EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
公認会計士 大角 博章
例年1月~3月のIPOは低調ですが、2021年1月~3月のIPO件数及び調達額は過去20年間で最も好調でした。2021年1月~3月だけで、記録的な年であった2020年通年よりも多くの案件が成立し資金を調達しています。しかも、この数字には特別買収目的会社(SPAC:Special Purpose Acquisition Company)のIPOは含まれていません。この急上昇を見せる勢いは、金融システムの潤沢な流動性、パンデミックに後押しされたテクノロジー、ニューエコノミー企業の加速的な成長、投機的で様子見的な取引、一般の人々や若い世代にとって個人投資をより身近なものにしたプラットフォームなどに起因しています。
世界的には、英国のEU離脱が一段落したことで英国及び欧州のIPO市場が再び活気づき、アムステルダム、フランクフルト及びロンドンでは、2021年1月~3月における最大規模のIPOが行われました。他でもない欧州が現在の世界全体のIPO活動の活性化に大きく貢献したエリアの1つになっています。
投資家にとってもう1つ明るいニュースとなっているのが、今年上場予定のユニコーン企業の健全なパイプラインです。さらに、新株を発行しない直接上場やSPACとの合併など、従来とは異なる方法で株式市場に参入する企業も増えてくると考えられます。
2021年1月~3月のIPO活動は活発でしたが、投資家心理は引き続き弱気です。パンデミックの新たな波が発生する可能性による景気回復の遅延、ワクチン接種プログラムの展開スピード、銀行がプロ投資家向けのレバレッジを縮小することによる潜在的な金融システムの混乱などの不確実性から、市場の調整が行われることが懸念されています。
2021年1月~3月は、テクノロジー企業のIPOが件数・調達額ともにまたもやトップとなりました。大型のテクノロジー企業のIPOが高い評価額となり、IPO調達額で最大の割合を占めました。一方、エネルギー企業のIPOは、再生可能エネルギーを中心に好調なセクターの1つとして復調の兆しを見せています。
米中の緊張関係や外国企業説明責任法(HFCAA)の制定にもかかわらず、米国市場は引き続き中国企業が選択するIPO市場になっています。米国へのインバウンドIPOは36件で、そのうち中国からが18件、欧州からが9件でした。米国の中国系FPI(米国証券市場に上場している米国外企業)が香港でのセカンダリー上場を選択する傾向が続いており、2021年1月~3月には3社の米国の中国系FPIが64億米ドルを調達しました。
2021年1月~3月、米国における件数の42%、調達額の60%が、PE及びVCによる支援を受けたIPOでした。欧州では、調達額の38%、件数の12%がPE及びVCによる支援を受けたIPOでした。
2021年1月~3月の後続のオファリング(FPO、IPO後の公募による資金調達)は、2020年1月~3月と比較して、件数で63%、調達額で128%増加しました(1,455件、210億6,000万米ドルを調達)。実のところ、2021年1月~3月のFPOは3つのエリア全てで前年同期の水準を超えました。公開企業が市場での流動性を活用する中で、FPOの勢いは2021年4月~6月でも衰えないものと考えられます。
2021年1月~3月の世界全体の特別買収目的会社(SPAC:Special Purpose Acquisition Company)によるIPO活動は、2020年の記録的な数値を既に上回っています。活動の大半は米国で行われていますが、SPACによるIPOは米国以外の地域でも増え始めています。欧州の2021年1月~3月の件数と調達額は、既に2020年通期の水準を上回っており、2020年通年のSPACによるIPOの件数は6 件、調達総額は5億4,100 万米ドルだったのに対し、2021年は1月~3月だけでSPACによるIPOの件数は7件、調達総額は 18 億米ドルとなっています。
2019年から2021年3月末までにIPOを実施した653社のSPACのうち、179社のSPACが買収を公表しており、2021年3月末までの買収総額は537億米ドルとなっています。
公表されているSPACの買収活動も世界的に速いペースで拡大しており、2021年1月~3月に公表された件数は、既に取引件数で2020年の81%、取引金額で2020年の103%に達しています。2021年1月~3月にSPACの対象企業として最も人気が高かかったのが米国企業、次いで欧州及び中東・北アフリカ(MENA)の証券発行企業でした。
南北アメリカエリアにおけるIPO活動は、2021年1月~3月も衰えを見せず、1月~3月の件数と調達額は過去20年以上の期間における最高値となりました。件数は前年同期と比較して3倍以上に増加し、資金調達額も446%増加し、金融市場の歴史上、前例のない期間となりました。
2021年1月~3月のIPO件数はヘルスケアが引き続きトップで、テクノロジーがそれに続きました。調達額はテクノロジー企業が最大で、次いでヘルスケア企業となっています。
2021年1月~3月のアジア太平洋エリアのIPO活動は引き続き好調です。年明け以降のIPO活動はやや低調に推移すると思われましたが、2021年1月~3月は、2010年1月~3月の記録を破り、1月~3月の期間について過去20年間で最高の調達額を達成しました。
グレーターチャイナにおいては、力強いIPO活動を促進する2つの要因があります。1つは、中国本土で、登録制度が迅速で、市場主導型の評価システムとなっていることです。もう1つは、香港で、テクノロジー企業、ニューエコノミー企業及びヘルスケア(バイオテック)企業などが香港メインボードへの上場を選択しており、さらに、香港でセカンダリー上場を果たした米国の中国系FPIもあります。しかし、中国本土市場でのIPO評価額が非常に高く、引き続き大幅な申し込み超過となっています。
IPO後、一部のテクノロジー企業の株価は30%も下落しました。香港市場では、投資家が、IPOの初値上昇による高いリターンを狙っており、中国本土市場に追随する形で申し込み超過の傾向が出ています。しかし、このようなボラティリティは、IPOのリスクが高まる兆候になり得るものであり、IPOが堅調に成長するためには、より堅実なIPOの価格付けが望ましいと考えられます。
その他のアジア太平洋エリアではIPOの件数はまだ少ないですが、その勢いは増しています。日本では、前向きな投資家心理が2021年1月~3月の株式市場及びIPO市場にプラスの影響を与え、IPO件数は前年同期比で26%減少したにもかかわらず、調達額は85%増加しました。ASEANの2021年1月~3月におけるIPO活動は、アジア太平洋エリアの他の地域が上向く中、前年同期と比較して件数・調達額ともに大幅に減少しました。
資金調達額(前年同期比) |
IPO件数(前年同期比) |
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全世界 |
1,056億米ドル(271%増) |
430件( 85%増) |
南北アメリカ大陸エリア |
452億米ドル(446%増) |
121件(218%増) |
内)米国 |
411億米ドル(463%増) |
99件(313%増) |
アジア太平洋エリア |
343億米ドル(105%増) |
200件( 28%増) |
内)グレーターチャイナ |
289億米ドル(119%増) |
133件( 51%増) |
EMEIA |
261億米ドル(646%増) |
109件(179%増) |
(出典:EY Global IPO trends:Q1 2021)
2021年1月~3月は記録的な活況だったものの、不確実性が依然として高く、市場のボラティリティに対する注意が必要です。パンデミックの新たな波の発生、ワクチン接種の展開スピードと有効性、地政学上の緊張、インフレと金利、予期せぬ市場の変化に耐え得る金融システムの健全性など、全ての要素がパーフェクトストーム(究極の嵐)を引き起こす可能性があります。
伝統的な小売業、航空業、サービス業などパンデミックによるマイナスの影響を受けやすいセクターの企業が発表した2020年の業績に対する失望は、投資家心理をさらに悪化させる可能性があります。これを受けて、投資家は一時的にポートフォリオを見直し、異なる資産クラス間の投資の再配分をする可能性があります。その間も、投資家は投資リターンを求め続け、流動性や市場心理を利用しますが、他のより有望な投資対象を見つけたり、資金の償還や利益の確定を行う必要に迫られた時は、ポートフォリオの清算を余儀なくされ、それにより、株価が調整過程に陥るリスクがあります。
短期的にはテクノロジーやヘルスケア企業のIPOが引き続き主流となると考えられます。投資家はeコマース、フードデリバリー、オンラインゲーム、クラウドソリューションなど、パンデミック中に成功を収めた好調なセクターの企業に対する投資に引き続き前向きです。
今後のクロスボーダーIPOの動向は、HFCAAや米国以外の国・地域における規制の導入や実施状況に左右されます。現在、中国企業や欧州企業の勢いは衰えていませんが、その一方で米国の中国系FPIが米国外でのセカンダリー上場を目指す動きは着実に進んでおり、この傾向は今後も続くものと思われます。
EUと英国の取引所の規制当局がSPACに関する上場要件を検討しています。ユーロネクスト、ドイツ取引所、NASDAQ OMX、英国の取引所などが導入先候補市場として挙がっています。また、アジア太平洋エリアでは、香港、インドネシア、シンガポールの証券取引所がSPAC上場を検討していると噂されており、初期の協議段階にあります。
今後のSPACによるIPO及び買収活動のペースは、規制の変更、対象企業の評価額水準、買収を完了させるためのPIPE(Private Investment in Public Equity:プライベート・エクイティ・ファンドによる上場企業の私募増資の引受け)による資金調達の利用可能性、投資家心理及びDe-SPACプロセスにより被買収企業と合併した直近の企業の株価のパフォーマンスなどに影響を受ける可能性があります。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックを取り巻く不確実性が続き、政治的背景も混乱していますが、米国のIPO活動の見通しは楽観的です。IPOとSPACを通じた公開市場への参入が並立しており、健全な競争プロセスがもたらされています。従来型のIPOは、非伝統的なロックアップ期間、アンカー投資家によるオーダー、そしてその先へと進化を続けています。
IPO企業は関係者間で合意された新たな公開市場資金調達ストラクチャーを模索しており、新株を発行しない直接上場への関心と関連性が高まるでしょう。直接上場の利点には、オークション方式による価格設定、ロックアップ契約やコストなどがあります。従来とは異なる資金調達方法の継続的な拡大によりIPO企業にとっての選択肢が増え、独自の財務的利益と長期的な事業戦略に最も適したカスタマイズされたプロセスを作り出すことができるようになります。
IPO後の株価のボラティリティにもかかわらず、アジア太平洋エリアのIPO市場は2021年4月以降も活発に推移し、ニューエコノミー企業のIPOが多数実施され、取引規模も平均以上になると予想しています。
中国本土では登録によるIPO制度が完全に実施される見込みであり、資本市場にプラスの効果があると考えられます。登録制度は中国資本市場の長期的かつ持続的な発展のために最も重要な改革の一つです。上場廃止の仕組みや昨今のIPO審査プロセスの厳格化と相まって、中国本土では時間の経過とともに上場企業の質が向上していくことが期待されています。香港では、世界経済が回復基調になるに従い、米国の中国系FPIが香港証券取引所でのセカンダリー上場を継続し、IPO活動は引き続き活発になると予想しています。
日本では前向きな投資家心理と健全なIPOパイプラインが引き続きIPO活動を牽引します。2020年に様子見をしていたいくつかの大手企業が、今年後半に好調なIPO市場に飛び込んでくるとものと考えられます。ASEANではいくつかの大型IPOが予定されており、今年後半の上場が期待されています。
テクノロジーやその他のニューエコノミー企業が、今後数四半期の間、IPO活動の中心を占めるでしょう。しかし、2021年下半期、これらセクターがあまりにも過大評価されていると判断された場合には熱が冷めてしまうかもしれません。
米国のSPACの人気が続く中、香港、インドネシア、シンガポールでもSPACによるIPOに強い関心が寄せられています。2021年末までにこれら地域でSPACによるIPOが成功するかどうかが注目されています。
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(出典:EY Global IPO trends:Q1 2021)