EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人
クロスボーダー上場支援オフィス
シニアマネージャー
公認会計士 小山 智弘
2022年度のIPOは、過去最高を記録した2021年度に比べて、上場件数は45%減少、資金調達額は61%減少しました。一方で、コロナ禍前の2019年度と比較すると、上場件数は16%増加しています。2022年度は、IPOに消極的な姿勢を示す企業が多くなっており、バリュエーションの低下が上場意欲を減らす一因となりました。2022年以降の継続的な金利上昇を背景に、投資家は、より低いリスクの資産にポートフォリオを移しています。金利上昇と株価の低迷に影響を受ける形で企業のバリュエーションが低下し、結果として多くの企業のIPO計画に支障が生じました。
さらに、ロシアによるウクライナ侵攻が発端となったエネルギー危機は、エネルギー価格の高騰と更なるインフレーションを生み、欧州に深刻な打撃を与えています。他方で、このような状況が、エネルギー関連企業にとって大きな上場機会を生み出す側面があることも事実であり、中東、中国及びASEAN諸国の一部では同セクターの企業によるIPOが活発化しています。
地政学的動向に目を移すと、米中摩擦に端を発する制裁措置や規制強化に米国資本市場の不振が重なり、中国企業による米市場への上場の動きが著しく停滞しました。その結果、クロスボーダーIPOの調達額は対前年比で61%減少しました。
世界の2022年10月から12月のIPO市場は、前年同期と比較して停滞しており、IPO件数は334件、資金調達額は319億米ドルにとどまりました。対前年同四半期比では、件数は50%の減少、調達額は73%の減少となりました。
この結果、2022年10月から12月は、過去10年間でみても、IPO件数と資金調達額の最も少ない第4四半期になりました。
2022年には、南北アメリカ大陸のIPOは大幅に鈍化し、上場件数、調達額ともに対前年比で急激に落ち込みました。同地域のIPOのうち、69%の案件は米国の証券取引所で実施されました。
米国の証券取引所で2022年に実施されたIPOのうち、調達資金額が10億米ドルを超えた案件はわずか2件にとどまりました(2021年は30件)。一方で、2022年に米国で行われたIPOの約80%は、調達額が50百万米ドルに満たない案件でした。過去10年間を振り返ると、米国では約80%の新規上場企業が50百万米ドルを超える資金を調達していました。
多数の新興国を擁するアジア太平洋エリアには、他地域に比べて高い潜在能力と伸びしろがあります。また、同地域のIPO市場は、世界経済の悪化や軍事衝突による危機による影響を受けることはほぼありませんでした。
一方で、経済のマクロ的な問題、地政学的緊張、エネルギー価格の高騰、サプライチェーンの毀損、COVID-19の防疫による負の影響が、IPO活動を阻害しました。同地域全体で見ると2021年度に比べて、IPO件数は26%の減少、資金調達額は31%の減少となりました。
中国では、複数の大規模国有企業が中国本土に回帰上場したことにより、調達資金額が過去最高を更新しました。韓国では、前年の勢いを保ったまま、2022年のはじめには年内世界最大規模となるIPOが実施されました。インドネシアとマレーシアも、上場件数や資金調達額、又はその両面で健闘を見せました。一方、上記以外の市場は世界経済の低迷と国際紛争の煽りを受けて、程度の差こそあれ低調な結果に終わりました。
2022年度のクロスボーダーIPOは、2021年度と比べて、61%減少しました。これは主に、中国の企業が米国の株式市場に上場する動きが減少したことによります。代わりにスイスの株式市場が中国企業の上場の受け皿になることにより8社の中国企業が上場を果たし、クロスボーダーのIPO市場としては2022年度に2位の市場となりました。
世界中の市場でボラティリティ低下の兆しが現れており、2023年に利上げが減速し終息するという見方が広がっていることから、状況の改善が期待できるとともに、IPOのペースも2023年下半期までに回復すると見られます。
政府の金融政策に加えて、地域的な緊張の緩和や紛争の解決、エネルギーの安定供給、価格高騰の抑制といった措置が、企業業績と株式市況に良い影響を及ぼし、ひいては上場機会減少の要因となる世界的な景気後退を回避するきっかけになることが想定されます。
過去2年間でテクノロジー関連株のバリュエーションと株価の急落が目立ったことから、投資家は企業の成長予測にあたり、ファンダメンタルズ、収益性、健全なキャッシュ・フローをより重視するようになりました。
一方で企業は、ESGを組み込んだ経営戦略について、投資家に明確な説明ができるように備えておく必要があります。ESGへの取組みを適切に発信できている企業は、IPO後の株価が好調に推移する傾向がみられます。
2020年以降に上場した特別買収目的会社(SPAC)の多くは、2年以内の合併に向けて奔走しています。この期間内に候補企業との合併合意に至らない場合、SPACは調達資金を投資家に返還することになります。長期的にはSPACの上場動向は、2021年以前の水準に落ち着くとみられます。
2023年度も、多くの株式市場で厳しい状況が続くと予想されます。インフレーションによる金利の上昇、ボラティリティの高止まり、利益予想の下方修正、さらには成長株の低迷など、数々の課題に対する打開策を見出すには困難な状況にあります。
IPO市場が回復するためには、ボラティリティの低下と投資家からの信頼向上が必要です。各地の市況及びIPO市場環境の改善につながる潜在的要因としては、インフレ目標の達成、金利の安定化、地域情勢の好転、景気後退への懸念解消、バリュエーション及びさまざまな利益予想の上振れなどが挙げられます。
IPO活動が回復に転じる時期を予想することは困難です。2023年には持続的な回復のために必要な環境が整い、新規上場件数が以前の水準に戻るとみられることもありますが、場合によっては回復が2024年以降までずれ込む可能性もあります。
米国からの「インフレーション輸入」と、米中貿易摩擦に端を発する中国製品への大幅な関税引き上げが原因で、IPO予定企業の業績に対する信頼が揺らいでいます。ただし、どちらの難題も2023年には徐々に解決に向かうとみられます。
クロスボーダー取引では、中国企業による米国上場が8割強減少しましたが、スイスやロンドンなど他の市場に目を向ける企業も出ており、上場先が多様化しています。
2022年は日本の上場市場にとって好調とは言い難い年でしたが、一方で日本政府は、1兆円規模の補正予算を投入し、①人材育成及びネットワーク構築、②資金調達とイグジットを通じた事業成長戦略の多様化、③オープンイノベーションの推進という3本の柱を組み合わせたスタートアップ支援策を打ち出したほか、スタートアップを取り巻くエコシステムの拡大に向けた長期的な施策案を公表しました。
さらに、将来的にユニコーン企業を100社創出するという目標を掲げ、スタートアップ育成5か年計画が策定されています。
資金の償還期限まで6ヵ月に迫っているにもかかわらず、ターゲット企業との合併を発表又は完了できていないSPACが多数存在しています。現金償還率の上昇、規制当局による監視体制の強化、市場流動性の低下に株価の下落が重なったことにより、投資家の意欲は減退し、2022年のSPAC関連上場は、通年で低調に推移しました。
現在買収候補企業を選定している約480社のSPACのうち、80%超のSPACが2023年半ばに償還期限を迎えます。市況の悪化に加え、2023年から施行が開始される課税制度がきっかけとなり、60社を上回るSPACが2022年度に清算を完了しました。
SPACは、今後も新たな上場手段としての地位を確立していくと思われますが、米国証券取引委員会(SEC)の規則制定を待つ間、不安定な状況での慎重な対応を続ける必要があると考えられます。
SPACとの合併後、被買収企業は大方の予想に反して厳しい状況に直面しています。SPACは期限までに合併を完了できず清算に至るケースが多いことに加え、私募増資(PIPE)の規模縮小も影響し、資金調達額が当初の想定を下回る結果となりました。そのため、企業はより多くの資金を募る必要がありますが、低調に推移する株価や株式流動性の低さから、投資家による出資を期待することは難しいのが現状です。
2022年12月5日現在、2019年~2021年にターゲット企業との合併を完了したおよそ280社の米国SPAC銘柄のうち、93%が初値を下回る株価、89%が10米ドル未満の株価で取引されています。