EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
弁護士/日本公認会計士協会準会員 伊藤 貴則
労働基準法上、通常の時間外労働に対しては25%以上の割増賃金を支払う必要があり、月60時間超の残業が生じた場合、50%以上の割増賃金を支払う必要があるとされています(労働基準法37条1項)。
ただし中小企業については、これまで50%以上の割増賃金部分の適用を猶予されており(改正前の労働基準法附則第138条)、その結果、以下の表のとおり、50%以上の割増賃金を支払う義務があるのは、大企業に限られていました。
1か月の時間外労働 |
||
---|---|---|
60時間以下 |
60時間超 |
|
大企業 |
25% |
50% |
中小企業 |
25% |
25% |
しかし、いわゆる働き方関連法案(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号))により、上記附則が削除されることとなったため、その適用が開始される2023年4月1日から、中小企業についての上記猶予措置が廃止となります。
したがって、2023年4月1日時点からは、すべての企業において、労働時間が60時間を超えた労働者に対して、原則として、50%以上の割増賃金を支払う必要が生じることとなります(以下の表を参照)。
1か月の時間外労働 |
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60時間以下 |
60時間超 |
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大企業 |
25% |
50% |
中小企業 |
25% |
50% |
月60時間を超える時間外労働を、深夜(22:00~5:00)の時間帯に行わせる場合、75%以上(深夜割増賃金率25%+時間外割増賃金率50%)の割増賃金を支払う必要が生じます。
また休日労働に関しては、月60時間の時間外労働時間の算定には、法定休日(例えば日曜日)に行った労働時間は含まれませんが、それ以外の休日(例えば土曜日などの所定休日)に行った労働時間は含まれることになります。つまり、既に時間外労働が月60時間を超えていた場面において、それ以降、所定休日である土曜日に1時間、法定休日である日曜日に1時間、それぞれ労働を行ったとすると、土曜日については60時間超の時間外労働の割増賃金率が(50%)、日曜日については、通常の法定休日労働としての割増賃金率が(35%)それぞれ適用されることになります。
上記のとおり、月60時間超の残業を行った労働者に対しては、当該超えた部分について50%以上の割増賃金を支払う義務がありますが、これに代えて、有給の代替休暇を与えることもできます(労働基準法37条3項、同規則19条の2)。
この制度を利用する場合には、労使協定によりその旨を定め、労働者が実際にこの休暇を取得した場合には、月60時間を超える法定労働時間に対して、割増賃金の代わりに有給休暇を付与することも可能です。
ただし労使協定によって上記を定めたとしても、労働者が実際に代替休暇を取得しなかった場合には、依然として50%の割増賃金を支払う必要があるため、注意が必要です。
中小企業においては、2023年4月に迫った上記法令改正について、速やかな対応が求められています。具体的な対応内容としては、以下のものが考えられます。
これまで60時間超の労働時間に対して50%以上の割増賃金を支払っていなかった企業においては、法令改正の内容に沿うように、就業規則の内容を見直す必要があります。
たとえば、以下のように、60時間超の労働時間に対して50%の割増賃金を支払う旨を明記する必要があります ※1。
(割増賃金)
第○条 時間外労働に対する割増賃金は、次の割増賃金率に基づき、次項の計算方法により支給する。
(1) 1か月の時間外労働の時間数に応じた割増賃金率は、次のとおりとする。この場合の1か月は毎月1日を起算日とする。
①時間外労働60時間以下・・・25%
②時間外労働60時間超・・・・50%
(以下、略)
※1 厚生労働省HP 000930914.pdf (mhlw.go.jp)
また、50%以上の割増賃金の支払いに代えて、代替休暇制度を導入する場合には、その旨の労使協定を締結する必要があります。
現状の業務フローにおいて、特定の労働者に業務が偏重している場合には、当該労働者への長時間労働が集中して、60時間超の労働時間も発生しやすい状況になると考えられます。そのような状況を解消するため、業務フローを今一度見直すことが考えられます。
また、データ処理や入力など、時間を要する作業については外注するなどして、アウトソーシングを活用することも、長時間労働の発生を抑制する手段になると考えられます。
今回の法改正により、長時間労働を抑制することの重要性は高まったといえるため、これを機に、業務の効率化を図ることが望まれます。
今回の法改正により、労働時間が60時間超となるか否かで、割増率が変わってくるため、労働時間を正確に管理することがより重要になったといえます。
そもそも労働時間の管理については、原則としてタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎とすることが求められています ※2。
客観的かつ正確に労働時間を記録する観点からは、勤怠管理システムを導入することも有用であると考えられます。
また、勤怠管理システムの中には、時間外労働が60時間を超えそうな従業員がいる場合にアラートを発出する機能を備えているものもあり、残業時間の管理にも有用です。
※2 厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」参照。
2023年4月1日から、すべての企業において、月60時間以上の時間外労働をさせた場合の割増率が50%以上となります。
特に、特定の従業員に業務時間が偏重している企業においては、月60時間以上の時間外労働が常態化している状況にある可能性があり、未払残業代が生じないように、就業規則の変更などの対応を行う必要があります。また、業務内容の効率化により割増率の引き上げに伴うコスト増加を最小限にすることも重要です。そのために、勤怠管理システムの導入を検討することも有用と考えられます。