世界の新規上場動向 - 2020年1月~12月

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EY Japan

2021年4月20日
カテゴリー IPOの動向

EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
公認会計士 小山 智弘

1. 世界のIPO市場の状況

(1) 2020年度のハイライト

2020年度は、多くのIPOが、COVID-19パンデミックという逆風を跳ね返して高収益を達成し、実りの多い年であったといえます。コロナ禍に見舞われている昨今では、IPOのプロセスやエコシステムは、バーチャルなロードショーなどを活用する形に変化しています。このようにIPOが堅調であることは、世界の株式市場が回復基調にあり、開かれた市場として引き続き有効に機能していることを表しています。そして、これまでの低金利環境下において、株式投資は、投資家にとってより高いリターンを獲得するための手段となっていました。

世界全体では、2020年度のIPOは、前年比で件数は19%増加し、調達額は29%増加しました。2020年度(1,363件のIPOで総額2,680億米ドルを調達)は、2010年度(1,361件のIPOで総額2,902億米ドルを調達)以来の最大の調達額を記録した年となりました。

高成長企業は新規上場することで、イノベーションに対して投資できるようになり、成長を加速する機会を得ることができます。その一例ですが、欧州のCOVID-19ワクチンメーカーであるBioNTech SEやCureVac NVは、2019年10月と2020年8月にそれぞれ上場を果たしました。アジア太平洋エリアでは、中国のBeiGene Ltd.(NASDAQ 及び香港証券取引所に上場)が、COVID-19の検査技術や治療薬の開発に貢献しました。これらの企業にとって、資本市場から資金を調達することは、社会に有意義な貢献をするために極めて重要でした。

また、2020年度において新規上場企業株式のIPO後の収益率は、前年よりも高い水準で推移しました。2020年度に最も活況を呈したセクターは、テクノロジー、製造業、及びヘルスケアで、これらは世界全体の件数の59%、調達額の64%を占めました。

低金利と金融緩和政策が継続する環境において、株式市場は2020年度中にパンデミック前の水準に回復し、一部では史上最高値を更新しました。世界のIPO市場が示した回復力は、急成長を遂げる革新的な企業を支えており、それらの企業は変化する市場に適合する新たなサービスや製品を供給しています。

(2) 2020年10月から12月のハイライト

2020年10月は187件のIPOで374億米ドルが調達され、10月単月の記録では過去20年間でIPO件数が最大となりました。2020年11月は、米国大統領選挙の実施やCOVID-19パンデミックの新たな波が多くの国に押し寄せたことでIPOが鈍化し、その件数は94件、調達額は220億米ドルとなりました。一方で12月に入ると、米国大統領選挙の終結と英国・EU間の通商協定合意を受けて回復し、209件のIPOにより420億米ドルが調達されました。

2020年第4四半期に実施されたIPOのうち、資金調達額での上位5社は、JD Health (40億米ドル)、Airbnb Inc. (38億米ドル)、DoorDash Inc. (34億米ドル)、Allegro.eu SA (27億米ドル)、及びLufax Holding Ltd. (27億米ドル)で、いずれもテクノロジー関連の企業でした。 

大型のIPOがされる市場の常連である米国、中国本土、香港に加えて、オーストラリア、英国、ブラジル、日本の証券取引所でIPOに顕著な伸張があるなど、世界のIPOは、地域の偏りなく活発化しています。2020年第4半期において市場が比較的安定していたため、IPOのローンチには有利な状況でした。同4四半期で、NASDAQ、上海証券取引所、オーストラリア証券取引所が件数で上位に入り、全体の34%にあたる件数のIPOがこれらの取引所で実施されました。資金調達額では、香港証券取引所とNASDAQが圧倒的で、それぞれ全体の23%と21%を占めました。 

表1 主要エリア別上場件数・調達額(2020年1月~12月)

  資金調達額(前年同期比) IPO件数(前年同期比)
全世界 2,680億米ドル(29%増) 1,363件(19%増)
EMEIA 339億米ドル(43%減) 259件(  7%増)
南北アメリカ大陸 979億米ドル(78%増) 282件(30%増)
内)米国 862億米ドル(70%増) 224件(33%増)
アジア太平洋 1,362億米ドル(45%増) 822件(20%増)
内)グレーターチャイナ 1,191億米ドル(55%増) 536件(47%増)

(出典:EY Global trends:Q4 2020)

2. クロスボーダーIPOとSPAC上場の増加

クロスボーダーIPOは、世界全体で安定的に増加しました。世界のIPO件数のうち、クロスボーダーIPOの割合は2019年度で8%、2020年度は7.9%でしたが、調達額に占める割合は2019年度には7.1%であったのに対して、2020年度は10%に上昇しました。これは、1件当たりの調達額が増加したことを示しています。インバウンド上場が最も活発だった場所は、NASDAQとNYSE(計63件)、及び香港証券取引所(13件)の3つの取引所でした。

一方で、クロスボーダーIPOを果たした企業の国籍別上位3ヵ国は、中国(35件)、デンマーク(8件)、マレーシア(8件)でした。米中関係の緊迫化をよそに、2020年度に米国外企業が米国の証券取引所で実施したクロスボーダーIPO63件のうち、33件が中国企業によるものでした。

また、世界で実施されたIPOのうち、プライベートエクイティ(PE)及びベンチャーキャピタル(VC)の支援を受けたIPOは、全体の件数の14%、総調達額の33%を占めました。米国では、プライベートエクイティ及びベンチャーキャピタルの支援を受けたIPOの割合が比較的高く、件数では52%、資金調達額では78%を占めています。

他方で2020年度には、世界中で255社の特別買収目的会社(SPAC:Special Purpose Acquisition Company)が設立され、調達額は合計で815億米ドルに上りました。特別買収目的会社(SPAC)による新規上場は、公開市場へアクセスするために、従来型IPOを代替する手段として使われる例が急速に増えています。米国の証券取引所では、SPACによるIPOが従来型IPOの件数を上回り、米国で行われたIPOのうち件数全体の53%、総調達額の48%を占める結果となりました。

3. 南北アメリカエリア

主に米国とブラジルの市場が活発化したことを背景に、南北アメリカ大陸全体における2020年度のIPO実績は前年を上回り、件数は30%、調達額は78%増加しました。 

パンデミックやマクロ経済の先行き不透明感にもかかわらず、2020年度の米国のIPO市場は件数、調達額ともに2014年以来の活況を呈し、224件のIPOが実施され、862億米ドルが調達されました。米国のIPOは、米国大統領選挙の開始と四半期決算発表時期の終わりを迎えて一時休止状態に入った11月まで堅調さが続いていました。ところが12月に入ると、大統領選挙の結果やCOVID-19ワクチンを巡るポジティブなニュースを受けて株式市場は活気を帯び、IPOは再び勢いを取り戻しました。 

セクターでみると、2020年度はヘルスケア企業が中心となり、全体の件数の50% (112件)を占めました。資金調達額では、テクノロジーセクターの企業が引き続き大半(45%)を占め、68件のIPOで387億米ドルを調達しました。 

米国では、COVID-19パンデミックが再拡大しているにもかかわらず、S&P500種株価指数、ダウ平均株価、及びナスダック総合指数は、いずれも2020年第4四半期に史上最高値を更新しました。 

4. アジア太平洋エリア

2020年度のアジア太平洋エリアのIPOは、前年比で件数は20%増加し、調達額は45%増加しました。クロスボーダーIPOが増加している一方で米中対立の影響により、中国本土の企業が本拠地により近い市場で上場する動きが加速しており、香港のIPO市場は、米国外でのセカンダリー上場を目指す米国外企業(FPI)によって活況を呈しています。

米国大統領選挙の結果を受けて、米国証券取引所に上場する中国企業に課される新たな規制について、新政権が姿勢を軟化させるとの楽観的な見方が広がっています。

2020年第4四半期のグレーターチャイナのIPOは、前年同期をわずかに上回り、件数は2%増加し、調達額は3%増加しました。2020年通年では、COVID-19パンデミックの影響にもかかわらず、前年比でIPO件数は47%増加し、調達額は55%増加しました。2020年度の資金調達額(536件のIPOで1,191億米ドルを調達)は、433件のIPOにより1,351億米ドルを調達した2010年以来の最高額を記録しました。

ASEAN諸国のIPOは、件数、調達額のいずれもわずかに減少し、前年同期比でそれぞれ13%と5%減少しました。ただし、タイではCentral Retail Corp. plc (23億米ドル)とSCG Packaging plc (13億米ドル)によって調達額が10億米ドルを超えるIPOが2件実施され、市場の注目を集めました。

アジア太平洋エリア全体のIPO件数と調達額の21%を占めたテクノロジーセクターが、2020年第4四半期も引き続き最も活発なセクターとなり、調達額の10%を占めた製造業セクターがこれに続きました。この傾向は年間を通して見られ、2020年度にIPO件数で上位となったセクターは製造業とテクノロジーであり、調達額での首位はテクノロジーでした。

COVID-19パンデミックは、アジア太平洋エリアの経済に傷跡を残しましたが、このような危機にあっても好業績を収めたセクターの企業によって、投資家心理は改善しました。テクノロジー、製造業、ヘルスケアといった好調なセクターのIPO予定企業は、2021年度の市場でも高い関心を集めると考えられます。

グレーターチャイナでは、資本市場改革や中国政府による積極的な政策が、IPOを目指す企業に上場機会を提供する結果となっています。米国で上場している中国企業が、引き続き香港証券取引所でのセカンダリー上場にもアプローチする可能性が高いことから、香港でのIPOは2021年度も好調を維持すると考えられます。

5. 世界のIPO市場の見通し

(1) 全般

世界のIPOパイプラインは、来年度も順調な積み上がりを維持すると考えられます。十分な市場流動性や、COVID-19ワクチンが世界の多くの国で供給されるようになったことは、英国・EU間の通商協定の内容が明確化されたことと相俟って市場心理を改善させており、企業に有利な環境が生じ、世界のIPOは2021年上半期も勢いを保つと予想されます。

一方で、IPOを目指す企業は、市場調整の可能性に留意する必要があります。2020年度に著しく上昇した株価は、2021年度に市場のボラティリティが上昇した場合には調整されるリスクが高まるでしょう。また、一部の市場において上場に係る規制の変更案が提出されていることから、IPOの機会が残されているうちに上場を果たそうとする企業が出る可能性も考えられます。

COVID-19パンデミックが制圧され、大きな打撃を受けた小売、航空、観光、ホスピタリティなどのセクターが回復に向かうまで、投資家はポートフォリオの見直しと資産構成の再配分を行うものとみられます。

(2) 南北アメリカ

従来型IPOのモデルは、パンデミックのもたらす変化に適応する必要性に迫られましたが、南北アメリカのIPO市場は引き続き活況を呈し、堅調な実績を上げています。従来型IPOモデルの継続的な進化や、SPAC上場やダイレクトリスティングの増加を受けて、2021年度はIPOを目指す企業にとって好調な年となる見通しです。

(3) アジア太平洋エリア

2021年上半期のIPO市場の動向は、引き続き堅調に推移する見込みです。米国外でセカンダリー上場を目指す米国外の企業(FPI)を含めて、パフォーマンスの高いセクター(テクノロジー、ヘルスケア、製造業)のIPO予定企業は、2021年度も好調を維持すると考えられます。一方で、2021年第1四半期中に各社が2020年の不調な年度決算を開示することが予想されており、そこからどれだけ速く業績を持ち直せるかが、2021年下半期の市場心理に影響を及ぼすものとみられます。

(4) その他

コロナ禍において生じた一時的な消費行動の変容や労働市場の変化が恒久化するなか、各国政府は引き続きヘルスケア関連のリソースに予算を配分しています。このため、パンデミックのさなかにあっても優れたパフォーマンスを上げたテクノロジーやヘルスケアセクターの企業のIPOは、2021年度も好調を維持すると考えられます。さらに、再生可能エネルギーセクターへの注目が高まることも予想されます。

一方で、外国企業説明責任法(HFCAA)が2020年12月に米議会で可決されたことを受けて、米国の取引所におけるクロスボーダー上場は、今後減速に向かう可能性があります。本法に基づき、米国の証券取引所に上場する企業が公開企業会計監視委員会(PCAOB)に財務監査関連の資料を提供しない場合、上場廃止になる可能性があります。また、HFCAAに基づき、企業は、外国政府に所有されておらず、かつ、支配されてもいない旨を立証しなければなりません。外国企業は、本規制の遵守について3年の猶予期間がありますが、その後、米国株式市場から退出を迫られる脅威に直面することになります。2021年1月にニューヨーク証券取引所において中国企業3社が上場廃止となったことから、米国における規制の不確実性や米国市場に上場するリスクはさらに高まっているといえます。

表2 セクタートレンド
(2020年1月~12月 上段:セクター 中段:調達額 下段:IPO件数)
全世界 テクノロジー
 891億米ドル
324件
インダストリアルズ
314億米ドル
243件
ヘルスケア
504億米ドル
235件
南北アメリカ大陸 ヘルスケア
279億米ドル
114件
テクノロジー
404億米ドル
77件
インダストリアルズ
80億米ドル
19件
アジア太平洋 インダストリアルズ
208億米ドル
181件
テクノロジー
387億米ドル
180件
マテリアルズ
74億米ドル
95件

(出典:EY Global trends:Q4 2020)