会社補償に係る規定の創設 ~令和元年会社法改正への実務対応~

2020年9月1日
カテゴリー 太田達也の視点

公認会計士 太田 達也

会社補償とは

「会社補償」とは、役員等(会社法423条1項に規定する役員等をいいます。以下同様)が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、または責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用(弁護士費用等のいわゆる防御費用)や、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における損失(いわゆる賠償金や和解金)の全部または一部を、会社が役員等に対して補償することをいいます。

改正前の会社法に規定はなく、役員等が第三者から責任追及に係る請求を受けた場合で、当該役員等に過失がないときは、当該役員等が要した費用について会社法330条および民法650条に基づき補償が認められるという解釈はありますが、その範囲や手続についての解釈は確立していませんでした。

会社法の改正による規定の創設

令和元年改正会社法は、会社補償が適切に運用されるように、会社と役員等との間での会社補償契約が可能であることを明文で示すとともに、会社補償ができる範囲や会社補償をするための手続等を明確化しました。会社は役員等との間で締結する契約によって、補償の条件や範囲を個別に定めることができるとされました。

補償契約の内容の決定については、株主総会(取締役会設置会社の場合、取締役会)の決議を要するとされ、取締役会は、その決定を取締役に委任することはできないとされています。

なお、補償契約を締結するかどうかは任意であり、仮に締結しなかった場合は、従来どおり民法の委任に関する規定に従い、委任事務を処理するために自己の過失なく受けた損害を会社が賠償することが妨げられるわけではありません。新たに補償契約を締結するかどうかも、会社としての判断事項になると思われます。

補償することができない費用等

会社が、補償契約の定めに従い、役員等に対して費用等を補償することを何ら制限なしに認めてしまうと、役員等の職務執行の適正性が損なわれる恐れが生じます。改正会社法では、補償することができない費用等が定められています。

具体的には、①防御費用のうち通常要する費用の額を超える部分、②会社が第三者に対して損害を賠償した場合において役員に対して求償できる部分、③役員がその職務を行うにつき悪意または重大な過失があったことにより第三者に対して損害を賠償する責任を負う場合における賠償金および和解金については、補償することができません(会社法430条の2第2項1号から3号)。

なお、役員等が第三者からの責任の追及に係る請求を受けた場合、当該役員等に悪意または重大な過失が認められる恐れがあるときであっても、当該役員等が適切な防御活動を行うことができるように、これに要する防御費用を会社が負担することができるとされています(注)。この点は、賠償金・和解金の取扱いとは異なります。

(注) もっとも、会社が、事後的に、役員等が自己もしくは第三者の不正な利益を図り、または当該会社に損害を加える目的で職務を執行したことを知ったときは、補償した金額相当額を返還請求できるとされています(会社法430条の2第3項)。いわゆる図利加害目的である場合ですが、その立証責任は請求者である会社、ひいては株主代表訴訟を行う株主にあると解されます。

補償の対象となる損失

すでに説明しましたように、「費用」と比して、補償の対象となる「損失」の範囲は限定されます。役員等が、第三者に生じた損害を賠償する場合に限定されていますので(会社法430条の2第1項2号)、会社に対して損害を賠償する責任を負う場合は補償の対象になりません。それは、このような責任まで補償の対象にすると、会社に対する責任を免除することと実質的に同じことを、責任免除手続を経ないで行うことになってしまうからです。

また、第三者責任については、悪意または重大な過失がないことを要件にしていますので(同条2項3号)、役員等に悪意または重大な過失があったことを成立要件とする第三者責任(会社法429条1項)は、補償の対象にならないことになります。

結果として、損失については、補償の範囲が相当限定され、会社法423条2項に基づく責任や特別法に基づく民事責任(例えば金融商品取引法21条1項)等が主な対象になると考えられます(注)。

(注) 長島・大野・常松法律事務所「令和元年 改正会社法ポイント解説Q&A」日本経済新聞社、P138。

事業報告での開示

事業年度の末日において公開会社または会計監査人設置会社である場合において、会社と当該会社の役員(取締役または監査役に限る)との間で補償契約を締結しているときは、補償契約に関する一定の事項(補償の対象となる役員の氏名、当該補償契約の内容の概要その他の事項)を事業報告において開示する必要が生じます。今後、会社法施行規則で手当てされる予定ですので、そちらをご参照ください。

当コラムの意見にわたる部分は個人的な見解であり、EY新日本有限責任監査法人の公式見解ではないことをお断り申し上げます。

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