Sales DX総点検 ~いまこそ、顧客接点を再構築する~ 第5回:Sales DX総点検--カスタマーサクセスで顧客とのつながりを再設計

寄稿記事

掲載誌:2022年12月12日、ZDNET Japan
執筆者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング ディレクター 矢崎 隆弘

本連載も今回で第5回となります。ここまでは、マーケティング、営業、カスタマーサポート、組織や機能の在り方について述べてきました。本稿では、新しい顧客接点として、「カスタマーサクセス」はどのようにあるべきなのか、顧客とのつながりにどのような影響を与えるのかについて考えたいと思います。

1. なぜ、いまサービス化なのか

(1) 製品の価値は体験価値の時代へ

近年、従来の製品やサービスを売り切るビジネスモデルから、「サブスクリプション」や「リカーリング」と言われるような顧客と継続的につながることで、収益を上げ続けるビジネスモデルを目指す企業が増えています。

当社は2019年10~11月、22カ国770社のテクノロジー企業を対象にオンラインで調査を実施したところ、「マーケットトレンド」「競争環境の変化」「予測可能な収益の確立」を動機として、90%以上のテクノロジー企業がサブスクリプションビジネスへの移行を検討、もしくは検討中であると回答しています(図1)。

図1:EYによる独自調査

図1:EYによる独自調査

製造業の割合が比較的多い日本においても、これまでは製品自体の品質や性能を強みとして「よりよいモノを作ればおのずと売れる」というビジネスモデルを貫いてきました。しかし、製品やサービスのコモディティー化が進むことで、差別化が難しくなるほか、低コストで同様の製品を展開する競合の出現が収益性を大きく低下させるという状況に直面しています。また、顧客側にも変化が見られ、従来のように製品自体の価値を追求するのではなく、その製品から得られる体験価値を重視するようになりつつあります。

(2) 新規顧客の獲得を阻む高いハードル

このような環境の変化は、多くの企業にとって顧客とのつながり、関係性を見直す大きな転機にもなっているはずです。これまで継続的に取り引きしていた顧客が抱える課題を理解できていたか、課題に対して的確な提案ができていたか、そもそも課題を見いだせるほどの対話やつながりを構築できていたか、顧客エンゲージメントの在り方を見直す必要性に迫られている企業も少なくありません。

例えば、エンゲージメントの高い顧客は、そうでない顧客に比べて自社製品やサービスに対する消費割合、収益、利益率などの成長率が25%も高いというデータもあります。その上、新規顧客の獲得にかかるコストは、リテンション(維持)コストの5~25倍も必要とされ、さらには、MQL(マーケティング活動によって作られたリード)の98%が失敗しているなど、新規顧客の獲得がいかに高いハードルであり、既存顧客との関係性の維持が重要であるかが見て取れます。

2. 顧客を知るということ

(1) ツギハギだらけの顧客接点

では、顧客との関係性を維持するには何が必要なのでしょうか。それは「顧客への理解」を深めることです。そこで重要になってくるのが、顧客データの収集から分析までの基盤と仕組みが整備されており、さらに組織(特に営業とカスタマーサポート)同士が緊密に連携できる業務プロセスが確立されているかどうかです。売りっぱなしの営業や、受け身な対応をしているサポート部隊だと、顧客との接点が「ツギハギ」になっており、顧客データの収集や一元管理ができず、顧客への理解が進まないといった悪循環から抜け出せなくなります。

(2)「カスタマーサクセス」という新たな顧客接点

カスタマーサクセスという言葉は、既になじみがあるかもしれません。しかし、日本においてその認知度や組織の中でうまく機能している事例は少ないのが現状です。

カスタマーサクセスとよく似た用語でカスタマーサポートがありますが、これは顧客に問題や課題が発生した際、適切かつ迅速に問題解決をサポートすることで、顧客満足度(CS)を維持・向上させることが主な役割です。そのため、顧客との関係性は単発的かつ断続的だといえます。

一方、カスタマーサクセスの役割は、顧客を成功に導くことで顧客生涯価値(LTV)を最大化することです。そのためには、顧客が目指すべき成功像や実現の課題を知り、共に課題を解決する必要があります。これにより、顧客との関係性は先見的かつ継続的なものとなります。

(3) カスタマーサクセスの役割と成熟度

顧客接点を担うカスタマーサクセスの役割を確認しておきます。カスタマーサクセスが担う業務は営業フェーズのクロージングから始まり、製品やサービスの利用開始に向けたオンボーディング、継続利用に向けた契約更新まで、広い範囲で顧客との接点を持ちます。

当社ではカスタマーサクセスの成功モデルとして、「Pathway to Customer Success Excellence(カスタマーサクセス高度化への道のり)」という考え方により、組織の成熟度と収益への貢献度を定義しています。同モデルでは、カスタマーサクセスの成熟度を4段階で整理し、それぞれの段階においてどのようなことができているべきなのか、またはどのような状態であればその段階であると定義付けられるのかを示しています(図2)。

図2:Pathway to Customer Success Excellence

図2:Pathway to Customer Success Excellence

「Emerging」は最初の段階であり、正式な組織ではなく、場当たり的な対応をしているステージです。「Defined」では、カスタマーサクセスのための正式な組織が存在し、営業チームやサービスチームといった関連する各組織において目標を立て、共有しています。また、それらに基づいて顧客と積極的に関わるとともに、ビジネスにおいて目標を設定しています。

「Optimized」では、カスタマーサクセスを評価するためのデータを統合管理するプラットフォームを導入し、顧客との目標に関する進ちょく状況などをデジタル上でスコアカードとして可視化しています。また、プレイブックに基づいてマーケティングやオンボーディングのプロセスを共有するとともに、カスタマーサクセスの各役割を明確に定義し、キャリアパスを明示しています。

最後の「Leading」では、カスタマーサクセスによって蓄積されたデータに基づき、顧客エンゲージメントに関するさまざまな事柄をデータドリブンによって意思決定します。加えて、カスタマーサクセスの取り組みのサイクルによって新たな収益機会を生み出し、カスタマーサクセスの一部を収益化しています。

(4 ) 顧客データと業務プロセスをつなげる

このような成熟度の観点に留意しながら、カスタマーサクセスの組織や業務の在り方を定義し、顧客を成功へ導くカスタマーサクセスチームの姿をイメージすると、サポートチームが持つ顧客データだけでなく、マーケティングや営業が持つデータなど顧客に関する全ての情報がカスタマーサクセスには必要不可欠であると想像がつくと思います。加えて、業務範囲も同様にこれまで分断されがちだった、マーケティングと営業、営業とサポートといった業務プロセスを横断的につなぎながら顧客と接して課題を把握し、その解決に向けて各業務チームと連携していく必要があります。つまり、カスタマーサクセスチームはこれまで分断されていた顧客接点におけるデータと業務プロセスを再びつなげる重要なチームであるといえます。

3. 顧客とのつながりを再設計する

顧客体験にカスタマーサクセスを組み込む

自社の機能としてカスタマーサクセスを構築していく上で重要となる要点をお伝えしておきます。カスタマーサクセスでは、自社が顧客へ提供するサービス自体の価値によって、いかに顧客にとっての課題解決に寄与したかという事実を共有することが大切です。そのためには、「サービスを通してカスタマーサクセスチームがどのような顧客体験(CX)を提供できるか」という視点が必要となります(図3)。

図3:カスタマーサクセスの一例

図3:カスタマーサクセスの一例

カスタマーサクセスチームは既存のさまざまな組織・情報と横断的に連携する必要があります。他部署のメンバーと情報共有の仕組みを明確にし、目線を合わせておくことが大切です。カスタマーサクセスチームを組成することで、営業やその他の部署における重要業績評価指数(KPI)に対する考え方を再設計する必要もあります。

また、課金モデルを変更することで、従来の商流を変更するようなことがあれば、販売代理店やサービス委託会社などを巻き込み、新たなエコシステムを形成していく必要があります。顧客と直接的な接点を再構築しつつも、既存のプレーヤーともWin-Winの関係を維持することが重要となります。

おわりに

サービス化を目指す企業、特にこれまでモノづくりに圧倒的な強みを持っていた多くの企業にとって、サービス化に向けた改革は大きなチャレンジになります。近年は「新サービス設計の議論に偏ってしまい、新サービスのローンチに至らない」「ローンチしたが事業として成り立たない」といった相談を受けることが多くなってきました。

今一度、サービス化の議論において「顧客体験」の視点でカスタマーサクセスの検討も同時に議論できているかを振り返ってみてください。従来型の顧客とのつながりだけではなく、新たな時代に必要とされる顧客とのつながり方が見えてくると思います。「顧客の理解」とは、一方的に顧客のことを知るだけではなく、「顧客と共に歩む」という顧客を中心とした社内外のエコシステムによる相互理解、相互共有の実現に他なりません。ぜひ、そのような視点を持って、新サービスとカスタマーサクセスによって新たな顧客との接点を再設計してみてください。