サステナブル市場創造への挑戦:攻めのサステナビリティ経営とステークホルダー共創とは

サステナブル市場創造への挑戦:攻めのサステナビリティ経営とステークホルダー共創とは


多くの日本企業がサステナビリティ推進部門を設置していますが、ステークホルダー要請への対応など「守り」の対応が中心になりがちです。「攻め」の姿勢での社会課題解決への貢献、サステナブル市場創造にも挑戦することが必要となるでしょう。


要点

  • サステナビリティ経営は「守り」だけでなく「攻め」の姿勢で社会課題の解決に貢献し企業価値を高めることが求められるが、多くの企業が守りに忙殺され十分に取り組めていないのが現状である。
  • サステナブル市場創造においてはフリーライダー問題も障害の1つといえるが、業界内での協力や共同が不公平感を解消する手段として有効である。
  • サステナブル市場創造の鍵は、ステークホルダーを味方につけ外部不経済の内部化に挑戦すること。そのためには、社会課題を明確にし、解決手段としての市場創造の有効性を主張することが求められる。

サステナビリティ推進部門の立ち上がりと疲弊

日本では、企業によるサステナビリティ推進部門の設置が一般化しています。日経BPコンサルティング社の2023年11月調査1 によれば、「サステナビリティ推進」の担当部署を設置している企業は全体の59.7%、「ESG推進」の担当部署を設置しているのは49.7%に上るといいます。

これは、2022年4月の東京証券取引所によるプライム市場立ち上がりと、それに先立つ2021年6月のコーポレートガバナンスコード(CGコード)の改訂の影響が大きいと推察されます。CGコード改訂では、企業がサステナビリティへの取り組みを基本方針として定め、適切に開示することが求められています。

サステナビリティ推進部門の業務量は、概して増加傾向にあります。当該部門のミッションは、基本的に社内のサステナビリティ推進と情報開示です。特に情報開示において、国際ルールの整備とステークホルダー要請の過熱への対応に追われています。国際ルールについては、気候変動(TCFD)の次は自然資本・生物多様性(TNFD)、さらには包括的なCSRDやISSB/SSBJへの対応を求められる、という具合です。

ステークホルダー要請とは、投資家・金融機関からのエンゲージメントや、取引先企業からのアンケートや対応要請です。これらは総じて増加傾向にあります。サステナビリティへの社会の関心の高まりが、さまざまなステークホルダー自身にも及んでおり、それが企業に対する要請として伝播しているのです。この伝播が連鎖し、大きなうねりとなっているのが現状です。

これらの変化によって業務量が増加し、サステナビリティ推進部門の現場は疲弊しているケースが多く見られます。一方で、いまだ社内認知度が低く、取り組みを称賛されることも少ないのです。われわれが対するクライアント企業の担当者からも、しばしば苦悩や徒労感を耳にすることがあります。

あるべきサステナビリティ経営とサステナブル市場創造

本来、あるべきサステナビリティ推進部門の活動とは、攻守バランスの取れたサステナビリティ経営の推進です。守りのサステナビリティとは、国際ルールの整備とステークホルダー要請の過熱への対応です。あるいは、企業が社会や環境に与える負の影響の解消ともいえます。

一方、攻めのサステナビリティとは、事業活動を通じた社会課題解決への貢献です。世界では、人類と経済活動の発展により、さまざまな社会課題が深刻化・顕在化しています。企業が自社の事業と能力を生かして社会課題の解決に貢献し、正の影響を社会と環境に提供する。社会課題解決への貢献の対価を獲得して、収益と成長、企業価値向上の糧とする。これが攻めのサステナビリティです。

攻守バランスの取れたサステナビリティ推進は、将来の社会課題解決と企業価値向上に寄与します。ところが多くの企業においては、守りのサステナビリティに忙殺され、攻めに十分に取り組めていません。攻めに向け、サステナビリティが企業価値向上に資するという説得すら、社内で十分にできていない企業が多いのです。

攻めのサステナビリティ経営推進のポイントは、サステナブル市場創造です。いまだに多くの企業において、サステナビリティを単なる情報開示や、事業を通じて獲得した利益の一部を社会貢献に拠出するCSR的な活動と捉えています。そしてサステナビリティを通じて事業が「もうかる」実感を持てずにいます。企業のサステナブルな製品・サービスの提供に対して適正に対価が支払われるサステナブル市場の創造が進めば、経営層と事業部門の意識が変わり、積極攻勢に向けて全社が動き出すことになるでしょう。

図:サステナビリティの攻めと守り

サステナブル市場創造の難しさ

サステナブル市場創造に向けたチャレンジとは、「外部不経済の内部化」です。外部不経済とは、経済活動が環境や社会など市場の外部に与える負の影響を指します。例えば温室効果ガスの排出も、外部不経済の一例です。工場で温室効果ガスが排出された場合、温暖化ひいては自然災害の激甚化等の影響を及ぼしますが、炭素税などの制度が導入されていなければ、工場はその影響に関してコストを支払う必要はありません。外部不経済の内部化とは、これまで市場外で発生していたコストを、市場取引に組み込み、企業や消費者がその負担を直接引き受けるようにすることを指します。

外部不経済の内部化は、簡単ではありません。サステナブルな製品やサービスは、これまで認識していなかったコストを新たに負担する必要があるため、従来品に比べて割高とります。例えば電気自動車や燃料電池自動車は、パーソナル移動手段という同等の価値を提供するガソリン車に比べ相当に割高です。製品やサービスの価格が上昇すれば、消費者の買い控えや、企業の収益力の低下を招くでしょう。

フリーライダー問題も大きな障害となります。フリーライダーとは、公共財や共有資源から利益を得ながら、そのコストを負担しない企業や人々を指します2。例えば特定の国・地域で炭素税が強化された場合、企業はより安価に生産できる国・地域に生産拠点を移転します(カーボンリーケージ)。こうした不公平な状況は、国家間だけでなく、産業間、企業間、あらゆる層で起こり得ます。

サステナブル市場創造に向けたステークホルダー共創

サステナブル市場創造に向けて最も避けるべきは、個社単独で挑戦することでしょう。個社単独での外部不経済の内部化は、事業に自ら足かせをはめるようなものです。単なるCSR的な活動ではなく、サステナビリティを通じて事業が「もうかる」ためには、さまざまなステークホルダーの協力を得ることが不可欠となります。

政府:ルールによる市場全体のけん引

外部不経済の内部化の典型的アプローチは、ピグー税に代表される政府介入です。ピグー税とは、外部不経済を引き起こす活動に対して課される税金であり、その目的は企業や消費者が負の外部性を引き起こすコストを負担するように促すことです。例えば、企業が大気汚染物質を排出する場合、排出量に応じて課税されることで、企業は排出削減技術への投資や生産プロセスの改善を行うインセンティブを得ます。この仕組みにより、汚染コストが市場価格に反映され、社会全体として望ましい水準まで汚染が抑制されます3

「創造的破壊の力4」では、政府主導で特定の産業部門の育成を図る政策を擁護すべき2つの根拠が述べられています。

第1の根拠は、イノベーションに関して経路依存性が存在していることだ。過去にガソリンエンジンでイノベーションを行ってきた自動車メーカーは、将来もガソリンエンジンの改良に拘る傾向があるという。このような状況では、炭素税の導入やグリーンイノベーションへの補助金といった政策が有効であり、技術転換のコストを押し下げ電気自動車の開発を促す効果が期待できる。

第2の根拠は、政府が調整役を果たせることだ。戦略的に重要だが初期投資が嵩むうえ将来の収益性が不確実な新規市場があるとしよう。こうした市場への参入にはどの企業も及び腰だ。政府の介入がないとフリーライダー現象が起き、互いに様子見をして参入が遅れたり、まったく進まないといった事態になりかねない。この問題を解決するには、先乗り企業に政府が補助金を出せばよい。その後は追随者が現れるはずだ。

 消費者・顧客:価値共創パートナー

サステナビリティによるコスト増加分を消費者や顧客に価格転嫁することも、外部不経済の内部化の常とう手段といえます。例えば食品・飲料業界におけるフェアトレード製品は、一般に通常の製品より高価格となります。パタゴニアはリサイクルポリエステルやオーガニックコットンを使用した製品を販売していますが、通常の衣料品よりも価格が高いです。

ただし価格転嫁は簡単ではありません。そもそも価格転嫁には交渉力が必要であり、パタゴニアのように強いブランド力をもつ企業はまれです。原材料価格やエネルギー価格の高止まり、人件費の負担増などやむを得ない理由でも、多くの企業が価格転嫁に苦労しています。帝国データバンクの調査によれば、「コスト上昇分に対する販売価格への転嫁度合いを示す価格転嫁率は44.9%となった。これはコストが100円上昇した場合に44.9円しか販売価格に反映できず、残りの5割以上を企業が負担していることを示している」(TDB調査)5

また、「環境にやさしい」ではなかなか人は動きません。例えば、若年層やZ世代が“環境にやさしい”で動くという俗説は誤りである可能性が高いとの考察もあります(EY調査結果)6。同調査は、「消費者は“環境にやさしい”だけでは大きく動きません。カーボンニュートラルを実現するためには、企業は、消費者の価値観に応じた『今・ここ・私』を見極めた上で、従来の“環境にやさしい”というメッセージだけを伝えるコミュニケーションから、人の心に寄り添ったコミュニケーションに変革していくことが不可欠です」と結論付けています。

押しつけがましくサステナブル消費を強要されるとおっくうです。好きなブランドとともにあるべき社会をつくっていくなどポジティブな行動変容を消費者や顧客に促せるでしょうか。単なる販売先ではなく価値共創パートナーとして捉える、コトラーのマーケティング3.0以降の概念や、Creating Shared Value(CSV)の発想が求められます。

業界・競合:サステナビリティ領域での“休戦”

フリーライダーによる不公平感を解消する手段として、業界内での連携や共同が有効となります。ファッション業界には、「ファッション協定(The Fashion Pact)」があります。2019年8月のG7サミットで発表された本協定は、フランスのマクロン大統領の要請を受け、ケリング・グループが主導して設立されました。当初32社で始まった取り組みは、2020年時点で60社以上、200以上のブランドが参加する大規模な国際的枠組みとなっています7 同協定は、気候変動対策、生物多様性保護、海洋保護を重点分野として、それぞれに具体的な目標を定めています。

共同配送も、業界内での共同事例といえるでしょう。例えば、食品業界における物流連携の取り組みとして、「F-LINEプロジェクト」があります。味の素、カゴメ、Mizkan、日清オイリオグループ、日清製粉ウェルナ、ハウス食品グループ本社の6社による同プロジェクトは、「競争は商品で、物流は共同で」という理念のもと運営されており、共同配送の実施、共同幹線輸送の展開、製配販課題への対応を重点課題として取り組んできました。トラック配車台数削減やモーダルシフト等によるCO2排出削減、2024年問題への対応強化など、業界全体のサステナビリティ向上に貢献しています8

サステナビリティは、消費者や顧客の共感を得られれば、企業が競争に勝つための差別化要因になり得ます。一方で、サステナビリティを競争領域ではなく協調領域として捉える考え方もあります。サステナブル市場創造に向け、業界の状況に鑑みた大胆な連携も考慮すべきです。

金融機関・投資家:時間を超えた市場創造スポンサー

サステナブル市場創造は不確実性が高く、一般の市場創出に比べ時間がかかる可能性があります。魔の川、死の谷、ダーウィンの海を乗り越える長い道のりにおいて、金融機関や投資家は心強い協力者となり得ます。

水素の市場形成に向けて、水素ファンドの取り組みがあります。一般社団法人水素バリューチェーン推進協議会(以下「JH2A」)とアドバンテッジパートナーズは2024年8月、水素関連分野への投資に特化したファンドについて、投資家より4億ドル超の出資約束を得てファーストクロージングを完了したことを発表しました。本クローズにリミテッド・パートナーとして出資約束をした主要な投資家には、トヨタ自動車、岩谷産業、三井住友銀行、

三菱UFJ銀行、東京センチュリー、脱炭素化支援機構、トタルエナジーズ、福岡銀行が含まれています9

機関投資家が投資の意思決定や株式の保有方針にESG要素を考慮することを求めた原則、責任投資原則(Principles for Responsible Investment(以下、PRI))があります。PRIへの署名機関数は増加し続けており、2023年10月時点で5,369機関に上り、資産運用総額は120兆ドルを超えているといいます10。中長期的な投資リスク回避のためにESGの重要性が高まっていることの証左ですが、より良い社会の構築に貢献する投資家が増えている、という見方も可能ではないでしょうか。

サステナブル市場創造に向けて、使えるものはなんでも使うべきです。あらゆるステークホルダーを味方につけ、外部不経済の内部化に挑戦する。ステークホルダーを巻き込む上で共通して求められるのは、新たな価値の定義と説得です。着眼する社会課題を明確にし、解決による社会インパクトを示し、解決手段としての市場創造の有効性を主張する。ナラティブかつ定量的な、また情熱的なアイデアの具体化が肝要です。

図:ステークホルダー共創によるサステナブル市場創造

おわりに

サステナビリティは、ポジティブな取り組みとして認識されるべきです。社会のあらゆるステークホルダーが協力してより良い社会をつくる、ワクワクする活動ではありませんか。企業が国際ルールの整備とステークホルダー要請の過熱への対応という守りのサステナビリティに終始していては、サステナビリティが義務的で抑制的で権威主義的な、暗たんとした概念として浸透することが懸念されます。

さまざまなサステナブル市場が創造されれば、社会がより良くなり、美しい自然が守られ、経済が活性化するでしょう。取り組む企業の価値向上にもつながります。サステナブル市場創造が、社会全体がピボットする契機となることを期待したいです。

  1. 日経BPコンサルティング「ESG・サステナビリティ経営の実態は?『ESG経営への取り組み状況調査』報告」、https://consult.nikkeibp.co.jp/ccl/atcl/20240416_1/#:~:text=%E3%80%8C%E3%82%B5%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%8A%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E6%8E%A8%E9%80%B2%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%8B%85%E5%BD%93%E9%83%A8%E7%BD%B2,%E8%A6%8B%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E5% (2024年12月9日アクセス)
  2. “Externalities: Prices Do Not Capture All Costs”, International Monetary Fund, www.imf.org/en/Publications/fandd/issues/Series/Back-to-Basics/Externalities(2024年12月9日アクセス)
  3. 政治ドットコム「外部不経済とは?外部経済との違い・問題点と対策・事例を紹介」、say-g.com/external-diseconomy-2122(2024年12月9日アクセス)
  4. フィリップ・アギヨン、セリーヌ・アントニン、サイモン・ブネル(村井章子訳)『創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論』(東洋経済新報社、2022年)
  5. 株式会社帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査(2024 年 7 月)」www.tdb.co.jp/resource/files/assets/d4b8e8ee91d1489c9a2abd23a4bb5219/efa0df0710494672aa585958ed83bee9/20240828_価格転嫁に関する実態調査(2024年7月).pdf(2024年12月9日アクセス)
  6. EY「“環境にやさしい”で消費者はお金を払うか?」、www.ey.com/ja_jp/insights/consulting/will-consumers-pay-for-environmentally-friendly(2024年12月9日アクセス)
  7. 日本化学繊維協会「(フランス) Fashion Pact、7つの新目標を策定」、www.jcfa.gr.jp/news_post/news/news-1848/(2024年12月9日アクセス)
  8. 物流ニュースのLNEWS「F-LINEプロジェクト参画企業
    味の素、カゴメ、Mizkan、日清オイリオグループ、日清製粉ウェルナ、 ハウス食品グループ本社、F-LINE 各物流担当部門長に聞く2024年の展望」、www.lnews.jp/2024/02/q0226501.html (2024年12月9日アクセス)
  9. 三井住友DSアセットマネジメント株式会社「水素ファンドにおけるファーストクロージングの完了について」、www.smd-am.co.jp/news/news/2024/NewsRelease_20240912.pdf (2024年12月9日アクセス)
  10. リクロマ株式会社「PRI(責任投資原則)とは?概要や背景・ESGとの関係性について解説」、https://rechroma.co.jp/column/13239.html#:~:text=PRI%E7%BD%B2%E5%90%8D%E6%A9%9F%E9%96%A2%E6%95%B0%E3%81%AF%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%8F%E5%A2%97%E5%8A%A0,-PRI%E3%81%AE%E5%A0%B1%E5%91%8A&text=%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BE%8C%E3%82%82%E6%80%A5%E9%80%9F%E3%81%AA%E(2024年12月9日アクセス)

サマリー

日本の企業ではサステナビリティ推進部門が普及していますが、業務量の増加で疲弊しています。本来のサステナビリティ経営は攻守バランスが重要で、社会課題の解決に貢献しながら企業価値を高めることが求められます。サステナビリティは義務ではなく、社会全体の価値向上に寄与するポジティブな活動と位置づけられるべきです。


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