EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
クロスボーダー上場支援オフィス
渡辺 由佳
1. IPO市場の概況
2023年上半期(2023年1月~6月)における世界のIPO市場は、上場数615件、調達額609億米ドルとなりました。対前年同期比では、件数5%減少、調達額36%減少となりました。対2023年第1四半期(1Q)比では、第2四半期(2Q)はより規模の大きなIPOディールが行われるようになりましたが、世界経済の成長の減速、金融引き締め、地政学的な緊張の高まりが背景となり、回復のスピードはこれまでのところ緩やかです。しかし、いくつかの新興国では、世界がこれらの国の豊富な鉱物資源、膨大な人口、台頭するユニコーン企業、起業家精神にあふれた中小企業(SMEs)を求めており、各国がその需要の恩恵を受けているため、IPO活動が非常に活発になっています。
セクター別のIPO件数では、2023年上半期時点でテクノロジーセクターが引き続き先頭を走っており(124件)、また、製造業セクターが123件と同水準で続く結果となりました。一方で、世界のエネルギー価格が以前より落ち着いてきたため、エネルギーセクター企業によるIPO調達額は次第に減少しています。米国ではいくつかの大型ディールが行われたことが主な要因でIPO活動が上昇傾向にあります。中国市場は引き続き世界のIPO活動の中心となっており、インドやインドネシアも、その豊富な鉱物資源、膨大な人口、急成長している経済基盤に対する世界的な需要から恩恵を受け、力強い動きを見せています。
表1 主要エリア別IPO実績(2023年第2四半期)
エリア |
IPO件数(前年同期) |
調達額※(前年同期) |
南北アメリカ | 34(41) | 63(25) |
アジア太平洋 | 190(194) | 263(234) |
欧州・中東・インド・アフリカ(以下、EMEIA) | 86(86) | 64(150) |
全世界合計 | 310(321) | 390(409) |
※ 単位:1億米ドル
※ 第2四半期:4月~6月
(出典: Dealogic、EY)
表2 主要エリア別IPO実績(2023年上半期)
エリア |
IPO件数(前年同期) |
調達額※(前年同期) |
南北アメリカ |
77(77) |
91(49) |
アジア太平洋 | 371(380) |
394(661) |
欧州・中東・インド・アフリカ(以下、EMEIA) | 167(190) |
124(246) |
全世界合計 | 615(647) | 609(956) |
※ 単位:1億米ドル
※ 上半期:1月~6月
(出典: Dealogic、EY)
表3 セクター別のIPO実績(2023年上半期)
セクター | IPO件数(前年同期) | 調達額※(前年同期) |
テクノロジー | 124(121) | 140(164) |
製造業 | 123(110) | 131(120) |
素材 | 87(119) | 53(86) |
消費財 | 65(43) | 70(13) |
ヘルスケア・ライフサイエンス | 58(81) | 53(78) |
生活必需品 | 38(37) | 22(28) |
エネルギー | 35(42) | 85(279) |
メディア・エンターテインメント | 22(10) | 10(4) |
小売 | 22(24) | 9(27) |
不動産 | 19(28) | 10(19) |
金融 | 11(21) | 21(48) |
テレコム | 11(11) | 6(90) |
合計 | 615(647) | 609(956) |
※ 単位:1億米ドル
※ 上半期:1月~6月
(出典: EY analysis, Dealogic)
2. 南北アメリカエリア
2023年上半期における南北アメリカエリアのIPO市場は、上場数77件、調達額91億米ドルとなりました。対前年同期比では、件数は横ばい、調達額は86%増加となりました。
その主な理由は、2023年5月に米国で調達額44億米ドルのスピンオフIPOのメガ案件が1件あったためで、本案件は米国で2021年11月以来最大のIPOとなりました。このほかにも大型ディールが行われたことが主な要因となり、米国でのIPO活動は上昇傾向にあります。しかし、こうした積極的な展開にもかかわらず、2023年上半期における予期せぬ一連の銀行破綻により、Americas全体のIPO市場が回復するのは市場関係者が2023年初頭に予測した時期よりも遅くなる可能性があります。
3. アジア太平洋エリア
2023年上半期におけるアジア太平洋エリアのIPO市場は、上場数371件、調達額394億米ドルとなりました。対前年同期比では、件数で2%減少、調達額で40%減少となりました。上半期における世界全体の上場数に占める割合は60%となりました。
IPOの世界トップ10ディールのうち5件は中国本土で、1件は日本で行われたものでした。多くの大型ディールが様子見のため延期となり、IPO市場の動きが予想に比して鈍かったことにより、調達額の落ち込みが大きかったのは中国本土となりました。インドネシア証券取引所は、その20年以上の歴史の中で初めて、世界の証券取引所におけるIPO件数のランキングで香港を抜き、45件で5位という結果になりました。
4. EMEIAエリア
2023年上半期におけるEMEIAエリアのIPO市場は、上場数167件、調達額124億米ドルとなりました。対前年同期比では、件数で12%減少、調達額で50%減少となりました。
こうした状況でも、EMEIAは世界のIPOディールの27%を占める世界第2位のIPO市場であり、2023年上半期において世界で2番目に大きさとなる25億米ドルのIPOディールが行われました。インドの証券取引所はIPO件数でEMEIAトップの座に躍り出ましたが、ヨーロッパの大半の国でインフレ水準が引き続き高くなっており、流動性の欠如によるIPO活動の停滞が続いています。
表4 上位10証券取引所のIPO件数(2023年上半期)
順位 | 市場 | IPO件数 | 割合 |
1 | インド(National and Bombay) | 80 | 13% |
2 | 深セン(SZSE and Chinext) | 70 | 11% |
3 | 上海(SSE and STAR) | 62 | 10% |
4 | 米国(NASDAQ) | 53 | 9% |
5 | インドネシア(IDX) | 45 | 7% |
6 | 北京(BSE) | 42 | 7% |
7 | 東京(Prime, Growth, Standard, REIT, Pro Market) | 38 | 6% |
8 | 香港(Main Board and GEM) | 29 | 5% |
9 | 韓国(KRX and KOSDAQ) | 26 | 4% |
10 | サウジアラビア (Tadawul and Nomu Parallel Market) | 20 | 3% |
11 | マレーシア(KLSE, ACE Market and LEAP Market) | 16 | 3% |
11 | オーストラリア(ASX) | 16 | 3% |
その他 | 118 | 19% | |
全世界合計 | 615 | 100% |
表5 上位10証券取引所のIPO調達額(2023年上半期)
順位 | 市場 | IPO件数 | 割合 |
1 | 上海 | 173 | 28% |
2 | 深セン | 126 | 21% |
3 | 米国(NYSE) | 59 | 10% |
4 | アブダビ(ADX) | 37 | 6% |
5 | 米国(NASDAQ) | 29 | 5% |
5 | 香港 | 23 | 4% |
7 | インドネシア | 22 | 4% |
8 | インド | 21 | 3% |
9 | 東京 | 18 | 3% |
10 | イタリア(Main and AIM) | 13 | 2% |
11 | スイス(SIX) | 12 | 2% |
11 | 北京(BSE) | 12 | 2% |
その他 | 64 | 10% | |
全世界合計 | 609 | 100% |
5. クロスボーダーIPO
2023年上半期におけるクロスボーダーIPOは、上場数41件、調達額27億米ドルとなりました。対前年同期比では、件数で17%増加、調達額で44%増加となりました。中国企業による米国での上場、また、スイス証券取引所での上場も安定した人気を誇っているため、件数、調達額ともに大きく上昇しました。
表6 上位の国別クロスボーダーIPO件数(上半期)
2022年 | 2023年 | |
中国 | 3 | 22 |
カナダ | 5 | 3 |
シンガポール | 2 | 3 |
マレーシア | 1 | 3 |
イスラエル | 3 | 2 |
その他 | 21 | 8 |
合計 | 35 | 41 |
調達額(1億米ドル) | 19 | 27 |
※ 上半期:1月~6月
(出典: EY analysis, Dealogic)
表7 上位の証券取引所クロスボーダーIPO件数(上半期)
2022年 | 2023年 | |
米国 | 20 | 33 |
スイス | 0 | 5 |
ノルウェー | 3 | 2 |
イギリス | 3 | 1 |
スウェーデン | 4 | 0 |
その他 | 5 | 0 |
合計 | 35 | 41 |
※ 上半期:1月~6月
(出展: EY analysis, Dealogic)
6. SPAC
2023年上半期のSPAC関連のIPO件数は32件、調達額は27億米ドルとなりました。対前年同期比では、件数で70%減少、調達額で82%減少となりました。
2023年上半期は、マーケットが悪化しIPO案件が減少しました。このような状況の中、SPACでのイグジットに見合う有力な買収対象会社も減少し、その結果DeSPACに至らず清算する会社数が増加したことを背景に、SPACによるIPO活動が鈍化する結果となりました。一方で、2021年においてSPACによるIPOが急増したため、2023年にDeSPACの期限が迫っているSPACが多いことから、2023年上半期に公表されたDeSPAC数は111件、買収金額は560億米ドルとなりました。対前年同期比では、件数で63%増加、買収金額で13%増加となりました。
SPAC市場は合併交渉がますます複雑化していることから、引き続き困難な状況に直面しています。買収対象会社を合併し一連の買収取引を完了するプロセスを終えていないSPACが依然として数多く存在し、これらのSPACは今後半年で会社の解散期限を迎えるため、清算の必要性に迫られています。
表8 2023年1月から3月の上位SPAC合併取引(公表済み取引も含む)
SPAC名 | 市場 | 事業会社名 | 評価額(10億米ドル) | ターゲットセクター |
Black Spade Acquisition Co. Inc. | 米国(NYSE) | VinFast Auto Pte Ltd. | 27.0 |
製造業 |
L Catterton Asia Acquisition Corp. Co., Ltd. | 米国(NASDAQ) | Lotus Technology Inc. | 5.5 | 製造業 |
Aquaron Acquisition Corp. Co., Ltd. | 米国(NASDAQ) | Bestpath (Shanghai) IoT Technology Co., Ltd. | 1.4 | 製造業 |
Arrowroot Acquisition Corp. Co., Ltd. | 米国(NASDAQ) | iLearningEngines | 1.4 | テクノロジー |
Pono Capital Two Inc. | 米国(NASDAQ) | SBC Medical Group Co., Ltd. | 1.2 | 一般消費財 |
※ 上半期:1月~6月
(出典: EY analysis, Dealogic , SPACInsider)
表9 SPACのIPO実績(2023年上半期)
地域 | IPO件数(前年同期比) | 調達額(前年同期比)※ |
南北アメリカ | 17(△76%) | 1.9(△84%) |
アジア太平洋 | 13(△38%) | 0.2(△75%) |
EMEIA | 2(△87%) | 0.6(△67%) |
全世界合計 | 32(△70%) | 2.7(△82%) |
※ 単位:10億米ドル
※ 上半期:1月~6月
(出典: EY analysis, Dealogic)
7. 今後の見通し
金利引き上げは今年中に収束すると予想され、中国政府はさらなる景気刺激策を導入する予定であることから、強力で質の高いIPOパイプラインを背景に、今後6~12カ月でIPO市況が改善すると考えられます。米国ではスピンオフIPOのメガディールが1件初登場し、他の主要市場でも、株主価値の向上を目指す企業によるスピンオフやカーブアウト上場が行われることも想定されます。投資家は引き続き、安定したファンダメンタルズと確かな実績を持つ企業に的を絞りながら、投資先企業を入念に選択し、企業はIPOの代替プロセス(直接上場、あるいはSPACによる買収対象企業の合併)から他の資金調達方法(プライベートキャピタル、借入、トレードセール)まで、すべてのオプションを考慮する必要があると考えられます。
表10 南北アメリカ(上半期)
SPACのIPO実績 | 件数 | 調達額(百万米ドル) | ||
証券取引所 | 2023年 | 2022年 | 2023年 | 2022年 |
米国(NASDAQ) | 15 | 59 | 1,350 | 9,644 |
米国(NYSE) | 2 | 11 | 638 | 2,420 |
トロント(Main Board and Venture) | 0 | 2 | 0 | 253 |
Total | 17 | 72 | 1,988 | 12,317 |
(出典: EY analysis, Dealogic, SPACInsider)
表11 アジア太平洋(上半期)
SPACのIPO実績 | 件数 | 調達額(百万米ドル) | ||
証券取引所 | 2023年 | 2022年 | 2023年 | 2022年 |
韓国(KOSPI and KOSDAQ) | 13 | 16 | 181 | 125 |
シンガポール(SGX) | 0 | 3 | 0 | 345 |
香港(HKEx) | 0 | 2 | 0 | 256 |
Total | 13 | 21 | 181 | 726 |
(出典: EY analysis, Dealogic, SPACInsider)
表12 EMEIA(上半期)
SPACのIPO実績 | 件数 | 調達額 (百万米ドル) | ||
証券取引所 | 2023年 | 2022年 | 2023年 | 2022年 |
ロンドン(Main and AIM) | 2 | 7 | 551 | 589 |
ユーロネクスト(Amsterdam, Paris) | 0 | 3 | 0 | 609 |
ドイツ(Deutsche Börse) | 0 | 2 | 0 | 363 |
アブダビ(ADX) | 0 | 1 | 0 | 100 |
プラハ(PSE) | 0 | 1 | 0 | 23 |
スウェーデン(Spotlight) | 0 | 1 | 0 | 3 |
Total | 2 | 15 | 551 | 1,687 |
(出典: EY analysis, Dealogic, SPACInsider)