
TPPへの署名がもたらす日系企業への影響
Japan tax alert 2016年1月15日号
I. はじめに
平成27年10月5日に大筋合意に至った環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は、平成28年2月上旬に締約国による署名式が行われることが想定されています。TPPは自由貿易協定(FTA)の一種で、環太平洋地域から12カ国が参加しています。その特徴は、参加国数の多さに加え、従前のFTAが関税障壁撤廃に注力していたのに対し、TPPでは関税障壁のみならず、非関税障壁の撤廃、投資・サービスの自由化、環境・知的財産の保護など、数多くの分野で貿易自由化が図られた点が挙げられます。当該協定が締結された暁には、世界のGDPの約4割を占める経済圏が環太平洋地域に創出されることになります。
II. TPPの効果
TPPはいまだ署名・発効に至っていないものの、暫定協定文が米国等よりすでに公開されており、TPPが企業にもたらす影響について知ることができます。工業製品については、関税の即時撤廃割合が76.6%と非常に高いのが特徴的です。すでに日本とFTA締結済みの国への輸出については、即時撤廃の効果により既存FTA以上の関税削減が見込まれる品目がある一方、日本がFTAを締結していない米国との関係でみると、TPP発効時点で工業製品の無税割合が39%から67%へ大きく上昇することから、米国向け工業製品(自動車を除く)の多くについて発効直後からメリットが生じることが伺えます( <表1>参照)。
ただし、他FTA同様、TPPを利用するには原産地規則といった協定条件を充足する必要があり、TPPでは「ネットコスト方式」「完全累積」「自己申告」といった、過去に日本が締結したFTAには必ずしも全て登場しない概念も存在するので、TPP活用にはそういった概念が企業にもたらす影響に留意する必要があります。
III. TPPの発効時期
TPPは平成27年10月5日に大筋合意に至りましたが、実際に企業がTPPのメリットを享受できるようになるためには、協定文書の作成が完了し、協定が署名され、国内承認を得るというプロセスが必要となります。また、協定が無事に発効されたとしても、自動車のように発効直後から即座に自由化が実現されるとは限らず、段階的に自由化が行われる分野があることに留意が必要です。そういう意味において、企業がTPPのメリットを十分に活用できるようになるには、しばらく年月を要するといってよいでしょう。
協定への署名については、米国の貿易促進権限法(TPA法)4の関係から、大統領が平成27年11月5日に議会に通知した90日後に署名できるようになるため、前出の通り、平成28年2月上旬に署名式が行われると予想されます。
発効については、すべての締約国が国内法上の承認手続きを完了したことを寄託者(TPPの場合はニュージーランド)に通知した日から60日後に発効することとされています。一方、ある締約国の国内承認手続きの遅れにより協定が発効されない事態に陥ることのないよう、TPPでは協定発効条件を明記しています。
具体的には、全締約国の手続きが署名から2年以内に間に合わない場合、全締約国のGDPの85%を占める6カ国以上の国が国内手続きを完了したことを通知していれば、上記2年の期間を経過した日から60日以降に発効されるとしています。更に、2年を経過してもなお、前述の発効条件を満たせない場合には、GDPの85% を占める6カ国以上からの通知がそろった時点から60日後に発効されるとしています。
日本は、今通常国会中の承認を目指しており、早ければ、平成28年6月には国内承認手続きが完了することも考えられます。しかし、11月に大統領選挙を控えている米国では、新大統領就任後の平成29年1月21日以降に審議が開始されるとの見方が高まっています。
そうした状況を鑑みると、すべての締約国が2年以内に国内手続きを完了できれば、平成29年中に発効する可能性もあります。しかし、各国の国内続きが遅れた場合には、平成30年以降にずれ込む可能性が高いことが予想されます。 また、GDPに大きく影響を与える米国、日本、カナダ等の手続きが完了しない場合には更に大きくずれ込むことが考えられます。
IV. 企業への影響
TPP締約国の大半とすでにFTAを締結済みの日本にとって、TPPは米国との協定としての意味合いが強いといえます。また、米国が主要市場である多くの日系企業にとって、TPP発効は既存のサプライチェーンを変革させるきっかけとなるといえます。ただし、それは製品の原産地規則の厳しさの度合いによってパターンが異なってくる可能性があります。例えば、北米自由貿易協定(NAFTA)と異なる付加価値基準が採用される自動車業界にとっては、生産アロケーションおよび部品の調達戦略に影響が出る可能性があります。一方、主に関税分類変更基準が採用されるエレクトロニクス業界にとっては、TPP締約国内からの調達が必ずしも必要でないため、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)など今後登場する協定をも念頭に、現地調達率よりも最終工程国の選定が重要になると考えられます。
また、自己申告制度が採用されるTPPでは、これまで以上に製品の原産地管理が重要となります。TPP以外にも複数の適用可能なFTAがある状況下では、類似した原産地規則が乱立することとなり、企業にとって原産地規則の誤認や書類保管義務にミスが発生しやすくなります。また、原産地証明書が撤廃される以上、輸入当局による原産資格の検認業務も厳格にならざるを得ないため、輸入者にとっては追徴・罰金のリスクが増加するといえます。そういう意味において、TPPは、企業にとってサプライチェーンコストの削減機会を提供するものの、厳格なコンプライアンス体制なしには、リスクの増加につながる可能性がある点に留意が必要といえます。
上記III TPPの発効時期でも述べた通り、各国の対応状況によってはTPP発効までに数年かかることも想定されます。それまでの間、当該協定の導入を見据えたサプライチェーンや輸出入オペレーション改革の検討を開始することも重要ですが、実際に利用できるようになるまでは、現状、適用可能な関税プランニングを適切に見極め、実行することが望ましいと考えます。複数のEPA/FTA等、関税プランニング手法の選択肢の幅が拡大している現在、それぞれの内容を熟知し、適用の容易さや、企業のオペレーションへの適性を考慮したプランニングの導入が関税節減ひいてはコスト削減へのカギとなります。
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