CPOはインフレ、地政学リスク・貿易/関税政策の変化にどう備え、乗り越えようとしているのか? ~日本企業の調達を取り巻く課題も踏まえた考察~

EY Global CPO Survey

CPOはインフレ、地政学リスク・貿易/関税政策の変化にどう備え、乗り越えようとしているのか? ~日本企業の調達を取り巻く課題も踏まえた考察~


多くの企業がインフレ、地政学的な緊張、貿易政策の変化によるサプライチェーンの混乱に直面している中、CPO(最高責任者)はどう乗り越えようとしているのか?

本レポートでは「調達戦略・オペレーティングモデル」「人材・組織」「デジタル」「サステナビリティ」の観点で分析しています。


要点

  • 現在、多くの企業がインフレ、地政学的な緊張(米中情勢、ウクライナ情勢の影響など)、貿易/関税政策の変化によるサプライチェーンの混乱に直面している。
  • この現状に対応するため、CPOの役割が従来のコスト管理中心から、サプライチェーンレジリエンス向上、地政学的リスクへの備え、サステナビリティへの貢献へ移行している。
  • また、日本においては経営と調達の間に一定の距離があるため、上記の移行に必要なAI投資が不十分、経営戦略とサステナビリティ調達のひも付きが弱いなどの課題が存在する。


長期的価値創出に向けた調達戦略とオペレーティングモデルの再構築

本サーベイの調査対象となった多くの企業のCPOが、インフレ、地政学的な緊張、貿易政策の変化といった外部環境の変化に直面しており、調達戦略の見直しを迫られています。特に、コストの上昇や供給市場の不安定化に対応するため、より柔軟なサプライチェーンの構築が求められています。そのために、供給市場におけるリスク評価の高度化、サプライヤーのマルチ化、ローカル・リージョナルのサプライヤー確保(ニアショアリング)が進むと予測されています。

日本企業では「調達が企業にもたらす価値が経営に十分理解されていない」「企業文化として製造が強く、調達は製造の支援機能として位置付けられている」「調達が経営にもたらす価値を十分に示せていない」などの理由から、調達はコストセンターとされ、欧米企業と比べ経営との距離が離れている傾向があります。そのため、経営から調達戦略の実行に十分な支援や評価が得られないケースが多く存在します。
 

人材への投資と組織能力の強化

本サーベイの調査対象となった企業のうち、84%の企業のCPOが、長期的な価値創出のための最優先事項の一つに、調達組織の能力向上を挙げています。特に重視されているのは「カテゴリーマネジメント」「社内ステークホルダー/サプライヤーとの協業推進」に要する戦略的・対人スキルと、「調達業務におけるデジタル活用」に要するデジタルリテラシー、そしてサステナビリティに関する知識です。さらに、優秀な人材の確保と定着のため、「明確なキャリアパス」「柔軟な働き方」「報酬制度見直し」など多面的なインセンティブも重要視されています。

日本企業では、従来の終身雇用を前提としたゼネラリスト型育成から、ジョブ型・専門職育成制度との併用へと移行しつつあるものの、その実効性には課題が残ります。制度としての枠組みは整備されつつあるものの、専門性を正当に評価し報酬へ反映する仕組みや、専門職としての明確なキャリアパス、専門性を生かせる意思決定プロセスや業務設計といった運用面の整備に改善の余地が残り、制度が実態として定着しておらず、CPOはじめ調達部門の責任者自身は以前のゼネラリスト型育成を受けていたケースが多く、調達専門家の育成が滞っている一因となっています。また前述の通り、日本企業においては、経営における調達の位置付けが必ずしも戦略的とは言い切れず、結果として、高度なデジタルリテラシーや専門知見を有する人材が調達部門に積極的にアサインされにくい傾向が散見されます。加えて、調達部門へ配属されたとしても、その専門性を十分に発揮・成長させるためのキャリアパスや評価制度が整っていない場合には、定着が難しくなるといった構造的な組織上の課題も指摘されています。
 

デジタルによる競争優位の獲得

調達におけるデジタル活用の展望として、従来のERPやP2Pシステムのさらなる整備に加え、今後3年間で「データ分析の高度化」「AI活用」の本格的な導入を進めていることが明らかになり、特にAIの導入は、今後3年で倍増する見込みです。

AIの活用領域としては、「契約ライフサイクル管理」(契約書レビュー自動化など)、「P2P」(購買依頼の自動分類・承認フロー選択、自動発注など)、「分析」「リスク・コンプライアンス管理」(自動化による常時モニタリングなど)が挙げられ、これらは調達業務の効率化と高度化を推進する中核技術と位置付けられています。本サーベイの調査対象となった企業の中では59%のCPOが、今後の調達予算の6〜15%をデジタルへ投資すると回答しており、デジタル化が戦略的優位性の鍵であることが示唆されています。

日本企業は欧米に比べ、事業・部門間の壁が高い、IT部門による統率が弱い、などの組織構造上の理由から、システム・データが事業・部門別にサイロ化しており、また商慣習上、非構造データ(契約書・発注書・請求書などがメール・PDFなど)が多く、分析・AI学習に適した形で蓄積されていない企業が散見されます。

このような現状であるために、経営が調達に求める情報をデータに基づいた分析結果として即時に提供することが難しく、それが経営への貢献を弱めている一因になっています。

また、依然としてベテラン調達担当者の経験・勘による判断に頼っており、業務プロセスが可視化・標準化されていないケースも多く存在しています。こうした状況でのAI活用は難しく、できたとしても局所的となるためROIが見合わず、結果として調達領域へのAI活用の投資判断がなされていません。

このような状況と併せて、前述の通り経営と調達に一定の距離があるため、調達へのAI活用の投資優先順位が劣後することも、日本企業においてAI活用の推進が進まない一因となっています。
 

サステナビリティと多様性

本サーベイの調査対象となった企業のうち、42%のCPOが「サステナビリティと多様性」を来年の調達戦略における最重要課題の一つに挙げており、75%のCPOが今後1年以内にサステナビリティ調達を導入予定であることから、調達部門が企業のESG目標に貢献する姿勢が明確になっています。

しかし、予算面では課題もあります。73%のCPOは調達予算のうち5%未満しかサステナビリティに充てられていないと回答しており、実効性のある活動にはさらなる予算の割り当てが必要とされています。

また、91%のCPOが調達戦略を組織全体のサステナビリティ目標と整合させていると回答していますが、そのうち30%は各事業・部門で独立した取り組みであると回答しており、全社的な統合が課題となっています。

日本企業では前述の通り、経営と調達に一定の距離があるため、経営戦略から落とし込まれたサステナビリティ調達とのひも付きが弱く、KPIや評価制度への反映が限定的となる箇所も散見されます。よって、方針自体が整備されたとしても、サプライヤー管理の実務レベルでは、整備された方針が意図した形で評価結果に反映されないケースもあります。このような傾向は、日本企業であるサプライヤーにおいても共通しており、特にTier2以降のサプライヤーを含むサプライチェーン上流への対応においては、取引関係の間接性や情報非対称性が障壁となり、リスクの把握や是正措置の実行が困難をきたしているケースも散見します。

また、欧米に比べて法規制による強制力や投資家・消費者からの圧力が弱いことと併せ、サステナビリティ調達を担う専門人材の育成にも改善の余地があります。

加えて自社およびサプライヤーにおけるシステムやデータは依然として部門単位で分断されるなどサイロ化しており、サステナビリティ評価に必要な情報の統合的な取得・活用が難しい状況にあります。これらの課題が、サステナビリティ調達の実効性向上を妨げる本質的な要因となっています。

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サマリー 

CPOの役割が従来のコスト管理中心から、サプライチェーンレジリエンス向上、地政学的リスクへの備え、サステナビリティへの貢献へ移行している一方、日本においては、その移行に必要なAI投資が不十分、経営戦略とサステナビリティ調達のひも付きが弱いなどの課題が存在します。課題の根本解決には、調達を経営における戦略的機能へけん引することが必要です。



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