でしょう。ですが、そもそもの部分でパーパスに対する共感と当事者意識がないと多くの傍観者を生む結果になってしまいます。

この活動を続けてきて思うのは、JTはどういう生活者の暮らしを理想と考えるのか。その理想を実現するためにどう貢献をするのか。なぜそれができるのか。それらの特定がパーパスの趣旨とお話しましたが、銀行や製鉄業といった社会インフラですら、これまでのビジネスモデルが大きく変化し、パーパスの再定義が問われる時世ですから。経営者も従業員も、ある領域では一番の信頼を持って任される存在になれる仕事をしなければいけない――それが私の根底にある気がしています。

小林: より良い社会をつくるためにパーパスを同じくする他の組織と手を組むお考えはありますか?

廣渡氏: はい。われわれにとってはこれからの取り組みですが、ご賛同いただける仲間づくりは、ぜひしていきたいと考えています。今後はさまざまな領域で一番の信頼をもって任されるプレイヤーが現れ、そのプレイヤー間の緩やかなアライアンスで生活者の暮らしが立ち上がっていく仕組みになるでしょう。われわれもその顔ぶれに加わりたいわけですが、心の豊かさに気付いてもらう「とき」の創造を成し遂げるのは容易ではないでしょうし、われわれだけではできないと思っています。だからこそJTのパーパスに共感していただく機会を増やし、あらゆる垣根を越えて協力していきたいです。


My Purposeの追求で社会を良くするきっかけにするのが夢

小林: EYではいかがでしょうか?

貴田: 他の組織とのパーパスを軸にしたお付き合いはすでに進めています。2016年に、EY、事業会社、アセットマネージャー、アセットオーナーが集まり、「Embankment Project for Inclusive Capitalism(統合的な目線による新たな資本主義社会の構築に向けた取り組み:EPIC)」を立ち上げました。消費者や財務、人材、社会に対して効果的な戦略が与える影響を測定する指標を見定めることで、世界が長期的価値を追求することを目指しています。

また、Well-being 経営を目指す企業と連携し、お互いの取り組みを共有し、Well-beingの定義付け、KPI(主要業績評価指標)の考え方の習得など、若いメンバー中心に取り組んでもらっています。また、大学や起業家、NGOなどとアライアンスを組むことでより良い社会を構築するためのCSR活動の輪を広げています。特に若い人たちにBuilding a better working world(より良い社会の構築を目指して)を自分事として考えてもらい、一人一人がMy Purposeを追求していくことが、社会を良くすることにつながっていく――これが私の夢でありその実現に尽力していきたいと思っています。


左から:小林、廣渡氏、貴田

(左から:小林、廣渡氏、貴田)


Long-term value ビジョン

EY Japanは、クライアント・経済社会・自社それぞれに対するLTV方針を明示しました。

社会の範となるべく、持続可能な企業市民の在り方を自ら追求するとともに、ステークホルダーの皆さまと伴走して変革を呼び起こし、次世代につながるより良い社会を持続的に構築していきます。


サマリー

パーパスを策定する企業が増えています。従業員の行動の中心であり、また、企業が社会に表現し、受け入れられてきたものを表すパーパスは、多くの人から共感と当事者意識を得られるものでなくてはなりません。パーパスを通じてより良い社会を構築するためには、同じようなパーパスを持つ他の組織との協力が不可欠です。


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