米国、「インフレ削減法案」成立

2022年8月12日に議会を通過した「Inflation Reduction Act(「IRA」)」が、本日(米国時間8月16日)バイデン大統領の署名をもって成立しました。法人税関係では会計利益を課税標準とする15%のCorporate Alternative Minimum Tax (「CAMT」)と、自社株買いに対する1%の懲罰的課税が盛り込まれました。その一方で、昨年下院で可決されながらも上院で審議が頓挫した当初の予算調整法案(Build Back Better Act法案)に盛り込まれていたGILTIおよびBEATの改定、新たな支払利息損金算入制限規定、インバージョン規制強化、レバレッジ・スピンオフ制限、そのほかの多くの増税案は廃案となっています。

GILTIおよびBEATが改定されなかったことから、OECDのBEPS 2.0第2の柱との共存方法に係る議論が活発化することが予想されます。第2の柱との関係において、CAMTはOECDが定義する「Covered Tax」には該当すると予想されるものの、適格国内ミニマムトップアップ課税(QDMTT)には該当しないと考えられています。また、米国法人傘下のCFCの会計利益がCAMTの課税対象となることから、CAMTを第2の柱目的でCFCにプッシュダウンすることができるのかどうか、その場合CAMTは後年税額控除として法人税を減額可能である点をどう処理するか等の複雑な検討が必要となります。

IRAではCAMTと自社株買い課税に加え、代替エネルギー開発や生産を促進する税額控除の拡充が規定されています。当アラートではCAMTと自社株買い課税の概要を解説します。

CAMT

概要

  • 2023年1月1日以降に開始する課税年度より「適用対象法人」にCAMTを課税。
  • CAMTは、「暫定ミニマム税」が「通常法人税」を超過する額。超過額がない場合はCAMTゼロ。
    • 「通常法人税」は外国税額控除後の金額。
    • CAMT算定上、BEATミニマム税は通常法人税に加算される。
    • 「暫定ミニマム税」は「調整後会計利益 x 15%」マイナス「CAMT外国税額控除」。
      ・「CAMT外国税額控除」の制限枠は調整後会計利益に基づく。
    • General Business Credit(「GBC」)の使用上限額は「2.5万米ドル」プラス次のいずれかの金額。
      ・CAMTに抵触しない法人については、外国税額控除後の法人税額マイナス2.5万米ドルの75%。
      ・CAMTに抵触する法人については、CAMT外国税額控除後のCAMT(通常法人税とネットミニマム税の総額)マイナス2.5万米ドルの75%。
       ・2017年以前の制度に見られたGBCの使用を「通常法人税が暫定ミニマム税を超過する金額」に限定されていた制限は不適用。
  • CAMTが課せられる場合、翌課税年度以降、通常法人税にBEATミニマム税を加算した金額が暫定ミニマム税を超過する額を限度に、税額控除として通常法人税から差し引く。

適用対象法人

  • 2022年1月1日以降に終了するいずれかの課税年度において「平均調整後会計利益」テストを満たす法人。
    • 米国税務上、法人として取り扱われる主体が対象。米国法人・外国法人は問わない。
    • S法人(一定要件下でパススルー主体と取り扱われる法人)、RIC、REITは除外。
    • 一旦適用対象法人になると、仮に後年に平均調整後会計利益テストを満たさなくなっても適用対象法人であり続ける。
    • ただし、法人の持分に変動がある場合、または財務省が今後発行する規則により、一定以上の課税年度において継続的に平均調整後会計利益テストを満たさず、かつ個々の事実関係に基づきCAMT適用対象法人として取り扱うのは不適切と財務省が判断する場合、CAMT適用法人ではなくなる。
      ・財務省がCAMT適用解除を判断した後に法人が再度適用対象法人となった場合、その後再びCAMT適用解除を受けることはできない。

平均調整後会計利益テスト

  • テスト対象課税年度および2過年度の合計3年間の平均年間調整後会計利益が10億米ドルを超過する場合に平均調整後会計利益テストは満たされる。
    • 50%超の資本関係にある法人グループに属する法人の調整後会計利益は、当該グループの合算額を使用してテストを適用する。
      ・共通支配下にあり事業活動に従事するパススルー主体の調整後会計利益も合算対象となる。
    • 3年間の存在期間を持たない法人は、法人の存在期間の平均年間調整後会計利益を使用する。
    • 前身法人が存在する場合には、前身法人の存在期間は存続法人に合算する。
    • 課税年度が1年未満の「短期課税年度」は月割ベースで年間換算額を使用する。
  • 日本企業のようなインバウンド多国籍企業グループに属する法人に関しては、次の2つの条件を共に満たす場合に平均年間調整後会計利益テストを満たす。
    • 米国企業同様に通常の調整後会計利益の算定方法を適用し、3年間の平均年間調整後会計利益が1億米ドル(通常の基準値の10分の1)を超過する場合。
      ・通常の調整後会計利益算定時には、外国法人の所得はCFCに関わる米国株主持分額および米国実質関連所得(ECI)に準じる金額のみが取り込まれることから、例えば日本親会社や米国法人傘下にない米国外の子会社の金額は取り込まれない。
    • 通常の調整後会計利益算定法に次の調整を加え、3年間の平均年間調整後会計利益が10億米ドルを超過する場合。
      ・パートナーシップの調整後会計利益は、米国パートナーシップ税制上、所得・損失の配賦の有無に拘わらずパートナー法人の適用財務諸表ベースで取り込む。
      ・CFCの米国株主にかかわる持分相当額の取り込みは無視する一方、CFCが上述50%超の資本関係に基づく合算テスト対象法人の場合、合算規定を通じてテストに取り込まれる。
      ・外国法人に適用されるECI概念は無視し、各外国法人の財務諸表ベースの金額を使用する(このことから日本親会社や米国外の子会社の数字もECIか否かにかかわらず、合算規定を通じてテストに取り込まれる)。
      ・確定給付型退職金プランにかかわる特殊調整は無視し、適用財務諸表ベース。
  • インバウンド多国籍企業グループとは、適用財務諸表に含まれる法人に、米国法人と外国法人のおのおのが少なくとも1社含まれ、外国法人が親会社、または親会社同等であるグループ。インバウンド多国籍企業グループの定義上、外国法人が支店等を介して直接米国事業活動を営んでいる場合には、当該支店は米国法人として取り扱う。

調整後会計利益算定に使用する財務諸表

  • 調整後会計利益は「適用財務諸表」に認識される会計利益または損失に一定の調整を加えた数字。
  • 適用財務諸表とは米国GAAPに準じて作成される財務諸表。
    • 10K等、米国証券取引委員会(SEC)にファイルされるもの。
    • SECへの財務諸表ファイリング義務がない法人の場合は、金融機関または投資家向けに作成される監査済みのもの。
  • 米国GAAPに準じた財務諸表が作成されない場合、IFRSに準じて作成される財務諸表で米国SECに相当する外国の省庁に提出されるもの。
    • ただし、当該外国省庁のレポーティング基準が米国SECの基準と同等の厳格さを有していること。

調整後会計利益

  • 関連者等の他の事業主体の所得・損失は次の通り取り込む。
    • 米国で連結納税を選択しているグループは、適用財務諸表から連結納税グループ内法人に帰属する金額を使用。
    • 連結納税グループ外の法人の所得は、受取配当所得および米国で課税所得の算定に含まれる範囲の所得・損失のみを取り込む。ただし、CFC合算課税の対象となるSubpart F所得・GILTIはこの規定に基づく取り込みの対象にはならず、代わりにCFCの米国株主(10%基準)に関わる別ルールを適用する。
    • CFCの米国株主(10%基準)はSubpart F所得・GILTI算定は無視した上で、CFCの調整後会計利益の自己持分相当を取り込む。持分相当額の判定はSubpart F所得・GILTI算定時のTested Incomeの持分判定法に準じる。
      ・CFCの調整後会計利益がマイナスの場合、米国株主は損失を取り込むことは認められず、損失は繰り越され、翌期以降のプラスの調整後会計利益と相殺される。
    • CFCの米国株主による調整の対象となるケースを除き、外国法人の会計上の利益は、米国支店等を介した米国内事業活動に帰属する金額のみを合算。合算対象額はECI算定時の考え方を適用する。
    • パートナーシップに投資する法人の調整後会計利益は、パートナーシップの調整後会計利益の当該法人への配賦額(分配の有無に拘わらず)を含む。配賦額は米国パートナーシップ税制の所得・損失の配賦概念を適用して判定。
  • 調整後会計利益に含まれる外国法人税は加算。ただし、外国税額控除を適用しない法人は、財務省規則で規定される範囲で外国法人税の加算は不要。
  • 米国税務上支店扱いされる主体(「Disregarded Entity」)の調整後会計利益はDisregarded Entityの所有者が取り込む。
  • 確定給付型の米国税法上適格または米国外で適格の退職金プランに関わる会計上の所得・費用は計算から排除の上、米国税務上所得および費用認識されている金額のみを加味。
  • 課税所得算定時に有形資産に関して米国税法に基づく減価償却(加速度償却およびボーナス償却含む)を行っている場合、米国税法に基づく減価償却額を使用。会計利益に反映される償却費用のうち、米国税法に基づく減価償却の適用対象となる有形資産に対する金額は加算。

繰越欠損金

  • 毎期の調整後会計利益の計算上、過年度から繰り越される財務諸表欠損金の使用が認められる。
    • 各課税年度の使用額は繰越欠損金適用前の単年度調整後会計利益の80%を上限とする。
    • 財務諸表欠損金とは、2020年1月1日以降に終了する課税年度の調整後会計損失。
    • 繰越期限に制限はなく、未使用のまま失効することはない。

外国税額控除

  • 外国税額控除の適用を選択する法人は暫定ミニマム税算定時にCAMT外国税額控除を差し引く。
    • CAMT外国税額控除の対象となる法人税は、CFCの調整後会計利益に反映されている、または米国税法上発生しているものとして取り扱われるCFC外国法人税の米国株主の持分相当額。
      ・CFCに関わるCAMT外国税額控除は調整後会計利益に含まれるCFCの利益に15%を乗じた金額が上限(CAMT制限枠)。
      ・CAMT制限枠に抵触する場合、超過額は5年間の繰越可。
    • CFCに課せられる法人税に加えて、米国法人に直接課せられる外国法人税で調整後会計利益に帰する金額。

自社株買いに対する1%の外形課税

概要

  • 2023年1月1日以降に「特定法人」が自社株買いを行う場合、買い戻される株式の時価の1%の外形課税を課す。
  • 当該外形課税は課税所得算定時には損金不算入。

特定法人

  • 株式が「公認有価証券市場」に上場されている米国法人。
  • 公認有価証券市場
    • 1934年証券取引所法第6条に基づき登録されている証券取引所。
    • 出来高が少ないことを理由に1934年証券取引所法第6条に基づく登録が免除されている証券取引所。
    • 1934年証券取引所法に類似する規制要件を満たす米国外の証券取引所(例、ロンドン金融先物取引所、フランス国際金融先物取引所、フランクフルト証券取引所、東京証券取引所)。
    • 地方証券取引所。
    • 一定要件を満たす気配自動通報システム。

関連者による株式取得

  • 自社株買いには「特定関連者」による発行法人以外の株主または特定関連者からの株式取得を含む。
  • 特定関連者
    • 取得対象株式を発行している法人に50%超の価値または議決権を持つ株式を直接・間接的に所有されている法人。
    • 取得対象株式を発行している法人に50%超のCapital持分またはProfits持分を直接・間接的に所有されているパートナーシップ。

同じ課税年度内の株式発行

  • 自社株買いと同じ課税年度内に株式を発行する場合、自社株買いの時価は発行株式の時価で減額される。
    • 発行株式は自社または特定関連者の従業員に給付される株式を含む。

外国法人株式の取り扱い

  • 特定関連者に当たる米国法人、米国パートナーシップ、直接・間接的パートナーに米国事業主体が含まれる米国外パートナーシップが、公認証券取引所に上場している外国法人株式を取得する場合、譲渡人が特定外国法人そのもの、または特定関連者のケースを除き、米国法人等の特定関連者は1%の外形課税適用目的で特定米国法人として取り扱い、株式取得は当該特定米国法人の自社株買いとして取り扱う。
    • この目的では、同じ課税年度内に発行される株式の時価による減額は、株式を取得する特定関連者の従業員に株式が給付されるケースにのみ適用。
  • 2021年9月21日以降に行われるインバージョン取引に基づき米国事業資産を取得した外国法人でインバージョン規制の60%ルールに抵触している公認証券取引所に上場している外国法人による自社株買い、または特定関連者による当該外国法人の株式取得は、インバージョン対象となった米国法人またはパートナーシップを1%の外形課税適用目的で特定米国法人として取り扱い、株式取得は当該特定米国法人の自社株買いとして取り扱う。
    • この目的では、同じ課税年度内に発行される株式の時価による減額は、インバージョン対象となった米国法人またはパートナーシップの従業員に株式が給付されるケースにのみ適用。
    • 当規定はインバージョン後10年間にわたり適用される。

免除規定

  • 次の取引は自社株買い外形課税対象から免除される。
    • 適格組織再編の一環として実行され、株主に非課税措置が適用される株式取得。
    • 買い戻された株式、または買い戻された株式の時価相当の株式が企業退職金プラン、従業員持株会、または同様のプランに拠出される場合。
    • 1課税年度内の対象株式時価が100万米ドル以下の自社株買い。
    • 財務省規則が認める範囲で、証券ディーラーが通常業務の一環で取得する株式。
    • RICまたはREITによる株式償還。
    • 米国税務上、配当として取り扱われる株式償還。

お問い合わせ先

秦 正彦 シニア・テクニカル・アドバイザー

野本 誠 パートナー