時価の算定に関する会計基準 第2回:時価とは

EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 久保慎悟

1. 時価の定義

(1) 定義

「時価」とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格または負債の移転のために支払う価格(いわゆる出口価格)をいいます(時価算定会計基準第5項)。

なお、時価の算定にあたって用いる主要な市場または最も有利な市場における価格は、取得または売却に要する付随費用について調整しませんが、所在地が資産の特性である場合には、当該資産を現在の所在地から当該市場に移動させるために生じる輸送費用について調整します(時価算定適用指針第4項(5))。


(2) 時価の定義に用いられている用語

① 市場参加者(時価算定会計基準第4項(1))

「市場参加者」とは、資産または負債に関する主要な市場または最も有利な市場において、以下の要件のすべてを満たす買手および売手をいいます。

  •  互いに独立しており、関連当事者でないこと

  •  知識を有しており、すべての入手できる情報に基づき当該資産または負債について十分に理解していること

  •  当該資産または負債に関して、取引を行う能力があること

  •  当該資産または負債に関して、他から強制されるわけではなく、自発的に取引を行う意思があること
     

② 秩序ある取引(時価算定会計基準4項(2))

「秩序ある取引」とは、資産または負債の取引に関して通常かつ慣習的な市場における活動ができるように、時価の算定日以前の一定期間において市場にさらされていることを前提とした取引をいいます。例えば、強制された清算取引や投売りなど他から強制された取引は、秩序ある取引には該当しません。


③ 主要な市場または最も有利な市場(時価算定基準第4項(3)、(4)、時価算定適用指針第4項(3))

「主要な市場」とは、資産または負債についての取引の数量および頻度が最も大きい市場をいいます。「最も有利な市場」とは、取得または売却に要する付随費用を考慮したうえで、資産の売却による受取額を最大化または負債の移転に対する支払額を最小化できる市場をいいます。

資産を売却するまたは負債を移転する取引は、企業が算定日において利用できる主要な市場で行われるものと仮定します。ただし、主要な市場が存在しない場合には、企業が算定日において利用できる最も有利な市場で行われるものと仮定します。なお、反証できる場合を除き、企業が取引を通常行っている市場が、主要な市場または最も有利な市場と推定されます。


1. 時価の定義 図

【設例①】主要な市場または最も有利な市場

卸売業を営む甲商社は、保有する鉱石(トレーディング目的で保有する棚卸資産)について、市場Xと市場Y(いずれも活発な市場)においてそれぞれ売却している(当該鉱石の決算日における価格は各市場において入手可能)。

<前提条件>

市場X
売却価格:50百万円
付随費用:5百万円

市場Y
売却価格:48百万円
付随費用:2百万円


市場Xが主要な市場(取引の数量および頻度が最も大きい市場)であると判断された場合、保有する鉱石の時価は、市場Xでの売却により受け取ることになる価格である50百万円(付随費用は調整しない)となります。一方で、市場Yが主要な市場であると判断された場合には、48百万円となります。

仮に、いずれの市場も主要な市場でないと判断された場合には、企業にとって最も有利な市場、すなわち、受け取ることができる代金(付随費用を考慮)が46百万円(=売却価格48百万円-付随費用2百万円)となり、市場Xでの受け取ることができる代金45百万円(=売却価格50百万円-付随費用5百万円)より大きくなる市場Yにおける時価48百万円となります。


(3) 時価の考え方

時価算定会計基準は、定義する時価について以下のとおり基本的な考え方を示しています(時価算定会計基準第31項)。

  • 時価の算定は、市場を基礎としたものであり、対象となる企業に固有のものではない。

  • 時価は、直接観察可能であるかどうかにかかわらず、算定日における市場参加者間の秩序ある取引が行われると想定した場合の出口価格(資産の売却によって受け取る価格または負債の移転のために支払う価格)であり、入口価格(交換取引において資産を取得するために支払った価格または負債を引き受けるために受け取った価格)ではない。

  • 同一の資産または負債の価格が観察できない場合に用いる評価技法には、関連性のある観察可能なインプット(市場参加者が資産又は負債の時価を算定する際に用いる仮定(時価の算定に固有のリスクに関する仮定を含む。)をいう。詳細は「第3回:時価の算定方法」にて解説します。)を最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にする。
    ただし、観察可能なインプット(レベル1のインプットおよびレベル2のインプット)のみを使用することによっても時価を適切に算定することにはならず、観察可能なインプットを調整する必要がある状況があるため、インプットの観察可能性のみがインプットを選択する際に適用される唯一の判断規準ではなく、観察可能なインプットのうち関連性のあるものを最大限利用することとしている。

  • 時価を算定するにあたっては、市場参加者が資産または負債の時価を算定する際の仮定を用いるが、資産の保有や負債の決済または履行に関する企業の意図は反映しない。

【設例②】金利スワップの当初認識時の時価

<前提条件>

  • 金融機関が非金融機関の企業を取引相手先とする市場(リテール市場)において、X社(事業会社)は、Y社(金融機関)との間で、契約時の対価の受払いがない形式(すなわち、取引価格ゼロ)で金利スワップを締結した。

  • X社が金利スワップについて利用できる市場はリテール市場のみである一方で、Y社は金利スワップについてリテール市場だけでなく、他の金融機関を取引相手先とする市場(ディーラー市場)も利用できる。

<X社にとって当初認識時の時価>

X社にとっては、金利スワップを締結したリテール市場が当該金利スワップの主要な市場となる。したがって、X社における当該金利スワップの当初認識時の時価は、X社がリテール市場で金融機関を取引相手先として当該金利スワップの移転により受け取るかまたは支払う価格(出口価格)となる。したがって、X社にとっての当初認識時の時価は、取引価格のゼロである。

<Y社にとっての当初認識時の時価>

Y社にとっては、ディーラー市場が金利スワップの主要な市場となると判断した。したがって、Y社にとっての当初認識時の時価は、Y社がディーラー市場で金融機関を取引相手先として当該金利スワップの移転により受け取るかまたは支払う価格(出口価格)となる。このため、リテール市場で行われた当該金利スワップの取引価格はゼロであるが、これは必ずしもY社にとっての当初認識時の時価を表しているとは限らず、当初認識時の時価は取引価格と異なる可能性がある。


2. 時価の算定単位

資産または負債の時価を算定する単位は、それぞれの対象となる資産または負債に適用される会計処理または開示によりますが、金融商品については、通常、個々の金融商品が時価の算定の対象となります。

ただし、以下の要件のすべてを満たす場合には、特定の市場リスク(市場価格の変動に係るリスク)または特定の取引相手先の信用リスク(取引相手先の契約不履行に係るリスク)に関して金融資産および金融負債を相殺した後の正味の資産または負債を基礎として、当該金融資産および金融負債のグループを単位とした時価を算定することができます。なお、この取扱いは特定のグループについて毎期継続して適用し、重要な会計方針において、その旨を注記する必要があります(時価算定会計基準第6項、第7項、第32項)。

  • 企業の文書化したリスク管理戦略または投資戦略に従って、特定の市場リスクまたは特定の取引相手先の信用リスクに関する正味の資産または負債に基づき、当該金融資産および金融負債のグループを管理していること

  • 当該金融資産および金融負債のグループに関する情報を企業の役員(取締役、会計参与、監査役、執行役またはこれらに準ずる者)に提供していること

  • 当該金融資産および金融負債を各決算日の貸借対照表において時価評価していること

  • 特定の市場リスクに関連してこの定めに従う場合には、当該金融資産および金融負債のグループの中で企業がさらされている市場リスクがほぼ同一であり、かつ、当該金融資産および金融負債から生じる特定の市場リスクにさらされている期間がほぼ同一であること

  • 特定の取引相手先の信用リスクに関連して本項の定めに従う場合には、債務不履行の発生時において信用リスクのポジションを軽減する既存の取決め(例えば、取引相手先とのマスターネッティング契約や、当事者の信用リスクに対する正味の資産または負債に基づき担保を授受する契約)が法的に強制される可能性についての市場参加者の予想を時価に反映すること
     

3. 第三者から入手した相場価格

取引相手の金融機関、ブローカー、情報ベンダー等、第三者から入手した相場価格が時価算定会計基準に従って算定されたものであると判断した場合には、当該価格を時価の算定に用いることができます。当該判断にあたっては、例えば、以下のような手続を実施することが考えられます。なお、これらの手続はあくまでも例示であり、状況に応じて選択して実施することになります。また、これら以外の手続によることも考えられます(時価算定適用指針第18項、第43項)。

  • 当該第三者から入手した価格と企業が計算した推定値とを比較し検討する。

  • 他の第三者から会計基準に従って算定がなされていると期待される価格を入手できる場合、当該他の第三者から入手した価格と当該第三者から入手した価格とを比較し検討する。

  • 当該第三者が時価を算定する過程で、会計基準に従った算定(インプットが算定日の市場の状況を表しているか、観察可能なものが優先して利用されているか、また、評価技法がそのインプットを十分に利用できるものであるかなど)がなされているかを確認する。

  • 企業が保有しているかどうかにかかわらず、会計基準に従って算定されている類似銘柄(同じアセットクラスであり、かつ同格付銘柄など)の価格と比較する。

  • 過去に会計基準に従って算定されていると確認した当該金融商品の価格の時系列推移の分析など商品の性質に合わせた分析を行う。

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