EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
ハーバード・ビジネス・スクール教授のランジェイ・グラティ氏に、EYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナーの小林 暢子が、「ディープ・パーパス組織」についてお話を伺いました。
要点
小林 暢子(以下、小林): 今やパーパスはバズワードになっていますが、著書のタイトルに使われた深層的なディープ・パーパスと、表層的なコンビニエント・パーパスの違いはどのように区別したらよいでしょうか。
グラティ氏: パーパスはミッションステートメントと同じものと考え、すぐに策定して壁に貼り、そこで止まる企業もあります。パーパスに注力している企業は、何か起きたときにはパーパスを行動の軸とするでしょうし、パーパスを企業のDNAにする努力もします。パーパスは、戦略でも実装プランでもありません。なぜわれわれは生きているのかという、個人や組織の根源的な存在意義に関わるので、それをいかに測定し実体化させ、従業員一人ひとりが自分事として捉えなければならない。そこまで広範的に組織に根付かせるものなので、著書ではディープ・パーパスとしました。
小林: パーパスステートメントがパーパスとなるためには、社内の浸透度が重要ということでしょうか。
グラティ氏: その通りです。私たちの研究は、小さな企業の創設者から始めました。彼らに、企業を成長させると何を失うか尋ねたら、カルチャーと答えました。パーパスも同様でした。企業の黎明期には持っていたパーパスが拡大し、やがて失われていくだろうと。また彼らは、従業員が増えるほどにパーパスが伝わり切らないフラストレーションも抱えています。これは、組織のパーパスを検討するリアルな回答になりました。
小林: キーワードはカルチャーでしょうか。それがどの層にも染み渡れば失われないように、各人が必ずパーパスを取り入れることで企業が拡大すればいいと思うのですが、具体的にはどうすればよいでしょう。
グラティ氏: パーパスとカルチャーは切り離せないものです。ただしカルチャーは、文言にされないルール、時に非公式のルールと呼ばれるものです。対してパーパスは、例えるならガードレールです。これを組織に持ち込めば行動の指針となり、自律性を生みだします。翻れば、人が仕事の心持ちを変えるためには、ガードレールとなるパーパスがあれば良いわけです。
しかし、それぞれが日々やっているのは対価を得るだけの仕事か、キャリアか、あるいは天職か。それを個々人にどう思わせるかは本当に難しい。従業員に聞くという企業もありますが、私としては従業員にパーパスを聞くなと言います。わからない立場に尋ねたところで道は見えてこないからです。1つの方法は、仕事の体験をパーパスにひもづけていくことでしょう。
例えばGEの航空機部品製造部門のリーダーは、安全安心の注意喚起を行う際、あなたの家族が無事に帰宅できる仕事をしようと話したそうです。日々の仕事が世界にどのような影響を与えるかは忘れがちになりますが、個人の生活に結び付けていけば気づきを与えることができるという一例です。
小林:日本についてお聞きします。この国の資本主義は、コミュニティに対してソフトで温かな関係性を保ってきました。そしてまた、パーパスとヘリテイジを誇りにしてきた企業も多いです。しかし、創設者のDNAを生かそうとしても今の時代に合わなくなってきたと悩んでいる企業が少なくありません。パーパスはどのように更新していけばいいでしょうか。
グラティ氏: 私たちのイノベーションリサーチで教えているのは、「何か新しいものを創り出したければ過去を手放せ」。市場の中ではより破壊的な創造をしなければならないからです。著書で紹介した日立は、強いルーツを持ちながらも社会イノベーションに前向きで、過去と未来を見据えて会社のモダナイズに成功しました。
小林: 変化する社会のニーズに対処することがパーパスの課題ということですね?
グラティ氏: その質問もまた重要で、パーパスが社会的な目標と常に一緒であるべきかというと、そうではないのです。Netflixのパーパスは、エンターテインメントの世界を変えることで大きな付加価値を創るというものです。そこでは、サステナビリティの目標は語られていません。パーパスは、ESGやSDGs、サステナビリティともつながっていますが、本質的には自分たちの存在理由を長期的に考える性格を伴った命題です。長期を見据えればステークホルダーについても考えざるを得ませんが、私は企業に向けて、必ずしも利益追求だけにとらわれなくていいと申し上げたい。
小林: 社会的課題の解決を長期的な枠組みで捉えたいのと同様に、パーパスにも長期的枠組みを充てるとして、一方で企業は短期的にも利益を創出しなければなりません。長期的パーパスと短期的利益の対立は、どのようにかじ取りすればいいでしょうか。
グラティ氏: その問題に苦労している経営者は少なくありません。パーパスのメリットは、長期的ストーリーを語れることです。ゆえに変革の旅路でもパーパスの支えが必要です。しかし、2年であれ3年であれ変革の最中に成果を出せなければ、マーケットは満足しません。短期的マイルストーンで成果を出しながら長期的にも成功するのは実に困難です。とは言え経営者は、常に適切な状況説明をしなければなりません。トレードオフが生じるなら、マーケットに対して丁寧に伝えなければならない。それに付随してパーパスに基づいた物語を正しく話さなければならない。重要なポイントは、パーパスの枠組みによってさまざまなことを考えられるようになり、トレードオフすら克服する手だてになるということです。リスクを承知した上で成功する長期的ビジョンを描くとき、パーパスこそが必要不可欠な存在になります。
小林: 将来についてお聞きします。長期的な利益に優れている企業は、現在の資本主義が続く限り今後も自然と好まれていくと思います。その中で将来的にディープ・パーパスを尊重する企業が増えていくでしょうか。それとも構造的な変化が必要だと思いますか。
グラティ氏: パーパス経営がよいアイデアなら、なぜ皆がやらないのでしょうか。それが市場で勝利する秘策なら、なぜ皆が実践しないのでしょうか。その理由を考えると、パーパスが誤った形で伝わった挙句、実践の仕方がわからないから見過ごされているという他にありません。EYが掲げたBuilding a better working worldに基づくパーパス経営を始め、著書で18企業の例を紹介したのは、ディープ・パーパスは自分でも実感できる、周りからも学べるものだと考えたからです。彼らが真剣に取り組んだ秘策はもとより、市場が彼らのパーパス経営を受け入れた経緯やその力の源も記しています。より多くの企業が取り入れてほしいと思います。
現在のパーパス経営は実験的な状況ですから、黎明期と言えるかもしれません。現実的に取締役の主な責任も、ステークホルダーに向けられたままです。しかし、ステークホルダーにとどまらず、社会に対しても企業を取り巻くコミュニティにも目を向けていかなければなりません。市場は、そうしたパーパス経営の成功例を欲しがっています。
小林: その過程でディープ・パーパスを持った企業に変わっていくということですか?
グラティ氏: そうです。取締役の仕事を考えてみましょう。彼らの責任とは何でしょうか。まずは株主に今以上の何かを提供していくのが責任であり仕事ですが、パーパスを実践していくにはガードレールと申し上げた明確な指針が必要です。そして取締役員会の仕事とは何か、法的な責任とは何かを、ステークホルダーだけではなく顧客やコミュニティ、さらには地球に対してのコミットメントを公開し、こういったサービスを提供していくと明記すべきではないでしょうか。
小林: 先導するリーダーたちがより深いパーパスを社内で浸透させるにはどうしたらいいでしょうか。
グラティ氏: パーパスを持っていないところ、持っていても古かったり、隅々まで浸透していないところもあるでしょう。ですがパーパスは、元々それぞれの中にあるものです。リーダーは目的のストーリーテラーであり、物語の内容を測定して組織内に取り込む立場となるべきです。
小林: おっしゃるところは組織にも個人にも当てはまりますが、それが怖いところだと思います。自分を深く見通すことになるからです。
グラティ氏: ワーク・ライフ・バランスという言葉がありますね。これは私と実母の話ですが、ファッションビジネス事業に従事していた母親も、洋服店を回すため驚くほど朝早くから働いていました。あるとき私はこう問いかけました。「1日たりとも働かない人になれたらいいね」と。するとこう返されたのです。「あなたはいつもワークとライフの二つの言葉を口にするけれど、それは分けられるものではない」。母親が伝えたかったのは、ワークはライフの一部だということだったのでしょう。この件で理解したのは、個人のパーパスにつながっている仕事のほうが生産性が高く、自分がしていることに意義と意味を見いだしやすいということです。
ハーバード・ビジネス・スクール教授
企業戦略、経営管理などの分野を専門とし、最近までハーバード・ビジネス・スクールでシニアリーダー向けのエグゼクティブプログラム「アドバンスト・マネジメント・プログラム」の所長を担当。ISI-Inciteでは、経済・ビジネス分野でもっとも引用されている学者のトップ10にランクインしている。2023年2月に日本で発売され7冊目の著書『DEEP PURPOSE 傑出する企業、その心と魂』(東洋館出版社)の中で、プロフェッショナルファームで初めてパーパスを掲げたユニークな組織としてEYが紹介されており、その縁で日本語翻訳版には、EYアジアパシフィック ピープル・アドバイザリー・サービス日本地域代表パートナーの鵜澤 慎一郎が解説文を執筆している。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EY Asia-Pacific ストラテジー エグゼキューション リーダー
EYパルテノンにおける日本チームのパートナーとして、戦略コンサルティングの立場からEYの提供価値を高める役割を担う。ストラテジー・アンド・トランザクションのみならず、幅広い国内・海外のサービスラインと協力し、外資および日系企業が直面する戦略課題に取り組む。また、EYのオピニオンリーダーとして、執筆、メディア出演、外部会議への参加を通じて、EYの見解を広く発信。
東京大学大学院修了。米国ハーバード大学ではMBAを取得。
より良い社会の構築に向けて進化し、プロフェッショナル・サービス・ファームとしてさらなる飛躍へ
長期的価値(Long-term value、LTV)を創造する原動力は、EYのパーパス(存在意義)とメンバーの一人一人の情熱が強く結び付くことで生まれます。私たちは、人的資本への投資を拡大しつつ、組織内および社外との共創を通じてソリューションを強化し、より良い社会の構築を実現します。
長期的価値(Long-term value、LTV)- EY Japanの取り組み
私たちは、ステークホルダーである企業、政府、社会、機関投資家に対して、長期的視点を持った企業・産業の変革に貢献するプロフェッショナルサービスを提供し、ステークホルダーの集合体である経済社会そのものの変革・整流化にも挑戦しています。
EY Japan、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科で「人的資本マネジメント」の寄附講座を新開講
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社会に提供する価値を示すパーパス経営が注目される中、現時点は黎明期としたランジェイ・グラティ氏は、著書で紹介したパーパス経営の成功例を通じて、深層的なディープ・パーパスの重要性を語りました。長期的価値の創造とその浸透において、リーダーにはパーパスを語れる資質が求められていきます。
EYの関連サービス
ESG(環境・社会・ガバナンス)およびサステナビリティ・コンサルティング分野のリーダーとして評価されているEYは、関連サービスの提供を通して、企業、人、社会、そして地球全体にとって大切な価値を守るとともに、新たな価値を生み出すことを追求します。EYのサービスとソリューションの幅広さ、奥深さをご紹介します。詳しくはEYの各チームにお問い合わせください。
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